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きっとよくある転生のお話  作者: れたす
きっとよくある転生のお話
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 桃春の月、42日。



「えーっとだな、前回も言っていたとおり、今日は軽く戦闘を経験してもらう」

 戦闘学の授業のため、ある一室に集められた生徒達に、サヴェイルが言う。

 ミーナたちは、各々の武器を手に馴染ませるように握りながら、真剣な様子で耳を傾けていた。


 武器は、先日遊べなかった分と称して、一昨日の黒の日にまた四人で街に行ったのだが、その時に購入したものだ。


 ミーナは以前言っていたとおり、モーニングスター。購入した時、武器屋の店主に少し引かれた。

 シオンは大剣……は満足に振ることが出来なかったため、結局長めの片手剣にしたようだ。

 レグルスは『剣≪ソード≫』の魔法もあったが、新しく短剣を購入。

 アリアは、腕に装着するタイプのボウガンにした。



「隣にある部屋は、幻影の間、と呼ばれている。幻影の間は、質量を持った幻影と闘うことが出来る場所だ」

 へえ、とか、凄い、なんて声が次々と上がる。ミーナも、一体どんな紋章を使えばそんなことが出来るんだろう、なんて色々と考えを巡らせていた。



「あ、幻とは言え、攻撃を受けたら怪我もするから、気をつけろよ。中はちゃんと監視しているから、危険なようならこっちで消すけどな。じゃあ、組の代表者は、こっち来てくじを引け。順番決めるぞー」

 その言葉に、ぞろぞろと生徒達がサヴェイルに近付く。誰が行くの? と、ミーナが周りを見渡せば、三人ともが視線をミーナに向けてきていたので、結局彼女がくじを引くことになった。



「……う」

 くじの結果に、思わず呻く。

 どうやら、一番最後を引いてしまったらしい。最初にやればやるほど、授業を早く終えることが出来るために、ミーナはしょんぼりと肩を落とした。



「最後まで残ることになっちゃった、ごめん」

「あはは、気にしない気にしなーい!」

 ミーナはひらひらとくじを見せ、三人にそうやって謝りながら、元の位置に戻るのだった。



 ***



 今回戦うのは、「プチ」という魔物らしい。プチは、どうやって生命活動を行っているのか良く判らないゼリー状の魔物で、とても弱い。


 先に幻影の間に入った、ミーナの顔見知りである亜麻色の髪の少女に聞けば、「拍子抜けするくらい、すぐに倒せちゃった」らしい。

 最初の戦闘授業なのだし、そんなものなのだろう。ミーナは僅かにあった緊張感を霧散させ、自分達の順番が回ってくるまで、ずっとシオンたちと談笑していた。



「じゃあ最後、ミーナ、シオン、レグルス、アリア」

「はいはーいっ!」

 アリアが待ってました! というように声を上げる。

 部屋に残っているのはミーナたち四人と、サヴェイルだけであり、もう他は全員授業を終え、それぞれ暇な時間を過ごしていることだろう。

 ミーナたちも、さっさと終わらせて次の授業の準備をしないと、なんて笑いながら幻影の間に入った。


 部屋の中は、真っ暗だった。しかし、ミーナたちが中に入るとすぐに、備え付けられたランプに淡い光が灯り、部屋を照らす。30メートル四方ほどの広さと、4メートルほどの高さの部屋は、実にシンプルな内装だった。もっと紋章などが、至る所に描かれていると思ったミーナは、少し拍子抜けしてしまった。



「……それで、幻影の魔物は?」

「あ、あれじゃない?」

 ぼう、と何かもやのような物が現れ、ミーナはそれを指差す。それは、もやもやと流動的に揺れ、段々と肥大化していていった。



「ぷちって、でかいのかしら……?」

「これくらいって聞いたけど……」

 手で30センチくらいの大きさを示す。しかし、目の前で揺れるもやは、もう2メートルほどまで大きくなっていた。ミーナたちは首を傾げながら、いつでも戦闘を出来る準備をしてそれを見守る。

 ここからどうやって小さくなるのだろう、などと考えていたのだが、しかし予想に反して肥大化を続けたそれは、やがて3~4メートルほどの大きさで、一つの形を取った。


 それは、ドラゴンだった。蜥蜴のように艶めく身体に、赤く光る瞳。ばさりと翻される翼。ミーナたちは蛇に睨まれたように、その場から動けなくなる。呆然として、唖然として、魔物の頂点に立つ王者の巨体を、声もなく見上げていた。


