14 理不尽な戦い
苦しげに胸を押さえている知尋が急に「逃げろ」と言った。大部分の者が戸惑ったのだが、黎が知尋の声にも勝る怒鳴り声をあげた。
「下がれ!」
その声に素早く反応したのは、やはり軍属の者たちである。瑛士が狼雅と真澄を庇うように下がり、昴流が巴愛を引き寄せる。宙は蛍の前に出て、奏多が奈織を下がらせた。
知尋の身体が激しい明滅を繰り返した。知尋の呼吸とともに光が強くなり、弱くなる。瑛士が身構えた。
「まさか、この様子……」
「何が起きてるんです、団長!?」
昴流が瑛士を問い詰める。瑛士は刀の柄に手をかける。
「昔、まだ知尋さまが幼かった頃にも同じようになったことがあった。『魔力が暴走した』……ということだったらしい。あの時は神谷団長が力づくで抑え込んでいたが……」
「魔力の暴走!? それ、神核の暴走と意味合い一緒だよ!? しかも知尋ほど強い魔力の持ち主だったら、下手すりゃここ、吹っ飛ぶ……!」
奈織の言葉でみなが動揺したが、騒ぎ出したり取り乱したりしないのは当然である。
瑛士が厳しい顔つきで一言告げた。
「……止める!」
「止めるったってどうやって!?」
「神谷団長と同じさ、力づくだ!」
「無茶だよ! その時は知尋が子供だったから抑えつけられたんだよ、成長して魔力も増大したいまの知尋には、力づくなんて通用しない!」
奈織が必死に訴える。瑛士は首を振った。
「それでもやるしかないんだ!」
瑛士は刀から手を離した。知尋を斬ることはしたくない。だから素手で飛び込むつもりだ。
だが走り出そうとした瞬間、知尋を中心に強い魔力の奔流が生まれた。その本流から矢のように光が飛来し、瑛士らを容赦なく襲った。みな咄嗟に避け、床に伏せる。
狼雅と、彼が支えている真澄に向けても光が飛んでいく。狼雅がその直前に神核術を使った。結界壁である。にっと笑い、心配する黎にひらひらと手を振る。あれでも神核術では相当な実力者だ。自分と真澄のことくらい守れるだろう。ほっとした黎が立ち上がった。
「瑛士、もう無理だ。戦って止めるしかない。素手で止めようと思っていたら、殺される」
「……ッ!」
瑛士は歯を食いしばり、刀を抜いた。その隣に並んだ奏多に、黎が指示する。
「奏多、狙えれば腕か足を折れ」
「! ……分かりました」
相手を無力化し、かつそれ以上の闘争を避けるための手段――奏多は黎にそう言った。だからそれを実行するしかないのだ。
「知尋! 知尋、目を覚ませッ……」
真澄が叫ぶ。狼雅が崩れ落ちそうになる真澄を支えた。
「真澄、無理をするな!」
「けれど……ッ! ……っ、ぐッ!?」
反論しかけた真澄は急に悲鳴を上げた。また発作だ。狼雅は初めて見たが、そのあまりの苦しみようにどうすることもできなかった。黙って真澄を押さえつけ、彼が力尽きて気を失うのを見守るしかなかったのだ。
完全に自分を見失った知尋は、力のままに神核術を立て続けに発動させた。雨のように降ってくる槍のような光に、それぞれ武器を振って対処する。
奏多が低い姿勢から飛び出した。狙いは知尋の左足。知尋を押し倒し、その左の膝の骨を踏み砕くつもりだった。膝への傷はかなりの致命傷だ。下手をすれば一生歩けなくなる。だが奏多には迷う暇がなかった。これで腕や肩を狙えば、確実に返り討ちに遭うのが分かり切っていた。
奏多に向けて撃ち出された高速の槍を、奏多は必要最低限の動きで避ける。そして一気に知尋を組み伏せようとした瞬間、一瞬奏多が現在地を見失った。
「兄さんッ!」
宙が叫ぶ声がした。次いで激しい衝撃。奏多は強烈な光の波動に弾かれ、壁に叩きつけられたのだ。傍にいた蛍が駆け寄って奏多の傷を診る。腹部がぱっくりと斬られていた。が、出血は少ない。鎌鼬のような攻撃だったのだ。
