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和装の皇さま  作者: 狼花
壱部
21/94

18 弟皇の策謀、公爵の野望

「て、弟皇陛下……いまなんとおっしゃったのでしょうか?」


 喜納公爵がいかな役者であったとしても、こればかりは聞き返さずにいられなかった。公爵の狼狽をよそに、知尋は笑みを保ったまま、繰り返す。


「私と協力して、真澄を皇の座からおろしませんか?」

「本気で……?」

「私は嘘など言いません。私の言葉ひとつで国がひっくり返ると心得ていますから」


 まさに今嘘を吐いているし、嘘でなくとも冗談やからかいは言いますがね、と内心で付け加える。公爵はその間に、めまぐるしく思案を開始した。


 なんだ。何が起こっている。なぜ弟皇の口からそのような提案が出る。何を企んでいるのだ。自分の兄皇暗殺計画が漏れているのかと疑う。知尋は探るような公爵の目を華麗に受け流している。


「私だって人間です。不満くらいあってもいいでしょう?」

「はあ、それはまったくですが……」

「真澄の体制は甘すぎるのです。最たるは青嵐への対応ですね。奴らは敵なのです、なぜ追って殲滅することを躊躇うのでしょうか。青嵐を領地に取り込む勢いで戦争をこちらからも仕掛けるべきですね。私ならそうします」


 知尋は具体的にあげていく。


「国民への対応も甘すぎる。税を払うのが大変だと申し出る民に、簡単に減税してやってしまう。それではこの国の民はすぐに堕落します。騎士団に平民枠を多く作ったのもおかしい。あまつさえ、青嵐人の入団を許し、部隊長にまで上げるなど、この国の伝統と品位を貶めていますね。あの人はまったく公平じゃない。民を統べる者ならば、強くあるべきです。強さを示し、民や臣下を服従させ、逆らいの気持ちをなくさねばならない」


 公爵の顔が変わった。喜納公爵は政治に無能な前皇に付け込んで好き勝手やっていた男だが、ある面では「強さこそすべて」という主張をする前皇を本当に尊敬してもいたのだ。だから今でも思想的には強硬派なのだ。民は恐怖で統べ、青嵐は完全に潰すべし。知尋はそういう公爵の心理を的確に把握し、弱いところを突いた。


「私はそうではありません。玖暁を強い国にしたいのです。今までは病弱さを理由に真澄の後ろに押しやられていましたが、今や私の身を気にしている時ではありません。私はこの身に鞭を打ってでも、立ち上がらなければならないのです」


 知尋は笑みを消して真顔になった。公爵が指を組み合わせ、落ち着きなく指を動かす。


「……しかし、なぜそれを今私に?」


 知尋が少し笑みを浮かべた。


「喜納公爵、傭兵を大量に雇っていますよね。その戦力、さぞ心強いだろうと」

「傭兵ですか……」

「今回、真澄に同行する騎士の中に私の臣下が混じっています。あれだけ身辺警護に気を遣っていた真澄でも弟の謀反には気付かなかったようで、馬鹿なことですね。一応真澄の食事に毒でも混ぜるよう指示してありますが、何分心許ない。真澄の暗殺を、より確実にしたいのです」


 だから傭兵を貸せ。知尋はそう要求した。


「しかしそれでは、証拠が残りますぞ」


 公爵の答えを聞いて、乗ってきたな、と知尋は内心でほくそ笑む。しかも証拠を残すことに拘っているということは、公爵は直接的に攻撃するつもりはないのだ。遠くから射撃か、毒殺か、事故に見せかけるか、そのあたりか。


「証拠が残ることがなんです? 私は正義に則り、愚皇を廃すのです。むしろこのことは、全国民に知らしめるべきです。我々こそ真の強き者、真の支配者であると」


 どうやら公爵は、知尋が示す強者の夢に酔ってきたらしい。本気で思案を始めた顔をしている。しかし知尋はここで事を急ぐことはしなかった。


「真澄が実質、静頼に滞在するのは二日間です。もう少し時間はありますから、是非考えてみてください。まあ公爵が何もしなくても、私は実行しますがね。極秘の作業は国家の後ろ盾があったほうが実現しやすいと思いますよ」


 駄目押しの一言は効いたらしい。公爵は顔を上げた。


「弟皇陛下が玖暁唯一の皇となられたその時、私は?」

「勿論、宰相でも軍務卿でも、貴方が望む地位に」


 公爵は素早く打算を巡らせる。真澄を殺すことだけを考えていて、知尋や瑛士、宰相の矢須をどうするかをすっかり失念していたということに気付いたのだ。しかしこうして向こうから申し出てくるのなら、知尋を暗殺する手間が省ける。国家権力の後ろ盾は、確かに必要だ。皇の許可の元、もうひとりの皇を殺せるのだから。宰相などについた後、邪魔になったら知尋も殺してしまえばいい。


