第7話「アーカイブ室」
放送局・KNTテレビの地下三階。
そこには、関係者のほとんどが存在すら知らない小部屋がある。
無音、無窓、温度は一定――。
アーカイブ室。
過去50年分の映像データが、サーバーラックの中で静かに眠っている。
その管理を任されているのが、笠原聡、三十七歳。
かつては人気ドラマの編集マンだったが、
ある“事故”をきっかけに現場から外され、この地下へ送られた。
「……これで、何本目だ?」
深夜、ひとり残業していた笠原は、古いバックアップHDDの整理をしていた。
ファイル名は、どれも似たようなコードナンバー。
だが、ひとつだけ、妙に目を引くものがあった。
「KMK_13_UNLISTED.mov」
KMK――『カメラの向こうの殺人者』の略称。
全12話で放送が終了したはずの作品だ。
なのに、“13”という数字。
しかも、ファイル属性にはこう記されていた。
作成日:放送終了の翌日。
更新者:なし。
「……未公開エピソード?」
笠原は一瞬、迷った。
だが、編集マンとしての好奇心が勝った。
ファイルをダブルクリック。
再生が始まる。
暗転ののち、無音。
映像は、スタジオでも屋外でもない――狭い部屋の中。
カメラが低い位置に固定され、ベッド、机、テレビ。
どこかで見覚えがある。
そう、まるで第6話で映っていた視聴者の部屋に酷似していた。
やがて画面の中央に、男性の背中が映る。
顔は見えない。
だが、笠原の心臓が跳ねた。
――新田悠真。
前話で、テレビの中に消えたはずの青年。
その彼が、画面の中でゆっくりと振り返った。
表情は無。
瞳の中に、レンズの反射。
そして、画面に文字が浮かんだ。
「REC_Viewer#013」
「……#013?」
笠原は瞬時に悟る。
これは、“13番目の視聴者”。
つまり、悠真の録画ファイル。
だが、それだけではなかった。
数秒後、画面の右下にもう一つ文字が現れた。
「#014 CONNECTED」
その直後、アーカイブ室の蛍光灯が一瞬、点滅した。
……。
電源が落ちたわけではない。
むしろ、“何かが入ってきた”感覚。
サーバーラックのファンが異常な速度で回転し、
冷却装置がうなりを上げた。
モニターの中で、悠真が笑う。
「編集者、見てるね」
笠原の呼吸が止まった。
映像の中の男が、確実に今の自分を認識している。
そして、次の瞬間。
画面下に、見慣れたフォルダ名が生成された。
「/Archive/Kasahara_014.mov」
自分の名前。
録画が、始まった。
冷たい空気が、サーバーの間を流れている。
ファンの音が低く唸り、どこかで光がチカチカと明滅していた。
笠原は椅子に座ったまま、画面を凝視していた。
映像の中の悠真が、静かに語り始める。
「あなたは、最初の“編集者”ですね」
ぞっとした。
この台詞は、収録されたものではない。
今、リアルタイムで生成されている。
「あなたがカットした“あの映像”から、
すべてが始まったんですよ」
“あの映像”――
笠原の脳裏に、7年前の記憶が蘇る。
当時、彼はドラマ『カメラの向こうの殺人者』の編集を担当していた。
演出の真田監督は異常なまでに完璧主義で、
俳優に極限の恐怖と緊張を要求した。
そして、あの日。
クランクアップ間際、主演の女優――真田莉央が突然、姿を消した。
最後のシーンの撮影直後、スタジオから忽然と。
映像には、彼女が“カメラに手を伸ばす瞬間”までしか残っていなかった。
次のカットは真っ白。ノイズ。
真田監督はその映像を「編集で消せ」と命じた。
そして、笠原は命令に従った。
消去の直前、ファイル名をつけた。
「KMK_13_UNLISTED.mov」
――それが、今、再び戻ってきた。
画面の中の悠真が、こちらに向かって微笑む。
「編集とは、選ぶこと。
残すか、消すか。
でもあなたは、“消した側”に選ばれた」
言葉が脳に直接響く。
笠原は立ち上がり、電源ケーブルを引き抜こうとした。
……が、コードは手応えのない空気を掴むだけ。
ケーブルが“存在していない”。
代わりに、モニター上で赤い文字が点滅している。
