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和装の皇さま  作者: 狼花
弐部
38/94

12 結局、護送

 十分ほど休んで一行は旅を再開した。ここまで登り坂だったが、ここからは下りだ。奈織の見立てでは、夕暮れ前には次のキャンプ地へ到着できるらしい。


 キャンプ地から見えた滝と、そこから流れる川が真横に迫ってくる。真澄は些細な好奇心で奈織に尋ねた。


「この川はどこに続いているんだ?」

「まずは王都の傍にある竜戯(りゅうぎ)湖に流れ込む。そのあとに北のほうの山から流れてくる川と合流して、海に繋がるんだよ」

「竜戯湖って、【魔大戦(またいせん)】で彩鈴が滅んだ時に突然できた湖でしたよね?」


 昴流の質問に奈織が頷いた。巴愛がぎょっとする。


「【魔大戦】? 彩鈴が滅んだ?」

「んや、巴愛知らないの? さてはちゃんと学校行ってなかったなぁ~?」


 奈織に指摘されて巴愛が頭を掻く。それを見て慌てて真澄が説明した。それによると次のとおりである。


 かつて現・彩鈴全土と玖暁、青嵐の一部を領有していた巨大国家があり、当時は「彩鈴帝国」と呼ばれていた。そこに住むのは、世界を破滅から救った古代人たちだった。彩鈴帝国は、周辺の弱小国家が同盟を結び、示し合わせて同時に侵攻したことにより一夜にして滅んだとされている。その現代では想像もつかない下剋上のありさまは、いまだに解明されていない。そうして滅んだ彩鈴帝国は、彩鈴、玖暁、青嵐と三つの国に解体され、現在にまで続いている。玖暁が建国されて三〇〇〇年とか言っていたから、その時のことである。


「竜戯湖があった場所には、もともと彩鈴の首都だった深那瀬(みなせ)って街があったらしいんだ。でもその場所が消滅して湖になった。考えは諸説あるけど、一番有力なのは――さっき真澄に言った『神核の暴走』だね」


 おそらく昴流に負けず劣らず、彼女も他人に何かを説明するのは好きなのだろう。


「神核が暴走すると、その神核の力がとんでもないくらいの強さで発動するのは当然なんだけど、同時にすんごい圧を生み出すのね。多分、玖暁で暴走起こした場所の地盤も下がったんじゃない?」


 その通りなので真澄は頷いた。


「同じことが多分、深那瀬でも起こったんだよ。当時の神核の力は現代とは比較にならないくらい強かったし。まあいくらなんでも古代人がそんなヘマする訳ないから、深那瀬に攻め込んでいたどこかの兵士がやらかしたんだろうね。状況からして、水の神核が暴走して地盤が下がって、その窪んだ部分に大量の水が溜まった。深那瀬にいた人間全員を道連れにしてね。深那瀬の消滅で古代の王族やら貴族やらが全滅して、戦争は終わったんだよ」

「……さすがに研究者というだけあって、詳しいな」


 真澄の賞賛に奈織は得意げに笑った。


「まあ、今の話があくまで『有力な一説』だということは、その深那瀬が湖の底に沈んでいるということを確認できていないということだがな」

「その通り。水深が恐ろしく深いらしくて、いまの技術じゃそこまで潜れる装備がないんだよ。撮影できる機械を沈めることも不可能。潜水艇も試したけど駄目だったね。確認するには、湖の水を全部抜くしかないってわけ」

「王都の主水源は竜戯湖じゃなかったか?」

「だから滅多なことできないんだよー。水の神核があるとは言っても、永遠のものじゃないから、なるべく自然資源を大切にしないとね」


 奈織は残念そうだ。彼女は研究者として、是非調べてみたいのだろう。


 それにしても、彩鈴の国情秘匿の徹底には恐れ入った。玖暁には、そんな彩鈴の実態はひとつも聞こえてこなかったのだから。





★☆





 登山はすべて奈織の計算通りに進み、残す行程はあと一日となった。それまで二日間も山道を下ったり登ったりしていたので、ようやくかという気持ちである。


 しかし、下山してからも王都まではまだまだ距離があるというのが追い打ちだ。正直疲れた――と思っているのは真澄だけで、瑛士も昴流もまだまだ体力は有り余っていたし、巴愛もなんだかんだで満喫している。奈織は元々山越えに慣れていたらしい。いささか情けないことだ。


