表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
和装の皇さま  作者: 狼花
弐部
42/94

16 再会、浮かぶ疑惑

 真澄らにとって長すぎる夜が明け、ようやく朝日が昇った。今日中には知尋が到着すると言われたが、昼を過ぎても知尋はやってこない。


 落ち着かないというのは本当らしく、真澄はうろうろとしていたし、瑛士らも苛立ちを募らせているように感じた。奈織はといえば相変わらずマイペースに構えている。


 夕方近くになって、ようやく馬車が視界に入った。さすがに真澄は飛び上がって馬車に駆け寄る、なんてはしたないことはしなかったが、気持ち的にはそのくらいしたかっただろう。


 馬車の御者が地面に降りて、黎に敬礼する。馬車は、黎が真澄らを押し込んだものと比較にならないほど綺麗で頑丈だった。どこからどう見ても送迎用のものであり、更迭用ではない。


 そのあとは御者から黎が場を引き継ぎ、黎が馬車の扉を開けた。真澄が呼びかける。


「知尋」


 真澄の声は非常に控えめだった。本当に知尋か。まだその気持ちがあったのだ。


 馬車の中には椅子が取り付けられてあり、そこに座り、壁に背を預けて疲れたようにしている青年がいた。足や腕には包帯が巻かれ、僅かに血が滲んでいる。髪の色は美しい茶色。瞼は閉ざされている。


「どうぞ兄皇陛下、中へ」


 黎に促され、真澄は頷いて馬車の中に乗った。瑛士と巴愛、昴流、奈織は馬車の入り口から様子を見守っている。


「知尋……」


 知尋の正面に膝をつき、真澄は青年にもう一度呼びかけた。すると、ゆっくりと青年が瞼を上げた。その瞳は、真澄と同じ澄み切った碧空の色をしていた。


 たっぷりと真澄の顔を見つめた青年が、酷く掠れた声でその名を呼んだ。


「……真澄……?」


 正真正銘、彼は玖暁の弟皇、知尋だった。


 込み上げそうになった涙を真澄は無理やり留め、そっと知尋を抱きしめた。傷に障らないように、あまり力は入れない。


「――ああ。私だ」

「良かった……無事で……」


 知尋はほっとしたように呟き、目を閉じた。


「それを言うのは私のほうだ。お前こそ、本当によく無事でいてくれた……」


 それを馬車の外で見ていた奈織が首を傾げる。


「死に別れたはずの兄弟の再会って、こんな静かなもん? もっとこう、わっと泣いて盛り上がらない?」

「お前って奴は余計なことを!」

「雰囲気台無し……」


 瑛士と昴流が呆気にとられて思わず突っ込む。だが巴愛は、彼らとは違うものを見て不安げな顔になっていた。


 知尋を抱きしめる真澄の横顔が見える。その横顔は――


 ――酷く、悲しげだったのだ。


 とても、死に別れた弟と再会できた兄の顔とは思えなかった。どうしたのだろう。何が真澄から、純粋に喜ぶという選択を取り上げたのか?


