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きっとよくある転生のお話  作者: れたす
きっとよくある転生のお話
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「あの、ミーナさん。ここを、その……教えてもらえませんか?」

 背中の中ほどまでの亜麻色の髪を持つ貴族の少女が、おずおずとノートを手に言う。ミーナは一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐ笑顔になって、いいよ、と応えた。



 あの模擬戦という名の決闘から数日。

 ミーナとレグルスの二人は、それを見ていた生徒達から高い実力を認められたのか、以前よりも、よく話しかけられるようになっていた。


 しかし、ミーナの評価は、レグルスに比べて低い。

 レグルスは見た目にも派手な剣戟だったために、評価がとても高かったのだが、ミーナはただ相手の魔法を防いでいただけなのと、土煙の中で相手の後ろに回って人差し指でツン、だ。


 何というか、地味。

 凄いは凄いんだけど、地味。

 レグルスに比べれば、やっぱり地味。

 それが、あの戦いを見ていた者たちの、ミーナに関する共通認識だった。



(別に目立ちたくないし、いいんだけどね)

 決して負け惜しみなどではない。決して。



 ミーナが勉強を教えていれば、少女はミーナの顔色をちらちらと窺ってくる。ミーナは小首を傾げながら、どうしたの、と少女に問いかけた。



「……あ、あの、ミーナさん。今度の戦闘学で、一緒の組になってもらえませんか?」

 つい先日の戦闘学で、「次回は簡単な戦闘を経験してもらうから、色々と用意しとけよ。ついでに3~4人の組を作っておけ」などとサヴェイルが言っていたための誘いだ。ミーナはそれに対し、ごめんね、と申し訳なさそうに謝った。



「私、シオンたちと組むって決めてるから」

「そうですか……。残念ですけど、しょうがないですよね」

「ごめんね? でも、弱い魔物だって言ってたから、お互い頑張ろうね!」

「はい!」

 亜麻色の髪を揺らし、少女は小さく笑う。

 今までは無かった、貴族との交流に、ミーナもまた嬉しそうに笑った。



 ***



「~♪」

 ゆっくりと服を脱ぎながら、機嫌良さそうに鼻歌を奏でるミーナ。

 彼女は今、寮の大浴場へとやってきていた。


 アリアやシオンも誘ったのだが、いつものごとく断られてしまった。

 だがアリアは、彼女の幾度の説得により少しずつ興味を持ってきたようなので、もう少しで落とせるかな、なんてミーナは思っている。逆にシオンは恥ずかしいのか断固拒否なので、難しいか、とミーナは溜息交じりで諦めていた。


 不意に自分の身体を見下ろして、ぺったんこ、と微妙な笑いを浮かべてしまう。前世では大きいとも小さいとも言えない微妙な大きさだったので、今生では大きくなりますように、なんてこっそりと祈るミーナだった。


 からから、と引き戸を引いて、湯気に満たされた浴室に入る。桶で軽く身体に湯をかけてから、ゆっくりと肩まで浸かった。



「ふはあー……」

 喉から抜けるように、幸せそうな声が漏れる。



(癒されるう……)

 やはり風呂はいいものだ。身体も心も洗われるようだ。

 ミーナはにやけ顔で、そんなことを思った。



「……ふうー」

 弛緩しきった溜息。

 しばらく夢心地でぼんやりしていれば、ふと、湯船の隅っこにどんよりとした空気を漂わせた誰かがいることに気付いた。

 ミーナはぎょっと目を丸くして、今にも儚んでしまいそうな雰囲気の少女を凝視する。



(どうしたんだろう……って、あれ?)

 その誰かを、じい、と見つめる。前髪が垂れていてわかりにくいが、どこかで見覚えがあるような気がした。

 誰だっけ、誰だっけとしばらくの間考えて、ようやく思い出す。



「ソフィー!?」

 大きな声を上げてしまい、周りから視線が突き刺さる。

 ミーナはごめんなさい、と四方に頭を下げてから、有り得ないほどに沈み込んだ様子のソフィーに近付いた。

 しかし、ソフィーは反応を示さない。何かを延々とぶつぶつ繰り返しており、余りの不気味さに、逃げようかと思ったほどだ。

 だが、気付かれていないとは言え、名を呼んでしまったので、ミーナは意を決してその呟きに耳をそばだてる。



「今日もまた、シオンさんに話しかけられなかったわ……どうしよう、このままじゃわたくしは、シオンさんに嫌われてしまいますわ。私が、彼女に嫌われて、……嫌われる? そんな、私が嫌われるなんて、嫌よ。嫌っ。嫌ぁ、嫌よぉそんなのぉ……」

(こっわあああ!?)

 びくりと肩を揺らすミーナ。血行が良くなり赤くなっていたはずの頬が、さあっと青ざめた。



(一体、何事!?)

