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和装の皇さま  作者: 狼花
壱部
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4 舞うは鮮血、散るは儚き命

 神核術のすごさと、殺し合いの中にあって表情一つ変えない知尋たちの様子に、巴愛は言葉をなくした。昴流も硬い表情で、巴愛が自分より前に出ないように庇っている。ここは風も強く、打ち出した炎の熱がこちらに流れてくるため、異様に汗ばむ。


「――ふたりとも、そこは危ないです。私の後ろに来なさい」


 不意に呼ばれ、巴愛がはっとして顔を上げる。知尋は相変わらずこちらに背を向けたままだが、今の言葉は明らかに巴愛と昴流に向けられていた。知尋は当然のこと、他の神核術士たちもぴくりとも反応しなかったというのに、気付いていたのだ。


 昴流に手を引かれ、巴愛は知尋の後ろまで移動した。知尋は相変わらず戦場を見つめている。


「ここは敵の神核術も砲撃も届きます。攻撃が来たら私が防ぎますから、動かないでください」

「あ、有難う御座います、知尋さん……じゃなくって、弟皇陛下」


 慌てて言い直すと、知尋がくすりと笑った気配がした。


「おや、もうばれてしまったんですか? 細かいことは落ち着くまで伏せておくつもりだったのですが。小瀧、ばらしましたね?」

「も、申し訳ありません」


 昴流が頭を掻く。そういう意図があって黙っていたのか、と昴流は納得する。


「冗談ですよ。巴愛に色々話してあげてほしいと言ったのは私たちですからね……城壁にあげるなんてもってのほかだ、と真澄に怒られそうな気もしますが、まあそれは私がなんとかします。今は、神核術というものを見ておいてください」


 知尋の背中から感じる雰囲気は、ひどく真面目だ。


「神核は強い力です。こんなふうに、人を殺せる。その恐ろしさを忘れれば油断が生まれ、油断は死に繋がる。巴愛、貴方もいつか神核に触れる日が来るでしょう。その時は神核を恐れてください。自分の手の中にある小さな石に、大軍を潰せるほどの力があるということをね」


 知尋はそれ以上何も言わなかった。代わりに昴流が、小声で説明をする。


「神核を使う際、心が乱れていると術が暴発します。それこそ、この砦を一撃で吹き飛ばせるかもしれない。だから神核術を使うときは何があっても冷静でいなければならないのですよ」


 だからここにいる人たちはみな表情を変えないのだ。平静でなければ味方を巻き込み、大勢の死者を出す。その緊張と重圧の中で平静さを保つのは、並大抵のことではない。あたしには絶対無理だ。


「そんなことないですよ」


 急に昴流に言われてぎょっとしたが、どうやら最後の呟きが無意識のうちに口から出ていたらしい。昴流が微笑む。


「冷静といっても、要は術を使うために必要な【集中】の間、別のことを考えなければいいんです。つまり【集中】しながら明日の晩御飯なんだろう、とか考えるなってことですよ」


 その表現はストライクにツボにはまった。なんとか笑いをこらえることに成功する。


「じゃあ、あたしも神核は使える?」

「人間は生まれたときから魔力を持っています。巴愛さんは今まで使う機会がなかったというだけです。さっきも言いましたが神核は生活必需品ですから、少し習えば使えるようになりますよ」


 使ってみたいと巴愛は思ったが、知尋の言葉で踏みとどまる。その生活必需品が人を殺せる道具になるというのは、確かに恐ろしいことだ。だがよくよく考えれば、食材を切るのに必要な包丁でだって、人は殺せるのだ。それと同じようなことだろうか。


「まあ……今言ったのは一般的な話です。こんな風に目の前で人が死ぬさまを見ながら平静でいるのは、確かに並大抵のことではありませんよ」


 昴流がポツリと付け加える。無表情で人を殺していく彼らは無情な人間に見られがちだが、むしろ彼らこそ命の重みを知る人間なのだ。彼らの援護あってこそ、玖暁の戦いは成り立つ。


 知尋は部下たちに指示を続けている。そういえば彼はさっきから一度も自ら神核術を使っていない。世界一と呼ばれる魔力の持ち主の術を、ちょっと見てみたいのだが。


「弟皇陛下は戦わないの?」


 小声で昴流に尋ねると、昴流は首を振った。


「いえ。けれど弟皇陛下ほどになると、いま術士たちが使っている小規模の術は使いにくくなってしまうんです。魔力が大きすぎて、どうしても派手な術になってしまう。だからここぞという時にしか陛下は術を自ら使いはしません。それに陛下には戦いの後にこそ役目がありますから」