「……瑛士?」


 知尋が胡乱気に瑛士を視界にとらえた。瑛士が身を乗り出す。


「はい、知尋さま!」

「弟皇陛下、お怪我は……?」


 瑛士と昴流が身を乗り出した。知尋はいつものように――やんわりと優しい笑みを見せてくれた。それを見て巴愛も、ああ知尋だと確信できた。


「……私は大丈夫。有難う……」


 それを見て、瑛士が嬉しそうに微笑んだ。


 黎が真澄に呼びかける。


「兄皇陛下、弟皇陛下に馬車での長旅は堪えられるはずです。まだ早い時間ですが、今夜もここで一晩明かすことにしてよろしいでしょうか」

「……ああ、そうしよう。少しでも広いところで、知尋を休ませてやりたい」


 黎は頷いた。真澄は知尋の手を取った。


「知尋、立てるか? 横になれるところがあるから、移動するぞ」

「はい……」


 真澄は知尋を支えて馬車から降り、すかさず反対側から瑛士が知尋を支えた。知尋の身体が熱く火照っていることに気づき、真澄が心配そうに知尋を見やる。


「熱があったのか」

「そう……みたいです。身体の震えが止まらなくて……」


 ただでさえ知尋は足を怪我して引きずっている状態だ。


 真澄らがいま使っている大きい小屋に入ると、巴愛がベッドを整えてくれていた。真澄と瑛士が知尋をベッドに寝かせる。


「すみません……」

「気にするな」

「真澄さま、お水もらってきますね」

「ああ、頼むよ、巴愛」


 巴愛が頷いて駆けだしていく。と、知尋がはっとして呼び止めた。


「巴愛……!」

「はい」


 巴愛が足を止めて振り返る。知尋は安堵したような笑みを見せた。


「……怪我、してない?」

「あたしは見ての通り、ぴんぴんしてます。知尋さまはまず自分のこと心配してください」

「ふふ……そうだね」


 微笑んだ巴愛が今度こそ外へ出る。そこへ入れ違いで黎と奈織が歩み寄った。


「弟皇陛下、お初にお目にかかります。私は彩鈴王国騎士団団長、時宮黎と申します。こちらは私の妹で、神核研究者の奈織。医学の心得を持っている者です。つきましては、陛下の傷などをこの妹に診させて頂きたく許可を――」

「ああもう、長ったらしいなあ。知尋、あたしは奈織! 包帯替えるよ、いいね?」


 奈織は強引に話を進め、有無を言わさず知尋の包帯を解き始めた。黎がぴくりと頬を引きつらせる。


「この馬鹿……兄皇陛下に続いて弟皇陛下にまで不遜な口を!」


 知尋はきょとんとして奈織を見つめ、それからくすりと微笑んだ。


「……嬉しいです、そんな風に呼んでもらえるなんて……そのままで、いいですよ」


 次に呆気にとられたのは黎である。奈織が勝ち誇ったように兄を振り向く。


「今度はちゃんと承諾もらったでしょ?」

「ぐっ……」


 返す言葉が見つからず、黎は黙った。


 口には出していないが、黎が知尋に抱いていた印象は奈織のものとそう変わらなかった。だからこそ驚く。知尋までもが奈織のような性格を快く受け入れるのか。


 この双子はどれだけ型破りなのだ――と黎はつくづく思う。


 そうしているうちに奈織は知尋の包帯を取り換え、知尋に解熱の薬を飲ませた。そして巴愛が持ってきてくれた水で布を濡らし、知尋の額にそれを乗せる。


「一時的に熱が高くなるかもしれないけど、そのあとはすぐ下がるから心配しないで。とりあえず一晩ぐっすり寝れば、いくらかよくなっているはずだよ」


 奈織の言葉に真澄が頷く。そのあと小屋から仲間たちはみな出て行き、残ったのは知尋と真澄だけだった。


「……真澄。腕は……?」


 知尋が手を伸ばし、真澄の右腕に触れる。


「ああ……これか」

「少し、色が変わっているようですね……」


 知尋の心配そうな声に真澄は微笑み、知尋の手をベッドの上に戻した。


「……俺なら大丈夫だ。それよりお前こそ、どうやって皇都を脱出したんだ?」


 知尋は思い出そうと少し遠い目をし、それからぽつぽつと語りだした。


「よく……覚えていないんです。青嵐軍を率いていた矢吹という男と戦ってから……ぷっつりと記憶が途絶えてしまっていて。気が付いたら、皇都の外で倒れていました。多分……無様に逃げたんでしょう。あれだけ大口叩いて死ぬ覚悟を固めたのに……真澄の意思に反してまで私が我を通したというのに。たくさんの味方と民を、見捨てて……」

