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和装の皇さま  作者: 狼花
弐部
49/94

23 潜入

 翌朝になって、一行は特務師団本部へ向かった。地上三階建てで地下が二階まであり、隠し通路はその地下二階だ。研究所まで数百メートルあるが、地下で一直線に繋がっている。


 一応宙が先に本部内に入って様子を確認した。外で待機していた真澄らの許に戻り、宙はにっと笑う。


「思った通り、人ひとりいないよ。まあ、さすがに隠し通路の前には警備がいるだろうけどね」

「いざと言う時のために爆破する準備までしておいたけど、必要なかったか」


 奏多がふっと微笑む。瑛士が頬を引きつらせた。


「爆破って、どうやるつもりだ……?」

「火属性の神核に一瞬で爆発的な魔力を注げば、壁くらいは吹き飛ばせると思いますよ」


 真澄が知尋を見やると、彼は困ったような笑みを湛えているので、多分真実なのだろう。


 宙の案内で本部建物の中に入っていく。確かに内部はがらんとしていて、人気が全くなかった。


「いくら戦時とはいえ、本部がこれでいいのか……?」


 と、真澄はやや呆れ気味である。苦笑して同意しつつ、瑛士は横を歩く黎が何やら目線をあちこちに向けていることに気付いた。


「どうした黎、物珍しげにきょろきょろして」

「……きょろきょろしているように見えたか?」

「ちらちらでもいいが」


 黎としてはさりげなく探っていたつもりなのであるが、瑛士にまんまと見破られてしまったわけだ。とはいえ、他の者は黎が何かを探しているような目をしていることに気づいていないので、瑛士以外にはそのさりげなさが通用していたわけである。


「いや、彩鈴の諜報員がいまだかつて潜入に成功したことがない特務師団本部だ。少しでも構図を記憶してこの情報を持ち帰ろうと思ってな。青嵐攻略の際に役立つ」

「とか物騒なこと言っているが大丈夫なのか、青嵐の騎士さんよ」


 瑛士が奏多に話を振ると、奏多はにっこり笑って振り返った。


「どうぞ、どうぞ。王冠なんて解体してやってください」


 あっけらかんとした様子にみな脱力する。奈織が頭を掻いた。


「そうは言うけどさ、王冠も騎士団も一応青嵐を守る集団なんだし。戦争に巻き込まれるのは騎士だけじゃなくて、街の住民みんなだよ? ちょっと無責任じゃなあい?」

「では前言撤回しましょう。矢吹を討ち取ってほしいのです。それは青嵐全国民の願いであり――俺たち兄弟にとっても、悲願です」


 ふざけた態度が一変した奏多に、真澄が目を向ける。


「……何か事情があるのか?」

「四年前、当時の特務師団長だった男を退けて王冠のトップに立ったと同時に……」

「矢吹の話な」


 すかさず宙が注釈する。どうやら興奮すると主語を省略する奏多の、「興奮」する話とは、もっぱら佳寿のことらしい。


「そうです、矢吹のことです。彼は圧倒的な力を持っていて、あっという間に王冠を掌握しました。確かに敵対関係ではありましたが、矢吹が現れるまで王冠と騎士は対等な存在だったのです。だというのに矢吹は、騎士団の権威を取り上げるために殺したのです」

「騎士団長をな」


 宙の解説は適切なタイミングである。


「俺と宙の父でした」

「へっ?」


 瑛士が素っ頓狂な声を上げて、口をつぐんだ。瑛士も真澄も、戦場で青嵐の騎士団長の顔は見たことがあったのだ。柔和な奏多や活発な宙のどちらとも違う、豪快で強面の男だったような気がする。


