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和装の皇さま  作者: 狼花
壱部
17/94

14 世界と、騎士の事情

 玖暁皇国があるこの大陸には、ほかに二つの国がある。まず北の青嵐神聖国。そして西にある彩鈴(さいりん)王国だ。


 玖暁は神核が豊富な国で、食料生産については諸国で並ぶものがない。北の青嵐は科学実験に力を入れている研究国家。そして残る彩鈴は、機械技術の発展した国だ。世界に流通している機器類、たとえば天狼砦にあったスクリーンモニターやカメラ、無線機はそこの国から買ったものだそうだ。


 彩鈴王国は、険しい山々に囲まれた山岳地帯の国である。機械を作るために欠かせない鉄鉱などの資源は豊富だが、神核産出量は玖暁に遠く及ばない。加えて厳しい寒さが年中続き、特に食料面では過酷な環境にある。国家財政も厳しいらしく、作るのに時間も予算もかかる機械だけでは、経済がうまく回っていない状況だ。


 そこで彩鈴は、半ば本業となりつつある裏稼業をひとつ行っている。それが、「情報」を集め、売る仕事だ。つまりスパイを送り、その国の情報を仕入れてその敵国に売るのだ。彼らの諜報能力は相当で、きっと皇城に何人も諜報員が潜んでいるに違いない。そしてこの国の情報を、彩鈴は青嵐に売りつけている。青嵐の情報もまた、玖暁に流されている。この大陸だけでなく、世界において彩鈴は中立国家なのだ。彩鈴の情報が原因で、玖暁と青嵐が戦争を始めたことも数えきれない。


 ――というようなことを、巴愛は真澄から聞いた。


 巴愛が皇城で暮らし始めて三週間が経った。巴愛の日常は確立されつつある。大抵は本を読んで過ごしているが、気が向けば昴流と咲良とともに街へ出かけ、三日に一度の割合で何かしらお菓子を作る。言ってしまえばやることがなくて怠惰な日々を過ごしていた。


 たった三週間だが、巴愛の菓子は真澄らに大人気だった。なので三日に一度、外のバルコニーでお茶会をするというのがいつの間にか定着していた。都合が良い人だけがふらりと顔を出すが、必ず誰かしら顔を見せる。今日は珍しく、一番頻度が少ない李生も瑛士に引きずられ、全員が揃ってのお茶会となった。


 真澄と知尋が、おそらく直前までしていた仕事の話をしていたのだが、初耳の「サイリン」という単語が出てきたので、思わず巴愛が疑問を口にしてしまったというわけだ。


 午前中に焼いたパウンドケーキを切り分けながら、巴愛が呟く。その隣では咲良が珈琲を淹れていた。


「彩鈴って、なんか怖いですね……」

「これでもだいぶマシになったほうだ。四年前に王が代わって、今までうやむやにされていた情報に関する条約もきちんと結べたし、前のように無差別に情報を流すという行為もなくなった。今の彩鈴の王は、そういう諜報活動を嫌っている人だからな」

「けどそれでも、俺は諜報なんてものは御免ですね。騎士団の中にも確実に諜報員が混じっていますから、見張られている感じがして気味が悪いですよ」


 瑛士が憮然としている。それを聞いた知尋が腕を組む。


「とはいえ、それは青嵐も同じなんだよ。そして彩鈴がもたらす青嵐の情報で、私たちが危機を免れたことが一度や二度でないことも、また事実だ。なくなったらなくなったでそれは困るし、何より今の状況で諜報制度を廃止したら、彩鈴は間違いなく潰れる。あちらの王は、対応に四苦八苦しているでしょうね」


 真澄が頷き、渋い顔になる。


「玖暁と彩鈴は中立という関係だが、彩鈴の王個人とは古い付き合いだ。必要ならば援助も厭わぬが、あちらは中立を貫いている手前、玖暁につくことはできない。そうなれば青嵐が真っ先に彩鈴を潰しにかかるだろうからな……っと、重い仕事の話はここまでにしておこう。せっかくの貴重な休憩時間だ」