その蛍に向け、知尋の術が襲いかかった。蛍がはっとした瞬間、駆け寄った宙が蛍を地面に押し倒した。蛍に覆いかぶさった宙が苦痛の声を上げる。宙の肩口に光の槍が突き刺さっていた。
「宙……!」
蛍が矢を引き抜いた。蛍の手が血だらけになったが、彼女は構わなかった。すぐさま治癒術をかけ始める。
奈織が銃を撃つ。だがこの場にあって威力不足の銃弾は、知尋の身体に届く前に消えた。渦巻く知尋の魔力が熱を帯び、銃弾が蒸発してしまったのだ。奈織が「密度が大きくなった魔力は熱を帯びる」ということに気づいて愕然とした瞬間、またしても光の矢が飛んだ。奈織が悲鳴を上げ、咄嗟に巴愛が神核術を発動させる。光の槍は結界壁に当たったが、すぐに結界壁は破られた。だが奈織が逃げるには十分な時間だった。力を失った巴愛に向けられた攻撃を、昴流が刀で叩き落とす。そのあまりの速さに、細身な昴流は吹き飛ばされた。
仲間たちが次々と戦闘不能に陥っていく中で、瑛士と黎は初めて攻撃を仕掛けた。
瑛士が右から斬りかかった。知尋は指一つ動かさずに結界壁を張り、それを防いだ。黎も左から斬りかかったが、同じことだった。瑛士と黎の連携はことごとく防がれ、まったく歯が立たなかった。
「知尋さまッ!」
瑛士が叫ぶ。魔力の奔流に包まれた知尋がどんな表情をしているのかは分からない。それでも声が届いてほしい。そう思っての叫びだった。
一瞬魔力の奔流が弱まった気がした。はっとした瑛士がほんの僅かな間気を緩める。が、それ自体がフェイントだった。超至近距離で、爆発が起こった。
瑛士がさすがに床に倒れる。が、異常にタフな彼はこの程度でやられたりはしない。戦意は十分なのだが、腕を激しく損傷していた。刀を握ろうとして、それを阻む激痛に襲われる。
「あの結界壁さえどうにかできればな……!」
瑛士は悔しそうに呟く。黎が槍を水平に構えた。黎がこの構えを見せたことは一度もない。刺突の構えだ。
「あまり使いたくなかったが……」
黎はそう呟き、地面を蹴った。
その突進の速さは仲間内ではダントツだった。奏多や宙、蛍以上の速さである。その勢いで、黎の槍が結界壁とぶつかる。
激しい攻防だった。押し返そうとする結界壁と、結界壁を突き破ろうとする槍。黎が険しい顔つきで、一層の力を槍に込めた。
槍が結界壁を突き破った。その衝撃的なことに、みながあっと声を上げる。狼雅が腕を組んだ。
「黎の刺突の威力は、玖暁騎士にも王冠にもない破壊力だ。まあ、大体使った後に槍が耐え切れずに折れるのだが……」
狼雅の解説通り、黎の槍は半ばからぽっきりと折れていた。知尋が床に倒れている。だが魔力の奔流は収まる様子がなく、黎の身体に無数の傷を刻んでいる。
仰向けに倒れる知尋をまたぐように、黎は立った。そして腰に帯びている刀を抜き放つ。その刀の切っ先を、黎は知尋の喉元に当てた。
「黎! お前、何して……!?」
「兄貴、馬鹿なことやめてッ!」
瑛士と奈織が叫んだ。黎は振り返らず刀を突きつけたまま、静かに告げる。
「弟皇陛下は矢吹の手に落ちている。このままでは、いつまた同じことになるか分からん。利用され続けるくらいなら、いまこの場で……」
巴愛が大きく目を見張った。何が起きている? しばらく息も絶え絶えで、何があったのかをほんのわずかな間見落としていた巴愛だったが、倒れている知尋に黎がとどめを刺そうとしている場面だということはすぐに分かった。
巴愛が大好きなふたりが、殺し殺されようとしている。
ちょっぴり意地悪だけれど本当はすごく優しい知尋が。
最初も今もつっけんどんだけど、思いやりがあって頼もしい黎に。
