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和装の皇さま  作者: 狼花
壱部
14/94

11 神核に願う、自然の神秘

 休暇を取らせていただく間、姉がお世話をします、といって昴流は引き下がった。何となく姉のことを話す昴流がぎこちないので、姉弟の仲が良くないのかと問うてみたが、そんなことはなくむしろ仲がいいという答えが帰ってきた。


「兄弟の中では一番仲がいいですよ」

「まだ他にも兄弟がいるんだ?」

「はい。兄が三人、姉が四人、弟が二人、妹が三人」

「……え?」


 巴愛は目をしばたいた。昴流が苦笑する。


「多いんですよ。みな親は違いますが……咲良とは唯一、本当の姉弟なので」

「そう……だったの。なんか複雑そうね……」

「他の兄弟は以前もお話ししたとおり、陛下の温情で皇城に仕えています。けれど……あのころの汚職にまみれた生活を享受していた彼らとは、あまり親しくしたくはありませんでした。改革を求めたあたり、僕は過激な人間なんでしょうね」


 その言葉に巴愛は首を振った。


「人間には、圧政に対して抵抗したり、革命を起こしたりする権利があるのよ。あたしの世界の昔の人たちは、そうやって新しい時代を作ってきたの。だからそれは、人間としてごく自然なことだよ」

「皇が絶対の国でも?」

「勿論。そうやって独裁を行った国王はみんな破滅した。少なくとも、歴史上では」

「抵抗する権利、革命を起こす権利……ですか。なかなか素敵な考えですね。僕たちは十年前、まさにそれをやったというわけか」


 巴愛は頷き、次いで首をかしげた。


「話は戻るけど、どうして咲良さんとぎくしゃくしてるの?」

「え!? ……それは、ですね。まあ久しぶりに会ったというのもあるのですが……」

「ですが?」

「僕に対する姉の対応を見ればお分かりになると思いますが、僕はやたら姉にからかわれるんです。さすがにみなさんの前でそれはちょっと……なので余所余所しくしていたら姉も突っかかって来ないかと思いまして」

「けど、突っかかってきちゃったよね?」

「はい……失敗に終わりました」


 項垂れる昴流を見て巴愛は吹き出した。昴流が顔を真っ赤にして詰め寄る。


「ちょっ、なんで笑うんですか!?」

「ご、ごめん。でも昴流だったらあたしもからかいたくなるなあ、って」

「どういう意味です!?」

「だって、昴流って姉の立場からしたら可愛いと思うんだよね」

「か、可愛い?」


 昴流が唖然としている。


「あたしにも弟いたから分かるよ。懐いてくれる弟って、すごく可愛いよ」

「そ……そういうものなんですか?」

「うん。愛されてるんだから、邪険にしちゃ駄目よ?」

「は、はい」


 昴流のほうが年上なのだが、このときばかりは昴流が小さく見えた。


「団長から休暇は一週間もらいましたが、そんなに休むつもりはないんで。三日くらいしたらまた復帰しますね」

「そんな無理しないでいいから、ゆっくり休んでよ。あたし、咲良さんとはうまくやっていけると思うから」

「……姉が巴愛さんに妙なことを吹き込むんじゃないかと思うと、気が気でないんですよね」

「何か言った?」

「いえ。……陛下など休みなしで公務に戻られていますし、僕もうかうかしていられません。どのみち、休みったってやることないんですよね。あまり動かないと身体も鈍りますし」


 仕事熱心な昴流に結局巴愛も折れた。ほっとした様子の昴流は「ではそういうことで」と話を切り上げた。


「明かり、消しますね」

「うん」


 昴流が壁に取り付けられたスイッチを押し、部屋を明るくしていた明かりを消した。というのも、その明かりも神核で稼働しており、まだ巴愛には使用できないのである。つくづく、早く神核の扱いを覚えてひとりで生活できるようになりたいと思う。


 昴流が引き下がって一人になった巴愛は、薄暗い部屋を歩いて寝室に入った。ベッドに腰をおろし、窓から見える月を見上げる。


 ――おかしなものだ。ここは地球ではないのに、地球の衛星である月が見えるなんて。


 室内を見渡す。壁にかけられた時計は夜の九時を指している。ちなみに時間の感覚は現代と変わりない。寝るには早すぎる時間だ。


 テレビもない。ゲームもないし、音楽も聞けない。こんな何もない世界で、あたしはどうやって時間を潰せばいいのだろう。


 とりあえずベッドに横になった。眠くなくても、寝るしかなかったら寝られるだろう。想像を絶するふかふかさのベッドに身を横たえ、ひっそりと微笑む。こういう豪華さは、現代では味わえない。