「父を殺された仇――それが俺たちの佳寿を憎む理由です。父を失ってから、父によって支えられていた騎士団の権力は地に落ちたと言っても過言ではありません」

「成程な……」


 真澄が腕を組んだ。宙が言う。


「俺たち兄弟と李生さんの仲が良かったのは、父親同士仲が良かったからなんだよ。新人時代からの親友なんだって」

「で、家まで隣ですか……よっぽどというか、そろそろ怪しい関係になっていそうですね」

「おい、知尋……?」

「冗談です、すみません」


 知尋がすぐさま謝って引っ込んだ。宙は悟ったようだが、奏多は無視しているのか理解しなかったのか。


「矢吹は国王に取り入って更なる権威を手に入れました。国王は今や矢吹の傀儡です。矢吹の一言でここ数年の税金が倍増していますし、民は非常に苦しい生活ですよ」


 奏多の説明に皆頷く。本来栄華であるはずの神都の人間の貧しい暮らしは、ここに来るまで嫌と言うほど見た。


「それが戦う理由か。……分かった」


 真澄が微笑んで頷いた。


 地下へ降りて二度、三度角を曲がり、次の角で宙は足を止めた。指で角の先を指し示し、瑛士が壁に背を当ててそっと覗き見る。その先には分厚い鉄製の扉があり、扉の前に数人の王冠が固まっていた。


 瑛士が刀を抜いて飛び出そうとしたのを抑えたのは、奏多だった。瑛士が怪訝そうに見やると、奏多はふっと微笑む。


 奏多は細身の刀を抜き放った。僅かに湾曲したその刀を、奏多は逆手に持つ。


 奏多が地面を蹴り、一瞬で飛び出した。王冠たちが体感したのは、きっと自分の傍を吹き抜ける風だけだろう。


 あっという間に懐に潜り込んだ奏多は逆手に持った刀を振り上げた。それで声を上げる間もなくひとりが倒れる。


 止める間もなく宙も駆けだした。宙は素手だ。地面を蹴った少年は床に手をついてアクロバティックな体操技を見せた後、身を捻って王冠に向けて飛びかかった。その手には、一転二転する間のどこかで抜き放った刀が握られている。


 ほんの数秒で王冠を倒した兄弟のもとに真澄らが歩み寄る。


「ふたりとも見事だな」


 真澄の言葉に奏多が刀を収める。


「伊達に騎士をやっていませんからね。少しばかり俺たちの力を示したかったので」

「うんうん。俺も戦力になるっしょ?」


 宙がそう言って胸を張る。瑛士が笑って宙の頭に手を置く。


「身軽なものだな。王冠ってあんなにアクロバティックなのか?」

「んなわけないって、俺だけだよ。バク転とか意味もなくやりたくなっちゃうんだよね」

「性質が悪いな。私だったらお前は絶対前線には出さないぞ」


 横から突っ込んだのは黎だ。宙が頬を膨らませる。


「けど俺、あんまり腕力なくてさ。回転する勢い借りて威力補ってるから、こればっかりはどうしようもないというか……」

「これでも本人は真面目にやっているんで、大目に見てやってください」


 珍しく奏多にフォローされ、宙は「あはは」と笑って頭を掻いた。黎は困ったように肩をすくめる。


 奏多は王冠たちが守っていた扉を開けた。そこは薄暗い通路で、先は見えない。巴愛が息を呑んだ気配は感じ取ったので、真澄は巴愛の肩を叩いてやる。


「出口は研究施設のどのあたりになる?」


 真澄の問いに奏多が腕を組む。


「詳しくは分かりませんが、これはあくまで隠し通路なのでこれほど分かりやすい場所ではないでしょう。なんにせよ何があるか予測できないので、明かりは避けたほうが良いかもしれません」

「よっし、俺一番。暗がりでも目は利くんだ」


 宙が意気揚々と進んでいく。慌てて瑛士がそれを追いかけ、他の者も続く。


 真澄が中に入ろうとすると、声がかけられた。


「まっ……真澄さま」


 巴愛である。真澄が振り返り、奈織に先を譲る。


「どうした?」

「えっと……」


 巴愛は酷く赤面している。


「真澄、巴愛と手を繋いであげたらどうですか?」


 にやにやと口を挟んできたのは知尋だった。巴愛がかあっと顔を火照らせ、真澄も目を見張る。知尋は笑いながら通路に入っていく。


「……暗いからな。手を離すなよ」

「は、はいっ……」


 真澄は巴愛の手をしっかりと握り、弟の後に続いた。これには殿の黎もさすがに苦笑を浮かべた。


 黎が扉を閉めた途端、一行は闇の中に放り出された。それほど幅のある通路ではなかったので、片手は壁から離さずに歩く。巴愛の細い手を掴んで歩きながら、前を行く知尋に真澄は凄んだ声をかける。