 王者が、啼いた。

 びりびりと、揺れる空気に、呑みこまれる。

 食い殺される。本能的に、そう悟った。



「ミーナ!」

 焦ったようなレグルスの声に、ミーナはハッと我に返る。しかしその時にはもう遅く、ドラゴンの尾が凄まじい速度で迫ってきていた。



「バ、『守≪バリアー≫』!」

 ミーナが持っていた魔符で咄嗟に張った光の壁は、少しの抵抗もなく、すぐに破られた。しかしミーナは動くことも出来ず、ただ武器を両手で握り締め、そこに立ち竦むことしか出来なかった。



「くっ……!」

 既に初動を開始していたレグルスが、庇うようにミーナに飛びつく。しかし、間に合わない。

 ドラゴンの尾が、今にも彼女を弾き飛ばそうとした瞬間、甲高く、何かが割れるような音がした。



「え?」

 よくわからないまま、ミーナは伏せた瞼を上げる。目の前には彼女を守るように、虹色に輝く壁があった。胸元に感じる、淡い熱。ミーナはハッとした。

 あの、誕生日に贈られた護りのペンダントだ。

 遠く離れた場所にいるミレイユが、セルジュが、自分を守ってくれたのだ。咄嗟に彼女はそうやって悟る。

 虹色の壁が消えるまでの一瞬の間に、レグルスがミーナの身を抱えながら、二人は重なるように、床をごろごろと転がり込んだ。そのすぐ後に、ミーナたちの頭上をドラゴンの尾が通り過ぎる。

 ミーナは、床を転がった拍子に軽くあちらこちらを打ちつけてしまう。しかし、ドラゴンに叩きつけられるよりは、到底マシだろう。



「なに、何これ、やだあああ! 先生! 助けてよ、先生ぇええ!」

 アリアがパニックを起こし、入ってきたドアをどんどんと叩く。しかし、何の力が働いているのか、扉はびくりともしなかった。


 何かがおかしい。全員がそうやって理解できた頃には、全てが遅かった。



「っ……」

 耳の奥がずきずきと痛い。先程の咆哮で、鼓膜がやられているかもしれない。ミーナはふらふらと起き上がり、周りの状況をすぐに確認する。


 あの声量で、外に漏れ聞こえないはずがなく、そしてサヴェイルの話では中が見えるようになっているという。しかしそれでもドアが開かれないということは、サヴェイルでも開ける事が出来ないのか、もしくはこの部屋が、外から完全に隔離されているか、だ。

 どちらにしても、助けはないだろう。

 何が起こっているのかはいまだ不明だが、そのことだけは理解したミーナは、青ざめた顔で唇を噛む。しかし、すぐに立ち直り、全員に指示を出した。



「シオン、魔力封じの指輪外して! レグルスは前衛お願い! アリアは、……」

「やだ、やだぁああ! 出して、出してよお!」

 アリアは酷く恐慌しているようで、指示など耳に入りそうにない。ミーナは諦めて、自身の準備に取り掛かった。


 ドラゴンはこちらの様子を窺っているのか、じっとミーナたちを見ていた。しかし相手に隙はなく、どうしたら良いのか、全く思いつかない。しかし何もしなければ、抗うことも出来ず簡単に殺されてしまう!

 幸いにして、天井の高さを考えれば、飛ぶことは出来ないので、機動性をそこまで心配する必要はないだろう。だが、それだけだ。尾のスピードは先程ミーナが実感した通りだし、きっと力も凄まじいはずだ。

 そう考えている内に、ドラゴンが動き始める。レグルスも敵の気を逸らすように動き始めたが、いつまでもつかはわからない。



「シオン、何でも良いから魔法!」

「わかったわ!」

 叫ぶような言葉のやり取りと共に、シオンが幾度も魔法を放つ。『一≪ファースト≫』の魔法は、その魔法とは思えないほどに凄まじい威力を持っていたが、しかしドラゴンの厚い皮膚には、対して効き目がないようだった。

 しかし、それでいい。とりあえず、目くらましにでもなってくれれば。



「『守護≪プロテクト≫』!」

 ミーナは四人に魔法をかける。どこまで効果があるかはわからないが、ないよりはマシだろう。

 彼女は頭をフル回転させて、この次にどうすればいいかを考える。ドラゴンの弱点は何だ。氷か。それとも隕石か。



(違う、そんなものじゃ駄目! 効き目はあるかもしれないけど、この広くない部屋でそんな大規模な魔法を使ったら、ドラゴンだけじゃなく自分達も巻き込まれて死んじゃう! 考えて。考えなきゃ。どうしよう、どうしようっ……!)

