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和装の皇さま  作者: 狼花
壱部
6/94

3 城壁より、降り注ぐ火の雨

 遅い朝食は美味しくいただき、片付けようと皿に手を伸ばす寸前に昴流がさっとかすめ取った。どうやら手伝いはするなといっているらしい。とはいえ、家事は自分一人でしてきた巴愛が、何もせず奉仕してもらうのは苦痛だ。


「今日くらいは僕にお世話役みたいなことさせてください。巴愛さんにやらせると、僕の仕事なくなるんで」


 昴流にそう言われ、巴愛は首を縮めた。


 昴流が食器を片づけている間、巴愛は室内に設けられた窓の前に歩み寄った。空は澄んでいて、穏やかだ。


「この窓、開けても大丈夫ですか?」

「ああ、全然問題ないですよ。さすがにここまで攻撃は届きませんからね」


 巴愛は錠を外し、窓を開けた。爽やかな風が吹き込んでくる。下は芝の庭があり、向かい側には高い石の壁がある。


「あの壁の向こうが、戦場?」

「いえ、戦場はもっとずっと遠くです。今いるここは、騎士たちが寝起きする宿舎なんですよ。向こうに見える建物が司令本部やら軍議室やらがある砦中枢。そのさらに向こうに城壁があり、水郷を挟んだ先が戦場である国境平原です」


 水郷、というのはなんだか日本の城のようだ。砦の周囲に深い堀をつくり、そこに水を流し込む。これで砦へ近づくには跳ね橋を渡るしかなく、敵の接近を食い止められる。


「この天狼砦は、玖暁と青嵐の国境沿いに建てられた巨大な長城なんです。この宿舎は今回の戦場から少しずれていますし、絶対安全ですよ」


 テーブルを拭いて綺麗にした昴流は、窓辺に立つ巴愛の傍に歩み寄った。巴愛が首をかしげた。


「……どうして、戦っているんですか?」

「青嵐は玖暁の『あるもの』を奪おうとしているんですよ。小さな紛争から大規模戦争まで、この争いは何十年も前から続いています。今回戦い始めたのが秋の終わりでしたから……もう三か月は戦いが続いていますね」

「三か月も!?」

「ええ。いつの間にか冬が過ぎ、そろそろ春になります。そう思うと虚しいですね」


 三か月も緊張状態が続いているのに、真澄や知尋、昴流の顔に疲れの色はない。そう装っているだけかもしれないが、信じられないことだ。こんな息の詰まる場所にそんな長く滞在することなど、巴愛にはできない。


「ところで、あるものってなんですか?」

「それは追々。いま一気に説明するより、実物を見ながらのほうが分かりやすいと思うので」


 昴流はさらりと巴愛の疑問を流した。


「まあ重苦しい話は後にして。ちょっと気晴らしに行きましょうよ」


 逆らうすべはなく、巴愛は昴流に背を押されて部屋を出た。


 飾り気のない廊下を歩きながら、昴流は口を開いた。


「巴愛さんの服、綺麗ですね。貴方の世界ではそういう服が一般的なんですか?」

「はい」

「じゃあ、僕らの服は奇妙に映るでしょうね」

「いえ、そんなことないです。私の国じゃ、ずっと昔に普通に着られていた服ですから」


 そう言うと、昴流が目を見開いた。


「そうなんですか。でも昔のことか……僕たちって古いんでしょうかね」


 腕を組んだ昴流を見て、巴愛は微笑んだ。昴流はちらりと巴愛を見、それから腕を解く。


「……といったものの、巴愛さんのと同じような服は、僕たちも着ることがあるんですよ」

「え!?」


 ならばなぜその格好をしないのだろうか。そのほうがこの世界観に合うのに。


「その服はつい最近、遠方の国から入ってきたものなんです。新しいファッションとして着る人もいますが、まあやはり慣れたこちらの着物のほうが楽なんですよ。あっちは値段が高い。兄皇陛下も弟皇陛下も、あまりお気に召していなかったようですし」

