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第5話 ~第二グループの結末~

召喚の翌日、エラリアには穏やかな午後が訪れていた。空は徐々に本来の姿を取り戻しつつあったが、召喚の痕跡は未だに消えていない。英雄たちを招き入れた儀式の残滓ざんしである紫がかった雲が、王都の上空をゆっくりと流れていた。巫女によれば、この現象は比較的無害な二次的影響に過ぎず、空が完全に元通りになるには数週間を要するという。


第一グループの生徒たちは、謁見えっけんの間へと続く巨大な扉の前に集まっていた。彼らはこの世界の礼法に合わせた、より厳かな装いに着替えている。重厚な扉の向こうには、沈黙を守る威厳ある近衛騎士団に守られた国王と王妃が座していた。彼らに付き添うアウレリアもまた、その列の中に身を置いていた。


一方で、ダヴァン卿の姿はなかった。彼にはすでに別の任務があった。未来の英雄たちの訓練を任された者に休息などほとんどないが、その実力は誰もが認めるものだった。彼の指導下であれば、ただの兵士ですら驚異的なレベルに到達できる。ならば、異世界から召喚された英雄たちは、それ以上の高みへと至るポテンシャルを秘めているはずだった。訓練には数ヶ月を要するだろう。英雄という肩書きこそあれ、彼らは戦場の現実を知らない日本の高校生に過ぎないのだから。


待ち時間が長引くにつれ、生徒たちの間には焦燥感が広がり始めた。扉の向こうで何が待ち受けているのか。廊下で待たされること、すでに三十分。明確な説明はなく、アウレリアもただ「もうすぐです」と繰り返すだけだった。


昨夜、彼らは城内にある個室で夜を過ごした。それは現実離れした贅を尽くした部屋だった。広々として豪華な装飾が施された空間は、彼らの知る世界とはかけ離れている。生徒三十人全員に個室を与えるという事実だけでも、彼らがどれほど重要視されているかの証左であった。しかし、その快適さの中でも一部の者には不安がくすぶっていた。第二グループの不在は、誰の目にも明らかだったからだ。誰もが口に出すことをためらいながら、互いに視線を交わし合っていた。


ゆうなは、自身の不安を隠しきれずにいた。心は重く、意識はどこか遠くへ向いている。ひかりの姿が脳裏から離れず、時間が経つほどに嫌な予感が彼女の中で膨らんでいた。


永遠とも思える待ち時間の後、ついに巨大な扉が開かれた。荘厳な軋みを上げて現れたのは、謁見の間。生徒たちは一斉に歩みを進め、磨き上げられた床に足音が反響する。圧倒されるほど広大な空間が、一瞬にして空気を重く変えた。


階段の最上段には、威風堂々とした椅子に腰掛ける一人の男がいた。精巧な装飾が施された金の王冠を戴き、長いマントを羽織った高貴な装束を身に纏っている。年齢を重ねてはいるが、髪にはまだ黒い色が残り、その顔立ちは生徒たちの想像よりも穏やかだった。その隣には、息を呑むほど美しい女性が座っていた。澄んだ青い瞳と、雪のような白髪。純白のドレスは彼女の髪と溶け合うようで、慈愛と静謐せいひつな印象を際立たせている。この国の国王と王妃であることに疑いの余地はなかった。


王妃の傍らには、少し後ろに控えつつも背筋を伸ばした少女がいた。生徒たちよりも年下に見えるが、彼女が纏う鮮やかな赤いドレスは、王妃の白とは対照的に強烈な存在感を放っている。気高きオーラを放つその姿は、自然と周囲の目を引きつけた。


一行はさらに数歩進み、玉座へと続く階段の数メートル手前で足を止めた。指示を待つまでもなく、全員がこの瞬間の重みを感じ取り、深く頭を下げた。世界を統べる者たちを前に、誰もが息を呑むような沈黙が流れた。


王が軽く咳払いをすると、そのわずかな音だけで広間に完全な静寂が訪れた。


「異世界より来たりし選ばれし者たちよ。私はこの国を治める王、グラリウム・ドム・ザティッチである。こちらは妻のゼルダ、そして第四王女のリメナだ」


王は隣に座る女性を穏やかな仕草で示した。彼女の穏やかな眼差しと慈愛に満ちた表情には深い知性が宿り、王国の重責を感じさせないほどの気品に溢れていた。そして赤いドレスの少女、リメナは、誇り高く背筋を伸ばし、抑えきれない好奇心を瞳に宿しながら英雄たちを見つめていた。


「我々の窮状を理解しようとしてくれたことに感謝する。そなたたちの来訪は、単なる希望ではない。この世界を救う鍵となるのだ」


王は言葉を一度切り、依然として揺るぎない声で続けた。


「これからの二ヶ月間、諸君らには集中的な訓練を受けてもらう。戦闘系の職業クラスの者は、すでに面識のあるダヴァン卿が担当する。魔法への適性がある者は、宮廷魔導師ザタリが導くことになろう」


