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10月

10月下旬某日


「さーきーちゃん。いるよね? おっじゃまっしま~す」


さざ波のように耳を掠めてゆく優しげな声とは裏腹に、有無を言わせない断定的な口調。いつものように泰隆やすたかさんは軽い身のこなしで部屋に侵入してきた。


泰隆さんが私の家に入ってくるようになって、もうそろそろ丸々2か月たつ。

彼と私の間では、部屋に入っても良いときの合図を決めてあった。

窓の鍵が開いている状態で、カーテンが半分以上開いているとき、というのがその合図だ。

ただ、私が思うに、泰隆さんの家はほとんどいつもロールカーテンが半分開いている気がする。窓の鍵が開いているのかは確認していないけれど。

彼の家に侵入するなんて…恐れ多い。もうなんだかいろんな妄想が膨らんでしまいそうでやばい。


「こんばんは。平日なのに早く帰ってるなんて、珍しいですね。」


私は少し意外に感じていた。時刻は19時。

今日はメールで、早く帰ってこれそうだから夕飯をごちそうになりたい、と言う旨の連絡がきていたのだが、泰隆さんは平日は大体、早くて20時頃に帰ってくることを私は知っている。(彼の観察をそれとなくしていればそれくらい簡単にわかる。だからって、ストーカーしてるわけじゃないんだからっ!)遅い日は知らない。私は21時にはカーテンを閉めてしまうので、その後隣の部屋に何時に帰ってくるのか知らないのだ。

と言うわけで、思っていたよりも泰隆さんが来るのは早かった。


彼が夕飯を食べに来ることになったのは、私が誘ったからだ。

彼と私が茶飲み友達になって以来、私はいつもご馳走になってばかりだった。さすがに悪いと思って、早く帰ってくることがあれば、夕飯どうですか? と声をかけてしまったのだ。

話はとんとん拍子に進み、早く帰れそうな日に連絡を貰うことになっていた。

休日は私が遠慮した。夕飯と言っても、そんなに凝ったものは出せないので、わざわざ休日を指定する気にはなれなかった。平日ならば、普段の簡単に出来るものを出しても違和感がないだろうと思ったのだ。


照り焼きチキン、生野菜サラダ、ポテトサラダの3種を盛り付けた皿とお味噌汁、ご飯とお漬物。これが今日のメニューだ。ポテトサラダは作り置きなので、野菜と漬物を切って、チキンを焼くだけの簡単料理。あらかた準備は終わっている。お味噌汁はちょうど作ったところだったし、あとは肉を焼くだけだ。


「もう少しで出来るので、ソファーの方で待っててください。」


ちらりと泰隆さんを見ると、私の方を見て窓辺に立っていたので、ソファーの方で待ってもらうことにした。私の部屋には一応、ダイニングテーブルがある。

恒例のお茶会はソファーの方でしている。泰隆さんが大きめの水筒に飲み物を作ってきてくれるので、私がコップを用意している。泰隆さんとダイニングを使うのは今日が初めてだ。



盛り付けた皿をダイニングテーブルに並べたところで泰隆さんを呼ぶ。

泰隆さんはきれいにご飯を食べる人だった。がっついて食べることもなく、口に物を入れてる状態で話すこともなく、でも、食べるのは速かった。なぜ。

私はといえば、泰隆さんのお箸を持つ、ほっそりとしているけど関節の部分は太めの指とか、首回りが大きめに開いている服のおかげでみえる鎖骨とか、色っぽい胸鎖乳突筋とかをガン見してました。ふー、ご馳走様です。

泰隆さんは、ご飯一粒も残さずに食べてくれました。美味しかった、ご馳走様。の言葉もいただきました。しかも、食後のコーヒーを作ってきてくれたそうなので、いただくことにした。




すぐ隣には、良い笑顔の泰隆さんの顔。こんな笑顔見たことないよ。いつもはふわっと笑う感じなのに、ちょっと違う。なんだか意地の悪そうな顔。背中があたたかい。私は頭が真っ白になって、どうしていいかわからない。

どうしてこうなった。




発端はコーヒーを飲み始めた時の会話から始まる。


「紗希ちゃんは、今日何の日か知ってる?」


泰隆さんの問いかけに、私は今日が何日だったか少し考える。

今日は10月の最終日、31日。ハロウィンだ。ってことは、それを聞くってことは…?

思わず口元が綻ぶ。


「それを聞くってことは、言っちゃっていいってことですよね!」


泰隆さんはふわり、と笑う。

私はそれを肯定と受け取って、言った。


「お菓子くれなきゃいたずらするぞ!」


私がそう言った瞬間、彼はもうこらえきれない、とばかりにふきだした。ひどい。

曰く、目が輝いていて面白かったらしい。

言うまでもなく、美人さんは顔が崩れても美人さんだ。ぐぬぬ。


「どんないたずらをしてくれるのか気になるけど、ここでお菓子じゃなかったら、紗希ちゃんに口聞いてもらいなくなりそうだから。」


そう言って、泰隆さんはソファーの方から紙の箱を持ってきた。お兄さん、それはもしかして、ケーキではないですか!


はい、どうぞ。と出されたのは、ハロウィンらしくパンプキンケーキ。やばい、めちゃくちゃ嬉しい。泰隆さんマジイケメン!


まだ、コーヒーは飲み始めたばかりだったし、食後のデザートにはちょうどいい。


泰隆さんは黙々と食べる私を微笑ましげに眺めている。

パンプキンケーキはかぼちゃ本来の味としっとりとしたほのかな甘みで、オトナな味だった。そして文句なしにおいしい。

早々にケーキを食べ終わり、コーヒーを飲んで一息ついて、気がついた。

そういえば泰隆さんはケーキ食べてない?


「私だけいただいちゃって良かったんですか。気が付かずに全部食べちゃったんですけど。」


そう私が聞くと、泰隆さんはこれまでに見たことのない、にやりと何か企んでいるような笑みを浮かべて立ち上がった。

そんな顔もかっこいい。のんきに私は彼を眺めていた。

たぶん、これまでのやりとりで、私自身、身の危険を感じたことがなかったせいで彼が男性であるということを忘れていたのかもしれない。


泰隆さんは座っている私の椅子の後ろに来て、私を挟むように左右の手をテーブルについた。

そして、私の耳元まで顔を寄せると


「Trick or Treat」


と呟いた。


「おおおおおかしもってないですっ」

「そっか、じゃあ、イタズラしてもいい…?」


その無駄に低く耳元で声出すのやめてっ!ぞくってなった!

私の家のダイニングの椅子は、背もたれがない。私の背中に服を通して泰隆さんの熱が伝ってくる。

心臓はうるさいくらいどきどきしているし、顔が熱くて仕方ない。だがしかし、この期に及んで身の危険を感じることは無かった。ただただ、どうして、なぜという言葉が頭の中でぐるぐる回っていた。

ちらりと横を見ると、良い笑顔の泰隆さん。


もう一度言いたい。どうしてこうなった!


私がパニックを起こしていると、泰隆さんはふ、と息を吐いて、


「冗談だよ。」


と言いながら私を開放して、ぽんぽんと私の頭を撫でた。彼は何事もなかったかのように元の席に戻り、私の顔を覗き込む。


「怖かった?」


と聞かれたけれど、怖かったわけではないので、頭を左右に振ることで意思表示をした。

そう、と言って、彼はいつもの笑顔でふわりと笑ったのだった。

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