4月
4月某日
社会人になってから数日が過ぎた。
突然だが私は掃除が好きだ。とはいうものの、毎日しっかり掃除するのは難しいので、毎日の掃除は床の埃をクイックル○イパーで拭くだけに留めている。
でもやっぱり週に1度は、から拭き、掃除機、水拭きはもちろん、その他1箇所の大掃除をしている。
今日は良い天気で、風も強くない。
先週は南側の窓を掃除したし、今日は西側の窓、かな。
隣の賃貸マンションのお兄さんとは、引っ越し当日にあいさつしたきり、顔を合わせたことは無かった。
窓が開いていても、いつもロールカーテンが閉まっている。今日は窓が閉まっていた。私はだいたいいつも同じ時間(9時半くらい)に窓を開けるが、午前中は窓が開いていないことが多いと思う。
と、いうことは私は心おきなく掃除できるというものだ。
西側の窓は、南側のベランダがある窓の半分の大きさだ。
南側の窓はサッシの部分は水を流してきれいにしていったけれど、この窓は、下の人の迷惑になってしまうから、その方法では掃除できない。少しずつ、きれいにしていこう。
窓の外側は危ないし、手が届かないと中途半端で汚くなってしまうから、やらないことにした。
足元においたバケツと水拭きの雑巾で、窓の内側、上と横のサッシを拭く。ここはあまり汚れていない。
サッシ下側が一番掃除したいところだ。
そこを軽くふいて雑巾を洗う。バケツのなかの水は、すぐに茶色く濁る。
私は、歯ブラシと雑巾を使い、無心に窓掃除をしていた。
ほどなくしてサッシについていた汚れはなくなり、「うん、よし。」と誰に言うでもなく呟いて、前を見ると…
いつの間にか隣の窓が開いていて、頬杖をついたおにーさんがこちらを観察していた。ぬおー! 相変わらずの美人さんだな! 目の保養。目の保養。薄い灰色のロンTからちらりと覗く鎖骨が素敵です。
窓の淵 (30cm程の出窓のようになっている)にマグカップを置いているので、何か飲んでいるのだろう。
「驚かせたかな? 俺が窓開けても気付かないし、熱心に掃除してたからいつ気づくかな~と思って、つい、観察してしまった。それにしても雑巾と歯ブラシだけできれいになるもんだね。」
しげしげと窓枠を眺めている。彼はふと思い出したように私を見て、にこりと微笑んだ。
「掃除が終わったようだし、コーヒー飲んで一息つく? ご馳走するよ。」
「わ、いいんですか!?」
目の保養な美人さんとゆっくりお話できるなんて、願ってもない!
一息もつかずに返事をした私は、きっと目を輝かせていたんだと思う。彼は私の様子にふふっと笑う。
「じゃあ、片付けして、手を洗っておいで。その間に入れておくから。」
子供に言い聞かせるかのように優しい口調。
私は、はあい、と返事して、バケツを持ち上げた。
「砂糖とミルクはお好みで入れて。熱いから気を付けて。」
「ありがとうございます。」
私は差し出されたおぼんごと受け取り、お兄さんにならって窓の淵に置く。コーヒーのいい香りがする。
私は砂糖は入れないけどミルクは入れる派だ。
四角い木製のおぼんの上には、コーヒーが入った7分目くらいまで入った白いマグカップ、スティック入りの砂糖、銀色ティースプーン、あと、喫茶店でたまに見かけるような、蓋がなくて小さな取っ手が付いた白い陶器のミルク入れが乗っていた。こちらは半分くらいミルクが入っている。
「すごい。本格的な感じのミルク入れが乗ってますね。」
「俺はコーヒーフレッシュが嫌いで牛乳を使うんだけどね、牛乳パックから直接注ぐのは優雅じゃないと言われて買わされたんだ。こんなところで役に立つと思わなかった。」
そう言って彼は苦笑する。誰に言われたんだろう。彼女さんとかかな。
でも、わざわざ聞くことでもないので掘り下げるのはやめておこう。元カノとかだったら気まずくなりそうだし。無難に相槌を打ちながら、ミルクを入れ、スプーンで軽くかき混ぜる。
一口飲むと、コーヒーの深みとミルクの甘さがちょうどよく混ざっていた。うん、おいしい。
私が一旦マグカップを置くとお兄さんは何やら口を開きかけて、一旦止まって一言。
「ごめん、今呼びかけようとして気付いたんだけど、自己紹介してなかったね。」
もしかして、この人はただの美人さんじゃなくて、天然美人さんなのか?
「俺は、粟野泰隆。よろしくね。」
「私は藤岡紗希といいます。よろしくお願いします。」
私たちは2回目の握手を交わした。
たわいのない会話をしながらコーヒーをいただく。
泰隆さんもコーヒーはミルクだけ入れる派だとか、2年前からここに住んでいるのだということ、近くの安くておいしいお店の話、好きな食べ物、お菓子…いろいろな話をした。食べ物の話が多いのは、私と泰隆さんの好みが近かったからであって、私が食いしん坊なわけではないので、あしからず。
特筆すべき点はこの日から、私は泰隆さんと茶飲み友達になった、ということだろう。