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きっとよくある転生のお話  作者: れたす
きっとよくある転生のお話
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 赤秋の月、19日。

 レグルスと話していたミーナの後ろに、影が現れた。レグルスが、危ない、と言い掛けたのだが結局間に合わず、その影はミーナに襲い掛かる。



「ミーナぁあ!」

「わひゃあ!」

 後ろからとびかかってきた涙声のシオンに、ミーナは情けない悲鳴を上げて飛び上がった。

 レグルスは開きかけた口を閉じ、二人のやりとりを黙って見守ることにする。



「シオン!? ど、どうしたの!?」

「聞いてよぉ、ミーナぁ!」

 シオンは、縋るようにミーナの服の袖を握る。

 あまりにもらしくない態度に、ミーナは真剣な表情でシオンに向き合った。



「……どうしたの、シオン?」

「私、リナキス学園に行くことになったの」

「へ?」

 シオンの言葉に、ミーナはきょとんと目を丸くする。そして頭から、リナキス学園についての知識を引っ張り出した。



(えっと、リナキス学園ってお母さんの母校で、魔法の学校だったよね?)

 どれだけ思い出そうとしても、それ以上のことは出てこなかったが、それだけ知っていれば会話には困らないだろう。ミーナはそう判断して口を開く。



「でも、何でシオンが? 魔法に興味ないみたいだったのに」

 ミーナが首を傾げ、シオンに問いかける。彼女が疑問に思うのも、当然だろう。


 シオンは、ミーナが魔法を練習している傍ら、いつも応援しながら見ているのが常だった。少しでも興味があれば……むしろ興味がなかったとしても、ミーナがやっているというだけで興味の対象になりそうなものだが、シオンは見ているだけだったのだ。


 シオンは、どこか悲しそうに笑い、小さく溜息を吐く。



「別に、魔法に興味がないわけじゃなかったわ。でもお母さんに、魔法だけは駄目って言われてたのよ。あの、何を見てもにこにこと笑っているような人が、それだけは駄目って言ったのよ? だから、魔法だけは手を出さないでおこうって思ってたの。何か理由があるはずだからって。……きっと、知ってたんだわ。私の、魔力のこと」

「魔力の?」

 唐突にシオンの口から出たその単語に、ミーナは首を傾げる。そこで黙って聞いていたレグルスが、思わず、と言った様子で口を開いた。



「……魔力特待生か」

 シオンは、レグルスの言葉に悔しげに頷いた。レグルスはその肯定に、何か考えるように俯く。



「魔力特待生、ってなに?」

「……私も知らなかったんだけど、強い魔力を持った人間は、リナキス学園に絶対通わなくちゃならないみたいなの」

「……強い、というよりは、規格外な、と言ったほうが正しい。人が持つ魔力の平均値の、千倍近い魔力を持っていなければ、魔力特待生制度には適応されない」

「千倍!?」

 レグルスの補足に、ミーナから思い切り裏返った声が上がる。聞かされたその数字は、数値としては想像できるが、自分の持つ魔力の感覚を考えると全く想像もつかなかいものだった。



「ええっと、つまりはシオンに、普通の人の、千倍の魔力があるってこと?」

「そういうことみたい。……ああもうっ、あのクソ女! この事態どうしてくれんのよ! もうっ!」

(クソ女!?)

 吐き捨てるようなシオンの言葉に、ミーナはぎょっと目を見開く。いつものシオンからは絶対に考えられない言い草に、一体帝都で何があったのかと、ミーナは戦々恐々とした。


 シオンはあらぬ方を向いて、しばらく肩をいからせていたが、やがて諦観したように深い溜息を吐いた。そして、改めてミーナに向き直る。



「……ミーナ、お願い。一緒にリナキスに行きましょう? ……私、ミーナと離れたくない」

 学園のことを聞いた時から、きっとそう請われるのだろう、とミーナは思っていた。そうじゃなければ、シオンは涙交じりになってまでこんなことを訴えないだろうから。



「……一日だけ、待って」

 だけど、即答は出来なかった。

 ミーナ自身、魔法学園には興味があったため、学園に通うこと自体を否と言うつもりはない。シオンの気持ちを考えれば、即答してしまいたいくらいだ。


 だけどこれは、決して一人で決められることではないのだ。学園に行くには、当然お金だってかかる。それに、通うためにはこの町を、親元を、ミレイユとセルジュの元を離れなくてはいけない。



