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「助けて、私の子を、助けて……!」
必死な形相を浮かべ、ミーナに縋る亜人の女性。まだ二桁になったばかりの幼子に縋る女性という図は、端から見れば酷く滑稽なものに見えた。
ミーナはそんな彼女を落ち着かせようと、彼女の肩に両手を置く。
「何があったんですか……?」
「私の子が居なくなったの……! 人売りに浚われたのよ……!」
人売り。つまりは、奴隷を取り扱う商人のことだ。
奴隷は違法とされているが、どこにでも安い労働力の需要というものは存在する。そして需要があれば、供給も必然的に発生してしまう。
「それって、衛兵とかには?」
「……無理だよ、ミーナちゃん」
ミーナの問いに、後ろに居たアリアが言う。その言葉は、薄暗い響きでミーナの耳には届いた。
ミーナはハッとした表情で振り向いて、ようやく彼女の様子がおかしいことに気付いた。
「アリアちゃん……?」
「ごめん、私、気分が悪くなってきたから、休んでるね」
くるりと背を向けて、その場から逃げるように駆け出すアリア。ミーナは唖然として、その背中を見つめる。
「ミーナ、私はアリアを追いかけるわね」
「う、うん、よろしく……」
シオンの言葉に力無く頷いてから、彼女は呆然と立ち尽くした。
一体どうして、アリアがいきなりあんな態度になったのか、ミーナには理解できなかった。
「……白は、悪魔の色」
助言なのか、レグルスがぽつりと呟く。その言葉で、ようやくミーナは思い出した。
(そっか、迫害されてるんだっけ……)
住んでいた町では、白や銀を持つ者に対する迫害は無かった。そもそも白に関係するものを持つ人物など居なかったのだから、当たり前ではあるのだが。そのために、今の今まで、迫害のことなんて忘れていたミーナである。
(そりゃあ、衛兵に言っても“無理”だよね)
アリアの様子から、それは余程根深いものなのだろうと、ミーナは初めて実感した。実際のところ、アリアの態度は可愛いくらいのものと言えるのだが。
前世のあるミーナはともかくとして、シオンやレグルスが平然としていたのは、迫害が身近なものではなかったからだろう。さながら、黒人の差別など気にしたこともない、日本人のごとく。
風向きの変わったその場の雰囲気に、女性はびくびくとしながらミーナを上目で見る。ミーナは安心させるように、彼女に笑いかけた。
「あ、えっと、それって迷子とかじゃ、ないんですか?」
「違うわ!」
女性が言うには、少し目を離した隙に「お母さん」と涙交じりで呼ぶ声と共に消えてしまったのだという。
ああ、それは確かに誘拐だ。残念なことに、事件の臭いしかしない。
ミーナは覚悟を決める。危険かもしれないが、ここまで関わってしまったのだから、何もしないという選択肢は彼女の中には最早無かった。
「……わかりました。じゃあ、私が探してきます」
「ほ、本当ですか!?」
女性の必死な問いに、ミーナは頷きで答える。それから少し考えるような間を置いて、隣にいたレグルスに視線を向けた。
「ね、レグルス? 前みたいにさ、秘密にしててくれる?」
「……わかった」
良く判らないままに答えたレグルスの言葉を聞いて、そう言うと思った、なんてミーナは小さく笑う。
そして、足元にあった小石を拾ってから、女性に問いかけた。
「その子は男の子ですか?」
「あ、はい! 男の子で、髪は私と同じ薄緑で……!」
「わかりました。『検索≪サーチエンジン≫』」
ミーナが発動させたのは、文字通り何かを探すための魔法だった。ミーナが町にいた時に、どこに行ったかわからない本を探すため、一度だけ試したことがあるものだ。
最初はただの≪サーチ≫という単純な呪文で魔法を試したのだが、結果が一気に奔流のように押し寄せ、非常に辛い思いをしたため、この呪文を採用している。
とは言え、この魔法で人を探したことは無いので、ちゃんと情報を得られるかはわからなかったが。だが、誘拐だというのであれば、悠長に探している時間は無いのだ。
魔法を発動した彼女の脳裏に、どこか見覚えのある検索画面が浮かぶ。
(2件ヒット……こっちは情報が古いから、こっちかな?)
