18 玖暁奪還、始動
たっぷり二日間の休養を取った真澄らは、いよいよ皇都奪還に乗り出すこととなった。軍議室には狼雅と黎が待っていて、真澄を一目見た狼雅がにっと笑う。
「……よう。やっと俺の知る真澄に戻ったな」
「ええ、おかげさまで」
真澄も微笑む。追従するのは知尋と瑛士だった。狼雅が知尋に目を向ける。
「知尋も、少しは落ち着いたようだが……大丈夫か?」
「まさか貴方に心配されることになるとは思いませんでした」
「俺だってたまにはそう言う気分にもなる」
「……そうですか。有難う、もう大丈夫です」
知尋の答えに狼雅は腕を組んで頷いた。
「なら、本題に入る前に話してくれないか? 皇都で矢吹と会った後、お前はどうやって真澄たちと合流した? 深那瀬に行ったときは、何をされた」
「……矢吹と戦って敗れた私は、そのまま皇都の傍にある地下遺跡に連れていかれました。この遺跡のどこかに強い力を持つ神核があるから、それを探せと言われて」
「で、それをお前が見つけたのか」
知尋は無言でうなずく。あの雷の大神核を見つけたのは他でもない知尋で、彼が神雷の大神核を「懐かしい、知っている」と言ったのは当然だったのだ。
「そのあとすぐ、矢吹は私の記憶を消しました。いえ……消したのではなく、忘れさせたのですね。現にいま、私ははっきりあの時のことを思い出していますから……皇都の外に放置されて、目が覚めた私は自分が味方を見捨て逃げたのだと思い込んだんです。それでそのまま、真澄を追って彩鈴へ」
真澄は沈黙を保っている。
「深那瀬の聖堂で大神核を見たときは……急に気分が悪くなって。正直、あの時何をしたのかはよく覚えていません……気が付くと大山脈のあの場所にいました。その時奴が勝手に色々喋ってくれましたよ」
知尋が顔を上げた。
「自分は和泉の生まれで、前皇の人造神核実験のために故郷が犠牲になった。その復讐をするために大神核を集め、その複製を大量に造っている。真澄に呪いをかけたのは、大神核を集めさせるためだった。それで玖暁に、自分の故郷と同じ被害を与えてやろうと」
「こっちの読み通りだな……にしても矢吹は、なんで大神核の存在を知っていたんだ?」
狼雅が顎をつまむと、沈黙していた真澄が口を開いた。
「和泉で実験をした神核は、大神核を人工的に造ろうとしたものだったのですよ」
「なに!?」
狼雅が顔色を変える。
「父は知っていたんです、大神核というものを……私は幼いころ、和泉での実験の成果を誇らしく語る父の言葉を聞いた覚えがあります。その時は大神核と言う名だと知りませんでしたが……今やっと、納得できました」
「ということは、だ。うちの親父がその情報を玖暁の前皇に流したってことだな……」
「おそらく、そうでしょう。生き残っていた矢吹が実験関係者の話を聞いていたとしてもおかしくはありません。矢吹は自分の故郷を襲った人造神核のモデルが大神核であるということを知り、神核研究が盛んな青嵐に渡った。そして彩鈴経由で入手した人造神核の作成方法を参考に、今度こそ完全な大神核の複製品を作ろうとした……」
「……ったく。元凶は全部俺たちの親世代じゃねえか。ろくでもないもんを遺していきやがって」
狼雅の舌打ちに真澄は苦笑を浮かべた。
「しかし、このあと矢吹はどうするつもりでしょうか。足取りも途絶えてしまいましたし……」
瑛士が呟くと、知尋が言った。
「これは私の勘ですが、矢吹はもう王冠を率いることはないと思いますよ。つまり皇都にはいない」
「なぜそう思う?」
