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きっとよくある転生のお話  作者: れたす
きっとよくある転生のお話
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 青夏の月、2日。

 セルジュが銀細工の仕上げをしようと、道具を手に目を細めたとき、離れた部屋から可愛らしく響く二人の声が聞こえてきた。



「お、おハようごザいます!」

「それじゃあ、さっきと変わってないわよ?」

 どうやら今日もまた、ミーナは発音の練習をしているらしい。セルジュは思わず自らの頬が緩むのを感じる。

 今日も最愛の我が娘は、頑張っているようだ。ならば自分も、もっと頑張らなくては。

 そんなことを考え、それが自身の作品の出来に露骨に出てしまうセルジュは、とてもとても子煩悩なのであった。



 さて、肝心の二人はと言えば、ミーナの部屋にあるベッドの上で、向かい合って座っていた。この世界では正座という文化がないので、二人とも足を崩している。



「なら……おはよウございます! ……ど、どう?」

「うーん、惜しい! 「おはよう」よ」

「お、おはようございます! ……こレで大丈夫?」

「うん、完璧っ! ……でも、今度は「これ」が変になってるわよ」

「あうう……」

 シオンの指摘に、ミーナは呻きながら両手で頭を抱える。シオンはそんなミーナの様子に、彼女の頭をよしよし、と慰めるように撫でるのであった。



 ミーナがミーナになれた夜。

 彼女は初めて見た魔法に、酷く混乱した。この世界で英単語なんて聞くとは思っていなかったし、まさかそれが魔法関連だとは考えもつかなかった。


 ミーナは混乱しながらも、折角の機会だからと、前々から思っていたようにミレイユに魔法を教えて欲しいと頼んでみた。


 しかし、その願いに、ミレイユは首を縦に振らなかった。

 魔法は非常に便利ではあるが、それ以上にとても危険なものでもある。そんな危険なものを、身体もまだ出来上がっていないような幼いミーナに教えるわけにはいかなかったのだ。


 それに加え、発音がしっかりしない今、全く別の発音を用いる魔法を教えることで、今以上に悪化することも恐れた。


 そのため、「もう少し身体が大きくなってから」「言葉をもっとしっかり覚えること」という二つの条件が付けられた。


 そういう経緯で、ミーナはシオン監督のもと、必死に発音の練習をしているのである。



「頑張って、ミーナ!」

「うん、頑張ル!」

「あ、また」

「あううぅ……!」

 だけど、まだまだ道のりは長いのであった。



 ***



 魔法とは、黒天使の伝承にて“印と声で”と示されている通り、紋章と呪文を組み合わせて発動する現象のことである。


 現存する紋章は500とも600とも言われており、それら全てを覚えている者は殆どいないと言ってよいだろう。


 魔法は紋章をそのまま、もしくは組み合わせて、それに応じた呪文を唱えることによって発動する。組み合わせた数によって、一紋術、二紋術などと呼び分けられるが、四紋以上の魔法は殆ど現存していないという。


 また、呪文はこの世界では使われない発音のため、呪文文字という文字で記される。呪文文字は全部で46種類で、小さくした文字なども使われる。



(紋章が漢字で、呪文が英語で、呪文文字がカタカナ……か。絶対“黒天使”って、日本人だよね、これ)

 ミーナは、気の抜けた溜息を吐く。

 魔法はまだだけど基礎知識くらいはと、ミレイユが教えてくれた魔法の知識についてを頭の中でまとめた結果、何だかとても気が抜けてしまったのだった。


 そもそもミーナは、彼女にとって未知のものである魔法に多大な憧れを抱いていた。それが蓋を開けてみれば、漢字に英語にカタカナだ。なんとも言えない気持ちになるのは、仕方がないことであった。



(まあそれでも、楽しみには変わりないんだけど。早くお母さん、教えてくれないかなー)

 ミーナは、漢字も英語もそれなりに知っているが、母に教わるまでは絶対試さないでおこう、と思っていた。

 もっと大きくなってから、という言葉は、母が自分のためを思って言ってくれたのだから。

 それに、紋章と呪文だけで魔法が使えるのかわからないし、適当にやって暴発しても困る。気にはなるが我慢! と必死に自制するミーナであった。



 ***



 赤秋の月52日。

 この秋、七歳になったミーナは、家と併設された道具屋の中を慌しく動いていた。

 店はこじんまりとしているが、父セルジュが細工職人、母ミレイユが魔道具職人としてそこそこに名を馳せている。そのため、馬車で二日ほどかかる帝都からも客が来るくらいには、人気のあるお店であった。隠れた名店、という位置づけだろうか。そのため、七歳になってから、忙しい日などにはミーナも店を手伝うことにしていた。



「はい、これどうゾ!」

 シオンとの特訓の結果、以前よりは幾分マシになった発音で、お客さんに商品を手渡すミーナ。



「ありがとうね、はいこれお金。……それにしてもミーナちゃん、大きくなったねえ? いくつになったの?」

「えっと、こノあいだ七歳になりました!」

 ミーナの誕生日は、赤秋の月32日。

 魔法を知ってから初めての誕生日という重大イベントなのだから、きっと魔法が解禁されるだろうとわくわくしていたのだが、全くもってそんなことはなく、ミーナは内心でとても落胆したのだった。決して表情には出さなかったけれど。


