3月
3月下旬 某日
昨晩降った雨で、薄桃色の可憐な花びらは枝から散って、アスファルトを白く彩っている。
卒業式にはつぼみだったのに、4月になる前に散ってしまいそうな勢いだ。
新生活と言ったら、満開の桜でしょ! とは思うものの、現実は物語のようにはいかない。
私は今年から新社会人としてこの町で働く。
大学があった場所と比べれば随分田舎だけれど、そんことは気にならない。
賃貸マンションのサイトで見つけた部屋は、3階建ての最上階、西の角部屋301号室。
1LDKでお家賃なんと5万5千円!
今はやりのオートロックだとか、ウォークインクローゼットだとかはついていないけど、
駅もショッピングセンターも、徒歩30分圏内にあるし、築5年という比較的新しい物件だった。
下見もせずにインターネットから居住手続きを済ませてしまったので、
入居日の今日が、初めて足を踏み入れる日になる。
時刻は朝9時
私は少しの荷物と掃除用具だけを持って、これから自宅になる場所にやってきた。
お昼前には引っ越し屋さんが荷物を届けてくれる予定になっている。
マンション周りは古くからの街並みで、3階建ての建物は私のマンションと、裏にある別のマンションだけのようだ。南側は何もないから日当たりも眺めも良いだろう。
集合ポストを通り過ぎ、マンション東側にある階段を上っていく。
3階まで上り突き当りの部屋が、私の部屋。
鍵を開けるとチークブラウンの床と白い壁の、思っていたよりも断然素敵な明るい部屋と対面した。
大学の時に住んでいたところよりも広いし、日当たりも良さそう。
部屋にあがり、南の窓を全開にした。
うん、眺めも良い。
今日は天気が良いので、6キロ先にある海の水平線まで見えてしまう。
西にも窓がある。
風通しを良くするため、すりガラスになっている窓を開け…ふぁ!?
私には、細身だけどしっかり筋肉がついた、おにーさんの上裸が見えた。
うはー。きれーな背中だなあ。細すぎず肉つきすぎず、絶妙な体つきですな。
隣のマンションと窓の位置が一緒だなんて思わなかったよ。マンション同士の隙間は目測1mくらい。
がたん、と乱暴に開けた窓が開ききった音がして、音に気付いて振り返ったおにーさんと目が合った。
私は男性の上裸なんて恥ずかしい~、きゃー。みたいな性格ではないし、上裸くらいなら見慣れている。
こっちはカーテンないし、不可抗力で見てしまったもんはしょうがないなーと、若干開きなおっていると、おにーさんが窓の近くに近づいてきた。
あぁっ! 腹筋も胸筋も美しいです。
私が見慣れたガチムチや、ちょーっとたるんでるんじゃないかなーって感じの腹とかと違う。よっ! にーちゃん、良い体してますなぁ!! いや! 顔も超美人さん!
男らしい顔立ちというよりも、中性的な感じ。髪は綺麗な黒髪のショートヘア。毛先にパーマあててるのかな。ぱっちりとした目、まっすぐな鼻筋。ひげとかあんまり生えないんじゃあないかな。そういえば上半身の体毛も薄いし。
私がそんなことを考えていると、
「おはよう。今日入居かな? よろしく」
にこり、と微笑んで右手を差し出してくる。
あれ、後光がさしてる。なんだか花も飛んでるように見える。ナニコノヒト。
悪い人では無さそうだけど、上裸のままでいいんですか? じっくり嘗め回すようには見てないけど、いいんですか?! ガン見はしてますけど! いや、気にしろよ!
「おおおはようございます!? こちらこそ、よろしくおねがいします」
私は若干混乱気味に、どもりながらも勢いよくお辞儀した。
顔を上げると若干困ったような笑みを受べている男性が目に入った。差し出された右手はそのまま。
右手?
「あっ、すみませんっ」
うあー恥ずかしい。私は自分自身が思ったよりも、この男性の上裸に動揺していたようだ。実感すると、顔に熱が集まってくる。
右手を差し出すと、彼はふんわりと微笑み、優しく私の手を握った。
それが、私と彼の出会いだった。
でも目のやり場に困るから、服は着てほしい。






