迷子
以前某所に投稿していた作品です。
ちょこっとだけ内容変えました。
「迷子のお知らせをいたします」
アナウンスが流れた瞬間、里美は「しまった」と頭を抱えた。
「福岡市からお越しの、金山里美ちゃん。お父様が、迷子センターでお待ちです。繰り返します…」
繰り返すな!!大体「ちゃん」とか言うな!バカ親父!呼び出しなんかするな!!
私は泣きたくなるのを必死でこらえた。とりあえず迷子センターに行こう。またアナウンスが流れたりしたら恥ずかしくて憤死する。もしくはこの遊園地ごとぶっ壊す。爆弾は持ってないし、作りたくもないけど。とにかくさっきのアナウンスを聞いた人は皆早死にしたらいいと思う。
「あぁ、里美ちゃん!」
ぶすっとした顔で現れた娘にめげず、くそ親父は額の汗をふいた。
「いやぁ、ありがとうございます」
係りの人はびっくりした顔をしていた。そうでしょ。もっと小さい子が迷子になったと思うよね、普通はね!!中学生にもなった娘をわざわざ呼び出したりしないよね。っていうか普通はこの年でこんなしょぼい遊園地なんか来ないよね!親と一緒になんかさ!
「ほら、里美ちゃんも、お礼を言って」
「…ありがとうございます」
係りの人にお辞儀する。少なくともこの男をここに置いてくれていたお礼。アナウンスのお礼では決してない。
迷子センターを後にした私はお父さんに向かって怒鳴った。
「何でわざわざ呼び出すわけ。ちょっとトイレに行っただけじゃん」
「何で一言も言わずにいなくなるんだよ。トイレならそう言えばいいのに」
「今日ここに来た目的忘れたわけ?あんな目立つ呼び出ししてどうするのよ!」
「それはお父さんも気を使って、苗字は変えておいたじゃないか」
「お母さんの旧姓なんか使えば、お母さんにはばればれだよ!!最低!!」
私とお父さんは、3年前に離婚し2年前に再婚したお母さんの家族を見にこの遊園地にやってきたのだ。なぜここに今日来るか知っているかと言うと、同じクラスの池端の親父とお母さんが再婚したから。池端にはみつかちゃん、という5歳の妹がいる。
「みつかがさ、一緒に遊園地行きたいって最近うるさくてさ。冗談じゃないだろ、今更親と一緒なんて。でも、さすがに二人だけで行くほどオレ、あいつの面倒見れないし。あと2年もすれば二人だけで行ってもいいけど。あいつまだ手がかかるんだよな」
「お前、本当に妹に弱いのな。まぁ、忘れ形見だしな。で、それで部活休んでまで明後日一緒に遊園地行くんだ」
「花田、笑ってんなよ。な、お前も一緒に行かね?お前ならみつかも懐いてるし。金なら親が出すし。何ならお前の妹も連れて行くし」
「バッカ!妙子は小5だぞ。妹可愛がるって年でもないタダのクソガキだぞ、あいつは。大体みつかちゃんが一緒に行きたいのはオレじゃないし。観念して一緒に行ったれや」
そんな話を盗み聞きして仕入れた情報だ。私は池端のストーカーだ。と、言っても池端自身には興味がない。彼の義理の母親、私のお母さんの教子に興味があるのだ。
池端家の長男が私と同じ年で、私立を受験する、という情報を得た私はそこが共学であったのをいい事に、まんまと同じ学校に入学した。そして、今に至る。お母さんはきっと気が付かない。元自分の娘と同姓同名がクラスメイトにいたって気が付かない。かなり抜けた人だ。お母さんは実は私が賢い子供だって事を知らなかったから私立を受験するなんて思いもしなかったんだろう。その証拠に池端は私と普通に話す。
「いーなー、池端、遊園地行くんだぁ」
「おぉ。でも、行くのってニコニコランドだぞ。もうおれ達が喜ぶような乗り物って殆どないし。ま、家族孝行だからな」
…いいな。私、遊園地に両親と一緒に行った記憶ないんだけどな。みつかちゃん、いいな。
「…あれがみつかちゃんか。可愛いな」
「でしょ。あの子を生んだ時に、池端のお母さんは死んじゃったんだって。で、あごについたソフトクリームを健気にふいてあげてるヤツが池端。けっこう信頼厚くて、2学期は学級委員になると思う」
「里美も選ばれるんじゃないか。お前、成績いいから」
「一緒の委員なんかになったら、池端の家にお母さんの事がばれるかもしれないじゃん!何言ってるわけ。私が成績落とせないのは奨学金の為だけなんだから。そんなの選ばれたって辞退するし」
1年前にお父さんは前の会社をリストラされた。離婚した事が原因の一つかもしれない。うちは貧乏じゃなかったけど、中学から私立に行くほどお金が余ってるわけじゃなくて。成績が良かった私は特別に途中から奨学金を受けて福田中学園中等部に通っている。金持ちの多いうちの学校には奨学金制度自体が存在しなかったのに、去年の担任は大変親切だった。
「お母さん、楽しそうだな」
「…うん」
そう、私とお父さんはあの笑顔を見るためにここに来た。…笑ってる。あの顔が見たくて。だからお父さんはお母さんと離婚した。私もお母さんを諦めた。
「ヤバイ、里美、あと30分もしたらクバとの会食の時間だ」