「知尋、もういい。悪かった」


 真澄が知尋を遮った。


「……生きていてくれただけで、俺は十分だ」

「真澄……」

「頼むから、もう一人で犠牲になんてなろうとしないでくれ」


 知尋は苦笑を浮かべた。


「はい……」


 皇都の外で目覚めた知尋は、そのままひたすら歩いて青嵐を目指したという。だが降りしきる雨のなかを歩き続け、大山脈の関門が見えたところで力尽きてしまったそうだ。


「狼雅殿とは、どういうお話を……?」

「ああ……長くなる。追々話していくから、今日はもう休んだほうが良い」


 知尋は素直に頷いたが、ふと真澄の顔を見上げる。


「真澄も……」

「ん?」

「真澄も、休んでください。顔色が悪いです。私も、ちゃんと大人しく眠りますから――」


 真澄は微笑んで頷いた。


「分かったよ」


 知尋は疲れたように目を閉じる。それから、思い出したように言った。


「李生と……矢須は、無事のはずですよ」

「本当か?」

「そんな気が……するんです。敵は玖暁を落とすことを最優先にしていて……とどめを刺して回っていたような印象はありませんでしたし……だから、きっと……」


 狼雅の推測通りだ。真澄は強く頷いた。


「そうだな。必ず助け出す――」


 その言葉を聞いた知尋は、ほっとしたように息をついて小さく頷いた。そのあと、知尋は垂直に降下するように眠り込んだ。



 ――知尋。お前は本当に知尋なんだな?



 そう確認したかった。しかしそれは躊躇い、結局聞けなかった。聞いたところでどうなることでもないのだが――なぜ、自分は知尋のことを本気で信じようとしないのだろう。弟の生存を信じていなかったから、彼が生きていることを知ってもまだ頭が理解しようとしていないのかもしれない。なんてひどい兄だろう、と真澄は己を叱る。


 真澄は静かに立ち上がり、小屋の外に出た。外には瑛士たちが全員そろっていた。


「知尋さまは?」


 瑛士が問いかけると、真澄は微笑んだ。


「心配はいらない。眠ったよ」

「……そうですか。それにしても、本当に知尋さまはよく御無事で……」


 瑛士は感慨深げに呟いた。真澄は頷き、黎に視線を送った。


「黎、青嵐軍の指揮官だった矢吹という男を知っているか?」

「現在素性を調べさせています。しかし、どれだけ調べても何も出ては来ないのです」

「彩鈴の情報力を以ってしても、か」


 真澄が腕を組む。彩鈴でも素性が割れない人間では、他の誰にも彼のことは分からないだろう。


「まあまずは大神核が先決だな。まだ矢吹とやらは皇都にいるはずだ。あれほどの男が青嵐に帰還する前に、大神核を探さなければ」


 真澄の言葉に皆頷いた。





★☆





 王都依織に戻るころには知尋の熱も下がった。狼雅と面会するまでに通された部屋で、奈織が知尋の包帯を取り換えようとした。と、知尋がその手を制する。


「もう大丈夫です」

「えっ、駄目だよ、包帯替えないと……」


 知尋は特に酷い足の傷の包帯を解いた。立つにも真澄の肩を借りなければならなかったほどだ。


 知尋はその傷に掌をかざした。短い【集中】ののち、掌が淡く光った。腕を下ろすと、傷は綺麗に塞がっていた。さすがの奈織も仰天している。


「こ、これが治癒術……! 世界でたったひとり、知尋しか使えない究極の神核術なんだね! いやあ、この目で見ることができて感激だよー!」


 神核研究者ならば誰しも同じ反応をするだろう。真澄らは知尋の神核術をよく見ているが、彼女らからすれば、治癒術は世界で知尋のみしか使えない希少なものなのだ。


「治癒術を使える神核っていうのは案外たくさん発掘されているんだけど、おかしなことに誰も使えないんだよね。それをいとも簡単に使えちゃうなんて、なんかコツとかあったりするの?」


 奈織の興奮した質問に、知尋は困ったように微笑む。


「コツなんて……神核と相性が良かっただけだと思いますよ」

「へ? 相性?」


 素っ頓狂な奈織の言葉に、知尋が頷く。


「私は神核について専門家ほど詳しく知りませんし、基本原理くらいしか頭に入っていませんから……神核術は、感覚で使っているだけなのです」

「感覚!?」

「はい。だから、相性が合わない神核だと発動までの時間が長くなってしまいますしね」


 まさか世界一の神核術士の口から「感覚」などという言葉が飛び出して、さしもの奈織も唖然としている。知尋も奈織も同じ「神核研究者」だが、知尋は「神核術」限定の研究を行っているのに対して、奈織は「神核」そのものの解明をしている。なのでなぜ治癒術の神核は知尋にしか使えないのかという質問に知尋は答えられないのだ。


