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きっとよくある転生のお話  作者: れたす
きっとよくある転生のお話
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 桃春の月、10日。

 冬の寒さもすっかりなくなった今日この頃。

 心地よい陽気の下、美奈は温い水を絞った濡れタオルで身体を拭いていた。



(この世界で唯一辛いのって、お風呂がないことだなあ……)

 美奈は自身の腰周りを拭いながら、そんなことを考える。

 普通の女子高生として過ごしていた時には考えもしなかったが、やはり風呂は欠かせないものだと、心底思ってしまう。日本人の性というやつだろう。


 魔法があれば風呂くらい簡単に出来そうなものだが、ミレイユの魔法や魔道具で水を出すことは出来ても、その水を消すことはできない。

 大量の水をその辺にぶちまけて捨てるわけにもいかないし、ここから少し距離のある川などに捨てに行くのも非常に大変なので、結局お風呂は実現できないのだ。



(それにしても、そろそろ慣れたとはいえ、やっぱり魔法って便利だよねー。というより、魔法も何もない日本で、この便利さが普通だったのがおかしいのかなー……)

 美奈が身体を拭くために使っているお湯は、魔道具によって出されたものだ。その他にも、夜に灯される明かりや、調理のための火なども全て魔道具で賄われている。

 ちなみに、今挙げたものたちは、全てミレイユが作ったものだ。美奈の住む家には、他にも様々な魔道具がある。それは、美奈もまだ、全部を把握しきれていないほどの量だ。


 だがしかし、美奈はまだ、魔法を実際には見たことがなかった。

 美奈が実際に接しているのは魔道具だけだったし、ごくたまに街の人に請われミレイユが魔物を退治しに行くことはあるが、それに美奈が着いていくこともなかったからだ。



(私も魔法とかやってみたいなー。さすがにまだ幼いから無理だろうけど、もうちょっと大きくなったらお母さんに言ってみようかな)

 そんなことを考えながら、美奈は身体を拭き終わったタオルを、浮かんでいる水球の中で洗う。ちなみにこの水は、使用した後は自動的に魔道具の中に戻り、浄水されて再び水球となって浮かぶ。美奈はそれを知った時、超エコだ……と呟いたそうな。



 ***



 がりがり。

 美奈はその辺りで拾った枯れ枝で、地面に何かを書いていた。少し離れたところで、ミレイユが洗濯物を干しながら、その様子を微笑ましそうに見守る。

 ミレイユからは、美奈が何を書いているのかは見えなかったが、恐らくは子供らしく絵でも落書きしていているのだろう、と思っていた。もし美奈が書いていたものを見れば、ミレイユは心から驚愕したに違いない。



(んー、結構覚えてるなあ)

 何故なら、美奈が地面に書いていたのは、漢字だったからだ。


 美奈、千葉、東京、北海道、日本、高校、文化祭、実際、文学部、小説、詩……。

 彼女は、思いついたままに漢字を書いては消し、書いては消しを繰り返す。パソコンが普及した時代には珍しく、彼女は手書きで文字を書くのが好きだったため、六年半経った今でも良く覚えていた。

 それは、本人にとって単に思いつきの暇つぶしに近い行動だったが、心の奥底にある、美奈でありたいという気持ちの表れだったのかもしれない。


 そんな事情もあり、彼女の“暇つぶし”は、これから先長い間続けられることになる。



「ミーナ!」

「ふぇエ……!?」

 その時突然、美奈の後ろから誰かが抱きついてきた。美奈は前のめりになりながら、驚きに上ずった声を上げる。



「シ、シオン!?」

「遊びに来たわよ、ミーナ! ……あら、何書いてたの?」

「わ!」

 後ろから覗き込むシオンの言葉に、美奈は慌てて地面に書いた文字を消す。

 しかしすぐに、特に慌てて消す必要がないことに思い当たった。漢字を知らない人間から見れば、ただの記号にしか見えないのだから。



「もー、ミーナったらどうして隠すのよー?」

「……は、恥ずカしいカら、だメ!」

 シオンは不満そうに美奈に詰め寄ったが、咄嗟に出した彼女の言い訳に、すぐに機嫌を取り戻す。



「もー、ミーナったらかわいい!」

 後ろからぎゅう、と潰されるように抱き締められ、美奈はとても照れた。



(可愛いのは、シオンの方なのに!)

 あまりに照れくさくて、ミーナは顔を逸らして逃避する。



 ……数年前、一番初めにシオンと出会った時、美奈は見とれた。今まで見たどんな子供のモデルより、とても可愛くて、とてもとても愛らしかったから。触り心地の良さそうな煌めく金髪、ぱちくりと大きな緑の瞳。ふわふわとフリルのあしらわれたワンピースを纏ったシオンは、女の子の憧れるお姫様みたいだった。


 その時は思わず、幼女趣味に走る人たちの気持ちを理解しかけたほどだ。美奈自身も幼女であると我に返り、危ういながらも踏みとどまったけれど。その時のことは、彼女にとって思い出したくない過去である。



「……どうしたの、ミーナ?」

 黙ってしまった美奈に、シオンは彼女から離れて問いかける。



「えっトね……シオンのほウが、可愛イよ?」

「……っ」

 美奈の言葉に、シオンはぷるぷると震える。そして、カワイイー! と大声を上げながら、またしても美奈に抱きついた。しかし、シオンより体格の小さな美奈に、それを支える力などなく。