「……あとで覚えておけよ」

「嫌だな、真澄が怒ることじゃないでしょう? 手くらい繋いだっていいじゃないですか」

「敵地に潜入するって直前に茶化したことを怒っているんだ!」

「はいはい、お静かに。こんなに音が反響する狭いところじゃ、どこまで話し声が届いているか分かりませんよ」

「あのさあ」


 ふたりの小声のやり取りを聞いていた奈織が口を開いた。とはいえ彼女の姿は見えない。前を歩く知尋の背中がなんとなく見えるだけだ。


「この通路、かなり古いみたいでね。加えて殆ど人が通った形跡がないままなの。つまり長いこと密閉された空間だったってことね。しかもここって地下でしょ」

「それがどうした?」


 瑛士の声。


「密閉されていたってことは、空気の入れ替えができていないってこと。地下ってことは、酸素が行き渡っていないってこと。どれだけの距離があるか分からないけど、長居すると窒息するかもよ。さらに喋ることで酸素を消費するってわけ」

「――今から、必要最低限の呼吸だけをすること!」


 真澄がそう指示し、みな無言で応じた。


 それから数分間、歩く靴音のみがこの空間で唯一の音となった。行けども行けども道は続き、終わりはないかのようだ。


 長いな。真澄がそう思った途端、前方で鈍い音が響いた。金属の音がこだましている。


「ってッ……!」


 宙の苦痛の声が聞こえ、それから奏多の溜息。


「どこが『暗がりでも目は利く』んだ。扉に頭ぶつけて、間抜けだなあ」

「くぅッ……兄さんに間抜けって言われた! 兄さんに!」


 屈辱的に宙が呻いている。


「ああもう、悔しいのは分かったから」


 瑛士がなだめる声がする。と、奏多の声が跳ね上がる。


「どういう意味です?」

「いや、だからその」


 瑛士が返答に困っていると、後ろから黎が口を挟んだ。


「おい、出口付近で声を出しては意味がないだろうが」

「……すまん」


 瑛士が謝し、それからすぐ、重い音をたてて扉がゆっくりと開いた。開けたのは宙だ。


 瑛士が刀を構える。襲撃はない。瑛士は通路から外に出て、周囲の様子を伺った。


 狭い部屋だった。あるのはたったいま出てきた通路の扉と、部屋の外に繋がっているらしい扉のふたつだけだ。


 黎は外へ出るための扉に背を当て、神経を集中させた。そして扉から離れ、真澄に告げる。さりげなく真澄は巴愛の手を放した。


「外に人の気配が」

「まあ、いて当然だろうな」


 扉の様子を見ていた奈織が振り向く。


「こういう施設の壁って完全防音のはずだから、声は出しても聞こえないよ」

「そうか……しかし、警備はきついだろうな」


 奏多が頷く。


「指紋、音声認証、設置カメラ、赤外線センサー、警報装置……考えられるすべてのセキュリティーシステムが導入されているという話ですから。おそらく神核にも、二重三重の障害があるでしょうね」

「では二手に分かれましょう」


 黎が提案した。


「一方はこの施設のシステムを動かす制御室へ向かい、そこを制圧。すべてのセキュリティーを遮断します。もう一方は弟皇陛下のお力で神核の在り処を突き止めます。戦力の分散は危険ですが、この場合は固まっていたほうが危険と考えます」


