第8話「ライブ編集」
放送局・KNTテレビ 本館第2スタジオ。
その夜は、人気ニュース番組の生放送が始まるはずだった。
だが、リハーサルの段階から妙な異常が起きていた。
テロップが数秒ごとに勝手に書き換わる。
映像スイッチャーのプレビュー画面が“編集モード”に切り替わる。
「Recording:LIVE」
「Render Output:ON AIR」
技術スタッフたちは原因がわからず、機材を再起動させるが、
モニター上の文字だけは消えない。
「これ、どこのソース?」
「いや、入力も出力も正常です。誰も操作してない……」
そんな中、スタジオのドアが開いた。
アシスタントプロデューサーの新藤未亜が息を切らして駆け込んでくる。
「生放送、止められません! スポンサーがもうCM枠入れてます!」
「でも、機材が――」
「とにかく“放送事故扱い”にしないでください!」
彼女の焦りは、どこか異様だった。
まるで“何かを知っている”ような。
そして、本番5秒前。
カウントが始まる。
──5、4、3……。
スタジオの照明が点き、キャスターが笑顔でカメラに向かう。
「こんばんは、『KNTニュース24』の時間です」
しかし、次の瞬間――。
音声が、ズレた。
キャスターの口の動きと、声が一致しない。
0.5秒、1秒、2秒……遅れていく。
オペレーターが叫ぶ。
「回線が落ちてる! いや、違う、時間がズレてる!」
モニターに“映像のヒストリーライン”が走った。
まるで編集ソフトのタイムラインが、生放送に重なったように。
「Edit Track 1:Camera A」
「Cut In:Unlisted Source」
そして突然、別の映像が割り込んだ。
……暗い部屋。
ベッド。
テレビ。
それは、“第6話”で見た新田悠真の部屋だった。
彼は、テレビの中からこちらを見ていた。
キャスターの声がノイズに溶け、
未亜の耳元で、スタッフの無線が悲鳴のように鳴る。
「放送、止めろ! 異常映像が入ってる!」
「どこから? どのソースだ!?」
「わからない、全部のチャンネルに流れてる!!」
全国放送の電波に、“削除された第13話”が割り込んだのだ。
そして、画面下部にテロップが走った。
「LIVE_EDIT:ACTIVE」
「現在、あなたの現実を編集しています」
視聴者のスマートフォンが次々とフリーズし、
テレビの音がすべて同期して、ひとつの声を発した。
「生放送を、始めよう」
カメラAが静かに揺れる。
キャスター・斎藤の声が、途中から消えた。
スタジオ内では彼が口を動かしているのに、
放送映像には――音声が“消されている”。
「おい、マイク死んでるぞ!」
音声卓が確認する。
レベルメーターは正常。
だが、出力波形が空白になっている。
「削除済みトラック:Audio_斎藤」
機械のログに、冷たい文字が現れた。
次の瞬間、カメラAの映像にノイズ。
画面が一瞬フラッシュし、そこにはもう――誰もいなかった。
キャスターの姿が、跡形もなく消えていた。
「……映像トリック? 誰かが遊んでるの?」
ADの声が震える。
未亜は、震える手でイヤモニを押さえた。
制作フロアからディレクターの声が飛んでくる。
「未亜! スタジオBのカメラ、全部切れ! 今の放送止めろ!」
「できません、どこも受信が……! メイン回線が乗っ取られてます!」
彼女のパソコンに表示されたメッセージが点滅する。
「LIVE_EDIT:Next Target Detected」
「Audio Source:新藤未亜」
「……私?」
スタジオの照明が一瞬落ちる。
そのわずかな暗闇の間に、
背後のスタッフの笑い声が、ひとつずつ途切れていった。
誰かが消えていくたびに、
スピーカーから小さな編集音が鳴る。
──カット。
──フェードアウト。
──ミュート。
まるで、映像編集の操作音が“生放送中の現実”に重なっていた。
未亜は必死に立ち上がり、
カメラへと向かって叫んだ。
「誰なの!? 誰が操作してるの!?」