 この世界でできることを、すべて楽しもう。それしかないな、と巴愛は思った。





★☆





「おはようございます、巴愛さん」


 そんな声と扉をノックする音が鮮明に耳に飛び込んできて、うとうとしていた巴愛はばっと飛び起きた。時計を見ると時刻は七時半。休みの日なら余裕で寝ている時間だが、皇の城ともなるとそうはいかない。


 慌てて扉を開けると、朝食のワゴンを押してきたらしい咲良が佇んでいた。朝とは思えないさっぱりした顔だちだ。


「おっ、おはようございます!」

「あらあら、そんなに急がなくても。まだ眠っているようなら無理に起こすな、と陛下に言いつけられていましたから」

「いえ、そういう訳には」


 世話になるのだから寝坊して朝食を台無しにするわけにはいかない。咲良は「律儀なんですね」と微笑みながら、朝食のワゴンを室内に入れた。


 テーブルに配膳しながら、咲良が問う。


「あまり眠れませんでしたか?」

「あ……はい。あたし、夜型の人間なんで……」


 それでなくとも、慣れない地である。明け方まで悶々としていた。


「そうですよね。早く光の神核を覚えないと夜も過ごせませんし、水や火の神核の扱いも重要ですね。弟皇陛下が後でお教え下さるそうですよ」

「陛下自ら……」

「世界一の神核術士です。得られるものは多いはずですよ」


 咲良はそう言いながら、慣れた手つきでカップに珈琲を注いでくれた。数日ぶりの香りに巴愛はほっと心が安らぐ。


「ただ、兄皇陛下からの伝言ですけれど、『知尋のやり方は興味深いが参考にはならないから、試そうとするな』だそうで」

「え?」

「弟皇陛下は、独自の方法で神核を使用していらっしゃるようなので」

「あ、あたし、大丈夫なんでしょうか?」


 不安そうな巴愛に咲良が微笑む。


「大丈夫ですよ。弟皇陛下は時々、神核を習い始めたばかりの子供たちを相手に、神核の使い方を教えていますから」

「皇さまが自ら?」

「あれで案外、子供好きで面倒見の良い方なんですよ。だから、一般的な扱いの教え方は完璧なんです。弟皇陛下ご自身は、一般的ではない応用の使い方をしているというだけで、それを巴愛さんに伝授することはありませんよ」


 つくづく、なんて人なんだろうと思う。


 そうこうしている間に朝食が食べ終わった。巴愛はずっと気になっていたことを尋ねた。


「あの、この世界の主食はパンなんですか?」

「はい。穀物も多いですが」

「じゃ、お米は?」

「お米ですか? 確かにありますが、高価な食品なのであまり家庭では使われませんね」

「あ、やっぱりそうなんですか……」

「お米のお食事がお好きなんですか? でしたら陛下にお願いして、替えていただくことも……」


 咲良の言葉に、慌てて巴愛は首を振った。


「違います、今のご飯が不満とかそう言うことじゃなくって。なんとなく、疑問に思ったんです」


 自分のわがままのために、高価な食材を使ってほしくないのだ。これ以上迷惑をかけたくない。


 咲良が何か言おうとしたとき、扉がノックされた。咲良が扉を開けると、知尋が佇んでいた。砦での袴姿ではなく、ゆったりとした着物、というより浴衣姿だ。


「おはよう、巴愛。いま、大丈夫かな」

「あ、はい」


 巴愛が立ち上がる。咲良が巴愛と知尋に頭を下げた。


「私は食器を下げてきます」

「うん、よろしく」


 知尋が頷く。彼に座って、と言われて巴愛が腰を下ろす。知尋はその向かい側に座った。


「えっと、神核のことですよね」

「そうだね。でもその前に、ちょっと別の話を」


 巴愛が首をかしげる。知尋は微笑んだ。


「とてもそんな風には思えないだろうけれど、ここは君の家だと認識してほしいんだ」

「……?」

「ごめんね、咲良との話が少し聞こえてしまって。……私と真澄にとって、君はもう家族の一員だ。君も同じように思ってくれていいんだよ」

「家族……」

「真澄から聞いたけれど、子供のころに家族を亡くしたんだよね。代わりになることはできないけれど、君が失ってしまった家族の温もりを、私と真澄が違う形で教えることはできると思うんだ」