 知尋は真澄を振り返って微笑んだ。


「一番神核との相性が良かったのは真澄でしたね」

「ん?」

「真澄の左腕に埋め込んだ雷属性の神核です。おかげで神核の暴走が起こるような兆候は皆無ですから」


 真澄は左腕を持ち上げた。


「確かに、他の神核に比べると使い勝手は良いな」

「まさかの相性か……知尋にはいつか神核研究を手伝ってもらいたいなあ」

「事が落ち着けば、いつでも喜んで」


 知尋はそう約束した。と、丁度その時狼雅の都合を伺ってきていた黎が戻ってきた。怪我が治ってしっかり歩けるようになった知尋とともに、真澄は黎の先導で狼雅の執務室へ向かった。


「おう、知尋。怪我の程度はどうだ?」


 ごく親しい友人のように狼雅が声をかけた。知尋が頷く。


「はい、おかげさまで。手厚い処置を有難う御座いました」

「いつにもなく素直だな」

「たまにはいいでしょ。私だって恩人に対する礼儀は知っています」

「そうかい。なに、気にするな。お前が生きて無事でいてくれたことだけで十分だ。さてと、まず知尋は真澄からこれまでの経緯を聞いたか?」

「ここへ到着するまでの間に、話は伺いました」


 知尋の答えに頷いた狼雅が真澄に目をやる。


「青嵐の神核研究所が判明したぞ」

「本当ですか?」

「ああ。青嵐の神都で一番巨大な第二神核研究所だ」

「……一番巨大な第二、ですか」


 鋭い真澄の言葉に狼雅が肩をすくめる。


「第一研究所ってのは王城と内部で繋がっている施設でな。第二研究所は神都郊外に独立している。普通に考えれば第一のほうにありそうなんだが……第二研究所自体が、巨大な監獄みたいになってるらしい」

「外部の者を入れないのは勿論、施設の内部でも相当なセキュリティーがあるようです。加えて、多くの兵力が集まっているとか」


 黎の補足説明に真澄が頷く。「セキュリティー」とは発音しにくいが、構造は理解できる。つまり機械による監視だ。狼雅が机の上に頬杖をつく。


「乗り込むのは極めて危険だ。どうする?」

「行きます」


 真澄が即答した。狼雅が知尋に目を向ける。


「知尋は?」

「……はい。私も」


 知尋も静かに、しかし揺るぎなく答えた。


「あのお嬢ちゃんは? 連れて行きたくないなら、俺が責任もって預かるぞ」

「……有難いお言葉ですが、彼女は私たちがこの手で守ると誓った存在。ここで投げ出しては申し訳が立ちません。危険は承知していますが、共に行きます」

「そうか。なら俺に異存はねえよ」


 狼雅がにっと笑う。


「よし。やることは不法入国、国家施設への不法侵入、窃盗、多分器物損壊も加わるだろう。協力すると言っている手前、一個小隊くらいつけてやりたいんだが隠密行動なだけに無理な話だ。そういうわけで、黎を連れて行ってくれ。こいつは色々頼りになる。一個小隊の分くらい働けるだろ」


 黎が真澄と知尋に頭を下げた。真澄が微笑んで頷く。


「よろしく頼む」

「はい。全力を尽くします」


 狼雅が立ち上がる。


「道案内については黎に任せてくれていい。何かわかれば黎に通信機で知らせる。とりあえず今日は一日ゆっくり休んでおけ」


 狼雅の目が、何か言いたげに黎に向けられた。それだけで、「後で来い」と狼雅に指示されていることを黎は悟った。



 真澄らの夕食も済んだ夜半、黎は狼雅の部屋を訪れた。執務室ではなく、狼雅が毎日寝起きする私室だ。余程重大な話でない限り、黎はこの部屋に呼び出されたことはなかった。つまり、今から狼雅が黎に話すことは極めて重大だということだ。


