表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
和装の皇さま  作者: 狼花
肆部
PR
79/94

5 白い花火

 まだまだ残暑は厳しいが、季節は夏から秋へと移ろいつつあり、太陽が沈む時間は日に日に短くなっていく。


 この日も、夜の七時半を過ぎるころにはすっかり暗くなっていた。暖かい気候で日中の時間が長い玖暁では、八時過ぎまで明るいのが普通だった。夏が終わり、冬が近づいてきている。その闇に乗じ、玖暁軍は複数の部隊に分かれて移動を開始した。ゆっくりと、連城の街を包囲するような配置につく。連城の街の外には青嵐軍が巡回していたが、かなり近づいても悟られることはない。すべての馬に、蹄の音がしないように布を足に巻き付けており、騎士たちも息を殺している。訓練された騎士たちにとって、気配を殺すのは容易なことだった。


 真澄は本隊を率い、街の正面にいた。まだ騎乗はせず、じっと街の様子を窺っている。そして彼はちらりと背後を振り返った。そこには知尋がいる。真澄からはあまり見えないが、夜目の利く知尋にはしっかり見えているはずだ。


 真澄は右手で馬の手綱を掴み、左手を真横に伸ばした。指は、数字の三を表すように三本ぴんと立てる。カウントだ。その無言の合図は無論、知尋に送られている。


 三。薬指を折る。


 二。中指を折る。知尋が【集中】を開始した。魔力の奔流が渦巻きはじめる。


 一。人差し指を折った。


 カウントゼロ。それと同時に知尋の術も発動した。


 ぱっと、夜空が白く輝いた。その光は刹那、まるで真昼のような明るさをその場にもたらす。照明弾とでも呼ぶべきものだった。夜の戦場において光源の確保は欠かせない。だが知尋の照明弾は明かりという役目だけでなく、戦闘の開始を全軍に知らせる合図の役割も持っていた。


 連城の北にいる真澄の視界の端で、殆ど間をおかずに同じ照明弾が二つ打ち上げられる。ひとつは連城の東から、ひとつは西から。真澄たちは三部隊に分かれ、完全に連城を包囲していたのだ。東の部隊を率いているのは瑛士、西の部隊を率いているのは狭川である。


 真澄が馬に飛び乗る。そして刀を抜き放ち、後続の騎士たちに命令を下す。


「突撃――ッ!」

『おおっ』


 騎士たちが勢いよく飛び出していく。他二つの部隊も同じように突撃をしているはずだ。


 照明弾と、それに続く玖暁軍の襲来に、青嵐軍は混乱の淵に蹴落とされた。わらわらと青嵐軍が街の外に姿を現すが、三方向からの同時攻撃なので、どうしても人員が少ない。各個撃破の対象だ。


 騎士たちが突撃した背中を見送った真澄が、知尋を振り返る。知尋は数人の部下とともに、絶え間なく照明弾を打ち上げ続けている。それはまるで夏の夜に咲く花火のごとく、人々の姿を照らしていた。