「役目?」

「お忘れですか? 弟皇陛下は世界で唯一、治癒術を使える方なんですよ」


 そう言われ、あ、と巴愛は思い至った。治癒術を使えば怪我はたちどころに治ってしまう。知尋の重要な役目は、戦後負傷した兵たちの治療にあたることなのだ。


 その時、どおんと今までにないくらいの轟音が響いた。知尋がはっとする。


「砲撃……青嵐側も持ち出してきましたね」


 遠距離からの間接攻撃として神核術が一般化した昨今だが、今でも砲弾を打ち出す砲撃はかなりの脅威だ。玖暁の第一師団は人が五、六人でやっと動かせる巨大な砲撃台を使う。現代的に言うならば「戦車」と同じだ。砲撃台は重く巨大なので移動はままならないが、その威力と、重いからこその脅威の耐久力は敵の侵入を防ぐ壁となる。燃料エネルギーが近代化した現在でも、火薬の強さは半端ではない。一弾で周囲にいた騎士をまとめて吹き飛ばすことができるのだ。


 青嵐から発射した砲弾は、玖暁と青嵐が激しく戦っている部分に着弾した。膨大な量の土煙が上がり、敵味方関係なく人間が吹き飛ばされた。着弾した部分には巨大なクレーターができている。


「味方も巻き込むなんて、相変わらず卑怯な奴ら……」


 昴流が呟く。そのとき、ひとりの神核術士が悲鳴を上げて城壁上に倒れた。


 砲撃に気を取られた一瞬で、神核術が仕掛けられたのだ。大抵の者は咄嗟に防護壁を張ったが、まだ年若い新人と思われる術士は対応が遅れ、攻撃を喰らった。統制を保っていた城壁の神核術士たちが僅かに崩れる。


 続けざまに地上から火球が飛来する。一度崩れた態勢を戻すタイミングがなく、火球が次々と頭上をかすめていく。


「巴愛さん、伏せて!」


 昴流が怒鳴りながら巴愛を押し倒した。同時に腰に帯びた刀を抜き、飛んでくる火球を刀で振り払った。やはりその流れるような動き、洗練された本物の騎士だ。


「十二時の方向、敵の砲弾来ます!」


 悲鳴のように騎士が報告する。昴流が舌打ちする。さすがに砲弾は斬れない。刀を放り出した昴流は巴愛の元に駆け寄り、彼女に覆いかぶさって自らの背で衝撃から庇おうとした――。


 だが、砲撃はなかった。城壁に立つ人影がひとつ。知尋だ。片手を中空に掲げたまま静止している。その前には、今まで術士数十人で張っていたのと同じ規模の防護壁が、知尋一人の魔力によって構成されていた。そしてその防護壁にぶつかっているのは、巨大な砲弾だ。


 味方が崩れ始めたその時から、知尋は【集中】して対応していたのだ。


「そんなに慌てないで。私がみなをむざむざ死なせるとお思いですか?」


 知尋の言葉と笑顔に、術士たちも笑みを浮かべた。


「無事ですか、巴愛」


 知尋に問われ、巴愛は頷いた。


「は、はい! 有難う、昴流……」


 昴流は身体を起こし、微笑んだ。


「さて……真澄はそろそろ敵本陣に入るころですね」


 知尋はそう呟く。と、静止していた砲弾がいきなり火を噴き、そして跡形もなく消え失せた。これも知尋の術だ。


 手を下ろすと結界壁も消える。知尋の口元には笑みがあった。


「今の砲撃で青嵐(あちら)はさぞご満悦でしょうね。……少しばかりお返ししなくては」


 知尋の身体が白く光った。おそらく最初で最後の、知尋の攻撃だ。


「皆さん、気を付けて。少々眩しいです」


 その言葉と同時に、術が発動した。


 閃光が戦場に迸った。





★☆





 すぐ横に着弾する敵の神核術を部下に防がせ、青嵐神聖国軍の指揮官は、苛立ちと恐怖と焦りで殆ど土気色の顔をしていた。


 玖暁騎士の強さは身に染みて知っている。それでも自分は玖暁との戦いを何度も生き延び、こうして指揮官にまで上り詰めた。その自負が退却は許さない。退却すれば、世間が許しても「あの男」が決して許しはしない。どうせ自分は打ち首か、良くても騎士の位を剥奪されるだろう。


