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第1話~無視された少女は異世界に召喚される~

教室のチャイムが高校に鳴り響いた。

金属的で単調な音――普段なら、ただ授業の終わりを告げるだけのもの。

だが今日は違った。その音は、水面に落ちた小石のように静かに広がっていきながら、誰の心にも届かないままだった。


ひかりの胸の奥で、何かがゆっくりと沈んでいく。

人生で最悪の日は、刻一刻と、より病的なものへと変わっていった。

誰にも気づかれない、かすかな重み。


天音ひかりは、窓際のいつもの席に座っていた。

それは、今年始まったばかりの新学期に遅れて登校したせいで、一時的に割り当てられた席だった。

外の光は、まるで彼女に届いていないかのようだった。

黒板は空白のままだったが、彼女の視線はそこに固定されていた。その「答えのなさ」が、かえって安らぎに思えたからだ。


理由もなく、ひかりの指が机の縁をなぞる。

以前は決してしなかった癖――あの悲劇的な出来事以来、現れるようになったものだった。

彼女自身、前に進み、人生を立て直すことができないままでも、時計の針だけは容赦なく進み続け、彼女を置き去りにしていく。


事故から三か月。

彼女はよく眠れず、毎晩のように目を覚ました。

睡眠不足は、疲れ切った目元や浮かび始めた皺に、はっきりと表れていた。

彼と一緒に撮った写真を、何度も何度もスクロールする――それは、より深く根付いた別の癖だった。

彼女は自分に異変が生じていることを感じ、すべてのSNSから痕跡を消し、人との繋がりを断った。

それでも、ギャラリーに保存された写真だけは残っており、そこに映るのは、ただ残酷な過去だけだった。


その写真たちは、幸福が最高潮だった時代を刻んでいる。

行間からでも伝わるほど、彼らの笑顔はあまりにも明確だった。

少なくとも――彼が素晴らしい死者の行く場所へ向かったことだけは、信じられた。

自分の目で見たわけではなくとも、それは確信になっていた。

亡くなったその人は、誰よりも優しい人だったのだから。


周囲では、世界は変わらず動き続けていた。

他の生徒たちは、どこか彼女を避けているようだった。

最も深く悲しみ、傷ついているのは彼女自身なのに、

新学期が始まってから広まった中傷は、まったく収まる気配がなかった。

空気は次第に重くなり、飛び交う言葉のせいで、喉が渇いていく。

少しでも落ち着こうと唾を飲み込むが、

小声の囁きは容赦なく耳に届き、逸らされる視線が目に入った。


「ねえ、見てよ……一番ショック受けてるみたいな顔してるけど、全部あの子のせいじゃん。」

「何様のつもり? 気をつけてれば、こうはならなかったでしょ。」

「聞いた? 三年で一番だった人が死んだ件で、校長もあの子を恨んでるらしいよ。」

「それにさ、カウンセラーの次は精神科に通ってるんだって。入院してもおかしくないよね。」


彼らは互いに話し続けていた。

ひかりには、その会話がはっきりと聞こえていたが、

ただ沈黙したまま、背景に溶け込むように動かなかった。

だが、その会話を遮る別の声が響いた。


「……やめなよ。あの子の精神状態が、もう限界だって分からないの?」


すべて聞こえていた。

それでも、立ち上がって反論する力はなかった。

もし口を開けば、すべてが崩れてしまう。

歯を食いしばることしかできず、

世界から押し付けられるこの理不尽に、耐えるしかなかった。

友人や両親が支えてくれていても、

今の彼女は、自分自身と一人で戦っていた。


彼女が作り上げた世界には、もはや三つの色しか残っていない。

天井の灰色。

窓の向こうの空の青。

そして、心の奥底に沈む黒。


舞泉ゆうなは、日に日に強まる不安の眼差しで、ひかりを見つめていた。

授業に集中できず、

髪は乱れ、深く刻まれた皺を持つひかりの姿は、あまりにも危うかった。

彼女は、その悲しみの形と、ひかりが何を感じているのかを知っている。

三人で笑い合っていた日々は、もう遠い過去のように思えた。


「……まるで、死人みたい。」


それは、どの囁きよりも深く突き刺さった。

ゆうなの拳が震え、鋭い言葉に怒りが込み上げる。

彼女は勢いよく立ち上がり、迷いなく声を張り上げた。


「もういい加減にして!

あの子がどれだけ辛いか分からないの?

