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きっとよくある転生のお話  作者: れたす
きっとよくある学園のお話
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 緑夏の月、5日。

 本日最後の授業を終えたミーナたちは、机を囲んで喋り合う。今日は午前授業の日なので、時間はまだ昼前だ。

 朝夜の食事は時間が正確に決まっているが、昼食に関しては、授業が長引く可能性などを考慮し、指定された時間内であればいつでも取れることになっている。そのためミーナたちは、混み合う時間を避けるために、教室で時間を潰していたのだった。

 教室の中には、ミーナたちと同じ考えなのか、彼女たちの他に十人ほどの生徒が残っていた。



「……どうしようかしら。算学、全くわからない、わ……」

 シオンが珍しくぐったりとした様子で、机に突っ伏す。つい先程まで行われていた算学の内容に、シオンは全くついていくことが出来なかったようだ。

 一学年でやる算学は、小学生レベルの簡単な内容なのだが、今まで触れることも使うこともなかった割り算や、旅人算(時間×速さ=距離という公式に当てはめた計算のこと)などという概念に、シオンはいまだ慣れることが出来ていなかった。

 そんなシオンを見たアリアはこれまた珍しく、へへん、と胸を張って自信ありげに口を開く。



「算学については、このアリアにお任せ!」

「アリア……さすがは商人の娘ね」

「わかんないことがあったら、どんどんこの私に聞くがいいさっ!」

「そうさせて貰うわ……」

 はあー、と疲れたような溜息を吐くシオン。

 いつもとは立場が逆転している二人。商人の娘だからか、アリアは計算に非常に強かった。テストの成績も算学だけは飛びぬけて良く、今まで算学については一度もミーナに教えを請うたことが無いことからも、それを伺い知ることが出来る。

 現状、あまり成績の良くないアリアが、どうして学園の試験に受かったのかと言えば、入試問題の中に算学の問題があったからだ。


 力関係の逆転した二人を、何も言わぬまま、にまにまと緩んだ表情で見ているミーナ。と、やはりいつもの無表情のレグルス。



「何だか、ちょっと面白いね? シオンには悪いけど……」

「まあ……滅多にあんな様子は見られないからな」

 そんな風にこそこそと話す二人を、シオンは恨みがましい目でじっとりと見咎める。それをミーナは薄い空笑いで、レグルスは微妙に視線をずらすことで誤魔化すのだった。


 それからも、他愛のない話を続けていた四人。オルト先生の長い髪を三つ編みにしてみたいね、などという何が発端か全くわからない話題に辿り着いたころ、アリアがふと教卓のほうにある壁時計を見上げる。



「あ、そろそろいい時間だー」

 アリアの言葉に、三人が同じように時計を見れば、確かに食堂が一番混むピークの時間は過ぎていた。



「じゃあそろそろ寮に戻りましょうか?」

「はぁ〜、授業もこれくらい早く時間が過ぎればいいのになぁ〜」

 アリアの言葉に、ミーナとシオンはくすくすと笑う。

 教室である程度時間を潰すことが出来た四人は、寮に戻ることにした。



 ***



 四人の想定通り、寮の食堂の人入りは、まばらになっていた。

 ミーナたちが固まってテーブル席に座ると、すぐさま食事の乗った空飛ぶランチョンマットがやってきて、それぞれの前に並ぶ。薄水色の布地に、青い糸で刺繍を施されたそれは、食堂で食事を配膳するためだけに作られた魔道具だという。

 便利なのか、魔道具の無駄遣いなのか判断のつかないこの光景に、ミーナもはじめに見たときはかなり驚いたが、今ではすっかり慣れてしまっていた。



「今日も黒の天使に感謝を」

「……感謝、を」

 いつもの言葉を三人は揃って、レグルスは一人遅れて言い、それぞれ食事を開始する。

 今日のお昼は、魚の香草蒸しがメインだった。

 黙々と料理を食べる四人。魚は独特の臭みなどが存在せず、あらかじめ骨を抜いているのか、食べにくさは全くない。そしていざ食すと、少し辛みの混じった香草の風味と、磯の香りが口いっぱいに広がって、思わず目尻が垂れてしまうほどの美味しさだった。そして、香草蒸しの皿に溜まったスープをパンで拭って食べると、塩辛いそれが、硬めのパンと非常にマッチする。