「な、成程……」

「どっちのほうが似合うと思います?」


 無邪気に尋ねられ、巴愛が慌てる。


「え、えっと……私からすればこの格好のほうがしっくりくるんですけど、みなさんお似合いですから……」


 昴流がくすりと笑った。


「すみません、わざわざ答えにくい質問して。優しいですね」

「そんなこと……」

「……巴愛さん、敬語やめてみません?」


 急に話を変えられ、巴愛はついて行くのがやっとだ。元々口に出す前に色々考える質なので、頭の回転は遅い。――否、昴流もじっくり考えながら言っているだろう。ただ巴愛と比べものにならないくらい頭の回転が速いだけで。


「人に敬語使われると距離感じちゃうんですよね」

「……距離?」

「あ、変な意味じゃないですよ? 護衛に任じられた以上、これから僕はきっと巴愛さんの一番傍に控えていると思いますから、あんまり余所余所しくてもおかしいでしょ?」

「そういうものですか?」

「そういうものです」


 昴流はそう結論付ける。


「でも、なんだかそれだと昴流を雑用係にするみたいで……」

「そんな風に思うからですよ。僕としては、そういう態度を取ってもらえたほうが有難いんですが」

「どうして?」

「子供のころ、貴族の家で働いていたんですよ。僕の家は侍従の家柄だったんで。そういう訳で、いつの間にか言われればほいほい奉仕しちゃう性格になってしまったというか」


 昴流は微笑む。


「だから、守るべき人に丁寧にされると調子が狂ってしまって。できれば巴愛さんが話しやすい口調でお願いします。そしていつか僕のことを、一番話しやすい友達だとでも思ってくだされば本望です」

「……分かった。いつかじゃなくて、今のあたしにはもう昴流が一番頼りになるよ」

「はは、それは光栄です。でも陛下とお話すればすぐ気は変わりますよ。陛下以上に頼りがいのある男なんて、そうそういませんからね」

「ふふっ……それはそうかも」


 巴愛もつられて笑うと、昴流はほっとしたように息をついた。


「――良い顔で笑っていますね」

「え?」

「いえ、なんでも。ただちょっと、ほっとしました」


 巴愛は先ほどから、早くこの世界に慣れようと必死になっている節があった。人に奉仕する仕事をしていた人間として、昴流は人の顔色を読むのがうまい。彼女が無理をしているのはとっくに分かっていたのだ。


 同時に巴愛も悟る。昴流は軽くも砕けてもいない、むしろ生真面目だ。脈絡のない明るい語り口は巴愛の緊張を解かせるため。うまく気を遣いながら、昴流は巴愛の気を和らげようとしてくれていたのだ。