 もう自分たちに勝利はない。ならばせめて多くの騎士を倒し、願わくば敵将を倒す。


 玖暁の兄皇、鳳祠真澄は常に前線に立ち、自ら陣形を崩してくる。その傍に仕える騎士団長、御堂瑛士も当然一緒だろう。どちらか一方でも倒れれば、青嵐にとっての大きな脅威がひとつなくなることになる。


 だが相手は剣の達人である真澄、そしてその真澄に剣を教えた瑛士だ。数で囲もうと容易く突破され、勿論一対一など敵う訳がない。そうなればやはり、不意を突いて砲撃をしかけるしかない。


「兄皇を引きずり出せ! 兄皇を討ち取ることだけに専念しろ!」


 そう指示を出した途端、前方を固めていた部下が切り崩された。ぎょっとした瞬間、まるで突風のような勢いでひとりの青年が斬りこんでくる。いましがた討ち取るよう命じた、兄皇その人だ。馬に乗っていたはずだが、どういうわけか徒歩である。だがそれでも、馬上の敵を呆気なく倒すのだから相当な実力者だ。


「私をお呼びかな?」


 真澄はそう尋ね、不敵な笑みを見せる。冷たく澄んだ笑みだ。皇としての真澄は穏健そのものだが、戦場では皇ではなく、彼はひとりの「騎士」だ。武人として敵を倒し、自国に勝利をもたらすために戦っている。無駄な殺生を好まず、敗走する敵を決して追わない彼でも、ひとたび戦場に立てば慈悲の心は捨てている。


 この強さ。ひとりでここまで来た技術的にも、揺るがない意思を持つ精神的にも、この強さが、たった十年で悪政の玖暁を立て直した男だ。


「兄皇……! まさか、ひとりでここまで……!?」

「時間が惜しくてな。……刀を抜け。貴様も騎士であるならば部下に守られ後方に隠れたりせず、自らの意思で私の前に立て」


 真澄の刀はすでに血に濡れている。


 やりあえば、必ず負ける。


「それとも、このまま兵をまとめて撤退するか? 私の名誉にかけ、貴様らの背後を襲うような真似はせん」


 真澄から笑みが消えた。真澄は逃げろと言っている。それは決して挑発ではなく、真澄の本心だ。仮に逃げても本当に追いはしないだろうし、降伏を申し出れば快く受け入れるはずだ。


 この男はそういう人間だ。寛容で、人と手を取り合って生きていこうとする。恐怖で支配するいまの青嵐とはまるで逆で、だからこそ慕われる。


 だが青嵐に生まれ、青嵐の騎士となったからには、祖国に殉じるほかに道はない。血気盛んな部下たちのこと、ここで撤退を呼びかけても受け入れない。彼らが負けを認めるのは、徹底的な敗北に直面したときのみだ。――さすがに指揮官が討ち取られ、戦いを続行するほど愚かではないだろう。自分が、部下たちに仇を討ちたいと思わせるほどいい人間だったとも思わない。


「……お言葉は有難く頂戴するが、我らにも事情がある。避けられぬ死であれば、せめて最期は華々しく!」

「……そうか、ならばもう何も言わない」


 真澄が刀を構えた。下段の構え。あくまでも受け身で、こちらの出方を待っている。


 刀を抜く際、側近にあることを言づけた。これからやることは卑怯極まりないが、勝ってしまえば勝ちは勝ち、卑怯など関係ない。それは真澄も重々承知しているはずだ。


 じりじりと部下たちが真澄を包囲する。一対多数。この時点でもう卑怯だが、真澄にはなんのハンデにもならない。玖暁騎士が扱う正統派剣術、『玖暁騎士団流』を基盤とした、しかし全く異なる剣術、『鳳飛蒼天(ほうひそうてん)流』の使い手である真澄の刀は、残像すら見えない神速の剣術だ。そして彼本人の能力として、異常に人の気配を読むのが上手い。これが、多数で仕掛けても返り討ちに遭う要因だ。


 意を決し、馬腹を蹴った。待ち構える真澄に刀を振り下ろす。真澄は即座に斬撃を受け止め、受け流した。その膂力は、やはり並ではない。こちらの手が痺れてしまうほど、重い。


