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きっとよくある転生のお話  作者: れたす
きっとよくある転生のお話
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「え、えええ? どう……ええ!?」

 ミーナは、酷く混乱していた。錯乱と言っても、いいかもしれない。

 シオンが男だという言葉が信じられず、かと言って本人の言葉を疑うことも出来ず、ミーナはただただ同じことばかりを延々と考え続ける。


 しかし思考は上手く働かない。ミーナは目を白黒とさせ、ただその場に立ち尽くしていた。目線はいまだ、シオンが走り去った方角にずっと向けられている。だが、そこに当の本人はとっくに居ない。



 ――好きだよ。



 思い出して、瞬間的にぼっと頬が赤く染まる。



「それって、それって……!?」

 赤くなった頬を隠すように、その場に蹲るミーナ。周囲の生徒達がが不審な目を向けていたが、彼女はそれに気付けない。

 ミーナはしばらくの間、その姿勢のまま、考えに耽る。だが、いつまで経っても、考えがまとまることはなかった。



「あら、ミーナさん」

 そんな時、不意に頭上から声が降ってきて、ミーナは緩やかに顔を上げた。ソフィーだった。

 ミーナは緩慢な動作で立ち上がり、笑顔を作る。



「あ、ソフィーちゃん……どうしたの?」

「どうしたの、はこっちの言葉だわ。そんな道の真ん中で蹲って、どうしたのかしら?」

「それは……」

 ソフィーの明快な問いかけに、ミーナは硬い笑いを浮かべるしか出来ない。何か言わなくてはと口を仰がせるものの、すぐに閉口してしまう。そんな彼女に、ソフィーは何かを察したのか、すぐに話題を変える。

 しかし、その転換方向が宜しくなかった。



「……あの、それで、シオンさんはどちらにいらっしゃるのかしら? あ、いえ、別に気になるとか、そういうわけじゃなくてね?」

 ソフィーとしては、当然の問いかけだった。未だに仲直りできずにいる彼女が、少しでもシオンとの接触を持とうとするのは、仕方がないことなのだから。

 しかし、ミーナにとっては、広野にあるたった一発の地雷を踏み抜かれたような気分だった。



「っ……」

 ソフィーの言葉に、ミーナの顔がさあっと強張る。そうして、青くなったり赤くなったりと忙しい彼女の顔色に、ソフィーは訝しげに首を傾げるのだった。



 ***



 どさりと、ベッドに飛びかかる。ベッドはぎしりと悲鳴をあげながらも、勢いのついたミーナを優しく抱きとめた。

 うつ伏せの彼女は枕を抱き潰しながら、そのまま柔らかいそれに顔を埋める。

 そして、うう、と低くうめき声を上げた。


 ソフィーは何とか誤魔化せたものの、この問題が解決したわけではない。むしろ、袋小路に迷い込んで抜け出せなくなった子供みたいに、ミーナの心中にはただただ不安な思いが尽きなかった。



(だってさ、あんな可愛いのに、男とか有り得ないよね……?)

 シオンの顔を浮かべ、すぐにぶんぶんと打ち消す。もはや想像の中でさえ、シオンの顔がまともに見られなかった。


 何だか落ち着かなくて、足をばたつかせる。

 枕は元の形など忘れたように、ひしゃげられていた。


 出会ってから今までの思い出が、からからと映写機のように、ミーナの脳裏に映されて流れていく。



 最初に会った時は、見蕩れて言葉も出なかった。

 隣同士でお昼寝だって、沢山した。

 いっつも抱き締められて、ミーナも抱き締め返した。

 時たま、一緒にはしゃぎ過ぎて、共にミレイユに叱られたこともあった。


 そんな懐かしくて、掛け替えのなかったはずの思い出たちが、酷くくすぐったく、そして、よそよそしいものに感じられてしまう。



 ミーナは、ショックだった。だがそれは、一体何に対するものなのかは、わからない。純粋な驚きなのか、隠されていたことに対する哀しさなのか、それとも。



「うう……」

 何度目か判らない、苦悶の声を上げる。

 色々と考えすぎて、頭がぼんやりとして、目の前が霞んできたような気さえした。



(駄目だ……ちょっと、落ち着こう……)