 すっかりその気になって公爵は応接間を後にした。知尋はソファにもたれかかり、身体を沈めた。


「……愚かな男だ」


 この程度で引っかかってくれるとは。知尋があまり政治に干渉しないのでその思想を知らないとはいえ、知尋が真澄を殺したがっていると本気で思うなど、愚か以外のなにものでもない。自分本位で世界が回っていると認識している人間は、自分に好都合な話が転がってくると大して確認もせず自分のものにするのだ。


 そんな輩に、真澄は殺させない。





★☆





 皇都、照日乃を出て南へ南へと向かう。途中幾つもの都市を経由し、そこで一行は住民から熱烈な歓迎を受けた。静頼という街へ向かうための経由地に過ぎないのだが、それでもこれだけ歓迎されるというのは、やはり真澄がそれだけ人気だということだろう。馬車の窓から見えた、沿道に集まって真澄に手を振る人たちは、天皇陛下に手を振る日本人のそれと同じだった。


 そういえば、一応この玖暁はかつての日本という土地にある国なのだが、天皇はどうなったのだろう。やはり世界の滅びとともに死に絶えたのか。あるいは天皇の子孫という設定が代わり、鳳祠という名になったのか、それは分からない。そもそも、世界の滅びにあって一部生き残った人間とは、誰だったのだろう。まあ少なくとも、巴愛の知る人間ではない。現代二十一世紀から、何十世紀もあとの話だろうから。西暦は世界の滅びとともに失われてしまったようなので、今がいつなのかは分からない。この世界の暦は世界統一で再生暦(さいせいれき)というらしく、今年は再生暦五〇一九年だそうだ。世界が一度滅びを迎え、そして再生してから約五〇〇〇年――ということだ。西暦の倍以上の年月を、この地球は生き続けているのだ。


 馬車の旅だったのと慣れたというおかげで、今回巴愛は尻を傷めずに済んだ。目的地の静頼の街に到着したのは皇都を出発したその日の夜中だった。鬱蒼とした樹海の中を進んでいる最中で咲良が「そろそろ到着します」と告げたので驚いたのだが、しばらくして樹海が終わり、視界が開けた。まず飛び込んできたのは、月夜に照らされた海。そして手前に広がる民家の明かりだ。


「何年ぶりの故郷だ、瑛士」


 真澄が静かに尋ねる。瑛士は真澄の横に馬を並べながら首を捻る。


「五年ほどでしょうか。いつ見ても変わっていませんね、ここは」

「そうか。私には故郷というものがないから、なんだか少し羨ましいよ」


 真澄の故郷は強いてあげるのなら皇都・照日乃なのだろうが、皇都は色々と行動が制限される場所だ。真澄にとってあまり居心地のいい場所ではない。


 その時昴流が、馬車の中の巴愛と咲良に声をかけた。


「静頼の街に到着しましたよ。今夜はこのまますぐ宿のほうに向かいます。長旅ご苦労様でした」

「あ、うん。昴流も」


 ずっと馬車の隣を並走しながら、色々と話に付き合ってくれたのである。だいぶエネルギーを使っただろうと思ったのだが、「馬を走らせながら刀を振るうほうがずっと疲れますよ」という答えが返ってきて苦笑した。


 民宿のような古い屋敷につくと、これまた盛大に歓迎してくれた。真澄としては気を遣うなと言いたいところだが、それも仕方がないことである。瑛士は宿の主人と親しいらしく、夕食のことについて話している。そこで急に瑛士は振り返り、巴愛に尋ねた。


「巴愛、魚を生で食べるってどう思う?」

「お刺身のことですか?」

「おお、刺身は共通の食べ物だったか。食えるか?」

「はい、大好きです」

「そりゃ良かった。刺身は静頼の名物だからな。ここに来て刺身を食わなかったら損だぞ」


 瑛士は大層嬉しそうだが、渋い顔をしている真澄を見て溜息をついた。


「玖暁でも北のほうの住民や、青嵐と彩鈴の連中は、刺身なんて生臭くて食えたもんじゃないと言う。真澄さまもそのクチですよね」

「いや、そこまでは言っていないぞ? あまり……その、生魚が得意ではないだけだ」


 食べ物はなんでも綺麗に平らげる真澄だが、彼にも苦手なものはあったらしい。というか、パン食の世界で生魚を食べるのは、結構辛いと思う。


「じゃあ真澄さまは、お魚だったら揚げ物とかムニエルとかが好きなんですか?」


 参考までに巴愛が聞くと、真澄は顎をつまんだ。


「魚で一番好きなのは……うん、干物だな。特に鯵は良い」


 そういうところだけはアンバランスに和な人である。食文化まで西洋と東洋が混じっているので、実に分かりにくい。


 余談だが、神核が横文字でコアと読むのは、もともと巴愛たちで言う欧米の人が神核を見つけ、そう名付け、それが海を渡って日本である玖暁に伝わってきたそうである。玖暁では最初から神核(しんかく)と名付けられており、後付でコアとルビを振ったそうだ。