 知尋は黙ってしまった巴愛の肩にそっと手を置く。


「私たちは君より少し年上だし、まあ兄のように思ってくれたら嬉しいな。昴流や瑛士や李生は、さしづめ『近所の面倒見の良いお兄さん』といったところかな。……だから、肩肘張る必要はないよ。やりたいこと、欲しいものがあったら言って。君に頼まれて迷惑に思うことなんてひとつもない。むしろこちらが、君に迷惑を強いてしまうんだからね」

「弟皇陛下……」

「おっと、真澄のことは名で呼ぶのに、私はまだそれなのかな? 良いんだよ、知尋と呼んで」

「あ、はい、知尋さま……」


 巴愛の言葉に知尋は頷く。


「他に何か聞きたいことはある?」

「え!? えっと……あの、真澄さまは?」


 咄嗟に思い浮かんだ質問がそれで、知尋の口元に意味ありげな笑みが浮かぶ。


「真澄なら朝から仕事を。溜まっていた書類を片付けて、また勝利のお祝いを述べてくる貴族たちの相手をしているよ。午前中はそれでいっぱいいっぱいだろうね」

「なら、知尋さまは?」

「私は……まあ他のことを」


 知尋はそこだけ言いづらそうだった。


「……さて、では本題に入ろうか」

「あ、はい」


 知尋の話は昴流以上にころころ変わるので、ついて行くのが大変である。


「でも、大丈夫なんですか? 神核を使うと身体が……」


 そう言うと、知尋は苦笑した。


「今から教えるのは生活するための神核術。生きるための術を使っていちいち倒れるようでは、私はとっくに死んでいるよ。身体がもたなくなるのは、実戦で使う大規模な術だけだから」

「そ、そうなんですか。それなら良かったです。よろしくお願いします」

「はい、こちらこそ」


 知尋は頷き、すっと立ち上がった。そして部屋の中に取り付けられている簡易キッチンの水道の蛇口に手をかけた。巴愛もその傍に歩み寄る。


 知尋は蛇口を捻った。水が何の抵抗もなく蛇口から出てくる。知尋はそれを巴愛に見せてから蛇口を閉じる。


「まあ、こんなふうに神核術を使いながら捻ると、ここから水が出る」


 とはいうものの、知尋は神核の詠唱動作、【集中】を行ったように見えなかった。砦では目を閉じて、だいぶ【集中】していたようなのだが。


「微弱な力の神核なので、それほど【集中】は必要ないんだよ。ものは試しだ、巴愛、ちょっと捻ってみて。特に何も考えなくていいから」


 巴愛は頷き、蛇口を捻る。昨日も散々試したのだが、やはり水は出ない。


「では次。水って言ったら、何を思い浮かべる?」

「えっと……雨とか、海とか?」

「じゃあ、海を思い浮かべて。どこまでも、どこまでも水は広がっているね。そんな様子を考えながら、もう一度」


 知尋はそう言って、巴愛に蛇口を捻るように言った。かつて家族と見た海を思い浮かべながら蛇口を捻ったが、やはり反応しない。


「あ、あれ……」


 やや焦ったとき、知尋が首を振った。


「……この通り、神核は反応しない。もしも私が、海を思い浮かべながら神核を使ったら……この蛇口を捻った瞬間、皇都は水没するだろうね」

「ええっ!?」

「というのは大袈裟だけれど。蛇口の中に仕込まれている神核は指先くらいの小さなものだから、皇都を水没させるほどの力はない。だから、まあ安心して」


 知尋は物騒なことを言って腕を組む。


「神核術は、願いを形にする術のことなんだっていうのは、多分昴流が説明したと思う。要は、その願いをより具体的にしなければいけないんだ。水の神核に水を願うとき、水そのものを思い浮かべても駄目だ。皇都を水浸しにしたいのか、それとも蛇口から水を出したいのか。それを明確にしないと、どちらの術も発動しない。分かる?」

「はい。……だから、術を使うときは平静でなくちゃいけないんですね。考え方を間違えると、大事故になるから」


 巴愛は頷いた。出来のいい生徒を褒めるような笑顔を浮かべた知尋は、巴愛の手をもう一度蛇口の上に乗せる。


「じゃあ、これが最後だ。『この蛇口から水が出るさまを想像』しながら、蛇口を捻って」


 じっくりとその様子を思い浮かべながら、ゆっくりと巴愛は蛇口を捻る。と、あれほど頑なだった水の神核は巴愛の願いに応じ、水が流れ始めた。


「! やった」


 巴愛がぱっと表情を明るくする。知尋も頷いた。


「蛇口から水が出る。それはごく当たり前のことなんだけれど、意識しないと神核は反応してくれないんだ。慣れるまでは、いちいち考えながら蛇口を捻ってね。そのうち、無意識に使えるようになるはずだから」

