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きっとよくある転生のお話  作者: れたす
きっとよくある転生のお話
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「ミーナ、朝よ、ミーナ」

「うー……やー……」

 ゆさゆさと揺らされる身体に、美奈はもにょもにょとハッキリしない声を上げ、肩にかけられた手から逃れるように寝返りを打った。

 しかし身体を揺らす手は、しつこく美奈の肩を追ってくる。



「ほら、起きなさい」

「……うー……マだ、ねムいよぅ……」

「んもう!」

 もぞもぞと布団に潜り込む美奈に、とうとう手の持ち主は強攻策に出た。彼女の潜る布団を、えいっ、と剥ぎ取ったのだ。

 布団を剥ぎ取られた美奈は、心地よい暖かさを求めて手を伸ばす。しかし手を伸ばした範囲には、美奈に天国を与えてくれるそれは無く、彼女はしぶしぶと起き上がった。



「んー……ミレイユしゃン、おハよー、ごジャまふ……」

 美奈は指で目元をこすりながら、彼女を天国と引き離した手の持ち主である、母ミレイユに挨拶をする。寝起きで口が回らず非常に舌足らずな声だが、いつものことなのでお互い気にした様子はない。



「こーら。お母さん、でしょ?」

 ミレイユは耳にかかる青い髪を掻き上げてから、両手を腰に当てて少し怒ったような口調で言う。美奈は僅かに肩を震わせてから、ぺこりと頭を下げた。



「……ごメ、ナしゃい……」

「よろしい。水はそこに用意してあるから、早く顔を洗いなさいな」

「……あーい……」

 ベッドから抜け出し、美奈はふらふらと歩き出す。

 そして、“空中に浮かぶ水の球”で、寝ぼけながら顔をばしゃばしゃと洗った。母が作った魔道具から放出され浮かぶそれは、程よい温かさで、気持ちいい。

 ミレイユは口元に笑みを浮かべそれを見守っていたが、やがて美奈に「すぐご飯だからね」と言い残し、部屋から出ていった。



「ふあー……」

 タオルで水気を取った美奈は、ようやく意識が完全に覚醒したのか、弛緩しきった息を吐く。



(……また、やってしまった)

 そうして美奈は、内心で頭を抱えた。

 また彼女のことを“ミレイユさん”と呼んでしまった、と。

 普段はちゃんと彼女のことをお母さんと呼んでいるのだが、寝ぼけている時などに時たま出てしまうのだ。



(私がまだ、“美奈でいたい”と思うのは自由だけど……それをあの二人に知られちゃいけないのに)

 美奈がこの世界に生を受けてから六年と一月。

 彼女の意識は、いまだに“美奈”のままだった。

 一年が地球と比べれば短いとは言え、それでも決して短くない時間を彼女はミーナとして過ごしているのにも関わらず。

 彼女は、頑なに“美奈”を貫いていた。



 転生してからしばらくは、美奈にとって地獄のような日々が続いた。

 満足に動かない身体の中で、呪文にしか聞こえない言葉に囲まれ、魔法という彼女からすれば異質でしかないものに囲まれ、そして両親という見ず知らずの人たちに囲まれる。

 たとえミーナの両親がとても優しく、暖かな存在だったとしても、美奈にとってそこは、精神的にも、肉体的にも、酷く耐え難い環境だった。


 苦痛に続く苦痛に、ここは正に地獄なのだと、美奈は毎日のように思った。

 どうして自我を保ったまま転生したのかは知らないが、出来ることならば記憶を失わせてほしかった。そして、まっさらなミーナとして、あの優しい人たちの本当の子供になれれば、と何度も繰り返し願った。それが私にとっても、あの二人にとっても、最良だと。