「花火には、丁度良い季節でしょう?」


 知尋が悪戯っぽく笑う。確かに時期的には合っている。


「花火というには白一色で、少し物足りない気もするがな」

「赤とか青とか打ち上げます?」

「勝利したら、ぜひ上げてくれ」


 真澄の言葉に知尋は頷く。


「ご武運を」

「ああ」


 真澄は微笑み、馬を駆って前線に身を投じた。


 照明弾が上がるさまを、後方の本陣から巴愛と昴流も見ていた。


「きれい」


 不謹慎ながら、白い光がいくつも打ち上げられる様子に巴愛は感動した。隣で昴流も頷く。


「いつもだったらこの時期は、玖暁のあちこちで花火大会があったんですけどね」

「へえ……見たかったな」


 夏の風物詩と言えば、やはり花火らしい。神核なんて便利なものがあっても、神核では創り出せない花火の模様があるのだ。


「あれ、そういえば……」


 昴流がふと呟いて、何かを指折り数えはじめた。


「どうしたの、昴流?」

「いえ、なんとも慌ただしく日々を過ごしていたので、すっかり日にちの感覚がおかしくなってしまっていて。もうすぐ九月なんですね」

「そうね」

「今日は八月三十日で、明日は三十一日です」

「そうね……?」


 三十日の次の日が三十一日なのは当たり前だろう。二十九日に戻るわけでも、九月一日に飛ぶわけでも、勿論ない。昴流は何を言いたいのだろう、と巴愛が首を傾げる。


「巴愛さん。明日、八月三十一日は兄皇陛下と弟皇陛下のお誕生日なんですよ」

「――え?」


 唐突に知らされる事実に、巴愛は呆気にとられた。


「毎年八月三十一日は祝日で、皇都での花火大会は陛下の生誕祭を兼ねたお祭りだったんです。本来なら皇の生誕祭と花火大会なんてものを一緒の日にやるはずもないんですけど、毎年三十一日に花火大会を昔からやっていて、後から生まれたのは自分たちのほうだから、そのままでいいって仰って」

「そ、そういうこと早く言ってよ……プレゼントとか、何も用意できてないのに……」


 巴愛ががっかりする。戦時中なのでそんなことも言えないのだが、せめて何か用意しておきたかった。現在は夜の八時半。あと三時間半で真澄と知尋は二十四歳になる。


「ちなみに、天崎部隊長はちょうど二カ月前の六月三十日が誕生日だったんですよ。兄皇陛下たちより二か月だけ年長だ、って話は前から聞いていましたから」


 二カ月前といえば、まだ皇都でそれなりに平穏に生活していたころではないか。男で、騎士だからといっても、誕生日くらい祝ってもいいと思う。とりあえず、教えてほしかった。


「昴流は、誕生日いつ?」

「僕ですか? あ、そういえば五月に二十二歳になりました」

「……もうっ。だから教えてってば!」






★☆






 玖暁軍と青嵐軍がぶつかる。即席で編成した部隊にしては、まずまずの力量だった。真澄の指揮にもきちんと従い、秩序を保っている。瑛士の指導の賜物であろう。さすが鬼教官、と真澄は口の中で呟く。


「いやあ、まさか玖暁軍に混じって戦うことになるとは」


 真澄の横で奏多が苦笑する。確かに思いもよらないことだっただろう。が、奏多に躊躇いや後ろめたさはない。


「ところで兄皇陛下、李生の初陣を知っています?」

「え? ……ああ、李生は私の本陣においた。生い立ちが生い立ちなだけに、自分の隊におけるという者が少なくてな」


 いつものような唐突な話題転換に、真澄もどうにかついていく。いまする話じゃないよなあ、と内心では思っているが。


「李生も、こんな気持ちで青嵐軍と正対したんでしょうかね」

「……奏多も李生と変わらないほど、傷は深いだろう」


 奏多はにっこりと微笑む。


「俺は傷を溜めこむ趣味はありませんよ。後悔はすぐ、行動を起こす力に変えます。矢吹が言っていましたよ。『世界を壊す力は、新たな世界を創る力にもなる』って」

「そうだな……今まで存在した世界を創り直すには、一度すべてを壊してからではないと難しいのかもしれない。積木細工と同じかな……」

「間違って組み上げた積木は、崩して最初からやり直さないといけませんね。俺もそう思っているんです。青嵐で下から吠えていても何も変わらない。だったら青嵐の敵に回って、間違った体制を破壊してやろうと考えて、俺は今ここにいます」

「そのために裏切り者と罵られても?」

「どんと来いです」


 言い切った奏多に、思わず真澄は吹き出した。奏多が首を傾げたので、真澄は片手を振る。


「いや、すまない。なんというか、奏多のことをひどく誤解していたような気がするよ。さすが李生の友……と言ったところか」

「うーん。褒められているのかそうじゃないのか分かりにくいですが」

「褒めているよ、想像以上だ。……ただし、覚えておけ」


 真澄の口調が変わった。奏多も笑みを引っ込める。


「今ある体制を壊すのは、その体制下に生きる民衆の生活をも捻じ曲げることになる。少なからず彼らに負担をかけるだろう。創るのは壊す以上に難しい。彼らの生活を安定させるという決意なくば、その破壊はただの破壊で終わるぞ」


 それは真澄の体験談だ。父が創った貴族優遇の時代を、真澄と知尋は木端微塵に砕いた。そして訪れた新たな体制に、民衆は混乱したものだ。それを立て直し今の状態まで向上させたのは、真澄たちの努力だ。青嵐も、同じ状況に立たされている。奏多はしっかり頷いた。


