第2話「オムニポテンス級魔法の世界」
二つの世界の間を繋ぐ通路は、あらゆる感覚が入り混じる混沌そのものだった。ひかりは自分の体が引き延ばされ、圧縮され、そして絶対的な虚無の中へと投げ出されたような感覚に陥った。次に確かな地面の感触を覚えたとき、彼女は再び目を開いた。
目を開けた瞬間、周囲は混乱に包まれていた。壁際にいたはずの彼女は、なぜかグループのほぼ中心に位置していた。
視界に飛び込んできた光景は、息を呑むほどだった。頭上に広がる空はもはや青ではなく、深い紫に染まり、見渡す限りインディゴの色彩が混じり合っている。
彼女たちは景色を見下ろす丘の上に立っていた。足元は土ではなく、発光する紋様が刻まれた巨大で平坦な岩盤だった。周囲には、時の流れに侵食された古のルーン文字や巨大な石柱が、まるで番兵のように立ち並んでいる。
地平線の先には、夢の中から抜け出したような光景が広がっていた。天空を突き破らんばかりに鋭い塔がそびえ立つ、巨大な城。細部まで見分けるには遠すぎたが、その荘厳さは疑いようもなかった。城の麓には巨象のごとき都市が広がり、白石の重厚な城壁の背後にその姿を部分的に隠している。
「ようこそ、親愛なる選ばれし者たちよ」
メロディアスな声が、呆然とする高校生たちの静寂を破った。ルーンの円陣から数メートル離れた、鮮やかな緑の芝生の上に一人の女性が立っていた。
輝く銀色の長髪が背中の下まで滝のように流れ、紫色の光を浴びて貴金属のように煌めいている。彼女は純白のドレスを纏い、その上には風に揺れる半透明のヴェールが重なっていた。ヴェールが彼女の顔立ちを一部隠していたものの、慈愛に満ちた微笑みと静謐なオーラは、ひかりに現実離れした美しさを印象づけた。その右手には、装飾の施された長い杖が握られている。
生徒たちの間に不安が広がった。誰も一歩を踏み出す勇気がなく、怯えた囁き声が神経質な羽音のように響く。
巫女は王族のような優雅さで歩み寄り、円形の岩盤の上に登った。流れるような動作で彼女が杖を放すと、杖は地面に落ちる代わりに宙に浮き、あたかも意思を持っているかのように彼女の背後で静止した。驚きの悲鳴があちこちで上がった。
「あなた方は、この世界『ファンタジー・ワールド・オムニポテンス』に召喚されました。私はアウレリア・カエレスティス。五大王国に仕える天上の巫女の一人です」
その厳かな言葉を聞いても、あまりの衝撃に混乱は収まらなかった。生徒たちは戸惑いの視線を交わし合う。「オムニポテンス(全能)」という言葉。それは単なるこの新しい世界の名前ではなく、無限の、神的で絶対的な力を想起させ、圧倒的な圧力となって彼らにのしかかった。
突然、細い眼鏡をかけた茶色の瞳の少年が――勇敢なのか、あるいはこうした空想のシナリオに慣れているのか――巫女に向かって手を挙げた。
「それって……つまり、俺たちは『異世界転移』したってことですか? 漫画みたいに」
アウレリアは楽しげに瞳を輝かせ、わずかに首を傾げた。
「『マンガ』というものが何なのかは存じませんが、理屈はその通りです。あなた方は故郷を離れ、魔法がすべてを司る世界へとやってきたのです」
彼女は自分の言葉を証明するように、手を一振りした。背後に浮かんでいた杖が凄まじい速さで回転し、鋭い風切り音を立てたかと思うと、吸い込まれるように彼女の手のひらに収まった。彼女は状況を完全に掌握し、穏やかな笑みを浮かべている。
別の生徒が、この次元的な誘拐に苛立った様子で実務的な問いを投げかけた。 「どうして俺たちをここに呼んだんだ? それに……元の世界に帰れるのかよ?」