――殺されてしまう。
黎が腕を引いた。狙いをつけて振り下ろされる。
「やめてぇッ!」
巴愛は思わず叫んだ。黎の刀の切っ先は、知尋の喉元すれすれで停止してしまう。
「やめて……いや……お願い、知尋さまを殺さないで……!」
「――巴愛殿」
黎が困ったような顔になり、ゆっくり刀を降ろした。いくら冷徹に徹している黎でも、女性に泣かれてしまうと困ってしまう。
その瞬間、黎の右足を太い氷の槍が貫いた。
「!」
巴愛が悲鳴を手で抑え込んだ。黎はがくんと床に倒れこむ。
瑛士が左手で刀を掴む。一応両方の手で瑛士は刀を扱える。氷の槍を黎に打ち込んだのは知尋ではなかった。彼はまだ床に倒れていて、気を失っているようなのだ。
「……甘いですよ、時宮団長。そんな女性の泣き声ひとつで決意を鈍らせるなど、貴方らしくないですね」
悠々と聖堂の入り口に姿を現したのはたったひとりの男だった。宙が肩を押さえながら立ち上がった。
「矢吹――!」
矢吹佳寿はにっこりと微笑んだ。と、一瞬でその姿が消えた。瑛士がはっとした瞬間、佳寿は知尋の身体を抱きかかえ、反対の手には神水の大神核が握られていた。どのような技を使ったのかは分からないが、とにかく瞬間移動をしたことに違いはない。瑛士が身構える。
「貴様……何の目的でこんなことをする!? 知尋さまに何をした!?」
「弟皇陛下の心の奥底に眠る狂気を起こしただけですよ」
「狂気……?」
「弟皇陛下には戦いを愉しむ狂気が眠っています。陛下ご自身もそれに気づいていながら、理性によってその衝動を抑えていた。私はその理性を奪ったというわけです。しかしまあさすがといったところですね。理性を失い暴走する神核術士を倒すとは、貴方たちも大したものです」
瑛士が睨み付ける。
「知尋さまを道具みたいに言うんじゃねえ……!」
「道具ですよ。私にとっては何もかも道具だ」
その即答に、瑛士も返す言葉がなくなった。代わりに口を開いたのは狼雅である。
「で、あんた何が目的なんだ? 王冠全投入での玖暁侵略も、知尋を利用したのも、大神核を集めるためのものだったのか?」
「そうです。しかし、別に私は大神核の強大な力が欲しかったわけではありませんよ。むしろ、その存在を抹消したいくらい憎んでいる」
「じゃあそれ返せや。憎いんだったら、今ここで蛍が消してくれるぜ!」
宙が怒鳴る。佳寿はにっこりと微笑んだ。
「それがそうもいかないんですよ。世界を滅ぼす力は、逆から見れば新たな世界を創りだす力にもなりえるのです。だから私は大神核を求めている。そこのふたつはもう用済みですから、差し上げますよ」
佳寿がそう言ったふたつとは、神炎と神雷だ。佳寿は知尋を抱きかかえたまま踵を返す。あまりに堂々としていて、瑛士ですら付け込む隙がない。
「――ああ、そうだ。折角ですからヒントを出しましょうか」
佳寿は不意にそう言って足を止め、振り返った。
「『和泉』」
「!?」
一同が驚く。巴愛は純粋に、急に聞きなれない単語が出てきたからだったが、他の皆は勿論意味を知っているらしい。そのうえでの驚きだ。
「それが私のきっかけであり、目的です。……それでは」
「ま、待て! 矢吹ッ」
瑛士が追いかけたが、佳寿は知尋と水の大神核と共に消え去った。
「くそっ!」
宙が床に拳を叩きつける。が、肩の傷に響いてすぐ呻いた。蛍が心配そうに支えたが、宙はその手を振り払ってみなに訴えた。
「追いかけなきゃ! 早く、矢吹を!」
「まあ待て」
冷静に口を挟んだのは狼雅だ。宙が食って掛かる。
「なんでだ!? あいつが持って行った神水がなきゃ大神核は消せない。兄皇さまの呪いも解けない! それに、矢吹の目的が『和泉』なら、たくさんの人が死んじまうんだぞ!」
