11月
11月某日
日に日に寒くなっていく今日この頃。ハロウィンが終わったとたんに、クリスマスムードに変わり始める町。クリスマス前は毎年、良い出会いないかなーってことで、合コンに行くだとか、独り身の友人を確保しておこうだとか動き始めるのに、今年は全く気分が乗らない。
それもこれも、泰隆さんがハロウィンの時にとった行動のせいだ。
あの後、何事もなかったようにコーヒーを飲んで、いつものようにくだらない会話をして、いつものように泰隆さんは帰って行った。
メールもいつものように他愛もない内容が続いている。
毎日泰隆さんのことを考えてしまう。
どうしてあんなことをしたのか、という問いが私の中をぐるぐる回っている。
あんな、異性をからかうときのような…?
彼の体温と、耳にかすかにかかる吐息、低く掠れた無駄に色っぽい声に震えたのは、鼓膜だけではない。
その感覚に、名前がついているのだとしたら…
そこまで考えて、考えるのをやめることを繰り返している。私は臆病だ。
ハロウィンが終わって最初の休日、お茶会の時間に泰隆さんはやってきた。いつものように、軽い身のこなしで。
「こんにちは。紗希ちゃん。最近急に寒くなったね。」
泰隆さんは、部屋着なのかよく着ている淡いロンTの上に、ジャケットを羽織っている。肌の露出が減って、チラリズムにも期待できなくなって、私は寂しいです。
今日の飲み物は、甜茶というお茶らしい。
いつも色んなお茶を持ってますね、とついつい私は言ってしまった。
これまで彼と話していると、時折女性の影を感じていた。
彼があんまりナチュラルに匂わせてくるので、聞きそびれてしまっていたことだ。
元カノとかだったら気まずいでしょ、と言う逃げの考えで。
もし、今彼女がいるとしたら、彼女は私と泰隆さんの関係をどう思うだろうか。考えるまでもなく、私だったら嫌だと思う。彼女がいるとはっきり告げられたら、今の関係を続けられないと思う。私はそんなに面の皮は厚くない。
泰隆さんは当初の野望、『窓から出入りする友人宅』を経験することができたし、今はその蛇足で関係が続いているに過ぎない。
泰隆さんに決まった相手がいることがわかれば、きっと、このお茶の時間は無くなってしまう。
だから、女性の影を感じた時は近づかないように気を付けていたはずなのに。
しかし泰隆さんは、事もなげにこうのたまった。
「姉がたまに来て、置いていくんだよ。これまでは扱いに困ってたけど、紗希ちゃんも楽しんでくれるからちょうど良くて今は助かってる。かな。」
おねーさんがいるのですか。え、もしかして…
「もしかして、ミルク入れとか、ゴールデンウィークに沖縄行ったのって…」
「そうだよ。姉の仕業。」
私は、泰隆さんと他愛もない話はしているけど、彼の家族構成については聞いたことがなかったことに初めて気がついた。
一口飲んだお茶は少し苦みがあって、でも後味は甘かった。
「ねぇ、紗希ちゃん。紗希ちゃんは、俺のこと、あんまり聞かないよね。」
「そ、うですか?」
彼の目を見れない。図星だ。聞いて藪蛇でこの関係が終わってしまうのがこわい。聞かないんじゃなくて聞けないんです。とはさすがに言えないけど。
「俺に遠慮してる?」
その言葉にはっとして、泰隆さんを見た。
彼は、湯飲みの中身を見ているようで、目を伏せていた。なんだか色っぽい表情…おっと話を逸らしちゃまずい。真面目な話だ。
「私、遠慮なんてしてないです。それどころか、泰隆さんに甘えてばかりです。」
「うーん、そうかな?」
ゆっくりと顔をあげて、私を見る。目が合って、私からは目を逸らさない。
そこに私の真意を知ってか知らずか、彼はふっと微笑んだ。
「もっと甘えてくれてもいいのに。」
いつもよりも甘さを含んだ声に私は戸惑ってしまう。
彼はただのおとなりさん。彼はただのおとなりさん。と頭の中で何回も繰り返し唱える。勘違いしてしまったら、傷つくのは私だぞ、と。
えーい、天然たらしめ!そうとうおモテになるのはわかっている。彼女の一人や二人、いてもおかしくない。そう思うと、胸のあたりが苦しくなる。
独占欲を感じている?私は彼に対して何の努力も放棄しているのに…?
自分が醜い。嫌になってしまう。
仲良くなれればラッキー程度の問題じゃなかったんだ。本当は、もっと前から別の気持ちを持っていた…?
「紗希ちゃん」
そっと髪を撫でられる。まるで私を慰めるように。私、そんな情けない顔してたのかな。
彼を見ると、少し困ったような表情をしていた。
「俺のことを知ってもいいと思ったら、いつでも俺の部屋においで。」
彼の言葉を聞いて、はっとした。
彼はわかっていたから自分の話はあまりしなかったのか。私が、彼のことを深く知りたくないと思っていることがわかっていたから、待っていてくれているんだ。
なんだか申し訳ない気持ちになって、私は彼から目を逸らして小さく頷いた。
これまで、私は泰隆さんのことを鑑賞対象として見ていて、生身の人間として見ていなかった。というか、見ないように目を逸らしていたのだと思う。
私とあんなに完璧美人さんが、どうこうする関係になるとは考えられないから、私は無意識に芸能人とか、モデルさんとかに抱くような感情を持つようにいろいろな感情をすり替えていた。泰隆さんは、私の中でそういう位置づけだったから、彼の家族の話とか、交友関係の話とか身近なはずの話を聞こうとしていなかった。泰隆さんは、私が一定の距離をとっていることを感じていたんだと思う。
ハロウィンのあの日は、私と彼の意識的な距離感を変える出来事だった。私がずっと気付かないふりをしていた感情が表面に出てきてしまった。
私は彼に恋い焦がれているという事実が。
次話、ラストです。