 考えている間にも、レグルスが剣で、シオンが魔法で、ドラゴンと相対してくれている。今のところは、レグルスも避けることに全神経を注いでいるお陰か、怪我はないようだったが、それも長くは続かないだろう。

 しかし、二人は信じて抗い続けた。ミーナなら、きっと何か考え付いてくれる。それだけを信じて。



(身体の中なら柔らかい? なら、口の中を攻撃すればいい? どうやって? あえて口の中に入る? 無理だ、あの鋭い歯で噛み殺されて終わりだ!)

 一月に満たない授業と、生まれてから今までの記憶と、前世の記憶を全てさらう。しかし、どうしても有効な手段は浮かんでこなかった。時間だけが、無情にも過ぎていく。

 肩を上下させて疲労を見せるレグルスに、更に焦りが募る。



(どうしよう。どうすればいい? 外からの攻撃なんて効かないだろうし……ううん、違う、そうじゃない。もっと、根本的に、何かあるはず……! 何か……!)

「ミーナ!」

「ひいっ!?」

 ミーナを、ドラゴンの鋭い爪が襲う。シオンの叫びに近い声に、ミーナは即座に後ろに飛びのけた。しかし、ドラゴンはしつこく彼女の身を狙う。レグルスが気を引こうとドラゴンの体躯に剣を突き立てるが、硬い鱗に阻まれてうまくはいかなかった。



「きゃああ!」

 目前に迫る鋭い爪先に、ミーナは本能的に、手に持った武器で頭を守るようにしゃがみこむ。そして、爪が今にも彼女を引き裂こうとした瞬間、何かがドラゴンの眼に突き刺さった。

 それは、一本の矢だった。


 ドラゴンは、あまりの激痛に、叫び、身を捩らせる。


 しかし、そんな叫び声など二の次で、ミーナたちは驚いて振り向く。そこには、さっきまで錯乱していた筈の少女が、青い顔をしながら、果敢にもドラゴンへと腕を伸ばしていた。



「ア、アリアちゃん!」

「ごめん、ね、みんな。わ、私も、頑張るよっ……!」

 がくがくと震える足。それだけで、相当恐ろしい思いをしているのがわかった。だけど、それでも、勇気を振り絞ってくれたのだ。

 ミーナも、それに応えないわけにはいかなかった。



「一分だけもたせて! その間に絶対考える!」

「わかったわ!」

「任せろ」

「まっ、任せてっ……!」

 頼りになる三人の声に、ミーナは一度深呼吸をする。三人はミーナを守りながら、気を引くように、ドラゴンと相対する。ドラゴンは目を貫かれた怒りに、アリアを重点的に狙っていたが、それをレグルスが巧く捌き、アリアは潰した目の死角に入るように上手に動いていた。

 ミーナは、再び考えを巡らせる。



(目を貫いたら、やっぱりそれなりにはダメージがあった。でも、死ぬほどじゃない。目って急所だよね? ってことは、柔らかいところを攻撃したとして、今の私たちじゃ致命傷を与えることは難しいはず。じゃあ、倒さなくても、無力化する方法は? 無力化……無効化? ……あ、あっ、そうだ、これって本物のドラゴンじゃない! あくまで幻影なんだ! じゃあ、それを無効化する方法っ……魔法? 『幻影解除』? 駄目だ、四紋なんか私の魔力量じゃ使えない……って使えるじゃん、使えるよ!)

 ミーナは即座に、懐から既に紋章が描かれた魔符を取り出す。そして躊躇なく、がり、と親指を噛み切った後、魔符の裏に紋章を書いた。滅茶苦茶痛い。でも、そんなことに構ってなどいられなかった。



「シオン、これ使って魔法っ! 呪文は、えっと……≪ナイトメアエンド≫ッ!」

「わかったわ!」

 シオンに駆け寄り、その紙を渡す。本当にこの紋章でいいのか、この呪文でいいのかなんてわからない。だけど、シオンは信じた。全員が、ミーナを信じた。



「『幻影解除≪ナイトメアエンド≫』!」

 祈るように放たれたシオンの魔法。咆哮と共に、ドラゴンを形作っていたものが、徐々に崩れ出す。


 それは文字通り、彼女たちにとっての悪夢の終わりだった。

 ……そして、とある「呪い」の終わりでもあった。

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