「どうされたのですか、狼雅さま」

「ああ……その前にお前、玖暁の両皇をどう思った?」


 唐突な問いに黎は驚いたが、それでも感じたままを伝える。


「おふたりともとても気さくで、人柄の良い人です。しかし腰が低いのとは違います。常に自然体で臣下の忠誠を集める力があるようです」

「真澄個人はどうだ?」

「一言で言うなら精悍、というべきでしょう。庶民的でありながらも威風堂々としていますね。自分のことよりも周りの人々を気遣う性格のようです」

「では知尋は?」

「こういってはなんですが、私の勝手な印象とはまるで違いました。厳しく気難しいお人かと思っていましたが、兄皇陛下以上に温和で、かなり謙虚なのだと感じました」

「そうだな、知尋は昔からいつだって優しかった。俺としては、どこで知尋に気難しいなんてイメージがついたのかが疑問だ。……あー、まああれか。知尋は真澄の心配をするときは少し融通が利かなくなるな。ちょっと真澄をからかってやれば、知尋がそりゃあ怖い目でなあ……」


 狼雅がどういう話をしようとしているのか、黎には計れなかった。狼雅が腕を組む。


「とにかく、お前には真澄も知尋も好印象だったんだな?」

「はい、想像以上に」

「……そう思っているお前には酷なことを言うぞ。黎、道中知尋から目を離すな」


 その言葉に、黎は目を見張った。雷に打たれたような衝撃、とはこういうことかと思うほど、自分でもショックを受けている。


「なぜ……ですか?」

「やはりショックだったみたいだな」


 狼雅が苦笑したが、すぐに笑みを収めた。


「おかしいと思ってくれ。あのとき皇都を攻めた敵将は、青嵐を出し抜いて逃がしたはずの真澄に追っ手をかけていたんだぞ? つまり、真澄が皇都を離脱するのは予想の範疇にあったってことだ。普通そう考えるか? あれほど剛毅で責任感の強い皇が、民を捨てて皇都を脱出すると?」

「……!」

「さらにその敵将はものすごい勢いで天狼砦を陥落させ、皇都も落城させた。そんな男が、知尋を取り逃がすか? 怪我をしていたから、おそらく知尋はその男と戦ったんだ。だったら尚更、逃がしてもらえるとは思えない」

「……弟皇陛下は、敵将によって意図的に逃がされたのだということですか」

「それも考えられる、ってことだ。知尋と敵将の間で取引があったかもしれないし、知尋は本当に何も知らないで敵将に放り出されたのかもしれない。どちらにせよ、知尋は一度敵の手に落ちたんだ。青嵐は知尋を利用するつもりだ。でなきゃ、どうしてこんなに早く真澄と合流できるんだ」


 つまり知尋は、青嵐側が真澄らの所在を知るための発信機的役割ということか。言われてみればそうかもしれないが、それでもどこか納得できなかった。知尋の温和な性格を知れば知るほど、黎は信じられない。


「そのくらいの矛盾、普通なら真澄なり御堂なりが気づいたはずだが、知尋と再会できてあいつらは少し盲目になっている。いや……真澄は気付いているかもしれんな。だが目を逸らそうとしている。だからその分お前がしっかり見張ってやれ」

「……弟皇陛下の意思でないことを願いたいものです」


 まさか一国の皇が策謀に利用されるなど思ってもみなかったから、疑うことを忘れていた。そのせいで、狼雅の指示に素直にうなずけない。


「俺もそう願っている。だが……もっと酷いことを言うぞ。玖暁の実権は真澄の掌中にある。真澄を失ったら玖暁という国の復興は成り立たない。何が何でも真澄だけは守れ」


 弟皇という地位の知尋は、形式だけの皇にすぎない。


 それは分かっていた。分かってはいたが、そんな酷なことを黎は己に命じられない。


 真澄だけを守れ。知尋は斬り捨ててもいい。――狼雅はそう言っている。何かを守るために別の何かを捨てろ、など、多分あの一行の誰も言わないだろう。どちらも守れる道を、必死で探すはずだ。


「……分かりました」


 この冷徹さが、諜報国の王。真澄と知尋が持っていない強さだ。何があっても揺らがない言葉が、臣下の忠誠を集めるのだ。


 狼雅の指示には従う。知尋が不穏な動きを見せれば即座に斬り捨てる。だがそれまでは――ふたりを守っていこうと、心に決めた。真澄と知尋を護衛し、瑛士らと協力する――それが当初の黎の任務だからだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