 そういう昴流だからこそ、まだ見ぬ「騎士団長」という人も真澄も、小瀧昴流を評価していたのだろう。





★☆





 この三か月共に戦場を駆けた馬に鞍を乗せ、その上に飛び乗った。手綱を引きながら腰に帯びた刀を調べる。


 目の前には閉じられた巨大な扉。これが開けば、その先は広大な戦場だ。彼女に「今日で終わらせる」と宣言した以上、それは成し遂げねばならない。


 大丈夫だろうか、と思う。刀と血に汚れた自分の姿を見たときの、怯えきった表情。戦いを知らない平和の世界から来たのだな――と感じる。


 いや――目の前で私は人を斬殺したのだ。怯えるのも無理はない。


 戦争だから許されると思っているわけではない。強い思いをぶつけあってこちらが勝った、それだけだ。だが、それを彼女に見られたというのがどことなく後ろめたい。


 知らぬうちに溜息が出た。と、傍に一人の騎士が馬を寄せてきた。


「出撃前に溜息をつくなど、らしくないですね」

「……ん、ああ。そうだったな」


 真澄は顔を上げ、その騎士を見やった。


「あの子が気になりますか?」


 一応重厚さが売りの男だが、真澄とはごく親しい仲だ。こういう時は堅さがとれている。


「気にならないはずがないだろう。戦場のど真ん中に急に現れた人間だぞ」

「そう言う意味ですか?」

「そう言う意味だ。それ以上はない。分かったな」


 それ以上騎士は突っかかっては来なかった。真澄が気を取り直して尋ねる。


「準備は整ったのか」

「はい。第一師団、第二師団とも出撃準備は完了しています。城壁の神核(こあ)術士部隊からもそのように報告が」

「よし。騎士団はそれぞれの部隊長の指示に従い、敵を崩せ。城壁のほうは知尋の判断に任せる」

「はっ」

「私が狙うのは敵将の首、ただひとつ。瑛士(えいじ)、援護を頼んだ」


 瑛士が頷く。真澄は刀を抜き放った。


 彼女が怖がろうと、怯えようと。これが今の私の仕事だ。長かった戦いを終わらせるため、ひとりの人間の命を狙う。狙ったからには――必ず()る。


 銘のない、何の変哲もない刀だが、真澄にとっては長年使い続け今や自分の片腕も同じ愛刀だ。真澄はそれを手に、整列した味方の前に進み出た。


「開門! 突撃する!」


 その言葉で、鉄ごしらえのゲートが上へあがり、その裏にあったもう一枚の巨大なゲートがゆっくり向こう側に倒れていく。それは水郷にかけられる跳ね橋だったのだ。


 跳ね橋がかかると同時に、玖暁騎士が馬を駆った。向こう側からも青嵐騎士が駆けてきた。橋の上でぶつかる。だが圧倒的に玖暁騎士の火力が強く、すぐさま橋の向こうへ敵を追い払った。


 騎士の後方から砲弾が打ち出された。高さが数メートルはある巨大な移動式砲台が、後ろから援護しているのだ。


 真澄と瑛士も戦場に身を投じた。真澄は無言で刀を振るい、押し寄せる敵を斬って捨てている。真澄を皇と知る者は多いので、手柄目当てで襲ってくるのだ。


 傍で瑛士も刀を振るう。真澄よりも大振りで威力があり、しかしそれ以上に凄まじい剣技だ。


「……面倒だ、瑛士、ここは任せるぞ」

「は!? そんな勝手に!」


 真澄が瑛士の声を置き去りに、敵を切り崩して馬を駆った。慌てた瑛士は、しかしもう腹を決め、少し肩をすくめながら真澄の背後を守るように馬を置く。戦場で判断の遅れは命取りだ。


「やれやれ……真澄さまの無茶は今に始まったことではないが、少しばかり気が急いておられるようだな」


 瑛士は血に濡れた刀を一振りする。と、青嵐の騎士たちがややおののく。



 瑛士が何者か、今になって思い出したらしい。



 哀れなことだ。



「玖暁皇国騎士団団長、御堂(みどう)瑛士(えいじ)! 手柄が欲しい奴はこの首を狙うがいい!」


 列国に名を轟かす玖暁の騎士団。それを率いる最強の騎士、それが瑛士だ。若くして騎士団長になった瑛士の強さは、味方だけでなく敵もよく知っている。


 瑛士が刀を振る。その一閃ごとに血しぶきが上がった。とりあえず早く真澄を追いかけたい、その一心で刀を振るった。


 ――自由奔放な気のある真澄を放っておくと、結構大ごとになるのだ。





★☆





 昴流とともに要塞設備をあちこち見て回った。殆どの人員が戦争に駆り出されていて、もぬけの殻にも等しかったため、普通は入れないようなところにも入れてもらえた。この世界には簡単な機械はあるらしい。通信するためのレシーバーのようなものや、戦況を映す大きなモニター、監視用のカメラだ。殆どが軍事特化したもので、これ以上の機械はまだこの世界に存在しないらしい。カメラひとつ買うのにも国家予算を六分の一ほど使うそうで、相当値が張る。