「追いかけるって、奴がどこに行ったのかも分からん。加えていまのお前たちでは、返り討ちになるのが目に見えている」
全員が少なからず傷を負い、疲労困憊の状態だ。返り討ちは必至だ。
「まずは王都へ戻るぞ。……真澄が限界だ。これ以上呪いの進行を早めてやるわけにはいかない」
狼雅はそう言って、気を失った真澄を背負った。その姿を見て、宙も何も言えなくなる。
止血のための布を手早く足に巻いた黎に、巴愛が歩み寄る。
「あの……黎さん。ごめんなさい。あたしが声かけたから……」
そう謝ると、黎は微笑んだ。
「……君が止めなかったら、私は弟皇陛下を殺していたぞ?」
「そ、それは……」
口ごもった巴愛に、黎は首を振る。
「……有難う。私は大きな間違いを犯すところだった。それを君が止めてくれた。謝る必要はない」
黎はそう言い残して歩き出した。その背中を見送っている巴愛の傍に、昴流が歩み寄る。彼は吹き飛ばされて強打した肩を押さえていた。
「巴愛さん……行きましょう」
「うん……」
巴愛も頷き、昴流と肩を並べて歩き出す。
狼雅の横にたどり着いた黎に、狼雅がぽつっと告げた。
「……酷なことをさせかけたな。悪かった」
「――いえ」
黎は微笑んで首を振る。その後ろで昴流が巴愛にぽつりと説明してくれた。
「『和泉』っていうのは、玖暁の東にある都市の名前です。……前に、神核の暴走によって街がひとつ吹き飛んだって話をしたと思いますけど……和泉が、その街です。もう二十五年前のことですけどね」
「……その街に住んでいた人は?」
「全滅しました。記録上は、ね」
昇降機の元にたどり着き、それに乗った。例のごとく酷い揺れである。
「和泉がきっかけってことは……あの人はその街の生まれで、生き残ったってことかな?」
「そうなのかもしれません」
昇降機にどっかり腰を下ろした狼雅が腕を組む。
「和泉の壊滅には、ある悪い噂があったんだ」
「悪い噂?」
蛍に傷を治療してもらいながら、瑛士が尋ねる。
「玖暁の前皇、つまり真澄の父親は、戦争においての神核の破壊力に目をつけていた。で、人工的に神核を作る実験をしていた。ここまでは事実だ」
「……そうですね。その実験は真澄さまが即位されて真っ先に中止させたものでした」
神核は古代人たちが世界の存続のために残した力だ。それを掘り出して使うだけに飽き足らず人工的に作り、しかも戦争の道具にするなど言語道断。真澄はそう言っていた。
「和泉の街は、人造神核の試作品の実験に使われた、……という噂がある」
さっと宙が青褪める。
「神核が暴走して街が滅んだんだから……その実験は失敗だったのか?」
「いや、成功だ。何せ、『人造神核には街を一つ滅ぼす力がある』かどうかを実験したという話だからな。そして結果、街は滅亡。実験は成功だ。要するに……前皇は殺戮兵器の開発で、自国の民を実験台に大量虐殺したんだ」
その言葉にみなが沈黙する。黎が言った。
「……矢吹佳寿は、和泉の生まれなのかもしれませんね」
「そうだな。それで玖暁皇家、鳳祠を憎んでいる。和泉と同じように、皇都を吹っ飛ばそうとでも思っているのかもしれん」
「しかも大神核で……か。だがそうなると、神水だけを奪って他二つは用済みと言ったのはなぜなんだ」
瑛士が新たな疑問を提示する。答えたのは奏多だ。
「……大神核を人造するつもりでは?」
「人造!?」
「青嵐にはいまそれが可能な技術があります。彩鈴経由で、玖暁からもたらされた技術ですけどね」
それも先代の彩鈴国王の情報制度が可能にしたことである。狼雅が憮然とする。