その名が出た瞬間、生徒たちの間で小さなざわめきが起こった。以前、巫女から聞かされていた名だ。ザタリはこの時代で最高の魔導師と称えられている。力任せの魔法ではなく、魔力の法則をほぼ完璧に理解しており、その実力は他国からも畏敬の念を抱かれるほどだという。


次の話題に移ると、王の眼差しはわずかに曇り、広間の静寂はいっそう重みを増した。


「魔王は、対峙する者の魂や意識さえも変貌させる恐ろしい敵だ。だからこそ、諸君らの準備が最優先なのだ。わずかな過ちも許されない。無論、諸君らだけで戦わせることはない。我が王国の数千の騎士と魔導師たちが諸君の傍に立つ。


さらに、我々は現在、他の十九カ国と同盟を結んでいる。交渉中の国が四つ、近く接触する予定の国が八つある。最終的には、百万を超える冒険者を動員する計画だ。このプロジェクトは『ワールド・アライアンス(世界連合)』と呼ばれ、我が王国はその中心的な柱となっている」


この発表は、生徒たちにいくばくかの安堵をもたらした。自分たちだけで戦争の重荷を背負うのではないと知り、重圧が少しだけ和らいだのだ。漫画やアニメでは、勇者一行とわずかな仲間だけで魔王軍に挑むという非論理的な展開も多いが、この現実は違った。しかし、連合の規模がどれほど大きくとも、魔王の力に関する王の言葉は、彼らの心に冷たい震えを走らせた。


「諸君らの準備を円滑に進めるため、王国内の特権と施設の使用を許可しよう。さて、何か発言したいことがあれば、代表者が前に出て話すがよい」


列の中に微かな囁きが広がり、やがて静まり返った。数秒の躊躇の後、一人の少年が前へ出た。彼は王とその家族の前で立ち止まると、深く頭を下げた。顔を上げ、静かに息を吸い込むと、グループの代表として口を開いた。


「私の名は星野ほしの 彼方かなた。陛下、お言葉は理解いたしました。心より感謝申し上げます。……ですが、一つだけ気になることがございます」


彼方は顔を上げ、真剣で決然とした眼差しを向けた。


「仲間の数名がここにおりません。彼らに何が起きたのか、教えていただけますか?」


彼は不安を隠そうとはしなかった。その質問の裏には、口に出すのをためらうような疑念が隠されていた。「無能」と判断された者が切り捨てられたのではないか、という疑いだ。


王は一瞬沈黙し、小さく溜息をついた。その視線は、言葉の一つひとつを吟味するように鋭くなった。


「そのことについては……私自身の口から伝えようと決めていた」


不穏な空気が瞬時に生徒たちの間に広がった。


魔力マナとの適合不全は、毎年数千人の命を奪う。その犠牲者の約八割は新生児だ。不幸なことに、勇者という身分であっても、この現象から逃れることはできない。体が周囲の魔力に耐えられなければ、やがて崩壊してしまうのだ」


生徒たちは凍りついた。説明がどの方向に向かっているのかを悟り、表情が強張る。拳を握りしめる者、反応することすらできず立ち尽くす者。


「現在のところ、この状態を治療する術はない。原因そのものが魔力に起因するため、回復スキルですら効果がないのだ」


王は言葉を切り、さらに重苦しい声で続けた。


「諸君らを分けたのは、解決策を見つける希望があったからだ。……だが、誰一人として生き残ることはできなかった。彼らは昨夜、全員息を引き取った。心からお悔やみ申し上げる」


音のない衝撃がグループを襲った。その場ですぐに叫ぶ者も、泣き崩れる者もいなかった。彼方自身も、確かな証拠なしには信じられず、硬直していた。この拭いきれない疑念を晴らすには、確信が必要だった。


その中で、ゆうなはうつむいたままだった。何も言わず、動かず、その意識はすでに別の場所にあるかのようだった。


謁見はその後すぐに終了した。生徒たちは城のすぐ側にある別棟へと案内された。王宮の壮麗さとは対照的な、地味でひっそりとした建物。その内部は冷たく重苦しい空気が漂い、まるで解剖室のような雰囲気を醸し出していた。


床の上には、十二の遺体が並べられ、それぞれが白い布で覆われていた。


誰も近づこうとはしなかった。目を背ける者、これから起こることに怯え、立ち尽くす者。その時、一人の人影が群衆をかき分け、躊躇なく前へと踏み出した。誰かが「おい……」と止めようと手を伸ばしたが、すぐにその手を力なく下ろした。