 相変わらず、言葉がなくなる料理の数々だった。とは言え、もう一月以上そんな食事を食べていれば、慣れるもので。



「……そういえば、今日はこれからどうするの?」

 シオンが食事を半分ほど食べ終えたところで、三人に問いかける。

 アリアはあからさまにビクリと肩を揺らした後、ミーナに伺うような視線を向けてきた。

 この食事の後、ミーナとアリアの二人は学園に戻り、研究室を貸してもらえないかと頼みに行くつもりでいたのだ。

 ミーナは、アリアのあまりにも判り易い反応に内心で苦笑し、彼女がシオンから見にくい隣の席で良かったなどと思いながら、その問いに誤魔化しで答える。



「今日の午後は、みっちりアリアに勉強を教えるつもり! もうあんな順位は取らせない、私の名にかけて!」

「ふふっ、そう、判ったわ。じゃあ私は、邪魔しないようにするわね」

 ミーナの言葉に、シオンは堪えられなかったのか、口元に手をあて小さく肩を揺らして笑う。アリアは少しムッとしたような表情を浮かべたが、否定も出来ずにそのまま肩を落とす。



「うう……なーんでシオンちゃん、それで納得するかなぁ……」

「自分の成績に聞いたらどうだ」

「……なんかレグルスくん、ここ最近、私に厳しくないかなー? というか、口数増えてない?」

「……気のせい、だ」

 ミーナは、二人のやり取りに思わず吹き出す。

 レグルスから色々と聞いたあの日から、ほんの少し彼の態度が変わった気がして、ミーナは喜んでいた。贖罪から友情へと、彼が少しずつでも、在り方を変えようとしているような気がして、とても嬉しかった。

 ただ、その変化がアリアへのからかいに向かう辺り、以前から何か含むところがあったのかな、なんてミーナは邪推してしまう。アリアのからかいに対して、レグルスが微妙に迷惑そうな表情を浮かべる場面を、これまで何度か見たことがあったためだ。

 事実どうなのかは、本人のみぞ知ることである。



「レグルスはどうするの?」

 次にシオンは、レグルスに問いかける。彼は持っていたパンを皿に戻し、少し考えるような間を置いてから答えた。



「……そうだな。剣の素振りでも、しようと思う」

「あら、いいわね。私も一緒にやっていいかしら?」

「あぁ」

 レグルスの頷きに、シオンは挑戦的に微笑む。



「ふふ、そうやって余裕を見せてなさい。いつか剣でもレグルスを越えて見せるわ。ミーナに相応しいのは私よ!」

「……そうか」

 レグルスはいつものように相手にせず、シオンの言葉を軽く受け流す。

 アリアは百合っぽい会話に慣れきってしまったのか食事を黙々と続け、実情を知るミーナは、一人照れたように頬を掻いていた。



「あ、そだ。レグルス、ちょっと話があるんだけど、この後ちょっと大丈夫?」

「構わないが」

 レグルスの了承を取り付けたミーナは、そのまま二人に視線を向ける。



「ってことで、シオンにアリアちゃん。ご飯終わったら先に部屋に戻ってて?」

「わかったわ」

「りょーかーい」

「あ、レグルス、私は剣を持って寮の入り口に居るわね」

「ああ」

 レグルスがシオンの言葉に頷き、四人は再び食事に戻る。その頃にはそろそろ昼食の時間が終わってしまいそうだったので、それからは黙々と食べることになった。



 ***



 食事を終えたミーナとレグルスの二人は、寮の廊下にいた。ミーナは壁に寄りかかり、レグルスはそのすぐ傍らでミーナの言葉に耳を傾けている。



「……というわけで、シオンの誕生日会をやろうと思って。だから、レグルスにも参加してほしいんだ」

 ミーナの説明に、レグルスは頷いてからしばし黙考する。それからどこか自信なさげに、彼女に問いかけた。



「……何か贈り物を用意したほうがいい、んだよな?」

 今まで、孤児院出身である彼に誕生日の話題を出すことが憚られたため、シオンやミーナの誕生日には、一度も関わってこなかったレグルス。孤児院でも誕生日が祝われることがないため、彼にとって誕生日を祝うという行為は、初めての経験だった。

 ミーナはどこか不安げな彼の様子に微笑んでから、そうだね、と頷く。



「アリアもお爺ちゃん先生に頼んだ後、街に行って何か買うって言ってたよ」

「そうか」

 レグルスはそれだけ言って、小さく俯き思考に入る。



(神さまって、どんな生活だったんだろう? 何となく今まで聞けなかったけど、今度聞いてみようかな? ……って、あ。そうだ、レグルスの誕生日聞かなきゃ!)