 その声で、少しばかり重苦しい雰囲気だったバルコニーは一気に和んだ。瑛士が「美味い、美味い」と言いながらパウンドケーキを豪快に手づかみしているが、その隣に座っている李生はちゃんと上品にフォークでつついている。騎士と言えば豪快と言うイメージがあるが、李生はそれに当てはまらない。細身で取り立てて筋肉質というわけでもなく、妙に優雅な物腰だ。しかしその優雅さは決して弱いという意味ではなく、瑛士が獅子の強さなら李生は豹のような鋭い強さを秘めている。


「李生さん、味どうですか? 結構お砂糖控えたんですけど」


 李生は顔を上げ、笑みを見せた。


「とても美味しいです。いつも気を遣ってもらってすみません」

「どうしてそんなに甘いものが苦手なんだ?」


 瑛士の問いに、李生は苦い表情になる。


「子供のころの友人が、大の甘党でして。元々俺はあまり甘いものが得意ではなかったんですが、そいつは天然と言うか空気を読めないというか、自分勝手な奴で、構わず俺に自分の好物をよこしてくるんです。付き合って食べているうちに、拒否反応が出るようになりました」

「李生はそういうの、断れない質みたいだしな」


 真澄の言葉に李生が髪の毛を掻き回す。知尋がくすりと笑った。


「きっと、はっきり『甘いものは嫌いだ』って伝えたことないんでしょう? その友達、多分そのこと知らないよ」

「……だろうと思います」


 巴愛が心配そうに尋ねる。


「……あの、本当に駄目そうだったら言ってくださいね?」

「ああ、大丈夫ですよ。自分でも驚くくらい、巴愛さんの作る菓子は抵抗なく食べられるんです」


 李生の笑みに、巴愛もほっと息をついた。真澄は微笑を浮かべた。人付き合いが苦手な李生がこうも短時間で心を許すとは珍しい。いつの間にか巴愛「殿」と呼ばなくなっているし。


「このあと騎士団の予定は?」


 真澄が問いかけると、瑛士が答えた。


「俺と李生の隊で模擬戦です」

「そうか……なら私も様子を見に行こうかな。丁度時間が空いているから」

「じゃあ、私たちも見学に行きません? こっそり見学できるいい場所があるんですよ」


 咲良が巴愛にそう提案した。巴愛は首を傾げる。


「こっそりって、何やってるんだ姉さん……」


 呆れた様子の昴流に、咲良は「ふふ」と笑う。


「私だって妙齢の女子ですもの。良い出会いは常に探しているのよ」

「もう妙齢って歳じゃないんじゃ……」

「あら、言いたいことがあるならはっきりどうぞ、昴流?」

「いえ、なんでも……」


 憮然として黙ってしまった昴流に苦笑を浮かべながら、巴愛は話を咲良に戻す。


「でも、良いんでしょうか……?」

「いかがですか、兄皇陛下?」


 咲良の問いに、真澄は少し眉をひそめたが、すぐに頷いた。


「いいだろう。見ていて面白いものではないと思うがな」

「なら昴流、お前は訓練免除。巴愛に解説してやれ」


 瑛士の言葉に、昴流はぱっと顔を明るくした。


「いいんですか、団長?」

「ただし、後日俺が直々に補習してやるがな」


 昴流は、途端にがっくりとうな垂れた。瑛士がそんな昴流の頭に軽く拳骨を落とす。


「おい、そこは喜ぶところだろ! お前のためにわざわざ一対一で稽古をつけてやるって言ってるんだぞ!?」

「御堂団長にしごかれた騎士は大抵、半死半生で寄宿舎に戻ってきていますが……」


 口を挟んだ李生の言葉に、巴愛はぎょっとした。巴愛も部活で散々しごかれたことがあるが、その表現は命の危機に迫っている。知尋がくすくすと微笑む。


「真澄も昔はそうでしたよね。毎日毎日怪我の治療をしていたのが懐かしいです」

「知尋……そういうことは思い出させないでくれ」


 真澄もげんなりしている。皇相手にも容赦しないなど、瑛士の部下の騎士には死人が出ているのではないかと思う勢いだ。その瑛士は腕を組んでいる。


「殺し合いから無事生還する力をつけるための稽古です。このくらいじゃ足りませんよ」


 まったくそのとおりである。とりあえずは、あとで酷い目に遭うことが確実な昴流に申し訳ないと思うしかないのだった。





★☆





 お茶を終えてみなと別れた後しばらくして、巴愛は昴流と共に、咲良の言う「こっそり見学するのにいいところ」に向かった。それは皇城勤めをしている使用人たちのための宿舎の屋上で、シーツなどが干されてあった。騎士たちの訓練場は宿舎のすぐ隣なので、屋上からだと全体を見下ろすことができるのだ。昴流としても、訓練場を見るならここしかないだろうと思っていたようだ。