「しっかり心に刻んでおきます」

「ならばよし」

「有難う御座います……こんな場所で言うのもなんですが、兄皇陛下と出会えて本当に良かった」

「ふふ、確かに今言う台詞ではないな。だが私も同感だ。奏多も含め、みなには必ず礼をするよ」


 権力者の礼は、大体が報償金か宝石か、土地か爵位かだと思われがちだが、相手がそれを望むならともかく真澄はそんな礼をしたくないと思っている。きちんと礼を尽くし、何かあれば必ず助力する――そういった誠意を、真澄は礼として送りたいのだ。


「さて、話すのはこれくらいにして……奏多。本来なら私は貴方に命令を出せる立場ではないが、今このときだけは私の指揮に従ってもらえるだろうか?」

「どうぞ、仰せのままに」

「少々派手に立ち回る。援護を頼むぞ」


 なんともアバウトな指示に、さすがの奏多も唖然とした。だがそんなリアクションを取っている暇もなく、真澄は馬を駆った。慌てて奏多もその後を追う。瑛士の苦労が分かった気がした。阿吽の呼吸で真澄に付き従っていた瑛士は、頭がいいかどうかはともかくすごいと思う。


 真澄は味方の間を縫って前線に出た。玖暁騎士を斬ろうとしている青嵐騎士を、容赦なく斬り捨てる。奏多も追いつき、別の青嵐騎士を切り払う。


 照明弾が打ちあがり、真澄の姿を照らす。真澄は腹の底から声を張り上げた。


「我が名は鳳祠真澄! 玖暁皇国を統べる皇がひとり! これより、連城解放の戦いを開始する!」


 威風堂々と、真澄は名乗りを上げる。青嵐騎士たちはみなぎょっとしている。真澄の姿は誰もが知っている。だが「兄皇は死んだ」という噂が青嵐軍の中にはあったのだ。その噂の真澄が、生きて戦場に立っている。先だって結成された解放軍が、本物であるという揺るがぬ証拠だ。まだ半信半疑だった青嵐は、解放軍の戦力を甘く見ていた。


 真澄が名乗りを上げたのには、解放軍が「本物」であると強調する狙いがあった。だから解放軍の中心人物である瑛士と狭川を別部隊にし、彼ら二人にも堂々と名乗りを上げるよう指示している。すべての青嵐騎士が、「自分たちが相手にしているのは玖暁軍だ」と認識できる。


 こうして名乗ったことで敵は怯むが、裏を返せば真澄を討ち取ってしまえば解放軍は瓦解する、という結論にも至る。真澄が集中砲火を浴びることになってしまうが、それも真澄の思惑通りだ。敵は真澄を討ち取ろうと、必死に食いつくだろう。


 真澄の刀が閃く。鮮血とともに敵騎士の身体が宙を舞う。その圧倒的強さに、青嵐騎士は怯んで動かない。真澄は不敵な笑みを唇の端に浮かべた。


「どうした!? 私の首を獲ろうとする者はいないのか!? 青嵐騎士とは臆病者の集まりか!」


 その挑発に、青嵐騎士はあっさり食いついた。わっと真澄めがけて刀を突きだすが、真澄はそれをいとも簡単に捌く。傍にいた奏多を狙った者もいたが、そちらもあっさりしたものだ。薄暗いこともあり、奏多が青嵐騎士であることに気付く者はいない。


 真澄が馬首を返した。要するに敵に背を向けたのだ。それと同時に奏多が指示を出し、玖暁軍もそれとなく後退を始める。だが躍起になっている青嵐軍は、まさか自分たちがいいように踊らされ、連城の街から引き離されているとは気づかなかった。


「ついてきているか?」


 真澄が隣を疾走する奏多に問う。奏多は頷いた。


「まったく想定通り」

「よし。全軍、反転ッ」


 真澄の一声で、敵に背を向けていた玖暁騎士たちが一斉にくるりと青嵐軍に向きなおった。そしてまた青嵐軍と切り結び、少ししてまた後退する。それを繰り返すと、青嵐軍は一気に街から引き離された。これこそが玖暁軍の策である。三方向から同時に攻撃をかけて戦力を分散させ、挑発しつつ後退し、敵を連城から引き離す。真澄、瑛士、狭川の三部隊はあくまでも「囮」だ。