頭の中でマウスカーソルを移動させながら、情報を選択し、そして取得する。
「……よし、ビンゴ! ……かな?」
取得した情報は、6歳の男の子のものだった。
女性はビンゴという言葉の意味がわからないために、きょとんとミーナの様子を見守っている。
「……えっと、お子さんはレイドくんで合ってますか?」
「! は、はい! 合ってます!」
驚愕した様子の女性を尻目に、ミーナは更に情報を得ようと、画面をめまぐるしく変化させていく。
(……ん、どうやら眠らされて、ある家の地下室にいるみたいだね。状況的に、他にも誰か捕まってそうなんだけど……先に誘拐犯の情報調べなきゃ)
この魔法は、一回の検索ごとに魔力を消費してしまう。そのためミーナは、誘拐犯である人売りの情報を率先して得ることにした。
(……人売りは、今は外出してて、家の近くに居ないんだね。なら、助けに行くなら今か)
ミーナはそこで魔法を打ち切って、一度深呼吸する。
「今から、助けに行ってきます。ここで待っていてください」
「あ、ありがとうございます……!」
涙混じりで縋りつく女性に、ミーナは安心させるように優しげな笑顔で浮かべる。女性はいまだ不安な表情で、お願いしますお願いします、と何度も何度もミーナに頭を下げていた。
「俺も行く」
「ありがと、レグルス」
戦闘行為を行うつもりはミーナにはないけれど、それでも危険には変わりない。レグルスが着いて来てくれるのが、ミーナにはとても嬉しくて、素直にお礼を言った。
***
ミーナたちがやってきたのは、都市の外れにある空き家だった。人が離れて幾年も経つのか、空き家と言うよりは廃屋に近いたたずまいだった。
「ここか?」
「うん。……えっと、ちょっと待っててね?」
魔法を再び使い、中に誰も居ないことを検索する。大丈夫だとレグルスに頷きで伝え、二人は中に静かに立ち入った。
中はとても埃っぽく、ミーナは入った瞬間、くしゃみをしてしまう。その途端、そこら中に積み重なっていた埃がぶわりと舞った。
「うっ、げほっ……本当にここ、でいいんだよね?」
埃で涙目になったミーナが、自信なさげに言う。
「俺に聞かないでくれ」
「……ごめん」
二人はそれから家の中を探っていく。すると、すぐに埃の積もっていない不自然な床を発見した。
「ここっぽいね」
「だろうな」
レグルスがしゃがんで辺りを探る。そして見つけたらしいへこみに手を掛けて、勢い良く開いた。そこに当然のように現れたのは、地下への階段だった。
「うん、行こうか」
「いや……そうだな」
何かを言いかけたレグルスが言葉を噤む。ミーナはその様子に首を傾げてから、二人で一緒に地下に降りた。ミーナはレグルスの後ろで、彼の服の端を握りながら、恐る恐るというように階段を下っていく。
「……どうしたの?」
不意に立ち止まったレグルスが、ぺろりと指を舐める。それから、唾液で濡れた指で、壁に何かを書き始めた。
「……『光≪ライト≫』」
「あ、そっか。ありがとう」
「いや」
外からの光が届かなくなる前に、明かりを用意してくれたらしいレグルスに、ミーナは礼を言った。
二人は、一定のペースでゆっくりと降りていく。たん、たん、と辺りに響く二人の足音に、ミーナは彼の服を握る指を、僅かに震わせた。
そして、40段ほどの長い階段を一番下まで降りてきた二人が見たのは、座敷牢だった。目を凝らせば、その中に4人の子供が押し込められているのが見えた。その中の一人は、ミーナたちが探していた白い羽を持つ亜人だ。
「どうしよう……?」
牢屋には当然鍵が掛かっているようで、鍵が無ければどうにもならないようだ。ミーナは困り果てたように、眉をハの字に歪める。
(魔法で壊せるかな? ……でもあんまり規模の大きい魔法は、中の子達も傷つけそうだし)
うんうん、とミーナが悩んでいると、レグルスが口を開く。
「俺がやろう」
「え? あ、うん」
手で下がるようにと指示されて、ミーナはおずおずと後ろに下がる。
「『剣≪ソード≫』」
ポケットから取り出した魔道具を媒体として、魔力で構成された剣がレグルスの手の内に現れる。そして彼はそれを縦に一閃させた。ガキン、と言う低い金属音と共に、一瞬の内に牢の鍵が破壊されたのだった。
(うわあ……すっごい……!)