 ミーナは戦々恐々としながらも、怖気が走るような声で紡がれている彼女の呟きを一つ一つ、じっくりと考察してみる。



(ええと……つまりは、シオンと仲直りしたいってことなのかなあ……?)

 ソフィーの言葉をオブラートに何重も包んだ末に導き出された答えだったが、彼女を見ていると概ね正解なのではとミーナは思った。



(でも、あんなに暴言を吐いてて仲直り……? そもそも、仲直りするような仲じゃないんじゃ……?)

 ミーナは彼女の言葉を一つ一つ思い出していく。



 ――どこの小汚い平民かと思えば、シオンさんじゃない!

 ――何て言ったって部屋が薄汚く見えるんですもの。

 ――染み付いた貧乏臭さはどうしようもないもの!



(うん、どう考えても仲良くする気ないよね)

 そう結論付けるミーナ。

 だが、それでは目の前にいる彼女の様子とは、到底結びつかないわけで。



(うーん……?)

 ミーナは思わず首を傾げた。

 と、その時、俯いていたソフィーが、ミーナへと緩やかに視線を向ける。



「……あら、貴女は……」

 消え入りそうな声だった。

 ミーナは愛想笑いを浮かべながら、すい、と手でお湯を掻いてソフィーの隣へと移動する。



「えっと、こんばんは……ソフィー、ちゃん?」

 なんと呼べばよいのか判らず、結局ちゃん付けすることにしたミーナ。ソフィーも特に、気を害した様子はない。そんなところにまで、気が回らないだけかもしれないが。



「ええ、こんばんは……確か、ミーナさん、だったかしら……?」

 空ろな目で、ソフィーは言う。ミーナはその問いに頷いてから、彼女に改めて問いかけた。



「あの、ソフィーちゃん、どうしたの?」

「……」

 返って来たのは沈黙だった。ミーナは重症だ、と思いながら、彼女が話し出すまで待つ。口元まで湯船に浸かり、ぶくぶく、と息を吐き出していれば、ソフィーがやがてぽつりと呟いた。



「貴女は、いいですわね……シオンさんと、仲が良くて」

「えー……?」

 ミーナはきょとんと目を丸くする。それではまるで、ソフィーがシオンと仲良くしたいみたいだ。だけど、前述の通り、それにしては彼女の発言は酷いものばかりなわけで。

 先程まで、「嫌われた?」なんて呟いていたわけだが、むしろ今まで嫌われていないと思っていたのだろうか、とミーナは思ってしまう。



「……うん、まあ、幼馴染だからね」

 ミーナの答えに、ソフィーが泣きそうに眉を寄せる。



「私も、従姉妹ですのに……」

(むしろ従姉妹で、どうしてあんな暴言を吐けるのか不思議なんだけど。あと、あの暴言で仲良くなれると思うのは、もっと不思議だし)

 貴族の考えは、よくわからない。ミーナは泣きそうに目を潤ませる彼女から目を逸らしつつ、思った。



「私はてっきり、ソフィーちゃんは、シオンと仲良くしたくないんだと思ってたよ……」

 ぽつりと呟けば、ソフィーがそれに食って掛かる。



「そ、そんなことっ!」

 言いかけ、そこで自分の激情に気付いたソフィーが、一度口を噤む。それから、潜めるような声で続けた。



「……いいえ、別に、仲良くしたくなどありませんわ。ですが……嫌われるのは、嫌なんですの」

(仲良くしたくないのに、嫌われたくはないんだ……)

 複雑な乙女心? なんてひっそり考えながら、ミーナは彼女に問う。



「じゃあ、何であんなに色々言うの……?」

「……だって、シオンさんは、ずるいと思いません? あんなに可愛らしくて、賢くて、貴女という親しい友人もいて、しかも魔力も沢山、あるなんて……。彼女を貶める部分が、貴族の血を持ちながら、市井の民と同じ生活をしていることくらいしかっ……!」

 その心情を吐露するような言葉に、ミーナは思い返す。

 確かに、彼女の暴言はすべて、「平民」とか「貧乏」とか、そんな類の言葉ばかりだった。

 つまり言えるのは、彼女の口から出る様々な言葉は、可愛い?嫉妬心や、意地っ張りな性格に駆られて出たもの、ということなのだろう。確かに、あれだけの言葉を吐くのは悪いことだけれど、むしろ面と向かって言うだけ、可愛いものなのじゃないだろうか。

 一番恐ろしいのは、本人が与り知らぬところで、密やかに悪意が充満することなのだから。


 ミーナは、今までの「悪い貴族」という認識をほんの少しだけ改めて、彼女を見る。



「……大声を出してしまってごめんなさい、ミーナさん」

「いや、それは、いいんだけど……」

 ソフィーは己を恥じるように俯く。そしてそのまま、再び鬱々とした雰囲気を漂わせ始めてしまった。



「……えっと、私、身体洗ってくる、ね?」

 ミーナはその空気から逃げるように、そう言い残して浴槽から上がった。



(うーん……)

