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【証拠はいらない】着飾るのをやめたら、私が消える気がした

作者: Wataru
掲載日:2026/01/27

相談者は、三十代後半の女性だった。


姿勢はいい。

髪も爪も、服の端まで整っている。

ただ――椅子に座ってから一度も、背中を預けなかった。


「債務整理の相談です」


「金額は?」


「……七十万ほどです」


致命的ではない。

だが、軽くもない。


「理由は?」


少し間があった。


「……生活費です」


続きを待つ。


「正確には」

「化粧品と、服と……美容代」


「やめられなくて」


「借りてまで?」


「はい」


俺は書類を閉じた。


「返せない額じゃない」


「……分かってます」


「じゃあ聞く」

「やめたら?」


彼女の指先が止まった。


「……怖いです」


「何が?」


「全部やめたら」

「私が、消える気がして」


「誰に?」


「……分かりません」


「今のまま続けたら?」


「また借ります」


「終わりは?」


「ないです」


沈黙。


「なあ」

「着飾ってない時間も、生きてきただろ」


彼女の喉が動く。


「その時」

「消えてたか?」


首を振る。


「だろ」


俺は窓の外を見る。


「消えるのが怖いんじゃない」

「一人になるのが怖いだけだ」


「……」


「金の話に戻す」

「この額なら」

「逃げずに返せる」


「でも……」


「一気にやめるな」

「壊れる」


「……はい」


「減らせ」

「守らなくても平気な日を」

「一日でいい」


長い沈黙のあと、彼女は息を吐いた。


「……それでも」

「不安になったら?」


少し考える。


「ここに来てもいい」

「茶ぐらいなら出す」


彼女は、ほんの少し笑った。


「……証拠」

「いりませんでした」


「ああ」


「私が消えないって」

「もう、分かってたみたいです」


ドアが閉まる。


事務所は静かだ。


着飾らなくても、

守らなくても、

人は、案外しぶとい。


しばらくして、背後から声が落ちる。


「……消えちゃうのを、怖がってる人が多い」


俺は窓の外を見たまま答える。


「消えない奴ばっかだ」


「へえ」


「守り方を間違えてただけだ」


相棒はそれ以上、何も言わなかった。


それで十分だった。


――

着飾らなくても、

守らなくても、

人は生きている。


だから――

もう、証拠はいらない。

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