 だが、美奈は美奈のまま、何年も過ごすことになった。記憶は失うことが出来ず、ただただ、恐怖と苦痛の中で彼女は生きた。


 それでも彼女は、たった一つの言葉を支えにして、その地獄を耐えた。

 両親に呼ばれる、美奈に良く似た“ミーナ”という名前。

 その名前を呼ばれる時だけは、美奈でいていいのだと思うことが出来た。その美奈に良く似た響きだけが、美奈という存在を肯定している気がしたからだ。

 たとえ美奈の思い込みだったとしても、彼女にとってはそれが真実だった。

 だから、彼女はそれだけを支えにして、日々を過ごしていた。



 それから六年経った今、美奈は何故あんなに怯えていたのかわからなくなるくらいには、この世界に慣れていた。

 魔法という存在にあまり驚かなくなったし、言葉もカタコトながらも喋れるようになった。

 美奈を愛してくれる両親に、心からの親愛の情を向けるようにもなった。



 それでも。

 美奈は、美奈のままだった。ミーナになりきれない、美奈のままだった。



「ハァ……」

 小さな溜息を吐いた美奈は、気を取り直して身支度を始めた。

 鏡に向かい、肩甲骨の下まである鮮やかなスカイブルーの髪を整え、いつもと同じように二つ分けで花のついた髪飾りでくくる。ちなみにこの髪飾りは、父セルジュの作品だ。革で作られた小さな花はとても可愛らしくて、美奈のお気に入りであった。



「こレで、ヨしっと。あサご飯だカら、行かナきゃ」

 準備を終えた美奈は、両親が待つリビングに向かうことにする。


 ちなみに美奈の発音は少し……いや、かなり変ではあるが、彼女は急いで直すつもりはなかった。

 未だに慣れない発音だからこうなってしまうのであって、もう少し経てばもっとマシになっていくだろう、と思っているからだ。

 両親も、美奈の発音を強制的に直させるようなことはしなかった。発音が悪くとも最悪意味は通じるし、六歳にしては思考がしっかりしている。今ここで強制的に抑圧して、自由の芽を潰させるような真似はしたくなかったのだ。



「おカあさン、おトうさン、おハようごザいます!」

「ああ、お早うミーナ」

 美奈がキッチンに行くと、セルジュが両手を広げて美奈を迎える。美奈はえへへ、と照れくさそうに笑いながら、彼の腕の中に飛び込んだ。セルジュの鮮やかな黄色い髪が頬に当たってくすぐったいのか、美奈は腕の中で笑いながら身を捩る。

 セルジュはそんな我が子が愛しくてしょうがないというように、美奈の柔らかい髪をわしゃわしゃと撫でまくった。



「やー! おトうさン、髪クずれるー!」

 美奈は頭を抑えながら、ぷんぷん、という擬音が良く似合う仕草で怒る。しかしセルジュは美奈の言葉など無視するかのように、彼女の頭を撫でた。



「ははは、もっとやってやるぞー!」

「やーダー! せっカく整エたのにー!」

「あなた! もうすぐご飯なんだから、遊ばないの!」

「す、すまん……」

 ミレイユの一喝に、セルジュがしょぼんと肩を落とす。



「おトうさンが、おカあさンに怒ラれたー、怒ラれたー!」

 落ち込んだ様子のセルジュに、美奈は笑ってトドメを刺すのだった。



 それからしばらく、セルジュの腕の中できゃっきゃと笑う美奈。そんな彼女に、セルジュは頬を緩ませ、今度は優しく髪を掻き撫でた。



「ミーナ、あなた、ご飯の準備が出来ましたよ」

「お、そうか」

 ミレイユの言葉に、じゃれあっていた美奈はセルジュから離れ、ミレイユの隣にある子供用の椅子によじのぼって座る。二人は彼女が落ちないかとハラハラしていたが、やがてほっとしたように息を吐いた。



「じゃあ、頂きましょう。今日も黒の天使に感謝を」

「今日も黒の天使に感謝を」

 三人で同じ言葉を唱える。

 そして、美奈は一人心の中で、いただきます、と唱えた。



 ちなみに、“今日も黒の天使に感謝を”とは、日本で言う「いただきます」とほぼ同じものだった。

 何故、黒の天使なのかというと、この世界には「黒天使の伝承」というものが伝わっているのだ。


 その内容はこうだ。



『遥か昔、天の国からこの地に、天使が舞い降りた。

 その天使は、黒の髪と瞳を持っていた。

 それは何にも染まることのない、尊い色だった。

 黒の天使は、神の国のことばを紡いだ。

 その印と声で、炎を喚び、水を操り、雷を唸らせ、数多の奇跡を起こした。

 黒の天使は、こう言った。

 「私はあなたに、祝福を与えましょう。あなたの未来が、幸せであるように」

 天使は私たちに天の国のことばを伝え、そして空に還っていったのだ。』



 美奈は最初、地球にもよくある神話の類だと思ったのだが、この伝承は実際にあったことだと言われていた。

 何故なら、黒髪黒目はこの大陸にある殆どの国で王族の証とされているし、伝承の中の“神の国のことば”が、現在使われている魔法だと言われているからだ。

 また、この伝承があるためか、“黒は天使の色、白は悪魔の色”と言われ、白髪や銀髪は迫害や差別の対象になっていた。


 最初、どうして白が悪魔の色なのか理解できなかった美奈だが、「人は歳を取ると髪が白くなるでしょう。あれは悪魔が連れて行こうとしているからなのよ」と聞かされ、思わず納得してしまった。



