表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/9

第4話「編集という名の儀式」

 テレビ局の会議室は、異様な沈黙に包まれていた。

 編集スタッフ二名の失踪――白石瑞希と香坂志穂。

 番組制作が止まり、放送スケジュールは白紙になった。


 プロデューサーの高村涼介は、机に並んだ警察の資料を見つめていた。

 二人が最後にいた編集室からは、

 異常なほどの静電ノイズが検出され、

 データベースには“存在しないファイル”が残されていたという。


 「AUDITION_03_REAL」


 警察はハッキングかウイルスだと判断したが、

 高村には、もっと別の何か――説明できない“人の手”を感じていた。


 そして今日、瑞希のノートPCが局に返却された。

 起動パスワードを解いたのは、高村自身だった。

 画面が立ち上がると、デスクトップに一つだけフォルダがあった。


 ──「CUT_ROOM」


 フォルダを開く。

 中には編集ソフトのプロジェクトファイルが並んでいる。

 そのうちの一つにだけ、奇妙なタイムスタンプがついていた。


 「最終更新:明日 02:47」


 明日。まだ訪れていない時間。

 だが確かに、システム上は“更新済み”と表示されている。


 高村は息を整え、プロジェクトを開いた。

 画面にはタイムラインが広がる。

 複数の映像が重なり、エフェクトが複雑に組まれている。

 その中に、見覚えのある断片があった。


 真田莉央のオーディション映像。

 白石瑞希が編集していた記録。

 香坂志穂の姿。


 すべてが、一つの長い連続映像として繋がっていた。


 ただ一つ、映像の最後のトラックにだけ“空白”がある。

 音声トラックも、ビデオトラックも何もない。

 だが、そこには目に見えない“データの重み”のようなものが存在していた。


 カーソルをその部分に合わせると、ポップアップが表示された。


 「この部分は自動生成されます。再生しますか?」


 高村は、一瞬だけ迷った。

 だが、指は自然に再生ボタンを押していた。


 モニターが暗転する。

 ノイズの中に、誰かの声が混じっていく。


 ──「見ている人が、撮る人になる」


 声は女だった。

 瑞希か、それとも志穂か。

 いや、どちらでもない。

 まるで、映像そのものが語りかけてくるような響きだった。


 画面の中に、白い編集室が映った。

 中央に置かれた椅子に、誰かが座っている。


 それは――高村自身だった。




 モニターの中で、椅子に座る男がゆっくりと顔を上げた。

 それは紛れもなく高村自身の顔だった。

 照明の角度、ネクタイの色、目の下の小さな傷――どれも今の彼と寸分違わない。


 高村は息を飲んだ。

 目の前のカメラも回していない。

 録画ボタンなど押していない。

 なのに、今この瞬間の自分が“編集されて”いる。


 映像の中の自分が、無表情で喋り始めた。


 「見えていると思っているものは、全部“後からつけられた”ものだ」


 その声は、スピーカーからではなく、編集ソフトの波形そのものが震えるようにして響いている。

 高村は無意識のうちにマウスを握り締めた。

 カーソルをタイムラインに合わせると、

 映像の下に新しいトラックが自動的に生成された。


 「VIEWER_CAM」


 何の操作もしていないのに、再生バーがゆっくりと動き始める。

 画面の奥に、別の映像が重なった。

 そこには、テレビ局の編集室――この部屋が映っていた。

 カメラの位置は、天井の隅。

 俯瞰のアングルで、高村の後ろ姿を映している。


 「……これ、今の映像か?」


 マイクもカメラも接続されていない。

 PCはスタンドアロン。

 ネットも遮断してある。


 それなのに、映像の中の高村が、今と同じように動いている。

 数秒遅れて、微妙に時差がある。


 画面の右下に、薄い文字が浮かんだ。


 ──「Viewer:Connected」


 誰かが見ている。

 しかも、見ている瞬間に、映像が編集されている。


 高村はゾッとした。

 マウスを持つ手が震える。

 止めようとしたが、停止ボタンが反応しない。

 画面の中の自分が、まるで別人のように冷たい表情で笑った。


 「君も、“儀式”に入ったんだよ」


 映像のノイズが激しくなり、モニターの光が部屋全体を包む。

 高村は思わず目を覆った。

 まぶたの裏に、無数の映像フレームが走る。

 白石瑞希、香坂志穂、そして――真田莉央。


 彼女たちは、皆カメラの前に立っていた。

 だが、誰も撮っていない。

 レンズの奥にある“何か”が、彼女たちを見ていた。


 「編集」という行為。

 それは、映像を繋ぐのではなく、人と視線を繋ぐ儀式だった。


 そして今、その儀式の輪に、高村自身が組み込まれた。




 光が消えた。

 高村は、無音の中で目を開けた。


 編集室は静まり返っている。

 だが、壁やモニターの輪郭が、どこか“ズレて”見えた。

 遠近感が狂っている。

 まるで世界そのものがレンズ越しに歪んでいるようだった。


 机の上のパソコンは、勝手に再生を続けていた。

 画面には、さっきの映像――高村の姿。

 しかし今度は、カメラが彼の背後に回り込んでいた。

 モニターの中の自分が、静かに振り返る。


 「……誰が、撮っている?」


 高村は小さく呟いた。

 その瞬間、画面の中の“自分”が同じ言葉を発した。


 「……誰が、撮っている?」


 声のトーンも、呼吸の間合いも、まったく同じ。

 それどころか、モニターの中の映像が、少しだけ先に喋った。


 再生バーの下に、新たなテキストが浮かび上がる。


 「あなたが見ている瞬間、あなたは撮られている」


 高村は立ち上がった。

 背後に何かの気配を感じた。

 振り向いても誰もいない。

 ただ、編集室の片隅に置かれたカメラが、赤いランプを点滅させていた。


 録画中。


 そのカメラには電源が入っていないはずだった。

 コードは抜け、バッテリーも外されている。

 なのに、ランプだけが明滅している。


 ──カチリ。


 シャッターの音。


 高村は咄嗟に後ろを振り向いた。

 だが、誰もいない。

 代わりに、モニターの中の映像が変わっていた。

 編集室の壁に“自分の後ろ姿”が映っている。


 まるで、今この瞬間の映像をリアルタイムで編集しているかのように。


 「……やめろ……」


 高村は手を伸ばして電源を落とそうとした。

 だが、ボタンは動かない。

 代わりに、再生バーが勝手に早送りされる。


 音が重なり、映像が流れ、無数の“視線”が交錯した。


 白石瑞希。

 香坂志穂。

 真田莉央。

 そして高村。


 彼ら全員が、同じ場所――編集室に座っている。

 全員がカメラの正面を向き、ゆっくりとこちらを見た。


 そして、彼らの口が一斉に動く。


 「次は、あなたの番です。」


 高村の背後で、再びシャッター音が鳴った。


 画面が暗転。

 ノイズと共に、最後のメッセージが浮かぶ。


 ──「Viewer:Connected(1)」


 その数値が、少しずつ増えていく。

 2、3、4……

 まるで、誰かが次々に“この映像を見ている”ように。


 高村の目の前のモニターに、自分の姿が映った。

 その表情は、確かに彼自身のものだった。

 だが、どこか違う。

 笑っていた。

 まるで“演技を終えた俳優”のように。


 編集は終わらない。

 観ている限り、誰かが“撮っている”。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