ミーナは思わず彼を見惚れていたが、すぐに子供達が気になって、慌てて中に駆け寄る。どうやら全員寝ているだけのようで、傷一つ無かった。ミーナは思わず安堵して、短く息を吐く。
「でも、これからどうしよう? 四人も運べないよね」
「起こせばいいんじゃないか」
「あ、そっか。じゃあまず、レイドくんを起こすね」
ミーナは言って、亜人の子を揺さぶって起こす。しばらく揺すっていれば、やがてその子は目を覚ました。
その少年は、ぼんやりとした目をぱちくりと瞬かせた後、ぎょっとしてミーナから距離を取る。そして、きょろきょろと辺りを窺い、ミーナに視線を戻した。
「……お姉ちゃん、誰?」
「助けに来たよ、レイドくん。お母さんが心配してる」
「ぁ! う、うん!」
こくこくと何度も頷く少年の頭を、ぽんぽんと撫でる。これでとりあえずの目標は達成だ。
「さて、他の子も起こしたいけど……」
亜人の子の白い羽を見られれば、きっとまた話がややこしくなるだろう。ミーナはそう思い、少年に問いかけた。
「ね、レイドくん、少しの間だけ、その羽の色、変えていいかな?」
「え? ……う、うん、いいよ?」
「ごめんね。んーっと、色は茶色にすればいいかな。えっと……『茶水≪ブラウンペイント≫』でいける?」
ミーナは、不安げな様子で魔法を発動させる。
すると、ぱしゃ、という水音と共に、白い羽に茶色い液体がぶちまけられた。それは見る見るうちに侵食する様に広がって行き、白い羽は綺麗な茶色に染め上げられる。
「わ、僕の羽が茶色になった! ね、ね、お姉ちゃん、これで僕もお外に遊びにいけるかな!? 石も飛んでこないよね!?」
「えっと……うん、行けるよ!」
幼い子供が口にするにはあまりにも重い問いかけに、ミーナは一瞬戸惑ってしまう。だけどすぐに、笑ってそう答えてあげた。
「レグルス、他の子も起こそう? レイドくんも、手伝ってくれる?」
「ああ」
「うん!」
三人は手分けして、他の子供達を起こす。ミーナが起こすために肩に手を掛けたのは、金髪の少年だった。歳はミーナくらいか、ミーナよりも少し上くらいだろうか。
ずっと揺さぶっていれば、やがてその少年は目を覚ます。そしてハッとした表情で、勢い良く起き上がった。その瞬間、ぱさりと、少年の頭から何かが落ちる。
(え? え?)
ミーナは下に落ちた金色を凝視し、ゆっくりと視線を上げる。そしてさあっと青ざめた。
(黒髪!? え、え、黒髪!? わ、黒目!)
金髪の下から現れた彼の髪は、黒かった。そして、瞼の下に隠れていた瞳もまた、黒かった。
それはこの国では王族の証で。
つまりこの少年は、王族なわけで。
そういえば、入学式で見た少年に、どことなく似ているような気がしなくもない、とミーナは逃避のように思う。
「……くそ、一生の不覚だ! 畜生!」
忌々しげに頭を抱え、いきなり声を荒げた王族らしき少年に、ミーナはびくりと肩を震わせる。
ああ、なんだか予想以上に面倒なことに巻き込まれているようだ。
ミーナは今更ながらに、そう思った。