「戦場って直接見れないの?」


 ちょっとした好奇心で尋ねると、昴流が困った顔をした。


「……見たいですか?」

「な、なあに、その含みのある言い方……」

「いえ……まあ、実際に見たほうが説明しやすいとはさっき言いましたしね」


 何かつぶやいた昴流は、すぐに頷いた。


「じゃあ、ちょっとだけ覗いてみましょうか。ただし、気分が悪くなっても保証致しかねますよ」

「大丈夫。今日はちゃんと覚悟できてる」


 昴流の案内でまた建物を移動し、城壁に面した建物に入った。ここまで来るとさすがに砲撃の音や馬蹄の音が響いてくる。


「玖暁の兵力は移動式砲撃台を使う第一師団、騎士の所属する第二師団、歩兵隊、そして城壁からの神核術士部隊に分けられています」


 城壁へ上がる昇降機に乗りながら、昴流がそう説明する。エレベーターなのだが性能は明らかに悪く、がたがたと重い音とともに上に上がっていく。


「神核? そういえば昨日も聞いたけど……」


 巴愛が呟く。知尋が、おまじないをかけるとかなんとかで緑色の宝玉を出していたような気がする。


「神核っていうのは、これです」


 昴流が自分の左腕につけられた金のバングルを見せた。そこにはいくつか、色とりどりの宝玉が埋め込まれていた。


「この石ひとつひとつが神核と呼ばれるものです。神核には魔力が込められていて、人間が『願う』ことによってその魔力が形になる。その動作を【集中】と呼びます。たとえば、この赤い石は『火』属性の神核です。僕が、火が欲しいと願うと……」


 昴流は自分の左手の人差し指をぴんと伸ばした。バングルに嵌められた神核が一瞬赤く光り、昴流の立てた指の先に小さな炎が生まれた。


「こんな風に、火が起きるんですね。これが神核を用いた術、つまり神核術です。火を起こすのも水を出すのも神核なしではもはや難しいです。で、これを城壁上から武器として使い、味方を援護するのが神核術士部隊。弟皇陛下自らが率いています」

「昨日、弟皇陛下があたしに神核を使ってくれたみたいなんだけど……」

「弟皇陛下は近隣諸国で並ぶ者のいない、まさに世界一の神核術士です。弟皇陛下は治癒の神核を使います。書いて字のごとく傷や痛みを癒す術ですが、それを使える人間は弟皇陛下以外に存在しないと言われています」


 まさかそんなすごい人だったなんて、と巴愛が唖然とする。いや、皇であるという時点ですごい人なのだが。


 しかし魔力やら術やら、本格的にゲームの世界みたいだ。


 あたしも使えるようになるのかな、と少し期待が生まれる。


「巴愛さんの容体を安定させるために、弟皇陛下は治癒の術を施してくださったんでしょう」


 そうだったのか、と相槌を打つ。そこではたと巴愛は思い出した。


「敵が狙っている『あるもの』って、神核のこと?」

「正解です。神核は元々地中に埋まっていて、我々はそれを掘り起こして使っています。玖暁は神核の鉱山が豊富ですから、青嵐はそれを狙っているのです。僕たちはそれを、この国境で追い返しているだけなんですよ。青嵐に攻め込んで滅ぼすとかいうことはしません」


 沈黙してしまった巴愛に気付いた昴流が首をかしげる。


「どうしましたか?」

「……あたし、玖暁のほうに助けられて良かったな、と思って」

「違いありません」


 昴流が笑って頷いたとき、昇降機ががたんと大きく揺れて止まった。最上階に到着したのだ。外へ出て、しばらくまた廊下を歩く。そして鉄ごしらえの大きな扉に行き当たった。


「この先が城壁です」


 昴流が言いながら扉を開ける。突風が襲ってきた。同時に異様な熱風。そのとき、聞き覚えのある声がした。


「―――攻撃の矛先は一点に集中。敵集団の中央を狙います」


 知尋だ。こちらに背を向け、城壁上から戦場を見下ろして指示を出している。知尋の傍には多数の騎士がいて、彼らはしきりに炎の球を飛ばしている。ゲーム的に言うのなら「ファイアーボール」だ。知尋は黙ってその様子を見つめている。


 一人の騎士が声を上げた。


「二時の方向、敵の神核術来ます!」

「結界壁用意!」


 知尋が間髪入れずに指示を下す。火球を打ち出していた騎士はすぐさま術をやめ、違う術を構築した。彼らの前に巨大かつ透明な壁が現れる。直後、その壁に炎が直撃した。壁にぶつかった炎はそのまま霧散する。


「敵の神核術士は最優先で潰します。おそらく敵右翼、左翼に一団ずつ配置されているはずです。可能な限り見つけ出し、攻撃しなさい」


 味方にも知尋の声にも焦りはまったくない。人を殺しているというのに、平静そのものだ。


 これが戦争なのか。巴愛はぞくりとするのを感じた。

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