 だが、奈織の予定は崩れた。良いかと言えば良くはない。最後のキャンプ地に到着した途端に、何の前触れもなく真澄たちは数人の男たちに包囲されてしまったのだ。


「うげっ、騎士団……」


 奈織の呟きで、相手の正体が知れた。


 咄嗟に瑛士が身構えそうになるのを真澄が押しとどめた。真澄らを包囲する男たちは明らかに素人ではない。それなりの訓練を積んでいる。


 実のところ、真澄は彩鈴の軍事体制についても詳しくはない。ただ、玖暁と同じように騎士団という組織が形成されていることだけは知っている。その実力がいかほどのものか、真澄は計ることができない。


 ひとりの若い騎士が進み出た。歳は瑛士と同じくらいか。どうやらこの場にいる騎士たちの責任者らしい。表情は険しくないが、かといって穏やかでもない。はっきりいって感情を読めない。


 ――強いな。多分、瑛士と同じくらい。


 真澄は直感的にそう思った。


「我々は彩鈴王国騎士団だ。玖暁側から、不審な人物五名が国境を越えて大山脈に入ったと国境関門駐在の騎士から報告があった」


 騎士が口を開いた。即座に奈織が食って掛かった。


「ちょっとちょっと! 不審な人物ってどういう意味!? ほら、あたしは彩鈴の神核研究所の研究員だよ? 全然不審じゃないってば! この人たちは神核研究の重要参考人だから、あたしが連れていくところなんだよ!」


 こういう頭の回転はさすがである。身分証を取り出して、騎士の男の眼前に突き付ける。しかし騎士はそれを一瞥しただけだ。


「それが偽造でないかどうかの確認は後程行う。疑いが晴れない限り、お前が不審人物を彩鈴に引き入れた可能性が最も高い」

「そんなあ……」


 奈織がすごすごと引き下がる。騎士が真澄に視線を送った。


「申し開きがあれば聞こう。だがそれは王都に到着してからだ。いまは大人しく随行してもらおうか」


 騎士は真っ直ぐに真澄を見つめた。静かな目だ。威圧的でも冷徹でもない。真澄はそれを見返して僅かに眉をしかめた。


 瑛士がこらえきれずに声を上げた。瑛士は自分が侮辱されても笑い飛ばす器量の大きさ――知尋に言わせれば鈍感さ――だが、真澄の侮辱には人一倍敏感なのだ。


「貴様っ! さっきから無礼な口を叩きやがって……! この方をどなただと……!」

「やめろ」


 真澄が有無を言わさぬ声で瑛士を制止した。瑛士がぐっと呻いて黙る。


 騎士は真澄の前に進み出て、静かに指示を出した。


「武器を」


 真澄は素直に応じ、刀を鞘ごと外して地面に放った。奈織が地面に放った武器は拳銃だった。さすが技術の最先端にいる彩鈴人である。そんなものをどこに所持していたのかと不思議だ。


「お前は?」


 巴愛が視線を向けられる。巴愛が首を振る。疑惑の目を向けている騎士に、真澄が凄みを利かせる。


「その子に触れないで頂こう。私のことなら好きにして構わないが、女に手を出すような真似をしたら許さん」


 その言葉で騎士は手を引いた。傍に止められた護送用の馬車に連行していく。巴愛と奈織を除く男性陣が両腕を後ろに回されて捕えられているのを見て、巴愛が訴える。


「乱暴にしないで! お願い……」


 真澄が振り返り、巴愛に笑みを向けた。


「大丈夫だ。心配はいらない……」


 五人はまとめて馬車に押し込まれた。その際、きっちりと手枷をされる。馬車と言っても椅子などなく、床にそのまま座るしかない。すぐに馬車は動きだし、激しく左右に車体が揺れる。瑛士が身体を張って真澄を庇い、昴流も巴愛と奈織を支える。