アウレリアは小さく、鈴の鳴るような笑い声を漏らした。それは嘲笑ではなく、底知れない権威を孕んだ響きだった。
「そう急がないでください。詳細は城で安全を確保してからお話ししましょう。今は要点だけを説明します。あなた方は究極スキル『ユニバーサル・テレポーテーション(宇宙的転移)』によって召喚されました。このスキルはあまりに強大で、都市の中で発動すれば甚大な被害をもたらしたでしょう。私のような天上界の存在でなければ、これほどのエネルギーを身に受けて無事でいることは叶わないのです」
アウレリアの説明を聞きながら、ひかりの心にふと不安がよぎった。
「そうだ、ゆうなはどこ……?」
彼女はクラスメイトたちの間を縫うように進んだ。巫女の言葉を追うのをやめ、必死に探す。ようやく、地平線をじっと見つめる、背筋の伸びた見慣れた後ろ姿を見つけた。ひかりの唇から安堵の溜息が漏れる。友人は無事なようだった。
「ゆうな……大丈夫?」
ゆうなはわずかに肩を揺らして驚いたが、すぐに振り返った。その瞳は熱っぽい興奮で輝いている。
「あ……ひかりちゃん! どこに行ってたの? ずっと探してたんだよ!」 「すぐ側にいたよ……。ねえ、どうしてそんなに嬉しそうなの?」
その豹変ぶりに、ひかりは戸惑いを隠せなかった。ゆうなはひかりの手を掴んだ。その手は喜びで微かに震えている。
「聞いた? 私たち、物語みたいに『勇者』になるんだって! すごくない? これって、信じられないような経験ができるチャンスかもよ!」
ゆうなの屈託のなさに、ひかりの安堵感は少しずつ削り取られていった。彼女が巫女の方へ顔を向けると、ちょうど彼女が彼らの希望を裏付ける言葉を口にしていた。
「はい、その通りです。あなた方を召喚した理由は、この世界を救うため。あなた方は『勇者』となるのです」
「……勇者……」
呟いてみると、その言葉は奇妙に響いた。本の中では栄光ある称号だが、この紫色の空の下では、それは押しつぶされそうなほど重い責任に聞こえた。その役割が実際に何を意味するのか――戦い? それとも、犠牲?
突如、アウレリアが杖の石突きで岩盤を鋭く叩いた。衝撃波のような音が響き渡り、生徒たちのざわめきが一瞬で静まる。
「では、お城へ向かいましょう。遅れることなく、王族の方々にお目見えしていただきます」
不安で硬直している生徒もいれば、期待と恐怖の間で揺れながら囁き合う生徒もいた。魔法や異世界という概念は、危険な好奇心を呼び覚ます。しかし、一瞬にしてすべてを失ったというパニックを完全に消し去るには至らなかった。
「お城の地下へと直接転送します。離れないように集まってください」
彼女が呪文を唱え始めた。ひかりたちにとって、それはただの濁った神秘的な音に過ぎなかったが、その古の言語が発せられるだけで、周囲の空気が震えるのを感じた。地面から巨大な半透明の青いドームが噴き出し、彼らを輝く光の泡の中に閉じ込める。驚嘆の声は、突如として響いた鋭い風切り音にかき消された。
「エリア・テレポーテーション」
その一言で、空間が歪んだ。瞬きする間に紫色の丘は消え去り、彼らは虚無へと呑み込まれた。
一瞬にして青い光が闇へと置き換わり、ひかりが均衡を取り戻すのに数秒を要した。足の裏に触れたのは、完璧に切り出された滑らかな石の床。まだ混乱している生徒たちの足音が、その床に反響する。
彼女は周囲を見渡した。想像していたような暗く湿った洞窟ではなく、その地下室は、質素ながらも威厳のある広大な地下ロビーのようだった。壁は明るい色の石灰岩の大きなブロックで築かれている。
鍛造された鉄製のホルダーに固定された松明が柱に沿って並び、ゆらゆらとオレンジ色の光を投げかけていた。