「……うん、待ってる」

 シオンもミーナの答えがわかっていたのか、どこか複雑な笑顔で言う。

 たとえ幼馴染だからって、何よりも優先されるべきものではない。それはシオンだってわかっている。だけど、本音としては即答して欲しかった。決して言葉にはしないけれど。



「……ごめんね」

「ううん、いいの。いきなり言われたって、困るに決まってるもの」

 ミーナが困り顔で、心底申し訳なさそうに言う。

 シオンはそんな彼女の手を取って、ぎゅ、と両手で包んだ。



「ミーナ、私のことは考えずに決めてね。一緒に行こうって言った私が言うのも違う気がするけど……でも、自分の意思だけで決めて欲しい」

「うん、わかってる」

 シオンの真剣な瞳を見つめ、ミーナは頷く。しばらく二人は見詰め合っていたが、どちらともなく手を解き、すっと身を離した。



「レグルスはどうするの? ……聞くまでもないかもしれないけど」

「いや……俺も少し、考える」

「え!?」

 レグルスは孤児院の子供であり、当然そんなものに興味を示すはずがないと思っていたシオンだったが、思わぬ言葉にあからさまに驚いた反応をしてしまう。レグルスはその態度に気を害した様子もなく、やはりいつもの無表情であった。


 そして、三人とも無言になってしまう。

 気まずくなったミーナが、やがて口を開いた。



「……えっと、じゃあ、私帰るね。明日のお昼頃、いつものところに集まろう?」

「ええ、そうしましょう」

「わかった」

 三人は、そう言って別れる。

 シオンだけはその場に残って二人の背を見送っていたが、やがて寂しそうな表情を浮かべて帰っていった。



 ***



「ミーナが行きたいのなら、僕は止めないよ」

「私は、反対よ」

 ミーナは目を丸くして、そんな二人の言葉を受け止める。だが、予想外な言葉に、ほんの少し戸惑ってしまっていた。

 ミーナの予想であれば、ミレイユは賛成し、セルジュが止めるのだろうと思っていた。そして父親のセルジュであれば、説得は容易だろうと、そう軽く考えていた。

 しかし、実際は逆。ミーナは内心で戸惑いながら、ミレイユに問いかける。



「……どうして、お母さん?」

「だってミーナは、シオンちゃんに誘われたからリナキス学園に行きたいんでしょう?」

「そんなことない! ちゃんと、魔法を習いたいって思ってる!」

「なら私が教えてあげるわ。魔法に関してだけは優秀だったから、不足はないはずよ。それでいいでしょう?」

「……っ」

 厳しい母の言葉に、ミーナは狼狽して口を噤む。確かに、魔法の勉強だけであれば、ミレイユに教えてもらえば事足りるだろう。

 魔法を勉強したい。その理由だけでは、彼女を説得するには理由が足りなすぎた。


 ミーナはうろたえながら、それでも言葉を尽くして母を説得しようとする。



「でも、お母さんの知らない魔法だって知りたいもん!」

「それなら、今じゃなくてもいいはずよ。私のところであと数年学んでから、入試を受けなさい」

 リナキス学園の入試は、九歳~十四歳までの子供が受けられるものだ。成人が十五歳なので、その前に学園に入るのが決まりとなっている。そして卒業時には成人していることが条件だ。

 それを考えれば、ミレイユの言葉は当然と言える提案だった。というより、もうすぐ九歳になるミーナが試験を受けることの方が、この世界の常識に照らし合わせると無謀と言える。この年代での一年の差は、とても大きいものなのだから。

 とはいえ、“美奈”の経験があるミーナであれば、決して無謀にはならないだろうが。



「でも、それじゃあ……」

 意味がない。そんな言葉を、ミーナはぐっと呑みこむ。

 ミーナは泣きそうだった。ミレイユの言うことは正論で、ミーナでは反論のしようがない。

 ここで反論するには、シオンを持ち出すしかない。そしてシオンと一緒じゃなければと、訴えるしかない。けれど、それを持ち出すことは出来ない。だって、シオンと約束したのだから。自分の意思で決めるのだと。