「あの男は別に王冠に愛着があるわけではなく、その身分を利用していただけです。三つの大神核の複製品を手に入れると言う目的を達した今、王冠にはなんの価値もない。むしろお荷物だ。そんなものを後生大事に抱えているほど責任感の強い人間だとは思いませんね」
それは確かにそうだ。だとすればこれから――というか最初からそうだったが――矢吹佳寿は単独で行動を起こしてくる。指揮権を放棄された王冠たちはどうなるだろうか。何をどうすればいいかの指示がないまま、混乱しているに違いない。
皇都を狙うなら、今しかない。
「矢吹一人で複数の神核、しかも大神核並みのものを暴走させるのはさすがに時間がかかります」
「結局俺たちは完全な後手だ。矢吹の行方は諜報員に全力で探らせる。時間があるなら、奴が神核をぶっ放す前に何らかの成果はあげられるはずだ」
知尋と狼雅の言葉に、真澄が頷く。
「お願いします。……それと狼雅殿、諜報員をぜひ和泉へ派遣していただけませんか」
「分かった」
狼雅は迅速に対応した。すべての指示を出し終え、黎に地図を出させた。天狼砦を中心とした周辺地域の地図だ。
「いま俺たちが真っ先にするべきなのは玖暁の奪還だ。皇都を取り戻しちまえば、矢吹なんぞ袋の鼠だな」
実際は、佳寿は転移術を使えるので袋の鼠にはならない。追い詰めても逃げられればおしまいである。が、それでも狼雅が楽観的に言ったのは気持ちの話である。
そこから話題は、皇都奪還作戦の軍議となった。史上初の、玖暁・彩鈴の連合軍である。力量的には彩鈴が劣り、人員は玖暁が劣る。気質的にはまったく反りが合わない。これらをどう束ねるかが問題だ。玖暁皇国軍司令は瑛士、彩鈴王国軍司令は黎、それらふたつをまとめた連合軍総指揮は真澄が執ることになるだろう。
黎が報告書らしき書類を手に取り、紙面に視線を落とした。
「天狼砦奪還から、周辺諸侯が続々と砦に集結しつつあります。主だった顔ぶれとしては、風見領主の蓮井侯爵、日向領主の大滝伯爵……」
黎は幾人かの名を列挙した。真澄が腕を組む。
「……連城は?」
真澄が口にしたのは、行きに立ち寄った久遠という街のやや北にある街の名だ。そこを治めるのは爵位を持った貴族ではない。民衆全員が街の政策に携わり、民衆の代表者たちが集まって実際に統治を行う。現代日本で言う民主的な街だ。
玖暁は建国して三〇〇〇年を超えるが、その歴史の中で幾度か国内分裂が起こった。独裁的な貴族たちと、彼らからの独立を求める庶民たちが激しく闘争を繰り返す時代があったのだ。その中で、玖暁の東部に貴族、西部に市民とはっきり境界線が設けられた。その名残は、現在の玖暁に残っている。
玖暁東部の街は、爵位を持つ貴族が「領主」として街を統治している。議会などはなく、領主である貴族の一存ですべてが決まる。街を守るのはその貴族の私兵団のみだ。和泉がその体制だった。
玖暁西部は、民衆たち自身が街を作っていく、「支配者」という存在のない街ばかりである。民衆の代表者数名で議会が組まれている。街を守るのは、その土地に住む一般人たちで形成された自警団と、皇都から派遣された常駐の騎士だ。久遠、そして真澄が名を上げた連城がそうである。
連城はそう言った街の中でもトップに立つ権力を持った巨大都市だ。街の運営も勿論だが自警団の優秀さも抜きんでており、常駐していた騎士の一隊とも連携できる見事な者たちだった。故郷解放に乗り出すのは連城が一番手であろうと真澄は思っていたが、合流していないらしい。それだけでなく、他の西部の街の名もなかった。