 ごろん、と仰向けになって、目元に手の甲を当てる。自分の手は、いつもよりひんやりとしていて、気持ちよかった。



 ***



「……ちゃん、ミーナちゃん?」

 誰かの声で、ミーナは目覚めた。そうするつもりなどなかったのだが、どうやら眠ってしまっていたらしい。

 起き上がって、ぼうっとしながら辺りを窺えば、アリアが帰って来たのだとようやく理解する。ふと窓の方を見れば、入ってくる光も赤く染まっており、ミーナが帰ってきてから数時間ほど経っていることが窺えた。



「お帰り、アリアちゃん……」

「うん、ただいまー! それよりミーナちゃん、なんか具合悪そうだけど、大丈夫?」

「……ん、大丈夫だよ。ありがとう」

 体調を慮ってくれるアリアに感謝しつつ、ミーナは小さく溜息を吐く。アリアはそんな彼女を見て、心配そうに言葉を連ねた。



「本当に大丈夫? なんか、顔色悪いよー? ご飯、行ける?」

「そんなに顔色悪い、かな?」

 触ってわかるはずもなかったが、ミーナは咄嗟に両手で頬を押さえる。やはりペタペタと触れてみても、いつもと違いがないように思えたので、両腕を下ろして小さく苦笑を零した。



「何か、調子が悪いから、今日はもう寝るね。悪いけど、夕食はアリアちゃん一人で行ってくれる?」

 シオンと会い辛いのもあって、ミーナはそう口にする。

 するとアリアは、不安そうな瞳で、ミーナを射抜いた。



「何かあったの?」

 その問いかけに、ミーナは何も答えることが出来なかった。今口を開けば、余計なことも、一緒に飛び出してしまいそうだったから。ただ、口を噤むしかない。



「……シオンちゃんと、何かあった?」

「!?」

 核心を付かれたミーナは目を丸くして、アリアを見上げる。ミーナの驚愕を受け取ったアリアは、苦笑してミーナのベッドに腰掛けた。



「私が帰ってきたときに、部屋の前でうろうろしてたからさ」

「え、本当!?」

「わ、待った待った!」

 今にも部屋を飛び出しそうなミーナを、アリアが咄嗟に手で押し留める。



「もう部屋に戻っちゃったよ。どうしたの? って聞いたら、なんでもないわ、って。シオンちゃんもご飯は要らないってさ」

「そっか……」

 ミーナの口から、思わず溜息が漏れる。深いそれに、アリアは困ったように頬を掻いた。



「……喧嘩したの?」

「喧嘩じゃないけど……ちょっと、ね」

「そっかあ」

 アリアはそれ以上何も聞かず、えい、と勢いづけて立ち上がった。



「私はご飯に行って来るけど……無理しないでね、ミーナちゃん?」

「うん、ありがとう」

 心配そうな表情を湛えながら、アリアが言う。ミーナはその心遣いに感謝しながら、ぎこちなく微笑んだ。



「じゃあ私、美味しーいご飯行ってくるよー」

「うん、行ってらっしゃい」

 ミーナは手を小さく振って、アリアを見送る。

 アリアは何度も振り返って彼女を気にしながらも、静かに部屋を出て行った。



 ぼすん。アリアの姿がなくなって、ミーナは再びベッドに横になる。



「はー……」

 それから、これ以上無いほどに、大きく溜息を吐いた。


 シオンは、ミーナを気にしている。気に病んでいる、と言った方が正しいだろう。しかし、それに応えたいと思っていても、ミーナにはどうしたらいいのかわからなかった。

 かといって、ずっとこうやって燻っているわけにもいかない。

 ミーナはもう一度息を吐いて、ゆっくりと起き上がった。



(……とりあえず、整理しよう、整理)

 驚きと、困惑と、その他の色々な感情が混ざり合って、何を考えればいいのかすらわからなくなっていたミーナは、思考の糸を一本ずつ解いていくことにする。



(うーんと……)

 事の始まりは、シオンが男の子だった、という暴露だ。

 それは非常に信じがたいことではあるのだが、シオンの様子から本当のことなのだろう、とミーナは思う。というより、そう仮定しないと、話がここで破綻してしまうため、本当なのだと考えることにした。



(それで、私は何を悩んでたんだっけ……?)

