旅立ち 1
夜の闇は深い
人工的な明かりは松明や蝋燭の光
所詮庶民には魔法なんて使えやしない、いや今や王族でさえその力は薄れて魔術を使えるのは最高位の神官ぐらいか。
「これ、持っていけ」
「あ、ああ」
本来ならあと1、2年ほどたって奉仕ではなく、自分の意思で軍に志願する時に渡すためにつくっていた短剣を渡す。
「!、っこんな、俺はもらえない。もらえるような人間じゃない・・・」
一目見てこの短剣の良さがわかるお前は本物だよ
そう思いながら、僕は彼の肩に手を掛ける
「ニケル、村長が下した結論は妥当だ。でも、ハナのことは考えられて君がしたこと、彼女がされたことは君のお母さんと僕と村長とミロナさんしか知らない。」
『君がしたこと』という言葉にニケルは肩を揺らす。
ニケルはハナを襲ったこと、それは事実だ。
ただ、どうも怪しいことが一つ
襲ったという記憶が一切ないこと。
それでも、夜更けに村を出るのは村長の判断と村の秩序のため。
そして、ニケル親子を守るため。
僕は気を取り直してさらに続けて言う。
「本当は、君が志願する時までに長剣も一緒に渡したかったけど、残念ながら間に合わないから短剣だけだ。ただ、この短剣にはハナの髪の毛が入っている。見た目は平凡なものだけど、黒髪が入っているから十分君を守ってくれるはずだよ。」
「・・・・・・・・」
「ハナも知ってる。君が志願したいと考えてるけど、パレナさんのことを思ってなかなか旅立てないことも。だけど、いつか君が志願する時に渡せるように、このまえ髪をもらった時に少しだけハナの髪を残しておいてつくったんだ。さすが、黒髪の乙女。少ない量でも十分だった。」
短剣を見つめながらニケルの顔はいまだに自分を責めている顔だ。
「短剣を渡したのは、ニケル、君に忘れてほしくないからだ。この短剣を見るたびに思い出せ、君のしたことを。そして、尽くせ。国のために、人々の命のために。それが、償いだ。奉仕によって罪は雪がれる。たとえ、君に記憶がなくても、傷ついたハナがいる。幸い、髪を失うことはなかったけれど目が覚めたらどうなる。彼女はまだ子供だ。いくらそこらへんの村の娘たちとは考えが変わっていても、ハナの名誉は君によって穢された。」
僕はニケルに酷い言葉を吐いている。その事実は変わらない。それでもハナの受けた傷を思えばニケルを責めないという考えはなくなっていた。
「俺は・・・・」
ニケルのこぶしに力が入る。
「ハナのことを頼む。俺は、必ず罪を雪ぐ。じゃあな」
ニケルはコートのフードをかぶり、暗い森の夜道を進んで行った。
暗い森の夜道を進むは、贖罪の道。
村の秩序を守るためとはいえ、厳しいものだとこの時キルアは思った。
村で何か秩序を乱すことをした者は人知れず闇に葬られる。
奉仕で罪を雪ぐ。
奉仕への道は困難だ。
夜の闇道を進まねばならない。
闇道は困難だ。暗く険しい道、獣に襲われることもある。
だからこそキルアは厳しい言葉をニケルに浴びせた。
必ずまたこの村に戻れるように
ニケルの正義感に訴えた
キルアはしばらくその場を動かずに、ニケルが消えていった道を見つめていた。