 その代わり誕生日には、両親からミーナの髪と同じ色の石が埋まったペンダントを貰った。それは二人の共同作品で、護りの力が込められたものであった。繊細な模様とミーナの名前が彫り込まれたペンダントは、すぐにミーナのお気に入りになった。今も彼女の服の内では、ペンダントがその存在を主張している。



「そっかぁ、もう七歳なんだねえ。この間生まれたばかりだと思ったのに、時間が流れるのは早い早い」

「えへへ」

 微笑ましげに言う女性に、ミーナは愛らしい笑顔を向けた。人付き合いの第一歩は、愛嬌なのである。



「でも偉いねえ、ちゃんと家のお手伝いして」

「お手伝い、楽しいでスから!」

 店で売っているのは、セルジュの細工とミレイユの魔道具だ。見ているだけで目が楽しい前者と、使い方をあれこれ考えるだけで興味深い後者。どちらも彼女にとっては、宝の山みたいなものである。勿論、ミーナとて店内を見ているだけではなく、店の清掃や客とのやり取りなどもちゃんとこなしているけれど。



「全く、うちの奴らにも見習わせたいくらいだよ! っと、そろそろ私は行くね。またね、ミーナちゃん」

「はい、ありがとウございました!」

 ぺこり、頭を下げて客を見送る。ミーナの評判が良くなることで、このお店の評判も少しは上がればいいな、と彼女はこっそりと思うのだった。



 ***



 店番の終わったミーナは、枯れ枝を手に外で地面と向き合っていた。



(……さてと、落書きしてよっと)

 店番は終わったし、発音の練習に付き合ってくれるシオンに用事があるとのことなので、漢字の書き取りを始めることにした。


 一番最初はただの暇つぶしとして始めたそれは、今や大切な日課になりつつあった。

 なんせ、魔法に使われている紋章が漢字なのだから、忘れないように手を動かそうと考えるのは、自然なことだろう。

 そろそろ冬に近付いてきたため、僅かな肌寒さを感じながらも、彼女は地面に漢字を書き始める。



(あ、うつ病のうつってどう書くんだっけ……木缶木……ヒ? あれ? あー、やばい書けなくなってる……)

 だが、さすがに七年も異世界で過ごしていると、出てこなくなる漢字もある。しばらく考えるが曖昧な記憶しか出てこなかったので、ミーナは溜息を吐いて、仕方がないか、と諦めた。



(まあ正直、漢字より英語の方が忘れてるもの多いんだけどね……)

 地面に、火、と書く。それからその隣に、ファイア、と書き足した。

 ファイアのような中学英語レベルや、ペンタゴンなどの固有名詞として有名なものであれば覚えているが、もっと難しいものになると、ほぼ全滅だ。テストのためにあれだけ必死に詰め込んだ英単語はどこに消えたのか。ミーナの純粋な疑問であった。



 自分で書いた文字を足で踏み消しては、また記していく。

 ちなみに今日のテーマは、ファンタジーだ。


 風、ウィンド、水、ウォータ、土、アース、光、ライト、闇、ダーク、台風、テンペスト、治療、キュア、破壊、デストロイ、応急処置、ファーストエイド、死、デス、自殺、スーサイド……。



(……あれ?)

 途中からやけに物騒なものになってきたところで、ミーナは方向を修正する。今度は、どこかの青ダヌキをテーマにしてみる。

 大、ビッグ、小、スモール、扉、ドア、何処、フェアー、伸、ロング?、静、サイレント、学校、スクール、友達、フレンド……。



 その流れで、ミーナは前世のことを思い出した。あの夜から少しずつ割り切ってはいるものの、やはり簡単に忘れられるものでもない。


 文化祭のための文集は出来たのだろうか。文化祭はちゃんと開催されたのか。私を殺した犯人は捕まったのか。そもそも私の死体はどうなったのか。もし私が殺されたことで、文化祭が中止になったり、文集が発行されなかったら、ちょっと申し訳ないな。


 ミーナはそんなことを、ぼんやり思う。



(…………)

 唐突に枯れ枝をポイと捨て、ミーナは家の中へ戻る。

 そして、店の中を掃除をしていたミレイユを見つけ、彼女の腰周りにぎゅ、と抱きついた。



「どうしたの、ミーナ? 何かあったの?」

「……何でも、なイけど」

 ぎゅう。ミーナは言いながらも、力を強める。

 ミレイユはそんなミーナに、手に持っていた箒を近くの壁に立てかけ、彼女の頭を愛おしそうに撫でるのであった。



「……僕も、ミーナを受け入れる準備は万全なんだけどなあ」

「あなたったら……」

 様子を見に来たセルジュが、羨ましそうに柱の影からぽつりと呟く。その情けない姿に、ミレイユは思い切り呆れた表情を浮かべるのだった。

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