プロローグ∼悪夢への招待状∼
俺は少女を見た。透き通るような肌、吸い込まれそうな青い瞳、そして、月光に照らされて美しく輝く白銀の長髪。背は低いけど、神秘的で、美しく可愛らしく、それらが儚く見える、そんな少女だった。俺はそんな少女に見とれてしまった。
まあ、見とれてる状況ではないんだけどな。彼女は今、何人かの男に囲まれていた。よく見ると男の一人に腕をつかまれている。
「離してくださいです…!!」
涙目の彼女はそう抵抗しているが、男たちはニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべるだけで離す気はないらしい。
「なあ、いいだろ?俺たちに付き合えよ」
「いいことしてやるからよ」
男たちはそのキモい笑みのまま少女に詰め寄っている。
くだらない…。いつもならそう思って立ち去る俺だが…
「お前ら、目障りなんだよ。さっさとどっか行ってくんないか?」
気がつくと、男の手を払いのけて少女の前に出ていた。何でかはわからないが、体が先に行動していたと言ったほうがわかるかもしれない。
「は?お前、俺たちに何言ってるか分かってんの?」
男たちから笑いが消えるが、俺は無視して呆然としている少女だけに聞こえる声で言う。
「俺が逃げろって言ったら逃げろ。お前にまで悪夢を見せることになっても面倒だし」
「えっ…」
更に呆然とする少女。こんな状況にも関わらず中二くさいことを言った俺にたいして少なからず絶望したのだろう。だが、俺はふざけてるつもりはなく、真剣だった。
そう、少年はいたって真剣かつ冷静にそれを発言していた。そして、彼の緑色の瞳からは鋭い殺気が放たれていた。
「人を無視してコソコソしてんじゃねえよ。邪魔なんだよ」
その殺気に気づかず、男の一人が少年を押しのけようとした…
「ぎゃああああああああああーッッッッッ、グアアアァァァァァッッッッ」
突如住宅街に響く悲鳴――。少年を押しのけようとした男のものだ。倒れてのた打ち回る男をよく見ると、熱気のこもった赤い流動性のある物質を被っていた。そしてそれは、少年の前方の地面から延びていた。
「…逃げろ」
「…えっ、あ、はい…」
少年の声でようやく我に返った少女はこの恐怖から逃げるため走り出すが…、好奇心のほうが勝ったのか、結局曲がり角のコンクリート塀からコッソリうかがうことにしたようだ。
「う、うおおおおおおおああああああぁぁ…」
気が動転したのか、男の1人が少年に殴りかかろうとした。しかし、今、殴ろうとする直前だったその男は倒れていた。
「お、おい!?」
ようやく残りの男たちが倒れている二人に駆け寄るが…二人はすでに死んでいた。
最初に倒れた男の死体は、肉が完全に変性し黒く焦げ、もはや人間の死体には到底見えない塊となっていた。
一方の男の死体はぐちゃぐちゃにつぶれ、とても近寄れないような冷気を帯びていた。
「な、何なんだよ…何なんだよお前!!!!」
さっきまでの威勢を失い、男たちは今にも逃げ出しそうな勢いで怯えていた。
「お前らと同じ能力者だ。最もお前らは誰一人として能力を発動できずに単なる死体になりそうだけどな」
まるでこの状況を何ともない、ただごく普通の日常とでも言いかねないこの少年に、男たちは不気味な感じ、恐怖、嫌悪感等を抱いていた。
少年は、緑色の瞳が黒髪に似合う紫色に変化していたその少年は、そんな男たちに追い打ちをかけるように残虐な笑みで言い放った。
「俺は天雕守…お前らを一度限りの最悪な悪夢へと招待してやるよ!!」