黎が首を振った。
「連城をはじめとする西部の街は青嵐軍の制圧下にあり、自警団も騎士も身動きが取れない状況のようです。戦力としては貴族の私兵団よりも自警団のほうが上ですから、青嵐の取った行動は的確でした」
「確かにな。だが彼らはその程度では終わらん」
真澄が不敵な笑みを見せる。この表情も久々だ。
「私は天狼砦に戻って、祖国奪還のため挙兵する。その上で諸侯に檄を飛ばせば、私の生存を疑って引っ込んだままの諸侯も参戦する。そして連城をはじめとした都市も、青嵐の制圧を破るだろう。彼らにはそれだけの力がある」
その言葉に、狼雅も頼もしそうにうなずいた。
「まったくだ。さて、じゃあどう攻める?」
知尋が顎をつまみ、地図を覗き込んだ。
「天狼砦は青嵐の本国と皇都の繋がりを断てる要所ですが、逆に見れば挟撃の危険性もありますね。まあ皇都のほうはともかく、青嵐本国からそろそろ増援が来てもおかしくはありません」
青嵐本国に残っているのは騎士団だ。王冠ほどの脅威ではないものの、人員は多く侮りがたい。
「留守役が必要ってことだな。そういうことならうちの騎士を駐留させよう。栖漸砦に詰めている奴らを向かわせる。王都から派遣するより速いだろう」
「それでは栖漸砦の守りが薄くなりますよ、危険では?」
「駐留しているのが彩鈴軍だとばれたらな」
その言葉で真澄は悟った。秘密裏の内に彩鈴軍が合流して天狼砦を守っていても、青嵐軍は彼らが玖暁騎士だと思い込む。しかも青嵐は先日、舐めてかかった彩鈴軍に痛い目を見ている。この期に及んでもう一度栖漸砦を攻めようという気にはならないだろう。だったら軍を立ち上げたばかりで脆いだろう玖暁軍を襲うはずだ。
「彩鈴は籠城に徹する。要塞設備には詳しい奴ばかりだ、後ろは任せろ。その間にお前たち本隊は、周辺の街を解放しながら皇都を目指せばいい」
「問題は皇都でどう戦うかですね。力圧しになれば民衆に被害を出しかねない……どうすれば王冠を引きずり出せるだろうか……」
真澄は眉間に皺を寄せて呟く。もし真澄が利己的で、祖国の勝利が最優先と考える人間ならば、こんなことで悩みはしない。砲撃台を持ち出して一発ぶっ放せばそれで済む。民衆を巻き込みたくないと考えるからこそ、真澄の戦いはとても難しく面倒で、そして素晴らしい。
難しい面はまだある。真澄たちからすれば、皇都の民は全員が青嵐の捕虜になっている状態に等しい。青嵐が民衆に何をするか、それ次第で策は変わってきてしまう。建物などまた建て直せばいい、と執着がない真澄だから、民衆を遠ざけることさえできれば皇都の城壁を破壊してもいいのだ。
ただ可能性としては、皇都の民衆が真澄らの姿を見て暴動を起こすこともあり得る。いくら非力な民だからといって、住人約十五万人が一斉に蜂起すれば、いくら青嵐軍といえども無視はできない。加えて、李生がいる。玖暁解放の軍が皇都に到着した際は、皇城の内部から呼応すると宣言した李生が。彼は「有言実行」という四字熟語の生きた見本である。
その後彼らは綿密に策を練った。戦略の天才である真澄と、自らはからきしだが策を作り出すことだけは巧みな狼雅が主となって案を出し、実際に戦場に立つ瑛士と黎が修正を加え、知尋がまとめていく。一息ついたところで、狼雅が真澄を見やる。
「ところでだ、真澄。聞いておきたいことがあるんだが」
「なんでしょうか?」
「この玖暁解放の戦い、何をもって『勝利』とする?」
鋭い問いかけに、真澄は黙って狼雅を見返す。
「皇城の玉座を取り戻したらか? それとも、青嵐を叩き潰したらか?」