 馬車には小さな窓しかなく、外の様子は殆ど見えない。奈織が手枷に視線を落として溜息をつく。


「なんであたしまで……ったくもう……」

「真澄さま、大丈夫ですか?」


 瑛士の言葉に、真澄は頷く。それから小声で呟いた。


「瑛士、王都に着くまで私の名は呼ぶな」

「なぜですか?」

「このうえ、皇騙りの罪が重なるのは勘弁だ」


 反論しようとした瑛士が息をついて座りなおす。それから絞り出すように呟いた。


「……屈辱です」


 真澄が罪人扱いされることが。結局最終的に真澄が言った「王都へ護送」という方法になってしまったことが。


 しかし真澄には考えるところがある。あの騎士が――本気で真澄たちを罪人として引っ立てたのか、それが疑問だ。


 馬車は昼夜を問わず進んだ。途中何度か休憩を挟んでいたので、その時御者を交代していたのだろう。奈織の見立てよりだいぶ早く王都に到着するはずだ。


 夜中になって最初に眠り込んだのは真澄だった。ここ最近はずっとそうだ。以前は政務で遅くまで起きていた真澄だが、疲労が溜まっているのか気絶するかのようにすぐ眠りに落ちてしまう。


 しかし狭い馬車の中なので、みな足を折り曲げて窮屈にしている。そのうえ夜になって気温が下がっているので辛い。


 とん、と瑛士の肩に真澄の頭が寄りかかってきた。瑛士は今更ながら、真澄の身体が冷え切っていることに気付いた。昴流と巴愛と奈織も身を縮めて寒さをこらえている。


「寒いな……」


 瑛士がポツリとつぶやく。と、真澄がゆっくりと頭を起こした。瑛士がばつが悪そうな顔になる。


「すみません、起こしてしまいましたか」

「ん……いや。……眠っていたのか。寄りかかっていたみたいで、悪かった」


 真澄が首を振る。それからふうっと息をついて目を閉じる。声が掠れていて、いつもの覇気がまったくない。


「……酷い、眠気だ……悠長に眠っていられる場合では、ないのに……」

「俺が一晩起きていますから、お休みください。窮屈ですが、今貴方には休養が何より必要なはずです」

「……分かった。けれど……見張りは、必要ないかもしれないな……」


 瑛士が軽く目を見張る。真澄は目を閉じたままだ。


「あの騎士……どこかで、見たことが……どこ、だったかな……」


 消えるように真澄の声は聞こえなくなり、その後には静かな真澄の寝息が聞こえるだけだった。また深い眠りに落ちてしまったらしい。


 すると馬車が止まった。休憩に入るのだろう。と、馬車の扉が開かれた。現れたのは、責任者だった若い騎士だ。


「夜は冷える。これを」


 騎士が差し出してきたのは毛布だ。瑛士が曖昧な表情でそれを受け取りかけたが、騎士がすぐに手を引っ込めた。何をするのかと思えば、眠っている真澄に毛布をかけてくれたのだ。手枷のせいでうまく毛布を掛けられないだろうから、という気遣いなのだろう。残りの四人に毛布を渡し、騎士はすぐに扉を閉めた。


 仮にもこっちは罪人だぞ、と瑛士は皮肉っぽく思いながら、騎士の温情は有難く受け取った。


「このあと、どうなるんでしょう……」


 巴愛は不安そうだ。奈織も珍しく静かにしている。瑛士は首を振った。


「分からん。だからとりあえず、寝る」


 瑛士はそう言って毛布をかぶった。


「ええっ」

「どうせ王都まで護送されるんだ、道中は安全だろうよ。まさか途中で騙し討ちなんて展開にはならんだろう。お前らも寝ておけ」


 寝ると言っても、こんな場所で熟睡できるわけがない。瑛士もそうである。結局みな朝方まで悶々とすることになるのだ。


 瑛士は目を閉じつつ考える。――あの騎士は何者だ。罪人扱いしておきながら、まるでこちらの素性を知っているかのように振舞う。真澄に見覚えがあるとするならば、彼は彩鈴国王の傍仕えか――。





