第6話「ビューワー・ルーム」
夜、静まり返ったワンルーム。
カーテンを閉め切ったまま、パソコンの明かりだけが部屋を照らしている。
社会人一年目の青年――新田悠真は、
仕事の疲れを癒すために、いつものように深夜ドラマを再生していた。
タイトルは、『カメラの向こうの殺人者』。
今夜は再放送第5話。
主演の女優が美しく、物語の不気味なテンポがクセになる。
SNSでは“カルト的な人気”と話題になっていた。
だが、悠真は画面を見つめながら、違和感に気づいた。
――この部屋、どこかで見たことがある。
天井のシミ、照明の角度、壁に貼ったポスター。
全部、彼の部屋と同じだった。
「……偶然、だよな?」
俳優の女性(真田莉央役)が、画面の中で椅子に座っている。
その背後――窓の外に、ぼんやりと照明のついた部屋が映っている。
その配置も、彼の部屋と同じ。
悠真はテレビの音量を下げ、
部屋の中を見回した。
同じ。
完璧に一致している。
息を飲む。
心臓の音だけがやけに大きく響く。
そして、画面の中の莉央が、ゆっくりとこちらを見た。
まっすぐに。
目線が、まるで“自分の部屋のカメラ”を見ているようだった。
悠真はテレビを消そうとした。
だが、リモコンが反応しない。
代わりに、画面の右上に文字が浮かんだ。
「Viewer:Connected(1)」
彼の視線に合わせて、数字が増えていく。
2、3、4……
テレビのスピーカーから、低いノイズが流れた。
その中に、かすかな声。
──「新田悠真さん、ですね」
悠真の手が止まった。
頭の中が真っ白になる。
ドラマの中から、自分の名前を呼ばれた。
「……な、なんだこれ」
画面の中の莉央が、笑った。
その笑顔は、第5話で消えた“最後の彼女”のものだった。
「ようこそ、ビューワー・ルームへ」
その瞬間、テレビの画面が一瞬ノイズに包まれ、
部屋の照明がふっと落ちた。
暗闇の中、
テレビの光だけが残る。
画面の中には、悠真自身の後ろ姿が映っていた。
画面の中に、背中を向けた自分が映っている。
パジャマのシワまで同じ。
悠真は硬直したまま、呼吸を忘れていた。
「……録画か? 盗撮……?」
そんなはずはない。
テレビは生放送ではない。
ネットに繋がっていない古い機種だ。
だが、画面の中の“自分”は、
まるで数秒先の未来を動いている。
悠真が立ち上がるよりも先に、
映像の中の彼が立ち上がった。
「っ……!」
現実が、映像を追いかけている。
逆だ。
“映像が現実を再生している”。
テレビの右上に、再び文字が浮かんだ。
「SYNC:VIEWER_CAM(LIVE)」
それは、まるでドラマの中で登場したあの表示と同じ。
悠真の脳裏をよぎる。
――『編集される現実』
――『視ている者が、撮られる者になる』
まさか、自分が……?
映像の中の悠真が、ゆっくりと振り返った。
真正面を見ている。
まっすぐに、こちらを。
その顔に、自分が知らない“何か”が混ざっていた。
瞳の奥に、ノイズのような揺らめき。
皮膚の下を電流が走るような歪み。
「やめろ……やめろよ……!」
悠真はテレビの電源ボタンを押した。
しかし画面は暗くならない。
代わりに、映像の中の“彼”が同じ動作をした。
電源ボタンを押す。
暗転。
……のはずだった。
画面が一瞬暗くなり、すぐに再点灯する。
今度は、テレビの中に“二人”の悠真がいた。
一人は、現実と同じ彼。
もう一人は、表情のないコピー。
コピーが口を開いた。
「視ている限り、あなたはここに残る」
音声のない声。
唇の動きだけで、意味が脳に直接流れ込む。
悠真はリモコンを放り投げ、部屋のドアに手をかけた。
だが、ノブが動かない。
まるで画面の中の映像と同期して、
“編集されている現実”の一部になっていた。
テレビの中のコピーが笑った。
画面下に、文字が浮かぶ。
「Recording:ON」
その瞬間、悠真の部屋の電気がすべて落ちた。
テレビの光だけが、残された“スタジオ照明”のように輝いていた。
部屋は暗闇に沈んだまま、
テレビだけがぼんやりと白く光っていた。
画面の中では、“もう一人の悠真”が動いている。
それは、もはや彼自身の動きをトレースしているのではない。
逆に、“映像の中の動き”が、現実の彼を操っている。
呼吸のタイミングも、まばたきの速さも、同じ。
まるで鏡の前に立っているようなのに、
鏡のほうが先に動く。
悠真は、立っていられなくなった。
膝が震え、床に手をつく。
――これは、ドラマじゃない。
――自分が、撮られている。
テレビの下部に、赤いバーが表示された。
「Recording:98%」
残りは、あとわずか。
悠真は叫んだ。
「やめろ! 消せ! を消すな!」
だが、声は空気に届かない。
代わりに、画面の中の“もう一人”が口を開いた。
「あなたは、作品です」
その言葉が流れた瞬間、
悠真の身体の輪郭がぼやけた。
皮膚の色がノイズの粒子に分解され、
データの光が宙に散る。
――録画が完了した。
「Recording:100%」
画面が一瞬フリーズし、静止画になった。
映っているのは、悠真の部屋。
だが、もう誰もいない。
……。
翌朝、近所の住人が通報した。
部屋の明かりは消えており、テレビだけが点いたまま。
ベッドには誰もいなかった。
ただ、再生中の映像の中で――
“新田悠真”が、ずっとこちらを見つめていたという。
その夜。
全国の放送局で同じ不具合が報告された。
再放送中の『カメラの向こうの殺人者』第6話が、
特定の視聴者の部屋を映している、という通報。
SNSには無数の投稿が並んだ。
「うちのテレビに、自分の部屋が映ってる」
「視線を合わせると動けなくなる」
「“Viewer:Connected”の数字が増えてる」
最初は悪質なフェイクとされたが、
やがて“被害者”の投稿がひとつ、またひとつと消えていった。
アカウントごと、痕跡も残らず。
――彼らは、どこへ行ったのか。
画面の奥で、真田莉央(“データの彼女”)が微笑む。
「これが、最終話の予告よ」
「次は、あなたの番」