 そうして出されたお刺身は、日本でも滅多にお目にかかれない高級魚ばかりだった。巴愛が目を輝かせている傍で、やはり真澄は渋い顔だ。だが折角の料理を前に嫌そうな顔をするわけにもいかず、なんとかその表情を取り繕っていた。


 騎士たちも交えた賑やかな遅い夕食を済ませた後、巴愛は真澄らとともに宿のホールに残った。明日からどうする、という話である。


「海以外何もない街だからな。見て回るようなところは少ないと思うが……」


 瑛士の言葉に咲良が微笑む。


「御堂団長、女には買い物という娯楽があるんですよ。いつもとは違う場所で、見たことのない珍しいものを探すんです」

「買い物なあ……魚の直売所くらいしかないような気がするんだが」

「本当にそれしか店がなかったら、この街の人はどうやって生活しているんです?」


 昴流に突っ込まれ、瑛士は頭を掻いた。苦笑した真澄は視線を巴愛に向ける。


「明日、明後日と、私はおそらく海辺か遺跡資料館にいるだろう。何かあったらすぐ知らせに来てくれ」

「分かりました」


 巴愛は微笑み、そのあとあてがわれた部屋に向かった。女子はふたりだけなので、咲良と同室である。昴流が護衛としてついて行き、二人きりになったところで真澄が腕を組む。


「……瑛士、街道方面に騎士を配置しろ。警備を強化させる。それから市街の捜索も行う。喜納加留奈、及びそれに属する者、大量の兵器等が隠されていないかを調べるぞ」

「了解しました」

「昴流はどうする気かな」

「おそらく今夜は、巴愛と咲良の部屋の前で一晩見張りをするつもりだと思いますよ」

「……昴流には申し訳ないが、そうしてもらうしかないな」


 昴流は特にだが、全騎士は今晩殆ど休息を取ることができないだろう。申し訳ないのだが、街ごと守るにはそれしかない。同行させた二十人以上の騎士がいれば違っただろうが、あまり人数が多いと相手に警戒されてしまう。


 言い逃れのできない証拠が欲しいのだ。喜納公爵が真澄を襲おうとしている、では罪として扱えない。真澄を襲った、という証拠が必要だ。それを手に入れるために真澄はあえて罠に飛び込み、自ら囮となる。みなへの迷惑は後で謝らせてもらうしかない。


「……瑛士、こう感じたことはないか。青嵐が玖暁に侵攻せんとするのは、玖暁の豊富な神核鉱山を我が物にするためだ。だが、両国の戦争は長すぎた……長すぎる戦いの日々は、次第に戦争をしている意味を失わせてしまっている。今やこの国にとって戦争は、日常と化しつつあるのだと」

「戦争が生活の一部、ですか……」

「それはおかしい。人が殺しあうことが日常だなどと、そんなことがあってはならない。それは、確かなことだな?」

「はい、勿論です」


 瑛士ははっきりと頷く。真澄がなぜ急にここでそれを確認したのかは分からないが、そんなことよりも主の求める答えを、瑛士はきっぱりと口に出した。


「私はそれを改善したい。青嵐との戦争を終戦に導く、それが私の最大の目的だ。だからこんなところで、私に不満を持つ国内の貴族など相手にしている時間はない。どうしても私は生きなければならぬ。私が死ぬのは、青嵐と終戦協定を結んだあとのことだ」

「はい」

「……という、私の決意表明だ。これでこの話は終わりにする」

「はい、俺の心に真澄さまの決意はしっかり刻みましたよ。必ず俺が傍で、その決意を現実にしてみせます」


 急にカーブした変化球のような真澄の話題にも、さすが瑛士はしっかり順応している。真澄は微笑を浮かべて頷いた。


「ご両親に会ってきたらどうだ? ずいぶん会っていないだろう」

「まあ家出同然で飛び出しましたからね、仕送りひとつできなかった息子としては会わせる顔もありませんよ。それにもしかしたら、とっくに墓の下かもしれませんし」

「またそうやって縁起でもないことを」


 他愛無い話をしながら、少し休もう、と真澄は自分に言い聞かせた。闘いの開始を告げるゴングが鳴るのは、おそらく明日からだ。今のうちに身体を休めておかないと、気が滅入ってしまう。


 自分のことは良い。自分が相当頑丈でしぶといということは理解しているし、騎士たちもきっと大丈夫だ。一番気がかりなのは静頼の住民と、巴愛と咲良である。守れるか、私が。いや、守らねばならぬ。そう決めたのだから――。


 玖暁最南端の辺境の街の夜は、静かに更けていく。時折聞こえるさざなみの音だけが、夜の静寂の中で響いていた。

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