 訓練場はとてつもなく広い。中学校の校庭三つ分くらいはありそうだ。昴流の説明だとこの規模の訓練場が他にあと二つあり、さらに屋内訓練場が十以上あるらしい。どれだけ広いのだろう、この城の敷地は。


 巴愛たちから見て、訓練場の手前に一隊控えている。そして反対側、もはや人が点にしか見えないのだが、そこにも一隊がある。昴流が早速説明を開始した。


「手前側が御堂団長の部隊、奥が天崎部隊長の部隊です。模擬戦は攻め手と守り手に分かれて行いますが、今回は団長が守り手で、天崎隊が攻め手です。攻め手が守り手の大将、つまり御堂団長の前に到達したら天崎隊の勝利。一定時間内にたどり着けなければ負けになります」


 将棋やチェスのようなものかな、と巴愛は勝手に認識する。


「玖暁騎士団の部隊には、それぞれ個性があります。団長と天崎部隊長は特に顕著なんですが、団長は攻め、天崎隊は守りに秀でています。今回はあえてそれを逆にして、互いの弱い部分を徹底的に突こう、という目的なんです」

「ちゃんとした刀で戦うの?」

「いえ、木刀を使います」

「……木刀も相当痛いと思うよ?」

「まあ、直撃したら骨が折れるくらいは覚悟しなければなりませんね」


 ぞわっと巴愛の背中に悪寒が走る。咲良が風で乱れる髪を手で押さえながら呟く。


「普通なら、御堂団長が守り切りそうなものだけれど」

「……どうかな。天崎隊は守りの専門だ。どこを突かれれば脆いかを熟知している……それに、御堂隊は防衛戦の経験が少ないのに対して、天崎隊は攻めの戦いも得意だ。人数で勝っていても大した問題ではないし……敵に回すと本当に厄介だよ、天崎隊は」


 防衛の戦いにおいて瑛士の指揮が的確であっても、それを寸分違わず実行できるかは瑛士の能力ではない。なかなか際どいところだ。瑛士の隊は常に押せ押せの部隊である。破壊力は抜群、しかし防御面は弱い。危なっかしいことこの上ないが、戦場ではそういう部隊も必要なのである。昴流自身、そういう隊の中にあってよくここまで生きていると思っている。


「あとは兄皇陛下がどう参加するかだなあ……」

「えっ、真澄さままで戦うの!? 見るだけじゃなかったっけ!?」

「見ていたらやりたくなるタイプなんですよ、陛下は……前回は敵として団長を追い詰めていましたから、今回は天崎部隊長の敵に回るかもしれませんね……」


 昴流の分析は正しかった。真澄は瑛士の隊の大将として後ろに控えていることにした。本来大将である者は持ち場から離れないのが決まりだが、その役を真澄と交代したので瑛士本人が前線に出ることになった。それをいち早く察した李生は、すぐさま真澄に標的を変えた。


 戦闘が開始されてすぐ、訓練場は小規模な戦場となった。守りであっても抜群の破壊力で李生隊を弾き返す瑛士隊の騎士と、的確に脆い部分を突いてくる天崎隊の騎士。実力は拮抗し、敵味方が入り混じれている。


 ついに李生が最前線へ出た。その真正面には瑛士が待ち構えている。


「お前、自分自らが真澄さまを狙いに行くつもりか?」


 瑛士の問いに李生は薄く笑みを浮かべた。持っている木刀を構える。


「まさか」

「だよなあ」

「その通りですよ」

「……だよなあ」


 李生が後ろに付き従う騎士に合図を送った。すると一斉に騎士たちは瑛士ひとりをめがけて飛び掛かったのだ。彼らが何人束になってかかろうが瑛士には取るに足らない。だが問題は瑛士自身のことではなく、瑛士が一瞬でも他のことに当たった瞬間に指揮系統が崩れるということだった。防衛経験のない騎士たちは、指示なしでは李生らのように臨機応変に動けないのだ。李生はその隙に、自ら瑛士隊の騎士らの壁を切り崩していった。


