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きっとよくある転生のお話  作者: れたす
きっとよくある転生のお話
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「終わ、った……?」

 震える声。ミーナは、ぽたぽたと指から血を垂れ流しながら、呆然と立ち尽くす。戻ってきた静寂に、耳の奥がじんとした痛みに疼いた。

 跡形もなく消え去った幻影。それが今までいた場所を、ミーナはぼんやりと見つめる。



「ミーナ、やったのよ、終わったんだわ……!」

 隣にいたシオンが、不意に喜びの声を上げる。

 ミーナはそこでようやく、全てが終わったことを理解できた。



「よかった……」

 ああ、終わったのだ。私たちは、生きてる。死んでない。

 次々と押し寄せる安堵に、ミーナはがくりと膝を崩す。

 このままじゃ頭を打つ。ミーナはどこか冷静な思考でそう思ったけれど、しかしもう身体は動かなかった。



「ミーナ!」

 シオンが手を伸ばすよりも早く、走り寄ってきたレグルスに受け止められて、ミーナはそのまま気を失う。緊張の糸が、ぷつりと切れた。



 ***



 ミーナは、いつかの、夢を見ていた。

 何度目かの、長い長い、夢を見ていた。



 面倒ながらも友人と喋りながらで楽しかった文学部での作業。

 友達との会話。

 分かれた交差点。

 不審な男。

 暗い路地裏。

 膝から溢れる血。



 そして、銀色に光る――



 美奈は、ミーナは、叫ぶ。



「みんなっ!」

「任せて!」

 どこからともなく現れたシオン。そして放たれる魔法。その魔法は、ナイフを持っていた男を吹っ飛ばし、勢い良く壁へと打ち付ける。壁が、めこりとへこみ、ひび割れた。



「私も、頑張るよっ!」

 ミーナの後ろから飛び出してきたアリアが、たたん、とボウガンを放つ。それはまるで何かの曲芸のようで、矢は男の周りを形取るように、綺麗に突き立てられていた。



「あら、私もいるわよ?」

「僕はいるだけだけどね……魔法使えないし……」

 いつの間にかミーナの隣に居たミレイユが、男を虹色の壁で拘束する。セルジュはと言えば、ミーナを守るような位置に立ちながら、哀愁を漂わせていた。だけど、そうやって自身の力不足を嘆く彼の背は、ミーナからはとても頼もしく見えたから不思議だった。



「任せろ」

 最後に男へと走るレグルスが、動けなくなった相手の喉元に、剣を突きつける。

 そして、高校の制服を纏ったミーナが、満身創痍のその男にゆっくりと近付いた。



「私は、何度もあなたに殺された」

 それは、感情がそぎ落とされたような、淡々とした声だった。

 前世で、一回。夢の中で、彼女が覚えているだけでも三回。ミーナは、何度も男に殺されていた。

 ミーナは目を伏せていたが、やがて凛とした視線で男を貫く。



「でもね」

 ミーナは、にっこりと微笑んだ。見せ付けるように、自慢するように。



「もう二度と、殺されてやらない。だって私には、みんなが居るんだから!」

 きっと、もうこの夢は見ない。

 だって彼女には、大好きな人たちが居るのだから。



 ***



 ミーナは、ふっと目を覚ます。何やらとてもいい夢を見ていたような気がしたのだが、目覚めた瞬間に、忘却の彼方へと飛んでいってしまっていた。思い出そうとして、やめる。それよりも自分がどうなったか把握する方が先だった。

 もう遅い時間なのか、部屋の中は真っ暗だ。

 不意に鼻をつく、薬品の臭い。ここは医務室かどこかだろうか。



「起きたのか」

 その声で、初めて自分以外の誰かがいることに気付く。

 視線を向ける。レグルスだった。



「うん……」

 ミーナは、ぼんやりとした面持ちで起き上がる。彼はすぐ近くにあったランプに光を灯してくれた。淡く照らされ、浮かび上がる部屋の様子。やはり、ここは医務室か、それに準じた場所らしい。