その瞬間、スタジオのモニター全てに、同じ映像が映った。
黒い空間。
中央に設置された古い編集機。
その前に座る“影のような人物”。
背後の壁一面に、
これまでの全話のシーンが流れている。
その影が、ゆっくりと振り返る。
顔は見えない。
だが、声だけがはっきり届いた。
「編集は、現実を整える作業だ」
「あなたたちは、ノイズが多すぎる」
その声に、未亜は覚えがあった。
笠原――。
前話で消えた編集者の声。
「……笠原さん?」
モニターの人物は、無言で頷いた。
そして指を軽く動かすと、未亜の前のカメラが“自動ズーム”する。
ズーム音と同時に、
放送モニター上にテロップが走った。
「Next Cut In:MIYA SHINDO」
「Transition:Fade to White」
白い光が爆ぜた。
スタッフたちの叫び声が、音のない映像に変わる。
その白の中心で、未亜は何かを見た。
――鏡のように反転した自分。
そこに、冷たい微笑を浮かべる“もうひとりの未亜”。
そして、声。
「次の放送、あなたが編集して」
白い光が消えたあと、
スタジオにはもう誰もいなかった。
残っているのは、未亜の声だけ。
それも、生の声ではない。
モニター越しの音。
「ここは……どこ?」
声が響くたび、空間が形を変える。
照明の光が天井を描き、カメラの三脚が自動で動く。
――まるで、現実そのものが“撮影セット”として生成されていく。
遠くに見覚えのある編集機が置かれている。
古い型。
だが、モニターには今まさに“生放送”の映像が流れている。
その映像の中では、
未亜自身がカメラの前に立っていた。
「本日は特別番組、『カメラの向こうの殺人者』をご覧いただいています」
微笑み、台本を読む“彼女”。
それを見つめる“こちら側の未亜”。
どちらが現実なのか、もう区別がつかない。
モニター上の彼女が言葉を続ける。
「この番組は、すべての視聴者が“編集者”です」
「あなたの見る現実が、次のカットを決めます」
その言葉と同時に、
視聴者のスマートフォン、テレビ、タブレット、あらゆるデバイスが同期した。
画面上に、同じメッセージが出る。
「Choose the Next Scene」
「A:放送を止める / B:放送を続ける」
全国数千万人の指先が、震えながら選択する。
SNS、コメント欄、リモコン――あらゆる操作が吸い上げられていく。
未亜の周囲に光の線が走る。
タイムラインが現実の空間に伸び、
彼女の身体を包み込む。
リアルタイム編集、開始。
未亜の声が震える。
「やめて……! 私は、現実の人間よ!」
だが、笠原の声が重なる。
「現実? 君たちが見ている“この映像”が、現実の定義だろう?」
次の瞬間、未亜の身体が“フレーム分割”された。
輪郭がピクセル単位で解体され、タイムライン上に配置されていく。
彼女は編集データに変換されていく。
それでも、最後まで声だけは残った。
「……視聴者のみなさん。見ているあなたが――次の編集者です」
放送が途切れた。
スタジオの照明が完全に落ち、
残ったのは、モニターのひとつ。
そこには、視聴者の投票結果が映し出されていた。
「A:放送を止める … 13%」
「B:放送を続ける … 87%」
そして、ゆっくりと文字が浮かび上がる。
「Recording:#013 RESTART」
再び赤いランプが点いた。
そのレンズの前には、
――瑞希が立っていた。
カメラを構え、静かに笑う。
「第13話、再編集を開始します」
音が、戻った。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
この物語の登場人物たちが、あなたの心に少しでも息づいてくれていたら嬉しいです。
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次回も心を込めて書きます。
またこの世界でお会いできるのを楽しみにしています。
――ありがとうございました。