それなのに、まだ責めるなんて。

最後には滑稽になるだけよ。

彼女が耐えていることを考えて。

クラスメイト同士、支え合うのが一番大切なはずでしょう。」


思わず口にしてしまったその言葉は、

普段の彼女の印象とは異なるものだった。

教室には、すぐに静寂が戻った。


「……私のことは、心配しないで。

守ってくれなくていい。無駄だから……」


ひかりの声は弱く、今にも消えてしまいそうだった。


――もしかしたら、本当に全部、私のせいだったのかもしれない。

――もしかしたら、みんなが私を憎むのも当然なのかもしれない。


そんな考えが浮かぶたび、

世界は少しずつ暗くなり、希望は静かに薄れていった。


ゆうなは、何もできないまま、彼女の不幸を見つめることしかできなかった。

「ひかり……」


次の授業に備え、生徒たちが荷物を取り出し始めた、その一瞬の隙に――

何かが起こった。


授業再開を告げるチャイムが鳴り、

一時間の授業のあと、教師は

「少し席を外す」とだけ告げ、何かを取りに教室を出ていった。


教師が扉を閉めた、その瞬間だった。

床から光が噴き出した。

最初はあまりにも小さく、気づかないほどだったが、次第に広がり、巨大な魔法陣を描き出していく。

見知らぬ紋様が輝き、空気が震え、窓ガラスが小刻みに揺れた。


「な、何だこれ!?」

「し、死ぬのか!?」

「おいおい、冗談はやめろよ……」


何人かは魔法陣の外へ逃げ出そうとしたが、

誰一人として椅子から動くことができなかった。

目に見えない不可思議な圧力が身体を押さえつけ、呼吸すら困難にさせていた。


ひかりもまた、椅子に座ったまま動けずにいた。

何が起きているのか理解できず、完全に混乱しながら、ただこの非現実的な光景を見つめるしかなかった。

ゆうなが何か叫んでいるのが見えたが、声はまったく届かない。

恐怖と不安に耳を塞がれ、心臓は激しく鼓動し、呼吸がわずかに震える。


「……え?」


すべてはあまりにも一瞬だった。

突如、光が爆ぜ、すべてを飲み込んだ。

音も、形も、存在そのものも消え去る。


――そして、世界が変わった。


頭上には、果てしなく広がる紫色の空。

異様にうねる雲が空の半分を覆い、遠くには巨大な城がそびえ立っていた。

足元の草は、魔力を帯びて淡く輝いている。


「こ、ここはどこだ……!?」

「……俺たち、死んだのか?」


彼らはひどく動揺していた。

どこに現れたのか、まったく理解できない。

何かに運ばれた――後に“転移”と呼ぶことになる現象だが、その言葉はまだ頭に浮かんでいなかった。

ここは、もはや教室ではない。

恐怖、混乱……そして、かすかな高揚感が入り混じっていた。


魔法陣の中心に、一人の女性が現れた。

まるで最初からそこにいたかのように。

長い銀髪が背中まで流れ、白い衣に透き通るヴェールを纏い、手には魔法の杖を携えている。


「ようこそ、選ばれし者たちよ。

あなた方はエラリア王国へと召喚されました。

私の名はアウレリア・カエレスティス。

五王国に仕える天の巫女の一人です。

このような不躾な召喚となってしまい、心よりお詫び申し上げます。」


その声は穏やかでありながら、教室――否、この場にいる全員の耳に確かに届いた。

あまりにも美しく、クラスのどの女子も及ばないほどの存在感。

その言葉一つひとつが、自然と敬意を抱かせるものだった。


「あなた方は、魔王と、世界の完全な滅びを目論む魔女たちを討つために、この世界へ召喚されました。

“召喚者”であるあなた方にとって、この世界は、あなた方の元いた世界とはまったく異なるものです。」


遠回しな言い方は一切なかった。

彼女は最初から、彼らに求めるものを明確に告げた。

突飛な話ではあるが、だからこそ、かえって信頼を得やすい言葉でもあった。


「異世界……ふざけてるのか?」


疑念が広がる。

異世界など、ライトノベルや漫画、アニメの中だけの話だ。

しかし、この状況を前にしても、巫女は動じなかった。

むしろ、彼らを落ち着かせようとする意思がはっきりと見て取れた。

相手はまだ、ただの学生なのだ。納得させるのは容易ではない。


「どうか落ち着いてください。

まずは、無理やりお連れしてしまったことをお詫びします。

ですが、我々の世界には、あなた方の力が必要なのです。

悪を討つことができるのは、あなた方だけ。

明日には王との謁見が予定されています。

その際、すべての疑問にお答えいたしますので、ご安心ください。」


「はじめまして。星野 彼方と申します。

まずは、騒がしくしてしまったことを、仲間を代表してお詫びします。

混乱するのも無理はありません。

ですが……失礼を承知で申し上げますが、

私たちはここに留まることはできません。

どうか、元の世界へ戻していただけないでしょうか。」


「残念ですが……現時点では不可能です。

我々の魔術研究者たちも、召喚者を元の世界へ戻す方法を、まだ見つけられておりません。」


彼女は一瞬、目を閉じ、心から申し訳なさそうに頭を下げた。

彼方は、この状況でも礼節を失わない青年だった。

青い髪に、年齢以上に落ち着いた眼差し。

自然と敬意を抱かせる――大人と対等に話せるタイプの人間だ。


巫女は微笑み、軽く一礼する。

その所作一つでさえ、眩いほどだった。

クラスの男子の何人かは、頬を赤らめ、視線を逸らす。


「それでは、私についてきてください。

城までご案内いたします。

最大限のもてなしをお約束しますし、詳細もすべてお伝えいたします。」


「ご配慮、感謝いたします。

私たちは、あなたに従います。」


その態度は、まるで巫女に匹敵するほどの落ち着きだった。

教室――否、この場にいる生徒たちも、次第に静まり返っていく。

まるで、二人の大人が会話しているかのようだった。

一人は巫女、もう一人は――ただの生徒であるにもかかわらず。


彼らはゆっくりと丘を下り始めた。

紫の空は、まるで半分だけ夜が訪れたかのように、淡い闇を帯びていた。


ひかりは後ろを歩いていた。

ゆうなと肩を並べ、離れない二人のように。

この世界に召喚されてから、彼女はほとんど注目されていなかった。

それでも、胸の奥に沈む罪悪感の重みは、決して消えなかった。


「……私たち、いつか帰れると思う?」


「分からない。

でも……一緒なら、きっと大丈夫。」


現実的とは言えなくとも、

ゆうなの言葉は、ほんの少しだけ、ひかりの心を軽くした。

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― 新着の感想 ―
xから来ました。 まだまだ最初なのでわかりませんが 楽しみに見ていきたいと思います。 ブクマ評価とりあえずにて入れさせていただきました。 私もカキカキしています。 よろしければ見ていただいてご感想評価…
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