 真の戦いはこれから――街の反対側から突入する、高峰の部隊にかかっている。






★☆






 闇の中で待機していた高峰隊は、青嵐軍が玖暁軍に挑発されて街から離れていくのを見計らい、裏門を破壊して街の中に侵入した。街の中にも当然青嵐騎士は残っているだろうが、物の数ではない。


「さてと……」


 部隊長、高峰(しょう)はおもむろに、隣で緊張しきっている少年を見やった。


「名前、聞いていなかったね。教えてくれる?」

「桐生、宙」


 宙はぎこちなく答えた。彼は真澄に願い出て、この別働隊に加えてもらったのだ。そして高峰の傍にいるよう指示されていた。


「宙か。僕は高峰翔だ、よろしくね」

「う、うん……」

「緊張してる?」

「すごく……」


 治安警備に就いていた宙にとっては初めての戦争だ。今までのは「喧嘩」の規模の戦いだったので、このすごさに慣れない。


「僕は今でも緊張しているよ。人と命のやり取りをするこの場所で、緊張しないわけがない」

「そうなのか? 俺には高峰さんが緊張しているように見えないけど……」

「緊張の隠し方を覚えただけだ。君も、自分からこの部隊に参加を申し出たそうじゃないか。たいした勇気だよ」


 ほんわかとした高峰の語り口は、兄の奏多とも昴流とも違っていた。だが、聞いていて落ち着く声音であることは三人とも共通だ。


 高峰と宙、他数名の騎士が街に入る。その時には既に先行した部下たちによって入り口付近は制圧されていた。街の制圧は彼らの仕事であるが、連城の自警団を探すのは高峰と宙の役目だ。


「行こうか。街の奥に自警団の集会所がある……きっとそこだ。案内するよ」


 部下に対しても優しい口調で、高峰は走り出す。宙たちもそのあとを追った。


「詳しいの? この街のこと」


 宙が問いかけると、高峰は複雑そうな顔をした。


「生まれ故郷なんだ」

「あ……」

「こんな風に蹂躙されているところを見ると……心が痛むね」


 突撃部隊として適任だったのも勿論だが、彼本人がこの街に詳しい、さらには「自分の手で助け出したい」と思っていることが、真澄には分かっていたのだ。


「……きっと無事だと思うよ。いや、そう信じなきゃ」


 宙が急にそう言ったので、高峰は驚いたように目を見張った。


「連城に住む大体の男は、みんな自警団に所属しているって聞いたよ。高峰さんの家族も、そうなんじゃないかなって」

「……驚いた。確かにうちの父が自警団に所属している。よく分かったね」

「高峰さん、必死な顔してたから……そう言う顔をするときは、大事な人のこと考えているときなんだよ。俺の経験上」


 宙が顔を上げる。


「俺も力を尽くすから、絶対みんな助け出そう」


 そう言うと、高峰が少し笑った。宙が瞬きをすると、高峰は微笑んだまま答えた。


「有難う。小瀧が言った通り、君は頼りになるね」

「えっ、す、昴流が俺のこと頼りになるって……?」


 昴流にとって宙は弟のようなものだし、実力的に自分が昴流に敵わないことを知っている宙は、純粋に驚いた。昴流がそんな風に高峰に話していたとは思わなかったのだ。


「『戦う力も勿論だが、宙はこちらが何も言わずとも察してくれる。気付かないうちに、精神的に支えられてしまっていたよ』……と言っていた。ああ、僕が喋ったって小瀧には内緒だぞ?」

「う、うん」


 面と向かって褒められると、やはり照れくさい。


「部隊長!」


 後続の騎士が警告の声を発する。やや前方の小道から敵が飛び出してきたのだ。まっすぐ、抜刀すらしていない高峰に斬りかかる。


「高峰さん!」


 宙が叫ぶ。だが高峰は相手の刀が自分に届くより早く、敵を下から逆袈裟で切り上げていた。絶命した敵の横で、高峰は刀の血を振り落とす。


「猛突進する馬を止めようと前に立ちはだかっても、逆に弾き飛ばされて止めることはできない。分かる?」


 悪戯っぽく高峰が言う。宙にはもちろん言わんとしていることが理解できた。要するに――


 何者も、いまの自分を止めることはできない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