★☆





 翌日の朝方に、馬車は急に停止した。


「身体が……痛い」


 真澄が眩しそうに目を開けて思わず呟くと、隣から瑛士が言った。


「おはようございます。よく眠っていましたよ」

「はは、自分の神経の図太さには呆れたな……」


 真澄が苦笑しながら身体を僅かに動かして態勢を変える。


「ここはどこだ?」

「さて、俺の位置から窓の外が見えないので何とも……」


 瑛士が言ったその時、丁度馬車の扉が開かれた。


「外へ」


 例にもれず、騎士がそう促す。この騎士は命令的な口調にならない。外へ「出ろ」とは言わないのだ。そこに妙な気遣いが見え隠れしている。真澄たちは全員一日ぶりに自分の足で立った。


 周りを騎士に固められて連行される。馬車がとまっていたのは巨大な城の前――要するに、王都依織に居を構える彩鈴の王城だ。玖暁のような美しさはなく、あくまで実用性重視の重厚な造りだ。


 その後、別館と思われる棟の一室に通された。牢屋か尋問室に行きつくものだと思っていた瑛士らは拍子抜けしているようだ。通された部屋は綺麗で、非常に居心地の良い場所だった。


 室内まで入ってきたのは、あの責任者の騎士だけだった。その騎士は扉を閉めたあと、静かに真澄の傍に歩み寄った。


 何をするのかと思えば、騎士は静かに真澄の手につけられた手枷を外した。唖然としている瑛士、巴愛、昴流、最後に奈織の手枷も外す。


 解放された手首を回していると、騎士が真澄の前に跪いた。真澄が黙っていると、騎士はやはり静かに謝罪の言葉を口に出した。


「――これまでの数々の非礼をお許しください、兄皇陛下」

「……え? 知っていたのですか……?」


 昴流が呆然として呟く。真澄だけは悠然としていた。


「やはり、か」

「真澄さまは一体いつの間に……」


 瑛士も頭を掻いている。


「……私たち五人を捕えるため、わざわざ大山脈にまで騎士団がお出ましになるのが引っかかった。大山脈に駐在しているのは騎士団ではなかったが、王国軍の治安部隊だった。不審者なら彼らが出動するべきだ。王都へ連行するなんてまどろっこしいことも、本来するはずがない」


 真澄はそう言って、頭を垂れたままの騎士を見やった。


「……連行という名の、出迎えだろう」


 馬車での移動だったのは真澄を歩かせないためだ。情報王国で真澄を知らないとは思えない。


 真澄が奈織を振り返った。


「奈織。お前の兄さんだな」

「げっ」


 奈織がぎょっとする。騎士が顔を上げた。そして笑みを浮かべる。


「そこまでお分かりでしたか」

「奈織が、貴方と顔を合わせた瞬間に静かになった。示し合わせたかのように猛抗議したかと思えば、あっさり身を引いたしな」


 奈織が居心地悪そうに頭を掻く。真澄が騎士に言う。


「立ってくれ」


 騎士は無言で立ち上がる。奈織は説明を促される前にいささかばつが悪そうに自分から説明した。


「あたし、嘘はついてないよ。黙っていたことがあるだけで……もともと玖暁に行く予定だったのは、皇都の様子を見に行くためだったの。兄貴の指示でね。で、皇城が落城したなら真澄は彩鈴に行くだろうから、真澄と同行して国境を越えたら連絡入れろって……」