中央では、彼らを迎え入れた魔法陣がゆっくりと消えていき、黒い大理石の床板が姿を現した。天井の高さや石のアーチの堅牢さなど、部屋の造りは簡素ながらも、見る者を圧倒するように設計されていることにひかりは気づいた。
「うわぁ、すげぇ! なんだこれ、マジかよ!」
眼鏡をかけた少年は、信じられないといった様子だった。足元の大理石を凝視しながら、その場で飛び跳ねんばかりに興奮していた。
周囲には驚愕が支配していた。ある生徒は虚脱したような表情で立ち尽くし、またある生徒は悪夢に沈んでいるのではないかと確かめるように、神経質な手つきで壁に触れていた。
アウレリアは、彼らの動揺を慈母のような寛容さで見守っていた。
「そう驚かないでください。修練を積めば、いつかあなた方も同じことができるようになります。さあ、この衛兵たちに従ってください。食事の用意がある食堂まで案内いたします。私は国王陛下にあなた方の到着を知らせに参ります」
彼女は杖の先で、目の前にそびえる壮大な二重階段を指し示した。左右に分かれた階段は、上層の踊り場で再び一つに繋がっている。そこには、金属の彫像さながらに、輝く鎧を纏った衛兵たちが微動だにせず立っていた。
「客人たちには最大限の敬意を払うように。可能な限り、彼らの問いに答えなさい」
「はっ!」
兵士たちは一斉に、アウレリアの命に応えた。
彼女の杖は、再び蛇のようなしなやかさで周囲を舞い始めた。今度はより短い、新たな詠唱を呟く。彼女の足元で杖の先が青い光の軌跡を描き、小さな魔法陣を形成した。
「――個別転移」
一瞬のうちに彼女の姿はかき消え、後には芳しい微風だけが残された。
「本当に底が知れないな……」
一人の生徒が、感嘆と畏怖の混じった声でそう漏らした。彼女にとって魔法を使うことは、呼吸をすることと同じくらい自然なことのように見えた。
一行は、困惑した囁きや押し殺した問いかけが入り混じる中、階段を上り始めた。恐怖を隠すために喋り続ける者もいれば、固い表情で沈黙を守る者もいた。
少し遅れて歩いていたひかりは、隣にいたはずの気配が消えたことに気づき、不意に足を止めた。振り返ると、ゆうなが一歩も動かずにそこにいた。彼女は依然として部屋の中央に立ち、両腕をだらりと下げていた。
「ゆうな? ゆうな、ちょっと! 聞こえてる?」
声を張り上げたが、友人は巫女が消えた場所を凝視したまま、石像のように動かなかった。不安になったひかりは数段戻り、彼女の肩に触れようと近づいた。
「どうしてそこに突っ立ってるの?」
その時、ひかりは彼女の顔を見た。それは恐怖でも、単なる驚きでもなかった。ゆうなは、見る者が恐ろしくなるほどの、深い恍惚に満ちた表情を浮かべていたのだ。
その瞳は現実離れした輝きを放ち、まるで過去のあらゆる苦痛に対する答えを今見つけたかのようだった。彼女の前には「幸福」そのものが立っているかのように、栄光と再生の約束が横たわっているようだった。
「……ゆうな?」
ようやく、友人はトランス状態から覚めたように瞬きをして飛び上がった。興奮の火花は残っていたものの、その眼差しはいつものものに戻った。
「あ……ごめん、ひかりちゃん! ちょっと……ボーッとしてただけ」
彼女は少し神経質すぎる笑い声を上げた。
「でも、なんであんなところに突っ立ってたの? ほら、行こう。みんなもう上に行っちゃったよ」
ひかりは奇妙な感覚を拭えなかった。あの恍惚とした表情が脳裏に焼き付き、漠然とした不安が広がっていく。彼女は友人を、そして自分自身を安心させるために、無理やり笑顔を作った。
「うん、そうだね。行こう!」
ゆうなはかつてないほど精力的な様子で、既に階段を駆け上がっていた。