 勢い余って二人で地面に倒れこむ様子を、洗濯物をちょうど干し終わったミレイユが、微笑を浮かべて見ていたのだった。



 ***



「おトうさン、おカあさン、おヤすみナさい!」

「お休み、ミーナ」

「ちゃんと布団をかけて寝るのよ?」

 両親にぺこり、と挨拶をした美奈は、自分の部屋に向かう。部屋は五歳の誕生日に与えられ、それから彼女は一人で寝るようになった。



(はぁー、今日も楽しかったなぁ)

 美奈がシオンに押し倒されたあと、全身が泥だらけになった二人は、とりあえず両手を水球で洗った。

 それがどう転んだのか、二人で水遊びになり、最終的に髪も服もぐしゃぐしゃという散々な様子であった。


 これにはミレイユも呆れ、美奈たちは叱られてしまったのだが、二人はそんなことなど全くもって気にした様子がなかった。むしろ、楽しかった記憶として残っている。



(明日は、こっちからシオンのところに遊びに行ってみようかなあ……)

 ふああ、と欠伸をしながら、美奈はベッドに潜る。目を閉じて、おやすみなさい、と心で呟いた。



 ***



 美奈は、夢を見ていた。

 長い長い、夢を見ていた。


 その夢は、あの日の“やり直し”だった。

 美奈はどこか違和感を覚えながら、その一日を友人たちと過ごす。

 強い強い既視感を覚えながらも、“いつも”と同じ日々を過ごす。



 面倒ながらも友人と喋りながらで楽しかった文学部での作業。

 友達との会話。

 分かれた交差点。

 不審な男。

 暗い路地裏。

 膝から溢れる血。


 そして、銀色に光る――



 ***



『いやあぁあああ!』

 美奈は、髪を振り乱して狂ったように泣き叫ぶ。彼女の瞼の裏には、あの時自らの命を奪った男が映っていた。凶刃が月光に照らされ、きらりと瞬くのが焼きついていた。



「ミーナ、どうしたの!?」

『やだやだ殺さないで死にたくない誰か助けてえええええいやああああああやだああああああッ!』

「ミーナッ!」

 この世界の言語ではない言葉で喚く美奈を、悲鳴を聞き付けたミレイユは何かを考える前に優しく抱き締める。

 美奈はそこでようやく我に返ったが、恐怖でがちがちに固まった全身は、ぼろぼろと溢れる涙は、収まらなかった。どうしても、収められなかった。



「ミーナ、落ち着いて」

「あ……あぅ……」

 美奈の背中をぽん、ぽん、と優しく叩く手に、彼女はいやいやと首を振る。迷惑をかけまいとずっと気を張ってきたというのに、こんなことで手間などかけさせたくなかったからだ。



「恐い夢を見たのね。大丈夫よ、ミーナ」

 だけどミレイユは、美奈に何も聞かないまま、そう言って一定のリズムで彼女の背中を優しく叩き続けた。愛情のこもった優しい掌で、それをずっと続けた。

 美奈は涙を止めようと、指で目を拭う。だけど、恐怖は消えてくれなくて、背中に感じるミレイユの手が暖かくて、涙は次から次へと溢れていく。


 泣いて縋りたいという気持ちと、“美奈”を悟られたくない気持ちが、彼女の中でせめぎあう。



 だけど。

 少しだけ力の強まったミレイユの抱擁に、とうとう天秤が傾いた。



「あ、あぁ、あぁあっ……!」

 美奈は堰を切ったように大声を上げて、ミレイユに……“母”に抱きついた。ミレイユはそれを柔らかく受け入れ、今度は美奈の背中を優しく摩る。



「……おかっ、おがアさっ、う、ぁあああ!」

 涙をぼろぼろと零しながら、美奈はまるでしがみ付くようにミレイユの服を握り締める。ただただ美奈は泣いて、泣いて、泣いた。



 六年と半年。それだけの時間、本人も気付かないくらいに少しずつ溜まっていたものが、涙と共に溢れて、流されていく。


 これまで美奈は、何かのサインとして泣いたことは幾度もあった。

 だけど、感情を表すために泣いたのは、これが初めてだった。


 それを美奈自身は気付いていなかったが、両親は出来の良すぎる娘に、少なからず哀しんだりしたものだ。



 この日、彼女の中で何かが確かに変わった。

 頑なに“美奈”であり続けた彼女が、ようやく“ミーナ”を受け入れ始めたのだ。



 ***



 ミーナがようやく泣き止んだのは、それから三十分ほど後だった。前世分の涙を全て流しつくした彼女は、心からすっきりした様子でミレイユの腕の中に居た。



「ようやく泣き止んだわね」

「ごメんナさい……」

 しょぼんと落ち込んだ様子のミーナに、ミレイユは微笑んで彼女の頭を撫でる。そして、何を思ったのか中空を指でなぞり始めた。ミーナは、それを疑問に思いながらも母の行動を見守る。



「『花≪フラワー≫』」

(……え?)

 その時、母の口から放たれた言葉に、ミーナは耳を疑った。それは確かに、彼女の良く知る英単語だったからだ。

 しかしそれに驚きを抱くよりも先に、何もないところからポポン、といくつかの小さな白い花が生まれる。その出来事に、ミーナは目を白黒させる。



「これはね、お母さんの一番好きな魔法なの。ミーナにも気に入ってもらえたら、嬉しいな」

「……わ、わァ、すゴくスてき! おカあさン、私もコの魔法ダいスき!」

 ミーナは自身の声が上ずっていないか心配だったが、普段の発音の悪さに助けられたのか、ミレイユが気にした様子は特になかった。



(ちょっと待って! 何で魔法がフラワーで英単語!? いや、花出たけど! 出たけど!)

 しかし彼女の内心は、大混乱なのであった。

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