 凄まじい勢いだった。自分の身体を羽毛より軽く扱う李生の、変幻自在の剣技に敵は圧倒され、一気に崩れた。そして李生は、ものの数十秒で真澄の前に到達した。これで李生の勝利である。真澄は組んでいた腕を解いて微笑む。


「さすがだな、瑛士をああも簡単に出し抜くとは。情けないぞ、騎士団長」


 決着がついたので、全騎士は攻撃を止めている。瑛士が歩み寄ってきながら頭を掻いた。


「まったく面目ないです。明日からまた鍛え直さないといけませんね」

「頼むぞ。……さてと、李生。模擬戦の決着はついたが、敵の大将がみなそこにいるだけの存在であるとは思っていないだろうな?」

「は……?」


 予想外の言葉に、李生が目を見開く。真澄は木刀を瑛士に放った。瑛士がそれを片手で受け止める。


「単身で敵将の前まで到達するお前の技量、それは見事だ。だがここで私が、指揮官たるお前の首を落とせば、戦況は一気に覆る。単身での敵陣突破は、指揮官が行うには軽率すぎる選択だ」

「……真澄さま、異議ありです」

「なんだ、瑛士」

「立派なお言葉ですが、それは毎度毎度真澄さまご自身がやっていて、俺が軽率ですと小言を言っていることですよ。申し訳ないが全く説得力がないです」

「ほっとけ」


 真澄が平然と流してしまう。この辺り、真澄は只者ではない。


「……李生、抜け。久々に剣を交えよう」


 真澄はそう言いながら、腰に差した刀を引き抜く。銀色の光が李生に向けられた。李生も無言で木刀を部下に渡し、刀を抜いた。


 下段の構え。真澄の剣の基本形だ。相手に打たせてから、神速の反撃をする。


 李生は刀を持った手は後ろに引き、姿勢を低くした。すぐにでも飛び掛かれる、先手を取ることを重視する構えである。


 その様子を見ていた巴愛が呆然と呟く。どうしてふたりが戦うことになったのかは、「陛下の趣味です」という昴流の一言で片付いた。


「真澄さま、構えが他の人と違う……」

「兄皇陛下の使う流派は、『鳳飛(ほうひ)蒼天(そうてん)流』といいます。騎士が使う『玖暁騎士団流』を基盤にした、けれどまったく異なる流派なんですよ。騎士団流は馬上からの攻撃を行いますが、鳳飛蒼天流は地上での戦いに特化した乱戦用の技です。相手の攻撃を受けてから反撃する受けの流派ですが、その反撃力は兄皇陛下が使うととてつもないです」

「蒼き天を鳳凰が飛ぶが如く……ね」


 咲良の言葉にも昴流は頷いた。


「まあ、天崎部隊長の剣も特殊なんですよ」

「そうなの?」

「部隊長は兄皇陛下とは逆で、先手を取るというのが第一である剣を使います。時として、陛下の蒼天流を凌ぐ速さを発揮するんです。懐に潜り込んでから相手を倒すまで、ほんの数秒……陛下と部隊長は受けと攻めの剣をそれぞれ使いますから、互角と言えば互角だし、互いが天敵でもあるんですね」


 巴愛は不思議そうに昴流を見る。


「騎士団流っていう流派があるのに、そんな勝手に使って大丈夫なの?」

「騎士団流はあくまでも基本ですから、我流が強い騎士団流剣技を使う人も結構いますよ。天崎部隊長も似たようなものです。第一、部隊長の流派は地に足がついていてこそできるものですから、馬上で戦うには騎士団流を使うしかありません」

「李生さんはなんていう流派?」


 尋ねると、昴流は若干苦い表情をした。巴愛が辛抱強く待っていると、昴流はぽつっと呟いた。その言葉は十分、巴愛に衝撃をもたらした。


青嵐(せいらん)武技(ぶぎ)瞬刃(しゅんじん)流……です」

「……青嵐!?」


 巴愛は驚き、真澄と睨みあっている李生の姿を見つめた。

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