「はい!」

「火や明かりも一緒だ。火なら『コンロの上に火が点くさま』を、明かりなら『天井の燭台がこの部屋を照らすさま』を意識しながら、それぞれの動作をすればいい」


 巴愛はそのあと、言われた通りに火をつけ、明かりをつけることに成功した。一度使えるようになってしまえば、あとはまったく不自由なくそれらの動作が行えるようになった。不思議な感覚だが、達成感があって嬉しい。これで、少しでもこの世界に溶け込めただろうか。


「うん、巴愛は呑み込みが早いね。とりあえずこれで、この部屋で生活する分の神核は使えるようになったね」

「はい、有難う御座います!」


 知尋は腕を組む。


「本当は護身用の神核をいくつかあげたいんだけど、それはもう少ししてからね。さすがに今の状態で武器になる神核は危険だから」

「あたし、もう少しうまくここの神核を使いこなせるようになりたいです。当面はそれで精一杯だと思うんで」

「そうだね。時間はあるから、焦らずにやろう」

「あの、ひとつ質問良いですか?」

「ん?」

「知尋さまは、どうやって神核を使っているんですか? なんだか咲良さんが、一般的じゃない方法だとかって……」


 そうすると知尋は苦笑した。


「あ、ああ……そうだね、私は少し特殊……というか、こういう使い方をするのは私だけだろうね」

「どんな使い方ですか?」

「うん、それが自分でも分からないんだ」

「……分からない?」


 知尋の答えに、巴愛は拍子抜けした。知尋が頭を掻く。


「巴愛に教えたのは、ごく普通の使い方、つまり一般論だ。私はそのやり方で神核は使えない。けれどどうやっているのかと言われると……答えようがないな。【集中】という動作を飛ばしている、というべきかな」

「え? でも砦では……」


 知尋は頷いた。


「人間には魔力がある。けれど自分の身体に満ちる魔力の流れを、人間は感じることができない。でも私には分かるんだ。自分の内側から沸き立ってくる魔力が……その魔力を限界まで高めて、一気に放出する。その動作が【集中】に見えるんだろうね。そして、普通に使うのとは比べ物にならないくらい、私の身体を衰弱させている。どうやら余程のエネルギーが必要らしい」


 神核術は、【集中】する過程の中で、その願いに応じるだけの魔力を消費する。だが知尋の場合はその逆で、自分で消費する魔力の量を増大させ、神核の威力も倍増させている。普通に消費する魔力量より、同じ術でもずっと強力で、ずっと消費が激しいのだ。


「……でも、それ以外で私は術を使えないんだから、仕方がないよね」

「知尋さま……」

「――最初の巴愛の質問。真澄が仕事をしている間、私は何をしているのか……答えは、何もしていない。何もできない。私のようにしょっちゅう調子を崩す人間が、責任のある立場には立てないんだ。重大な仕事の途中で倒れたら、大勢の者に迷惑がかかるから」


 知尋は悲しそうに微笑む。


「何もできないのは悔しいけれど、それが現実だ。だからこそ私は、私にしかできないことを探している。戦争でしか役に立たない力でも……神核術は、私のすべてだ」

「……」

「そういうわけで私は毎日暇なんだ。気軽に遊びに来てくれると嬉しいな」

「え!? あ、はい!」


 急にテンションが変わった知尋に巴愛が慌てて応えると、扉がノックされた。知尋が答えると、咲良が顔を出す。


「お勉強は終わりましたでしょうか?」

「ああ、丁度ね」


 知尋は打って変って優しい笑みを見せた。


「でしたら、巴愛さんと街を歩いてみたいのですが、よろしいでしょうか」

「それはいいね。皇都を見ておいで、巴愛。良い街だから、きっと気に入るよ」


 巴愛が知尋を見上げると、知尋はゆっくりと頷いた。巴愛も頷き、知尋に頭を下げた。


「今日は有難う御座いました。お身体……大切にしてくださいね」

「こっちこそ、暗い話をして悪かったね。楽しんでおいで」


 知尋と廊下で別れ、巴愛は咲良とともに歩き出した。

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