 さて、話を彼女たちの食事に戻そう。



「コれから食べル!」

 美奈はそう言って、ミレイユの作った料理に手をつける。それは前世でいうオムレツに良く似たものだった。

 ただし食材はタマゴではなく、タマゴに良く似た“ビアウ・マイの実”というものらしい。通常マイの実と呼ばれるそれは、栄養価もそれなりに高く、マイの木も繁殖力が高いため、庶民は良く口にする。



「んー! おイしい、おカあさン!」

 彼女の料理はいつもと変わらず、良く言えば“素材の味を生かした料理”、悪く言えば“僅かな塩で味付けされた料理”だった。

 ただし、ミレイユが特別料理下手というわけではない。この世界では塩や砂糖などの調味料が貴重なため、殆どの場合は素材そのままやほんの少しの塩と共に食べるのが普通なのだ。

 美奈も最初は慣れなかったが、今では素材の味が良くわかるこっちの食べ方のほうが好きなくらい……と言ってしまえばやはり嘘になるが、普通に食べられるようにはなっていた。時たま味の濃いジャンクフードやスナック菓子が食べたくなったりはするけれど。



「よかったわ。ミーナ、どんどん食べなさいね」

「うン!」

 そうして和やかに、朝食の時間は過ぎていくのだった。



 ***



「……うー、やッぱ寒イな……」

 朝食の後、言葉の勉強も兼ねて部屋の中で絵本を読んでいた美奈は、身を襲う寒さにぶるりと震える。


 この世界は、一日が25時間、一月が60日、一年が四ヶ月+αだ。月はそれぞれ、桃春とうしゅんの月、緑夏りょくかの月、赤秋せきしゅうの月、青冬せいとうの月、と呼ばれている。

 そして青冬の月の後、黒の日と呼ばれる年末年始の期間が五日間ある。美奈の住む国――ウィーン帝国では、その五日間に盛大な感謝祭が開かれたりもする。



 そして今日は、青冬の月24日。この辺りは雪が降らない地域ではあったが、暖房のない美奈の部屋では充分に寒かった。



(お母さんが昔通っていたリナキス学園とかいう学校では、雪が沢山降って綺麗だったって言ってたなあ……。沢山の雪、見てみたいかも)

 前世でも、殆ど雪の降らない地域に住んでいた美奈は、そんなことを思う。



「っ、くしっ!」

 美奈がぼんやりとしている内に、どうやら寒さが身体の芯まで染み渡ってしまったらしい。彼女の口から、大きなくしゃみが漏れた。

 寒さを我慢できなくなった美奈は、暖炉のあるリビングに避難すべく移動を開始する。



「ごめんくださーい!」

 と、リビングに向かう途中で、裏口から可愛い声が聞こえてきた。それは美奈も良く知る声だったので、彼女は本を持ったまま声の方へと向かう。



「はイはーい。シオン、どシたの?」

 美奈が裏口の戸を開けると、そこには、背中の中ほどまで伸びたふわふわの金髪と、フリルのあしらわれたスカートを揺らし、両手で麻袋を抱えるシオンがいた。シオンは美奈の一つ上で、母親同士が仲の良い幼馴染だ。

 シオンが持つ麻袋は、何が入っているのか大きく膨らんでおり、美奈は思わずそれに視線を向けてしまう。


 シオンは美奈が玄関から出てきた瞬間、嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。



「あ、こんにちはミーナ! えっと、これお母さんが持っていきなさいって」

 そう言ってシオンが袋を開ける。中には、リンゴが山のように入っていた。



「わ、すゴいすゴーい! ありがトう、シオン! シオンのおカあさンにも、お礼いッておいテ?」

 美奈は喜んで、手に持っていた本を玄関近くの棚に置いてから、その麻袋を受け取る。



「わかった、伝えておくわね」

「よろシくね!」

「じゃあ、用事はこれだけだから。またね!」

「うん、まタね!」

 シオンがくるりと背を向け去っていくのを、美奈は手を振って見えなくなるまでずっと見守っていた。



(わーい、果物だ! お母さんにリンゴパイ焼いてもらおう!)

 美奈はうきうきと心を弾ませながら、リンゴの山をキッチンまで運んでいくのだった。

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