 辺りを見回せば、すぐ近くのソファで、肩を寄せ合って眠るシオンとアリアの姿があった。いきなり倒れてしまって、きっと心配させたに違いない。ミーナは小さく息を吐く。

 ふと、自身の親指を見る。傷一つなかった。誰かが治してくれたのだろうと思って、今度はレグルスを見た。



「今、何時?」

「大体、八時くらいだな」

「そっか」

 戦闘学の授業は午前中だったので、随分長い間眠ってしまったようだった。ミーナは、これってサボりになるのかな、なんてどうでもいいことを考えてしまう。

 ほう、と息を吐く。目を瞑れば、瞼の裏に、あの恐ろしいドラゴンがはっきりと浮かび上がるようだった。



(でも)

 死ななかった。勝ったとは、けして言えないけれど、死ななかったのだ。

 それだけで、ミーナの心に、暖かいものが湧き上がる。喜びとも違う、勇気とも違う、上手く言葉に出来ない感情だった。

 きゅ、とシーツを巻き込むように、手を握りしめる。

 本当にみんなが無事で良かったと、改めて彼女は思った。



「……すまなかった」

 そんな風に、暖かい感情に浸っていた時、ミーナは不意をつかれた。

 突然降りかかってきた謝罪の言葉に、目を瞠る。

 意図するところがわからず、不意をついた張本人であるレグルスに、疑問を込めた視線を向けた。



「いきなりどうしたの、レグルス?」

「俺は、ミーナを守れなかった」

 どこか、切羽詰ったような声色。彼の瞳に映るのは、色濃い悔恨だった。

 静かな空気の中に、ぴりぴりとした緊張感が、少しずつ、注がれていく。

 ミーナは、戸惑っていた。彼の言いたいことがわからず、ただ呆然とその言葉の意図を考えていた。


 たとえば彼の言葉に、好きな子を守りたかっただとか、そんな甘酸っぱい後悔が滲んでいたならば、ミーナもそこまで困惑しなかっただろう。頬を染めて照れたかもしれないが、ドラゴンよりもよほど恐ろしい何かと向き合うような、そんな気持ちは抱かなかっただろう。

 だけど、彼にあるのは、そんな優しい感情ではないように見えた。もっと、ほの暗い、何かがあるように思えた。



「……私を守るって、どうして?」

 やっと口から出せた問いかけに、レグルスは黙したまま、答えなかった。

 ミーナは、泣きそうな表情で、彼を見つめる。

 レグルスは、苦しげに表情を歪ませたまま、視線を反らしていた。自分から出た言葉を後悔するように、自らの手に爪を突きたてている。

 二人の間に、気まずい沈黙が落ちた。



 それから、どれだけの時間が経っただろうか。



「俺は、」「レグルス、」

 言葉が、重なった。



「すまない、先に、」「あ、レグルスが、」

 また、重なった。

 いきなり弛緩してしまった雰囲気に、ミーナは思わず、ぷっと吹き出してしまう。レグルスは気まずそうに、いや、どちらかと言えば恥ずかしそうに、目を反らした。

 先程までの張り詰めた緊張感は、もうどこにもなかった。



「ね、レグルス」

 呼びかけに、レグルスがミーナを見る。



「いつか、教えてくれるよね」

 それは疑問ではなく、確認だった。レグルスは逡巡したような間を置いて、やがていつものように、こっくりと頷いた。

 ミーナは笑って、彼の手を取る。



「うん、じゃあ、それまでは聞かない。でも、あんまり待たせてると……怒るから」

「それは、恐いな。……今月中には覚悟を決める。でないと、俺はきっと、一生言えそうにないから」

 苦笑交じりだったが、彼は言う。

 ミーナは、どこか安心したように笑った。だって彼は、いつだって約束を破らない。



「ミーナぁ……?」

 手を結んだまま、ぎくりと二人の肩が強張る。ソファを振り向けば、シオンが目を覚ましたのか、指で目元を擦っていた。ミーナとレグルスは、まるで不倫現場を見られた不貞の男女のように、勢い良くお互いに手を離す。