 部下たちも一斉に斬りかかる。真澄はいとも簡単にそれらを捌き、叩き伏せてしまう。徒歩と騎馬という圧倒的差があるにもかかわらずだ。


 だがこちらとしても、何度も戦争を乗り越えてきた経験がある。それは自分の半分以下の年齢である真澄より、遥かに多いだろう。簡単には引き下がらず、真澄もぴくりと表情を動かした。


「……兄皇。お前はなぜ、皇でありながら前線に立つ? 皇の命は、そんな軽いものではないはずだぞ」


 ずっと不思議に思っていたことをつい口に出す。真澄は間合いを取りながら答える。


「なぜと言われても、それが私のやり方だ。……だが強いて言うのなら、私は将としてみなの命を預かり、そして私もみなに命を預ける。共に戦いたいと思う、私なりのわがままな意思表示かな」

「……成程な。きっとこれからの時代、お前のような男が世界を創っていくのだろう……」


 こんな皇が自分たちの前に立ち、時には横に並んで、背中を預けあってくれる。玖暁の騎士たちは、なんと心強い将を抱えているのだろう。羨ましいほどだ。


 その時、空を切る重々しい音が聞こえた。真澄ははっとして顔を上げる。


 来たか、と、何の感慨もなく思う。


 先程部下に言づけたこと――「戦っている味方ごと、真澄を砲撃しろ」である。


 その砲弾が凄まじい勢いで飛来する。狙いは確実、真澄の足元だ。危機を感じた真澄がさすがに身を引いた瞬間、刀を突きだした。ここで馬上の者との差が出た。真澄は肩口を刀に貫かれ、苦悶の表情を浮かべた。


「ぐ……っ、貴様、まさか自分ごと……!?」

「言ったであろう、華々しくと」


 刀に貫かれた真澄は身動きができない。砲弾はまっすぐこちらに来る。


 これで終わりだ。


 それが覆ったのは、明らかに誤算だった。否。その存在を忘れていた青嵐軍の負けだ。





★☆





 戦場に光の柱が突き刺さった。何本も何本も、天から現れては大地に突き刺さっていく。その柱が発する光は一瞬、輝きを収めたかと思えた。しかし次の瞬間には、柱は大爆発を起こしていた。周囲の青嵐騎士だけを凄まじい力で吹き飛ばした。砲撃などよりよほど威力がある。爆発に巻き込まれなかった者も、あまりの眩しさに一時視力を失った。この戦場で目を失うことがどれだけ危険か、みな知っている。


 身動きの取れない真澄の目の前で、砲弾が柱の爆発によって霧散した。敵将や青嵐騎士が悲鳴を上げて吹き飛ばされる。真澄は自分の肩に突き刺さったままの刀を引き抜き、地面に捨てた。血が迸ったが、この程度は気にしない。


 空を仰ぎ見ると、光の残像がまだ残っていた。こんな時だというのに、真澄は疲れた笑みをこぼす。


「……まったく、知尋の奴は。最後の最後に派手なものを……」


 と、敵将が身を起こした。地面に捨てられている刀を掴み、それを杖にして立ち上がる。真澄はそれに気づき、敵将に向きなおった。だがもうすでに敵将は満身創痍だ。それでも戦う意思は失っていない。


「兄皇……これが最後の一撃だ……」

「……まだ立つか。なら、私も貴様に敬意を表し、全力で迎え撃つ」


 真澄は刀を構え直す。この敵将は、青嵐には珍しく冷静な男だった。そしてこの状況でも倒れない不屈の意思と国への忠誠。それは本当に、尊敬に値する心だ。


 刀はやはり下段に構える。敵将も刀を地面から抜き、おぼつかないながらもきっちりと構えた。


 敵将が突進する。その勢いはさすが将官に任じられるだけのものである。


 真澄に斬撃は効かない。どこから斬りかかろうが必ず防がれるからだ。ならば打つ手は一つ、突きのみ。そしてその突きを敵将は行う。――それこそ真澄の狙いだとは分からずに。


 敵将の切っ先が触れるか触れないか微妙なところで、真澄が刀を振り上げた。敵将の刀が、それを握る手首ごと飛ぶ。返す一撃で、真澄の刀は敵将の首を刎ねていた。


 攻撃を受けてからの、神速の反撃技――突くために伸ばしきった腕を狙った、真澄のカウンター技だった。

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