「分かってる。移動の時間を考えたらそれくらいにはここ出なきゃいけないよね」
クバとはクソババアの略。お父さんの今の会社の上司。今の私達の生活はクバのご機嫌を上手くとれるかどうかにかかっている。この町で生活して、池端のストーカーを続けていれば、お母さんの情報は手に入る。そこまでしても私はお母さんと繋がっていたかった。
3年前まで。クバとお母さんと私とお父さんは一緒に暮らしていた。クバはお父さんの母親でもある。お父さんが結婚する前からクソババアだったのだが、結婚してからさらに磨きがかかったらしい。
クバがあの頃履歴書を書く機会があったとは思えないけど、書く機会があったとしたら「趣味、嫁いびり」と書いたに違いない。クバはお母さんの事を「あんな女」と言う。クバがとっととくたばってくれたら良かったのに、体も異様に丈夫なクバがくたばる前に、お母さんの精神が持たなかった。
「里美、ごめんね」
泣きながら私を抱きしめたお母さん。私はその頃ストレスからくる過食症で、体重が65キロもあった。今の倍の体重。不摂生な生活で顔はにきびだらけ。あまりのひどさに当時の写真は一枚も残ってない。学校も保健室登校だったから、クラス写真すらない。
「お父さんさ、何でお母さんと結婚したの。クバがいたのに」
「守ってやれると思ったんだよ。出来なかったけどな」
「相手がクバだもんね」
お父さんだけを攻められない。私の存在自体がもお母さんを苦しめていた。
「私さぁ」
お弁当を食べ終わり、片付けを終えた池端親子が楽しげに次の乗り物に向かおうとするのを眺めながら言った。
「最後にお母さんから聞いた言葉が「ごめんね」なんだ。きっとそれが不満なんだよね。ドラマや小説なら、「愛してるわ」とかじゃない?
…謝って欲しくなんかなかったのに。私、何も言えなかった。人生って上手くいかないよね」
お父さんは眉間にしわを寄せてそうだな、とつぶやいた。
「再婚さえしてなきゃな。クバには内緒で会ったり出来たかもしれないけど」
私は鼻で笑った。
「クバが気が付かないわけないじゃん。ね、そろそろ行こ。渋滞に巻き込まれて遅刻とかしたらいけないし」
「そうだな」
「じゃ、本日のストーカー行為はこれでお開きって事で」
私は最後にもう一度お母さんを振り返った。豆粒ほどのお母さん。もう顔なんか見えない。でも、きっと楽しそうに笑っていると思う。
お父さんはクソババアから生まれて育った割には性格がいい。だから、お母さんも恋に落ちちゃったりしたのかもしれない。後で死ぬほど後悔することになるのにね。
お父さんは性格がいい。だから、お母さんが私を憎んでいるって事に気が付いていない。クバのDNAを受け継いだ私を間接的に殺そうとした程、離婚前のお母さんは病んでいた。そう、病気だった。だから、私は恨んだりしていない。クバが勝手に申し込んだダイエット道場で、栄養について学ぶ時に、私はお母さんがしようとしていた事に気が付いた。お母さんは私が成人病になって死ぬことを望んでいた。塩分、糖分、油分過剰の食事。どんどん食べさせた。自分の娘を殺そうとしたんじゃない。クバの孫を殺したかっただけ。
何で私がそれに気が付いたかっていうと、私がクバの孫で性格が悪い上、それなりに頭が良かったからだろう。もっと賢かったら、何か解決策を思いついたかもしれないけど。
「アナウンス、ごめんな」
「は?」
「…もしかしたらさ。お母さんが、迷子センターにお前を迎えにくるんじゃないかなって思ったんだ。無理だったけど」
「そりゃ、そうでしょ」
フェイントだよ、お父さん。そんなの言われたらさすがの私も泣きそうになるじゃないか。私もそれ一瞬だけ期待したんだよ、本当は。自分が嫌われてるのってウソじゃないかって。でも、誤魔化せないんだよね、本当の事ってさ。クバの事クバって呼ぶくせに、自分の母親だから大事にしちゃうお父さんとか。何だかんだいいつつ、金だけは持ってるクバに生活甘えてる私達親子ととか。
「とりあえず私、早く大人になってお金稼いでクバから束縛されない程の地位手に入れてやるし。待っててよ、お父さん」
「里美ちゃん、頼もしいなー」
「お父さんがクバのいじめに耐えかねてボケちゃっても、私がちゃんと面倒見てあげるから。年取ったらまた一緒に遊園地来よう。今度は私が呼び出してやるし」
きっと私達は皆迷子だ。誰もがどこにも辿り着けない。生まれてから死ぬまでずっと何かと誰かを探してる。生きているって事はそういう事だ。親切なアナウンスが流れる事もなければ、迷子センターで待っててくれる相手もいない。それでもいいんだ。生きていれば、もしかしたらって期待は出来るから。叶わなくっても期待するのは好き。すごく大好き。自分の心にまで強がりを言い聞かす。自分は決して負けないんだとうそぶく。大丈夫。明日もちゃんと笑えるはず。
病気に関しては作者の妄想です。
御不快な気分になられた方、申し訳ございません。