 ふとそんなことを思い出したミーナは、一生懸命に悩む様子のレグルスに申し訳ないと思いながらも、彼に問いかける。



「ね、レグルス?」

 ミーナの呼びかけに、レグルスが顔を上げる。



「レグルスって誕生日いつ?」

「……誕生日は、ない。だが、赤秋の月10日にしようと思う」

 レグルスの返答に、ミーナがきょとんと目を瞬かせる。



(「しようと思う」って……レグルス、自分で自分の誕生日決めちゃった。いや、全然構わないけど……それにしても、何で赤秋の月10日? 何かあったっけ……?)

 悩むミーナを、ほのかに期待するような目で見ていたレグルス。だが、そんな微熱の篭もった視線に、とうとう彼女は気付かなかった。

 不可解そうな表情を浮かべる彼女に、落胆とまではいかないが、微妙に気を落とすレグルスだった。



 ***



 レグルスとの話を終えたミーナは、自室に戻る。部屋ではアリアがベッドでうーんと唸り、枕を抱き締めながら左右にごろごろと転がっていた。

 部屋に入った途端目に入ったその奇怪な様子に、ミーナは怪訝な表情を浮かべる。



「……どうしたのアリアちゃん?」

「色々と考えごとをしてたのさー……でも、全く思いつかーんっ!」

 ベッドの弾力を利用して、勢い良く起き上がったアリア。彼女はそれから、両腕を組みベッドの前で行ったり来たりを繰り返す。

 そんな彼女に、ミーナは問いかけた。



「何を考えてたの?」

「シオンちゃんへの誕生日に何を贈ろうかな、とかさー」

「あれ? この後、探しに行くんだよね?」

「うん。でも、まだ方向性も決めてないから。ねえ、ミーナちゃん、昔はどんなもの贈ったの?」

 アリアの問いかけに、ミーナは昔を回想する。



「実はね、シオンに物を贈るのって初めてなんだ」

 過去にあった誕生日では、ミーナがシオンの母親と一緒に誕生日のための料理を一緒に作り、それをプレゼントということにしていた。料理を作ったといっても、まだ二桁の年齢に達しないミーナに包丁や火を任すことは出来なかったため、材料を洗ったり混ぜたり、香草で味付けのためのソースを作ったり、盛り付けたりというレベルの話だったが。

 シオンもまた、ミーナの誕生日には、ミレイユと一緒に料理を作ってくれたのだった。

 そんなことを、ミーナはアリアに語って聞かせる。



「あの小さな町じゃ、誕生日に贈れそうなものって、あんまり売ってなかったし……私の家で買うのも変な感じがしたから、いつの間にかお互いにそれが恒例になっちゃって」

「へー。じゃあお互いの家庭の味とか、判ったりしてるの?」

「んー、そこまで熟知ってわけじゃないけど、どんな味付けが好きなのかとか、どんな料理を喜ぶのかとかは、お互いに知ってるかな?」

「……へー、やっぱり二人は仲がいいんだねー」

 この歳でお互いの胃袋を掴みかけている状態を、「仲がいい」という言葉で済ませていいのかアリアは一瞬迷ったが、家族ぐるみの付き合いならばきっとそれでいいのだろう。

 考えを振り払ったアリアは、ミーナに向けて笑いかける。ただし、いつもの明るさの、8割程度の笑顔だったが。



「やっぱり自分で考えるしかないよね。ミーナちゃん、ありがと!」

「参考にならなくてごめんね?」

 申し訳なさそうなミーナに、アリアは快活に笑って否定する。



「いーのいーの。気にしないで! じゃあ、そろそろ学園にいこっか?」

「そうだね! あ、でも、シオンに見つからないように、こっそりね!」

「剣の素振りするって言ってたもんね!」

 二人は言いながら、部屋を出る。



「ミーナちゃん、早く早く!」

「アリアちゃん、待ってー!」

 先を歩くアリアを、部屋の鍵を閉めたミーナが追う。

 玄関にはシオンの姿はなかったので、二人はそのまま早足で学園に向かうのだった。

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