第4話「編集という名の儀式」
テレビ局の会議室は、異様な沈黙に包まれていた。
編集スタッフ二名の失踪――白石瑞希と香坂志穂。
番組制作が止まり、放送スケジュールは白紙になった。
プロデューサーの高村涼介は、机に並んだ警察の資料を見つめていた。
二人が最後にいた編集室からは、
異常なほどの静電ノイズが検出され、
データベースには“存在しないファイル”が残されていたという。
「AUDITION_03_REAL」
警察はハッキングかウイルスだと判断したが、
高村には、もっと別の何か――説明できない“人の手”を感じていた。
そして今日、瑞希のノートPCが局に返却された。
起動パスワードを解いたのは、高村自身だった。
画面が立ち上がると、デスクトップに一つだけフォルダがあった。
──「CUT_ROOM」
フォルダを開く。
中には編集ソフトのプロジェクトファイルが並んでいる。
そのうちの一つにだけ、奇妙なタイムスタンプがついていた。
「最終更新:明日 02:47」
明日。まだ訪れていない時間。
だが確かに、システム上は“更新済み”と表示されている。
高村は息を整え、プロジェクトを開いた。
画面にはタイムラインが広がる。
複数の映像が重なり、エフェクトが複雑に組まれている。
その中に、見覚えのある断片があった。
真田莉央のオーディション映像。
白石瑞希が編集していた記録。
香坂志穂の姿。
すべてが、一つの長い連続映像として繋がっていた。
ただ一つ、映像の最後のトラックにだけ“空白”がある。
音声トラックも、ビデオトラックも何もない。
だが、そこには目に見えない“データの重み”のようなものが存在していた。
カーソルをその部分に合わせると、ポップアップが表示された。
「この部分は自動生成されます。再生しますか?」
高村は、一瞬だけ迷った。
だが、指は自然に再生ボタンを押していた。
モニターが暗転する。
ノイズの中に、誰かの声が混じっていく。
──「見ている人が、撮る人になる」
声は女だった。
瑞希か、それとも志穂か。
いや、どちらでもない。
まるで、映像そのものが語りかけてくるような響きだった。
画面の中に、白い編集室が映った。
中央に置かれた椅子に、誰かが座っている。
それは――高村自身だった。
モニターの中で、椅子に座る男がゆっくりと顔を上げた。
それは紛れもなく高村自身の顔だった。
照明の角度、ネクタイの色、目の下の小さな傷――どれも今の彼と寸分違わない。
高村は息を飲んだ。
目の前のカメラも回していない。
録画ボタンなど押していない。
なのに、今この瞬間の自分が“編集されて”いる。
映像の中の自分が、無表情で喋り始めた。
「見えていると思っているものは、全部“後からつけられた”ものだ」
その声は、スピーカーからではなく、編集ソフトの波形そのものが震えるようにして響いている。
高村は無意識のうちにマウスを握り締めた。
カーソルをタイムラインに合わせると、
映像の下に新しいトラックが自動的に生成された。
「VIEWER_CAM」
何の操作もしていないのに、再生バーがゆっくりと動き始める。
画面の奥に、別の映像が重なった。
そこには、テレビ局の編集室――この部屋が映っていた。
カメラの位置は、天井の隅。
俯瞰のアングルで、高村の後ろ姿を映している。
「……これ、今の映像か?」
マイクもカメラも接続されていない。
PCはスタンドアロン。
ネットも遮断してある。
それなのに、映像の中の高村が、今と同じように動いている。
数秒遅れて、微妙に時差がある。
画面の右下に、薄い文字が浮かんだ。
──「Viewer:Connected」
誰かが見ている。
しかも、見ている瞬間に、映像が編集されている。
高村はゾッとした。
マウスを持つ手が震える。
止めようとしたが、停止ボタンが反応しない。
画面の中の自分が、まるで別人のように冷たい表情で笑った。
「君も、“儀式”に入ったんだよ」
映像のノイズが激しくなり、モニターの光が部屋全体を包む。
高村は思わず目を覆った。
まぶたの裏に、無数の映像フレームが走る。
白石瑞希、香坂志穂、そして――真田莉央。
彼女たちは、皆カメラの前に立っていた。
だが、誰も撮っていない。
レンズの奥にある“何か”が、彼女たちを見ていた。
「編集」という行為。
それは、映像を繋ぐのではなく、人と視線を繋ぐ儀式だった。
そして今、その儀式の輪に、高村自身が組み込まれた。
光が消えた。
高村は、無音の中で目を開けた。
編集室は静まり返っている。
だが、壁やモニターの輪郭が、どこか“ズレて”見えた。
遠近感が狂っている。
まるで世界そのものがレンズ越しに歪んでいるようだった。
机の上のパソコンは、勝手に再生を続けていた。
画面には、さっきの映像――高村の姿。
しかし今度は、カメラが彼の背後に回り込んでいた。
モニターの中の自分が、静かに振り返る。
「……誰が、撮っている?」
高村は小さく呟いた。
その瞬間、画面の中の“自分”が同じ言葉を発した。
「……誰が、撮っている?」
声のトーンも、呼吸の間合いも、まったく同じ。
それどころか、モニターの中の映像が、少しだけ先に喋った。
再生バーの下に、新たなテキストが浮かび上がる。
「あなたが見ている瞬間、あなたは撮られている」
高村は立ち上がった。
背後に何かの気配を感じた。
振り向いても誰もいない。
ただ、編集室の片隅に置かれたカメラが、赤いランプを点滅させていた。
録画中。
そのカメラには電源が入っていないはずだった。
コードは抜け、バッテリーも外されている。
なのに、ランプだけが明滅している。
──カチリ。
シャッターの音。
高村は咄嗟に後ろを振り向いた。
だが、誰もいない。
代わりに、モニターの中の映像が変わっていた。
編集室の壁に“自分の後ろ姿”が映っている。
まるで、今この瞬間の映像をリアルタイムで編集しているかのように。
「……やめろ……」
高村は手を伸ばして電源を落とそうとした。
だが、ボタンは動かない。
代わりに、再生バーが勝手に早送りされる。
音が重なり、映像が流れ、無数の“視線”が交錯した。
白石瑞希。
香坂志穂。
真田莉央。
そして高村。
彼ら全員が、同じ場所――編集室に座っている。
全員がカメラの正面を向き、ゆっくりとこちらを見た。
そして、彼らの口が一斉に動く。
「次は、あなたの番です。」
高村の背後で、再びシャッター音が鳴った。
画面が暗転。
ノイズと共に、最後のメッセージが浮かぶ。
──「Viewer:Connected(1)」
その数値が、少しずつ増えていく。
2、3、4……
まるで、誰かが次々に“この映像を見ている”ように。
高村の目の前のモニターに、自分の姿が映った。
その表情は、確かに彼自身のものだった。
だが、どこか違う。
笑っていた。
まるで“演技を終えた俳優”のように。
編集は終わらない。
観ている限り、誰かが“撮っている”。