「この魔力不適合の顕著な兆候の一つは……」巫女が震える声で説明を付け加えた。「犠牲者の髪が、真っ白に変色してしまうことです」


ゆうなはその遺体の一つを前に膝をついた。誰の目も見なかった。ゆっくりと、まるで壊れ物を扱うように、顔を覆っていた布をわずかに持ち上げた。 そこにいたのは、ひかりだった。


彼女の髪は、根元から完全に白く染まっていた。床に涙が一滴、零れ落ちる。ゆうなは力なく、壊れてしまいそうな微笑みを浮かべると、もう届くはずのない言葉を囁いた。


「ごめんね……ひかり。私、あなたを守れなかった。お願い、許して……」


震える手が、友人の冷たく青白い顔に触れた。肌は氷のように冷え切っていたが、それでもゆうなにはそこに、見慣れた面影が宿っているように見えた。その表情は現実離れした悲しみに満ちていたが、微かな、今にも消えそうな微笑みが残っていた。


「どこにいても……あなたにとって、そこは毒でしかなかった。みんな、あなたのことを嫌っていたわ。例外なく全員。……でも私は、もう一度やり直したかった。たった一度でいいから。ねえ、ひかり……この異世界なら、私たちの人生をやり直せたのかな?」


涙は溢れ出し、顎を伝って床へと滴り落ちる。それでも、彼女の笑みはさらに深まった。悲しみに完全に支配されるのを拒むかのような、痛々しくも真摯な微笑みだった。


「ありがとう……今まで、本当にありがとう。安らかに眠ってね、ひかり」


彼女はそっと布を下ろし、白くなった顔を再び覆い隠すと、振り返ることなく立ち上がった。彼女の足は部屋の外へと向かい、死の冷たく淀んだ空気から遠ざかった。外に出ると、彼女は湿った芝生の上に座り込み、建物の壁に背を預けた。時間が経つのを忘れるほど、重苦しい静寂の中で数時間が過ぎていった。


やがて、**彼方かなた**も外へ出てくると、彼女の側で足を止めた。


「……それで」

「みんな、あの中にいるわ。他の人の遺体は見なくていいの?」

「ひかりのはもう見た。一人一人確認する必要はないだろ」

「変な子ね」


彼方は部屋の中の不快な空気を振り払うように、腕を上げて少し背伸びをした。 「私……間違っていたみたい」 彼は、この重苦しい空気の中でも少しでも楽な姿勢を探すように、彼女の隣に腰を下ろした。


「何がだ?」

「王国が、意図的に彼らを排除したんだと思っていたの」

「ああ……。で、どうして考えを変えたんだ? あの白髪だって、彼らが盛った毒のせいかもしれないだろ」


ゆうなは力なく、自嘲気味に笑った。 「考えを変えたわけじゃないわ。ただ、そんな告発をして首をはねられるのは御免だってだけ。それに……彼らはもう、死んでしまったもの」


彼方は苦い笑みを浮かべた。疑念はあっても、慎重であるべきだ。英雄という立場であっても、王国を敵に回して得られるものはない。


「それにしても、悲しいな……。こっちに来て早々、こんな風にバラバラになるなんて」 「どうしようもないでしょ。私たちにはどうすることもできない。……今はただ、大きな戦争が始まるのを待つしかないのよ」

「君がそんな風に喋るなんて、初めて見た気がするな。どうしたんだ? 」

「……仮面は、四六時中つけておく必要はないもの」


ゆうなは一瞬沈黙した後、声を潜めて言った。

「……一つ、打ち明けてもいい?」

「言ってみろよ」

「百パーセント確信があるわけじゃないけれど……あの中にある遺体、もしかしたら本人じゃないかもしれない」


彼方は眉をひそめた。自分たちの目で見たばかりだというのに、彼女が何を言いたいのか理解できなかった。だが、魔法で偽装することは可能なのだろうか? 来たばかりの彼らには、魔法の力の限界など知る由もなかった。


「どういう意味だ?」

「私が見たのが本当にひかりだったら、わかったはずなの。何の証拠にもならないけれど……。でも、可能性は残されている。彼女たちが、まだ生きているっていう可能性が」

「へぇ……お嬢さんは、実は女優さんだったのか」彼の言葉は皮肉めいていて、どこか突き放すようだった。

「それで、まだ希望を持ってるってことか?」


ゆうなはゆっくりと首を横に振った。


「いいえ。希望なんて持ちたくない。無駄に傷つきたくないもの。……でも、もし、いつかまた会えたら。その時は、驚きたい。そして、ずっと言えなかったことを伝えたいの」


「それは何なんだ?」 彼女は優しく微笑むと、片目を閉じ、人差し指を唇の前に立てた。シンプルだが、眩いほどの仕草だった。彼方は一瞬、その輝きに気圧されたように固まった。


「それは……秘密よ。でも、すぐにわかるわ」

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