 薬草を煮詰めて作られた液体で、せっせと髪を洗いながら、悶々と考える。

 ソフィーのあの様子を見ていると、ミーナの心にちくちくと訴えてくるものがあり、何とかしてあげたいような気もしてくる。だが、結局のところ、本人の自業自得であるわけで。むしろ自業自得以外の何ものでもないわけで。



(本人たちの問題だしなあ……)

 だけど、シオンにやんわりと話を聞いてみるくらいはしてみよう。ミーナはそう決めて、今度は身体を洗い始めた。



 ***



「そういえば、最近ソフィーが絡んでこないわね。でも、その方がずっと楽だわ」

 風呂から上がったミーナが、ソフィーについてさりげなく聞いてみれば、シオンからはそんな言葉が返ってきた。ミーナは苦笑いで、そっかあ、と返す。


 シオンの言葉は、当然の答えだろう。

 あんな暴言ばかりの彼女と、好き好んで付き合いたい人間など、普通は居ないだろうから。

 ……全く居ないとは言わない。中には変わった趣向の持ち主だっているかもしれないのだから。だが、結局のところ、シオンはそれに当てはまらない。



「でもミーナ、どうしてそんなことを聞くの?」

「ん、ちょっと気になったから」

 シオンの問いに、曖昧な笑みで誤魔化すミーナ。

 仲良く出来るならば、仲良くしたほうがいいとは思う。博愛主義というわけではないが、仲が良い方が見ていて気持ち良いのは確かだから。

 だけど、ミーナはシオン側の人間だ。シオンが嫌だと言うのであれば、無理に仲直りなんて提案する義理はない。



「もしかして、またソフィーに何かされたの!?」

「あ、それは違うよ」

「そう? ならいいんだけど……」

 シオンは不安げにミーナの顔を窺う。

 彼女はそんなシオンを安心させるように、にっこりと笑顔を返した。



 ***



「あ、ソフィーちゃん」

「……あら、ミーナさん。また、会いました、わね……」

 数日後。

 湯気満ちる大浴場の中。ミーナとソフィーは、再び出会った。

 やはり、どこか元気の無い様子の彼女の隣に、ミーナは静かに座る。

 ソフィーは深い深い溜息を吐いて、目を伏せた。


 ミーナは、しばらく悩んでいた様子だったが、やがて口を開く。



「ねえ、ソフィーちゃん」

「なに、かしら……?」

 ソフィーは緩やかに顔を上げて、不思議そうな顔でミーナを見た。



「あのね、私と友達になろうよ」

「え……? ど、どういうことです、の……?」

 唖然とした表情で、ソフィーはミーナを見る。ミーナはにこりと笑って、彼女に言った。



「言葉の通りだよ? ソフィーちゃんと友達になりたいなって思って」

 シオンとの仲直りは、ミーナがどうこう言えることではない。

 だからその代わりに、自分が友達になって少しでも気が晴れれば、とミーナは思った。

 もしかしたら無駄に終わるかもしれないけれど、落ち込んでいる彼女を見ているだけなのは、嫌だったから。



「……私は、その……」

「駄目かな?」

「…………へ、平民と友達だなんて、わ、私の格が下がりますわ……!」

 以前、初めて会った時のソフィーらしい言葉に、ミーナは思わず笑ってしまう。

 シオンに対する暴言には流石に怒りが湧いたが、自身に対する少し?くらいの暴言なら、あまり気にならなかった。年の功という奴だろう。外見は幼くとも、中身はもういい大人なのだから。

 それに、今となっては、彼女の言葉がただの見せ掛けだということも、ミーナにはわかっていたから。



「あ、貴女と友達なんてっ……友達、なんて……」

「友達なんて?」

「ど、どうしてもと仰るなら、な、なって差し上げても宜しくて……よ?」

「じゃあ、どうしてもってことで!」

 ソフィーは、もごもごと口篭り、照れたように俯く。ミーナはそんなソフィーが、何だかとても可愛い生き物に見えて仕方がなかった。



「……で、ですが別に私は……友達、なんて……必要、ありませんわ……」

(ちょっとは、元気になったのかな?)

「でも、どうしてもと仰るのですし、仕方がなく、その、シオンさんとの接点も増えるかも、あ、いえ、そんな別に私は……ってあの、聞いてますかしら?」

「ん、聞いてるよ?」

 まだどこか浮かなく見えるものの、先程よりはよほど顔色良く何かを呟き続けるソフィーを横目に、ミーナは安堵したようにふうっと息を吐くのだった。

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