 真澄はしばし考えたが、すぐに顔を上げて頷いた。


「分かった、そうしよう。知尋、頼めるか」


 振り返って、真澄は目を見張った。知尋の顔は血の気が失せて蒼白だったのだ。


「……顔色が悪い。大丈夫か?」


 真澄が問うと、知尋は微笑んだ。


「はい。少しふらついただけです……」

「あちゃあ、酸欠になっちゃったかあ。酸素濃度が低そうだったもんね」


 奈織が頭を掻く。知尋はぐっと拳を握った。通路に入ったときの茶目っ気はどこにいったのか、辛そうな顔である。


「……この軟弱な身体が、憎くて仕方がないですね」

「だからこそ大事にしてくれ。……行けるか」

「行きます。もう、大体の位置は把握できています」


 仲間たちが軽く目を見張る。知尋が微笑んだ。


「これだけ巨大な力……嫌でも感じ取れます」


 真澄が頷く。奈織が手を挙げた。


「制御室のほうにはあたしが行くよ。この施設を完全に無力化してやるから」


 その申し出は受け入れられ、神核を追うのは真澄、知尋、瑛士、巴愛、昴流、そして宙で、制御室へ向かうのは黎、奈織、奏多となった。人数が平等ではないが、制御室へ行く者たちは制御室制圧後すぐに真澄らと合流するので、最初から神核を追う部隊に人員を多く割いたのだ。


「で、この扉はどうやって開けるんだ」


 瑛士が問うと、奈織が進み出た。


「これ、外側からしか開かないようになっているよ。指紋認証とかだと思うけど」

「じゃ、ぶち破るしかないんだな」

「では私がやりましょう」


 知尋が前に進み出た。奈織がうーんと唸る。


「神核術は完全に遮断する扉なんだと思うけど……」

「奏多が言っていたでしょう。火属性の神核に一瞬で爆発的な力を込めれば――とね」


 悪戯っぽく笑った知尋は、扉の下に小さな赤い神核を置いた。扉から離れて、知尋は神核に掌を向けて目を閉じた。ふっと知尋の周りに強大な魔力が漂い始め、初めてそれを目の当たりにした奏多と宙がぴくりと反応した。今でも、真澄は知尋の魔力を感じてぞくりとすることがあるのだから当然のことだろう。


「扉から離れてください。少々、荒くなります」


 その言葉で奈織がぎょっとしたように飛び退く。


 神核が激しく明滅を始めた。その間隔が狭くなっていき、そして爆発を起こした。


 扉は木端微塵、白い煙が濛々とあがった。炎は出ていない。知尋がそう制御したのだろう。


「何事だ!?」


 扉を警備していた王冠が駆け寄ってきた。だが彼らが人間を認識するより早く、瑛士と昴流の刀が唸った。ふたりによって王冠が吹き飛ばされた。


 銃声が響いた。奈織が発砲したらしい。しかし何を狙ったのか定かではない。分かったのはようやく煙が消え、無残に破壊されたカメラが床に落ちているのを見てからだ。天井に取り付けてあったカメラを破壊したのだろう。しかし、あの煙の中寸分たがわず撃ちぬくなど、相当な技術だ。


「奈織さん、すげえ」


 宙が賞賛すると、奈織はふふんと笑った。


「あたし、宙より目は良いと思うよ」


 その言葉に宙はうろたえ、拳を顔の前で握りしめた。


「くぅ……奈織さんにまで!」

「まあそんなことはどうでもいいが、急いで移動しましょう」


 黎の指示に皆が頷く。


 扉の先にはまた狭い部屋と、上へあがる階段があった。そこに書かれた表示は地下二階だ。


 真澄らが先に階段を上る。王冠たちを引きつけて派手に追いかけっこをしながら神核を目指すのだ。階段を上りかけた瑛士に、奏多が声をかけた。


「御堂さん」

「ん?」

「弟をよろしくお願いします」


 瑛士はにっと笑って頷き、階段を駆け上がる。その途中で瑛士は唸る。


「……俺としては、奏多のほうも十分危なっかしいんだがなあ」

「大丈夫だよ。兄さん、さすがに戦いの最中でボケかましたりしないから」


 宙がそうフォローしたが、それは大前提のことなので話にならない。


 昴流が後方にいる巴愛に声をかける。


「巴愛さん、僕の傍を離れないで!」

「はい!」


 研究所内部に、いよいよ彼らは足を踏み入れた。


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