 ミーナは改めて自分に問いかける。一体、何にこれ程までに衝撃を受けていたのかと。

 しばし考えて、ようやく思い当たった。



「そっか、告白だ」

 思わず、声に出た。

 ミーナが何よりも困惑したのは、正直なところそれだった。


 今まで女だと思っていたことに加え、好きなのだと告白までされた。その事実が、彼女をより混乱させていたのだ。

 もしも、男だという暴露と、告白のどちらかだけだったとすれば、きっとこれ程までに衝撃は受けなかったはずだ。


 ……前者はともかく、後者だけであれば、全く別の驚きがあっただろうけれど。



(じゃあ、分けて考えよう。まず、シオンが男ってのは……)

 少し考えてみる。

 確かに、驚きの事実である。だが、貴族の血が入っていると言われた時にも、ミーナは驚いた。しかし、こうも思った。貴族だろうが、王族だろうが、シオンはシオンなのだと。


 だから、男だとか、女だとか。そんなことに左右されず、やっぱりシオンはシオンなのだ。衝撃の度合いは全く違うけれど、シオンはシオンだと、ミーナは思うことが出来る。接し方は少し変わってしまうけれど、大切な幼馴染であることは変わらないのだから。

 ただ、どうして女の子の格好をしているのか、それだけは聞く必要があるだろう。まさか趣味だということは、無いと思いたい。



(うん、こっちは何とか消化出来た。じゃあ、その……好きってのは……)

 僅かに頬を染めながら、考える。

 ミーナはまだ9歳だ。そして、シオンだってまだ10歳。ミーナの常識では、色恋なんかには、まだまだ早い年齢である。だけど貴族なんかには、この歳からもう婚約者が居たりするのかもしれない。



(……ええと)

 ミーナは、確かにシオンが好きだ。だけどそれは、決して恋とか愛とかいう感情ではない。


 シオンが男だとわかっていれば、これから先、もしかしたらそういう意味で好きになることもあるかもしれない。だけど今はまだ、そんなことを考えられる時期ではなかった。



(……うん、素直にそう答えよう)

 きっと、シオンだって判ってくれる。

 ミーナは整理のついた胸に手を当て、一度深く頷いた。



「……よしっ」

 ベッドから降りて、身を解すように身体を伸ばす。それからミーナは、シオンの部屋を訪ねることにした。



 ***



「シオン、入っていい?」

 ノック三回と共に、ミーナはドアに声をかける。すると、すぐに中から大きな物音がして、勢い良くドアが開けられた。そしてこの寮の部屋のドアは、外開きである。

 つまり。



「~っ!」

 小気味のいい音と共に、ミーナは思い切りドアに打ち付けられてしまう。咄嗟に腕で防いだものの、腕を襲うじんじんとした痛みに、彼女は腕を抱えてその場に蹲った。



「ああ!? ごめんなさいミーナ!?」

「だ、大丈夫……」

 シオンに肩を抱かれ、よろよろと立ち上がるミーナ。

 酷く間抜けな一幕であった。



 部屋の中に招き入れられたミーナは、改めてシオンの様子を窺う。顔を反らすその表情は、酷く暗かった。

 ミーナは一瞬躊躇ったものの、おずおずと口を開く。



「えっと、シオン。さっきのこと、なんだけど」

 先程のことを切り出すミーナに、シオンは気まずげに俯く。そしてぽつりと、ごめんなさい、と言った。



「謝らなくていいんだよ?」

「だって……私は……」

 泣きそうな表情で、シオンは唇を噛む。その苦しげな様子に、どうしたらいいのかわからなくなったミーナだったが、とりあえず聞くべきことを聞く。



「まずはさ、どうして女の子の格好をしてるか聞いていい?」

 ミーナの問いかけに、シオンが小さく頷く。そして、静かな落ち着いた声で、ゆっくりと言葉を紡いでいった。ミーナは、それを真剣な表情で、一言も漏らさぬようにと聞く。



「……私の実家って、貴族でしょう? でもね、まだちゃんとした跡取りがいないのよ。従姉妹は、女ばっかりでね、男は私だけだった。だから、私が男だってわかったら、跡取りとして屋敷に連れ戻されちゃうかもしれなかったから……成人するまでは、女だって偽ることになったの」

 相槌を打ちながら、なるほどね、とミーナは内心で思った。


 この世界での成人は15歳。子供から「男」へと変わっていく辺りだ。それまでなら、何とか男であることを誤魔化せるだろう。

 成人していれば、もう周りからは大人と見なされる。だから、自分の将来を自分で決めることが出来る。貴族としての血を受け入れることだって、そこから逃げることだって、自分の意思を持って出来るのだ。