 その時、つかつかと騎士が奈織の眼前に歩み寄り、拳を固め――


 奈織の頭に振り下ろした。瑛士以上に、情け容赦ない一撃だ。


「ぎゃんっ」

「この馬鹿者! 兄皇陛下を名で呼び捨てるなど、図々しいにもほどがある! 身の程をわきまえんか!」

「だ、だってぇ、真澄良いって言ってくれたもん!」

「いや、良いと言った覚えはないが……」


 真澄が困ったように呟く。騎士が振り返って真澄に頭を下げる。


「申し訳ありません、うちの馬鹿な妹がご無礼を……」

「いや、気にしていないからいい。それより、私の記憶違いでなければ以前会ったことがあるような気がするんだが……?」


 騎士が思い出したように声を上げ、敬礼した。


「彩鈴王国騎士団団長、時宮(ときみや)(れい)と申します。陛下とは四年前、彩鈴前国王の葬儀に出席して頂いた際にお会いしております」

「……ああ、そうだ。思い出したよ」

「覚えていてくださり、恐縮です。あの時はゆっくりご挨拶することができず、申し訳ありませんでした」

「俺と全く同じ役職か……」


 瑛士が複雑な気持ちで呟く。奈織の兄がまさか騎士、しかも騎士団長とは。


「騎士団と言っても、この国一番の組織は情報部ですからね。武骨な我々はすっかり蚊帳の外です。御堂殿のような重要な役割ではありませんよ」


 人当たりの良い笑みでそう遜ってきたが、相手は名乗ってもいないのに瑛士のことを知っていることに警戒心を持った。さすがと言ってしまえばそれまでだが、はっきり言って気分はよくない。


「私たちを出迎えたのは、王のご意向か」


 真澄の問いに黎が頷いた。


「その通りです」

「いいのか? 中立国が敗戦の皇を匿って。公平ではないぞ」

「先に青嵐が彩鈴の逆鱗に触れましたから」


 と、あくまで黎は穏やかだ。


「ともかく、詳しい話は王が直接なさるはずです。兄皇陛下はこちらでしばしお待ちください。王のご都合を伺って参ります」


 真澄が頷くと、黎が一礼して部屋を出て行った。


 待たされたのはほんの数分で、黎はすぐに戻ってきた。


「お待たせしました。兄皇陛下、こちらへ」


 椅子に座っていた真澄は黎の声で立ち上がった。すると、瑛士もばっと立ち上がる。


「俺も同行します」


 その顔には、真澄の傍を離れないと書いてある。黎は快く頷いた。すると打って変わって厳しい顔つきで奈織に命じた。


「奈織。お前は小瀧殿、九条殿と共にここに残れ。そしてくれぐれも迷惑をかけるなよ」

「分かってるよー、もう」


 奈織が憮然とした。真澄は無言で巴愛と昴流に頷いてみせ、黎の後を追って瑛士とともに部屋を出た。


 延々と長い廊下を歩きながら、瑛士がぼそっと真澄に囁く。


「いつ以来でしょうか、彩鈴王と面会するのは」

「直接会ったの四年前……彩鈴の前王が亡くなって弔問に行った時だな。即位式典は代理人を送ったし……近頃はもっぱら書簡でやり取りをしていたよ」

「そうですか。俺はいまいち王の人となりが掴めていなくて……」

「豪快で大雑把な人です」


 聞こえていたらしい黎が一言で論評した。真澄も苦笑する。


「確かに、諜報活動を行う国の王としては、意外すぎる人柄ではあるな」

「はい。しかしおそらく、根底には兄皇陛下と同じものがあるのではないかと私は思っていますが――こんなことを言うと気を悪くされるでしょうか?」


 黎の視線は、ちらりと瑛士に向けられた。瑛士は肩をすくめた。


「あんたのとこの王を悪く言うつもりはないよ。そんなことより敬語はやめてくれないか、面倒臭い」


 黎は瑛士の言葉に微笑んだ。


 黎が足を止めたのは執務室と書かれた部屋の前だ。扉の前に控える騎士に黎が目くばせすると、騎士は承知したとばかりに頷いて室内に入った。それからすぐに黎らを中に通す。


 部屋に入ってまず目に入ったのは、床に散乱している書類や本の山だ。それに呆気にとられていると、声がかけられた。


「――よう、真澄」


 顔を上げると、三十代半ばの男性が両手に本を抱えて立っていた。どうやら片付けの真っ最中らしい。男性は薄く笑った。その笑みは若々しくて、好意的だ。口調にも飾ったところがない。


「久しいな。よくここまで来た」


 真澄の表情も綻んだ。


「ご無沙汰しています、狼雅(ろうが)殿……」


 彼こそ、諜報王国彩鈴の国王、(いつき)狼雅(ろうが)である。

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