「青嵐はそれをさらに応用し、実用化しています。大神核の複製品の作成は可能です。しかもただの複製品ではなく、本物より威力が勝るものです。それがいくつも。……となれば、本物である大神核は複製品を作ってしまえば不要になります」
そう報告する奏多はいつものぼんやりした様子ではなく、「李生に情報を提供していた有能な友人」の顔をしていた。やはりこの人は、仕事や任務の上ならこれ以上ないほど有能な人である。
「加えて言えば……矢吹が和泉出身であると仮定して、自分の故郷を滅ぼした人造神核と同じ複製品で、復讐をしようという皮肉もあるかもしれません」
「自分を苦しませたのと同じ方法で相手を苦しませる、か……嫌な性格だ」
瑛士が吐き捨てた。
彩鈴騎士には警備で竜戯湖に残るよう命じ、一行は王都、依織へ戻った。蛍が応急処置で治療してくれたおかげでみなそれなりに動けるようになったが、それでなくても今すぐベッドに横になりたい気分である。
だがそんなことを言っていられる場合ではなかった。一刻も早く佳寿の行き先を突き止めなければならないのだ。
「国王陛下!」
そんな火急を知らせる騎士の声は、王都の城門を間近にしたところでかかった。狼雅が振り返り、馬で駆けてきた騎士を見やる。
「どうした?」
「大山脈駐在の騎士から伝令です! や……山が吹き飛びました!」
「……は?」
さしもの狼雅も呆気にとられた。
「や、山が吹き飛んだんです! 玖暁国境よりやや西、第三地区が轟音とともに消滅したんです!」
「それ、もしかして巨大クレーターになってない!?」
奈織が身を乗り出した。すると、騎士はおののきつつも頷いた。
「ま、まるで玖暁の和泉跡のようになっていて……」
「神核の暴走! 山が吹き飛ぶくらいだったんなら、絶対それは大神核だよ!」
「矢吹か……!」
瑛士が歯を食いしばる。狼雅が険しい顔で問いかける。
「巻き込まれた者は?」
「登山道からは離れていたので旅人も騎士も被害はありません。ただ凄まじい熱を発していて山火事になっているので、騎士が消火活動にあたっています」
「そうか……そいつは一安心か。にしても……」
狼雅の口元に凄惨な笑みが浮かんだ。
「よくまあやってくれたもんだ。まさかこの彩鈴領内でなあ……誘っているとしか思えん」
「向かいます」
「おい、黎」
「向かわせてください、狼雅さま」
これほど必死な黎を、狼雅は初めて見た。――黎は元々熱血漢だ。知尋も助けたい、真澄も助けたい。どちらも捨てられない性格をしている。だからこそ、本当は矢吹を放っておけない。
「……分かった、行け」
黎が馬首を返した。誘われているなら、まだ現場に留まっている可能性が高い。
「俺たちも行くぞ」
瑛士が他の皆に言いかけた時、黎が制止した。
「瑛士、昴流、それから巴愛殿。三人は兄皇陛下とともに依織に残れ」
「! そういう訳には」
瑛士が反論したが、黎が軽く瑛士を睨み付けた。
「――お前たち以外の誰が、兄皇陛下を看取ってやれるのだ?」
雷に打たれたような衝撃が、玖暁に属する三人を襲った。看取る。真澄の死を。――もう避けられないことなのだ。
最初に立ち直ったのは瑛士だ。瑛士は目を閉じ、吐き出すように掠れた声で告げる。
「……頼、む」
黎は頷き、馬を駆った。奏多が瑛士の傍に馬を寄せ、その肩をぽんと叩く。
「俺たちみんなでついて行きます。心配しないでください」
「ああ、任せるよ。俺たちはここで待つ……」
奏多が心配そうな奈織と宙、蛍を促し、黎の後を追う。
狼雅はそれを見送っている瑛士らに声をかけ、王都の中に入った。
何も佳寿や知尋と戦う必要はない。神水の神核が目に見えるところにあって、蛍が消滅の術を発動させればいいのだ。それで真澄は救われる。瑛士らはそれを祈るしかなかった。