「Editing Mode:ON」
ラックのライトが順に消え、
アーカイブ室がまるで編集ソフトのタイムラインのように暗転と点灯を繰り返す。
笠原は叫んだ。
「やめろ! 俺はただの編集者だ!」
「違う」
悠真の声が返る。
「あなたが“最初に編集した現実”のせいで、
彼女は世界に戻れなくなった」
モニターの映像が切り替わる。
真田莉央の顔が現れた。
あの日と同じ、カメラに向けて伸ばした手。
「笠原さん、止めてくれたらよかったのに」
唇が震えた。
編集者としてのキャリアを守るために、彼は“見なかったことにした”。
その一秒の沈黙が、彼女を“消えた映像”に閉じ込めた。
画面に新しいテキストが現れる。
「RENDERING:Kasahara_014.mov 72%」
映像が進行するごとに、笠原の視界がノイズで揺れる。
現実が再圧縮されていく。
「もう少しで完成です」
悠真の声。
それは、まるで“彼自身が編集している”かのようだった。
「これで、あなたも保存される」
笠原は最後の力を振り絞って、
デスクの上の緊急停止スイッチを叩いた。
ブツッ。
全ての電源が落ちた。
闇。沈黙。
そして――残響。
「Saving backup...」
光のない空間に、その文字だけが浮かんでいた。
……暗闇。
時間の感覚が、消えている。
温度も、音も、ない。
ただ、遠くで小さくカチッというスイッチ音がした。
その瞬間、視界に“光”が差した。
だが、それは太陽の光ではない。
冷たい蛍光灯のような、人工の白。
目を開けた笠原の前には――モニターの壁。
無数の小さな画面が並び、それぞれに違う部屋が映っている。
どの画面にも、人がいた。
椅子に座り、無言でこちらを見つめている。
「……ここは?」
声が空気を震わせた。
だが、その声は“自分の耳”からではなく、
スピーカー越しに聞こえてきた。
録音された自分の声。
笠原は気づく。
――自分は、もう“外側”にいない。
モニターの一つに、自分自身が映っていた。
アーカイブ室。
デスクの上、消えたはずのノートパソコン。
その前に座る男。
無表情。
自分が、保存されている。
そのとき、画面の中央が切り替わった。
黒背景に白文字。
「KMK_13_EDIT_START」
タイムラインが動き出す。
再生バーが進むたびに、モニターの中の部屋がひとつ、またひとつと点灯していく。
まるで、これまで“録画された人々”が呼び戻されているかのように。
悠真。
真田莉央。
そして、他の“視聴者たち”。
画面越しに、全員が一斉にこちらを見た。
笠原は後ずさりしようとしたが、足が動かない。
代わりに、キーボードが勝手にタイプされていく。
「New Editor:Kasahara_Satoshi」
「Permission:WRITE」
その瞬間、モニターのガラスがゆっくりと液状化した。
波紋のように揺れながら、こちらへと滲み出してくる。
光と音が、現実を上書きしていく。
モニターの中の莉央が微笑んだ。
「これで、編集者はそろった」
「第13話、撮影を再開します」
視界が白に包まれた。
――カチッ。
編集用のカチンコの音。
そして、誰かの声。
「テイク1、アーカイブ室、笠原のシーン――アクション」
笠原の目の前に、カメラがあった。
赤い録画ランプが点灯している。
そのレンズの奥で、自分自身が笑っている。
「Recording:#014 Confirmed」
音が、止む。
世界が、静止する。
画面の外――
アーカイブ室のモニター群に、新しいファイルが追加された。
「KMK_13_COMPLETE.mov」
再生時間:∞(インフィニティ)
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
この物語の登場人物たちが、あなたの心に少しでも息づいてくれていたら嬉しいです。
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次回も心を込めて書きます。
またこの世界でお会いできるのを楽しみにしています。
――ありがとうございました。