 それらを考えると、成人が妥当な時期なのだろう、とミーナはぼんやり考えた。


 余談だが、シオンがいつも纏うふわふわとした服装は、身体の線を誤魔化すためのものだ。……シオンの母であるシュレイナの趣味も、多大に含まれてはいるが。



「最初は、男児が生まれたら、そこで終わりにするつもりだったんだけど……結局、今の今まで、出来なかったから」

「そっか」

 それ以上言うことが無いのか、シオンはそれだけ言って黙りこくった。二人の間に言葉が無くなり、あるのは気まずい沈黙だけだった。



「……あのね、シオン」

 気まずい空気を切り裂いて、ミーナが不意に口を開く。俯いていたシオンは顔を上げ、彼女を窺うような視線で見やる。



「別にね、シオンが男だとか、女だとか、私は気に……うーん、やっぱりちょっとは気にするかな?」

 女だと思っていた幼馴染が、男だった。その事実に、ミーナが受けた衝撃は、計り知れない。

 ミーナが真剣な表情のまま言えば、シオンが不安に揺れる瞳で彼女を見つめる。



「でもね。今更その程度で、シオンのことが嫌いになるわけじゃない。すごく驚いたし、今でも心のどこかでは、シオンが男だなんて納得できていない部分もあると思う。だけど、今でもちゃんと、シオンは大好きな友達で、私の大事な幼馴染だよ。だから、騙してたとか、そんなことは考えなくて良いよ。しょうがない、ことなんでしょう?」

「でも私はっ、ずっとミーナを騙してっ……!」

「シオン」

 更に言い募ろうとするシオンを止めるために、ミーナはシオンの名を呼び、手を引いて、身体を優しく抱き締める。

 シオンは一瞬、驚きに全身をびくりと揺らし、硬直した。しかし、やがて目に雫をいっぱい溜めたかと思うと、自分の気持ちに任せて彼女を抱き締め返す。



「よく、一人で頑張ったね。私にまで隠してるの、辛かったでしょ?」

 ぽんぽん、とあやすように背中を叩く。

 シオンは何度も首を横に振りながら声も無く涙し、ミーナの服を皺が出来るくらいにぎゅうっと握り締めた。



 ***



 どれだけの間、そうしていただろう。しがみ付くようにミーナに抱きついていたシオンが、彼女からすっと離れる。



「……ミーナ、ごめんね」

「気にしない、気にしない」

 赤い目元を隠すように、シオンが俯いて言う。ミーナは微笑みながら、シオンの頭をよしよし、なんて撫でた。

 先程とは打って変わって弛緩した空気。妙に心地よい疲れが、二人に凭れ掛かる。



「ねえ、シオン」

 その空気を壊さないような、ゆったりと柔らかな声音で、ミーナが言う。



「私ね、今はまだ恋愛とか、考えられない」

 聞きながら、シオンは目を伏せる。哀しげというよりは、理解していたという表情で、黙ってミーナの言葉を聞く。



「シオンへの好きも、レグルスへの好きも、アリアへの好きも、お母さんへの好きも、お父さんへの好きも。今は全部、一緒の感情だから」

 ミーナの言葉に、シオンが微笑む。その微笑みは、どこか悟ったようであり、そして苦味を内包したものだった。



「ええ、わかってたわ。……本当はね、まだ言う気なんか、なかったの。でも、ミーナも、レグルスも、私の手の届かないところに、二人で行ってしまうかもと思うと、居ても立っても居られなくなった。私だけが同じ場所に立てもしないまま、指を銜えて見ているだけなのは、嫌だったの……」

 言いたい。けど、言えない。

 そんな感情の間で、ずっと揺れ動いていたシオン。

 だけど、もうシオンに……彼に、負い目は無い。


 シオンは、にっこりと、今までよりいっそう綺麗な微笑みを浮かべる。



「これからも、大好きよ、ミーナ」

「私も、大好きだよ、シオン!」

 いつもと同じように投げかけられた言葉に、ミーナもいつもと同じ言葉で返す。

 だけどほんの少しだけ、お互いの言葉に込められた感情は変化していた。

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