「……」
「玖暁は何度も青嵐と戦争をしてきた。お前たちが何度も辛い目に遭った。それでもまだ、追い返すだけにするつもりか? 青嵐を攻め滅ぼして併合してやるくらいやっても誰も咎めん。むしろ、誰もがその展開を望むぞ」
狼雅の一言が真澄の耳に鮮明に届いた。真澄はゆっくり狼雅に向きなおる。兄の気配が変わったのを感じた知尋が驚いたように真澄を見やった。
「私は、『青嵐王を会談の席に引きずり出して』勝利とします」
「引きずり出して、何を誓約させる?」
「別に何も誓ってほしくはありません。ただ、民を守ろうとする王の心があるのかを問います。己の弱い心に付け込んで好き勝手やった男と、貧困にあえぐ神都の民を見て、何も思わないのかと。……もしまともな返答がなければ、私が王の座から引きずりおろす。そのあとのことは、どうぞ狼雅殿に任せます」
青嵐王に世継ぎはいないと聞いている。有力な外戚もなく、このままではいずれ今の青嵐王家は消滅する。そうなれば戦勝国の統治下に置かれる。加えて彩鈴は、本音で言えば青嵐の領土が欲しくてたまらないのだ。青嵐も極寒の地ではあるが、彩鈴よりは暮らしやすい土地で、神核鉱脈も鉄鉱山もまだまだある。彩鈴は青嵐を攻め滅ぼし、併合したいのだ。
「ただし……貴方が非人道的な振る舞いで青嵐の大地から資源を搾取するならば、私は貴方に刃を向ける」
「……」
「『攻め滅ぼす』……それで犠牲になるのは、その地に住む民たちです。そのことを努々お忘れにならぬよう、頼みますよ」
「……失言だったな。悪かった、許せ。俺としても、国益優先とはいえさすがにそこまではできんよ」
狼雅が軽く両手を上げた。真澄は笑みを浮かべ、黎に問いかけた。
「黎、青嵐王の傍に仕えている諜報員はいないのか?」
「いえ、いますよ」
「我が軍と青嵐軍が衝突する際、その映像を青嵐王に見せつけてやってほしい。降伏の旗が揚がるのは、早いほうがいい」
真澄は青嵐王に会ったことがないが、話で聞く限り相当臆病な心の持ち主だ。味方が押されているさまを見れば、すぐ真っ青になる。玖暁を恐れて降伏を選べば、その分戦う時間も犠牲の数も少なくて済む。
黎が黙ってうなずいた。
この後することは、まず真澄たちは天狼砦へ行く。そこで兵をあげ、人員を集める。その間に黎も彩鈴で騎士団をまとめ、編成をすることになる。つまり、またしばらくの間別行動だ。そして玖暁軍が皇都へ向け南下を始めたら、呼応して黎も出撃する。
黎が真澄に小型通信機を渡した。
「通信機です。奈織に渡せばすぐ使えるでしょう。これでいつでも連絡が取れますので」
「ああ、有難う。……ところで、奈織は黎と一緒でなくていいのか?」
真澄が問いかけると、黎は微笑んだ。
「己が役に立てることをしろ、と常々言い聞かせています。私とともにいても、奈織は騎士団のことなどさっぱり分からないでしょう。でしたら、多少なりお役にたてるほうにいたほうがいい」
「……分かった。責任をもって預かる」
真澄はそう言って通信機を懐にしまう。瑛士が前に進み出て、黎に右手を差し出した。
「よろしく頼むぜ、騎士団長」
黎はふっと笑みを浮かべ、その手を握った。力強い握手だ。
「お互いにな」
瑛士は頷き、真澄らと共に軍議室を出て行った。狼雅が黎の横顔をちらりと見て、満足そうに腕を組む。
「……変わったな、黎」
「変わらざるを得なかったんです。おかげで……あの連中といると、楽しいですよ」
漏れ聞こえた黎の本音を、狼雅は聞こえなかったふりをしてやった。