「ミーナ、良く考えなさい」

 ぴしゃりとそれだけ言って、ミレイユはミーナに背を向けた。



 ***



 ミーナは落ち込んでいた。自室のベッドに腰掛けながら、はあ、と溜息を吐く。



(どう、しよう……)

 ミレイユの言葉は正論すぎて、ミーナは酷く打ちのめされていた。

 ミーナにとって、学校という空間は、あって当然のものだった。行くことが当たり前で、特別な目的がなかったとしても、友人とお喋りするために向かう場所。それが、ミーナの認識だった。


 でも、この世界では違う。学校とは、この国の未来を負う貴族や、平民の中でも優秀な人間が目的を持って通う場所。シオンのように通うことを強制され、特に目的も無く過ごす人間もいるが、それは稀だ。



(……行きたいか行きたくないかって言われたら、行きたい。でも、どうしてって言われると、説明できない……)

 魔法のこともある。シオンのこともある。だけど、前者はここでも足りるし、後者は自分のことじゃない。

 人を理由にするのは、きっと良くないのだろう。でもいくら考えたところで、魔法関係を除けば、ミーナの目的はそれに集約されてしまう。シオンと一緒に居たい。たった、それだけの理由に。



(……それじゃあ、駄目なのかな?)

 シオンとは、自分の意思で決めると約束した。だから、シオンのことは持ち出してはいけないと、シオンと一緒にいたいという言葉は、飲み込んだ。

 だけどそれは、本当に自分の意思としてなりえないのだろうか。



(私だって、シオンと一緒にいたいもの。離れたくないもの)

 だって、ミーナとシオンは、幼い頃からずっとずっと一緒に居たのだから。

 だったら、一緒にいたいというのは、立派な理由になるのではないだろうか。



(私は私の意志で、シオンと一緒にいるために、試験を受けたい……!)

 シオンに請われたからではなく。

 自分自身が、シオンと一緒に居たいから。

 そんなちっぽけなものでも、理由は理由だ。自分の意思で決めた、理由だ。



 ミーナは勢い良く立ち上がる。

 そしてその勢いのまま、ミレイユのところに走った。



「お母さんっ! あのね!」

「あら、ミーナ、早かったわね。今月末の試験、頑張りなさいよ?」

「へ?」

 そんなあっさりとした言葉に、ミーナはぽかんと口を開け広げる。

 何を言われたのかわからなくて、ミーナは困惑の極みの中で挙動不審になってしまう。

 そんなミーナを、ソファーに座るセルジュが、微笑ましいものを見る目で見守っている。



「え? え? お母さん、どういうこと?」

「だから、頑張ってきなさいよ、って。シオンちゃんのためじゃなくて、自分のために、行きたいんでしょう?」

 その言葉に、ミーナはその場にへなへなと崩れ落ちる。

 全て見抜かれていた。そんな思考が、呆然とする彼女の中でぐるぐると回る。

 ミレイユは座り込んでしまったミーナを優しく立たせ、彼女の目を覗き込んだ。



「……人のためにって言う人ほどね、自分が辛くなった時に矛先をそっちに向けるものなのよ」

 ミレイユのそんな言葉は、ミーナにも理解できた。全てが全て、そういうわけじゃないだろうけれど、確かにそんな人もいるだろう。



「だからミーナは、全てを自分のために行いなさい。自分勝手に、過ごしなさい。自分勝手の結果、人に迷惑をかけたら、誠心誠意謝りなさい。自分勝手で誰かを助けることになったら、それはとても素敵なことだけど、それは勝手にやったことなんだから、謝礼なんか求めては駄目よ?」

 ミレイユの言葉に、ミーナはうんと頷く。

 自分勝手。彼女はその言葉を、自分の心の中にしっかりと刻み付けた。



「お金のことは気にしなくても大丈夫よ、精一杯頑張ってきなさい。……でも、ミーナなら特待生になれると思うわ。何と言っても、私の娘だもの」

 ミレイユは、ミーナの頭を撫で、静かに微笑む。

 ミーナは少しだけつん、と喉の奥が痛くなったけれど、何も言わずに頷いた。

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