 シオンは少しの間ぼんやりとしていたが、ハッとして起き上がる。



「あ、ミーナ! 起きたのね!」

 ぱたぱたと嬉しそうに駆け寄ってくるシオンに、ミーナが満面の笑顔を浮かべる。どうやら先程の色々は聞かれていないらしい。

 こっそりと安堵しながら、ミーナはシオンの抱擁を受ける。



「おはよう、ミーナ! っていっても、もう夜だけどね?」

 シオンはころころと笑う。

 その声は、あんなことがあったとは思えないほどに、明るかった。


 そして、シオンのすぐ後に目覚めたアリア。



「ん……あ、あれ、ミーナちゃん起きたの!? どこも痛くない!?」

 そんな彼女に、ミーナは勢い良く抱き潰された。



「……アリアちゃん、い、痛い……」

「わわ、大丈夫!? どこが痛いの!?」

「たす……け……ぐふっ」

「ミーナちゃん、ミーナちゃーん!?」

 ドラゴンとの戦いよりも、よっぽどダメージを受けたミーナである。



「……アリアちゃんの馬鹿……」

「あはは、ごめんごめん! ……はっ、今日の夜ご飯、食べ損ねた!?」

「食堂に行けば、何か貰えるんじゃないかしら?」

「だよね、だよね!? あの美味しいご飯を食べられないなんて、私困るっ!」

 そうやって胸を張るアリアに、ミーナも、シオンも思わず笑ってしまう。レグルスでさえ、呆れたような笑みを薄く浮かべていた。


 それから四人で、色々と話した。いつもみたいに、くだらなく他愛もない話を、ずっとしていた。

 だけどまだ、戦闘学のことには、誰も触れなかった。



 ***



 今回の件は、他の生徒たちには伏せられることになった。

 幸いにして被害にあった四名の生徒には大きな怪我がなく、特待生が含まれているとはいえ、ただの平民だ。この件を「なかったこと」にしても、それほど問題がなかった。

 むしろこの件を広めれば、余計な混乱を引き起こしてしまうに違いない。そのため四人は、このことについて口を噤むことを余儀なくされた。その分学園側から、色々と「良くして」もらうことになったらしいが。


 結局、原因はいまだわかっていない。

 幻影の間は、幾度も調べられたが、何の手掛かりも得られなかった。

 魔特がいたために幻影の魔法が過剰反応しただとか、“何かしらの魔法”がかけられていただとか諸説上がったのだが、どれも確証はなく原因不明のままで処理されることになった。


 また、幻影の間は、外から監視できるようになっているため、ミーナがシオンに教えた魔法のことも、すっかり学園側にばれた。そのため、少々面倒なことになってしまった。

 『幻影』は現存する魔法なのだが、『解除』は現存していなかったらしい。ミーナは、どこでその紋章と効果を知ったのかと詰問され、「昔、町で会った魔法使いに教わった」などと誤魔化すはめになった。

 何人かの教師達は、その言い訳を疑ったのだが、「なかったこと」になった以上、それ以上問い詰めることも出来ず、それもまたうやむやのままで終わった。


 ついでにミーナの破損したネックレスは、即日ミレイユたちの元へと送られた。

 「なかったこと」になった事件は伏せねばならないため、どうして壊れたかなど書けなかった。今から反応が恐いと、ミーナはちょっとだけ涙目である。



 それから、数日。

 ミーナたちは、いつも通りのごく普通の生活を取り戻していた。



「……ナ、ミーナ?」

 シオンがミーナを呼ぶ。ぼんやりとした面持ちで、あの日レグルスに言われたことを考えていた彼女は、何度目かの呼びかけでようやく気付き、その視線をシオンに向けた。



「どうしたの? ぼうっとしていたみたいだけど……」

「あ、何でもないよ」

 誤魔化すように笑う彼女に、シオンは、そう、と呟く。

 だけど、シオンは気付いていた。

 先程の彼女の視線の先には、レグルスがいた、と。



「ね、ミーナ」

「ん、何?」

「私ね、ミーナが大好きよ」

「私も、シオンが大好きだよ!」

 シオンの言葉に、ミーナは笑顔を向ける。

 だけどシオンは、どこか複雑そうに、その笑顔を受け止めていた。

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