表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/13

第十二話 甲斐武田氏の滅亡

 山県昌景は武田信玄と、その息子の勝頼の2代に仕えました。武田四天王の一人に数えられ、昌景が率いる赤軍装の一団は「武田の赤備え」として、敵将から恐れられる存在でした。

 騎馬から転げ落ちた山県昌景は、それでも、


「尾張の弱兵、この首、取ってみよ」


 と、大太刀を振り上げて戦意を失ってはいない。

 そこへ足軽が殺到して、


「おのれ、叩き殺せ!」

「討ち取れ、討ち取れ」


 と、集団で襲いかかった。


「ぐがあっ、雑兵ども!」


 昌景は必死に大太刀を振り回したが、

 全身を槍で串刺しにされ壮絶に討死する。

 その後も、武田の騎馬軍団は突撃を繰り返し、


バババーン、ババーン、バババーン!


 激しい銃撃を受けて屍の山を築いた。

 結局、戦闘は昼過ぎまで続いたのだが、

 武田軍は1万人以上の戦死者を出したらしい。


「武田勝頼は武節城に逃げ込んだ模様です」


 との報告を聞いた信長様は、


「これで武田氏も弱体化の道を辿るだろう」


 と、ニヤリと笑う。こうして長篠の戦いは、

 織田・徳川連合軍の圧勝に終わり、

 帰路、俺は馬を並べた毛利新介に話しかけた。


「最早、今の戦場では武勇は必要なくなったのか」

「必要なのは鉄砲を集める財力なのかもしれない」


 と、新介は答えた。

 その後も、信長様と家康は七年にわたり、

 武田領への侵攻を続けた。窮地に陥った勝頼は、

 本拠地である新府城を捨てる。


「勝頼は小山田信茂の居城に向かった模様」


 と、伝令が本陣に鎮座する信長様に報告した。

 だが、勝頼は信茂の裏切りに遭い、事後、

 

「40人ほどの手勢で、天目山を目指しています」


 しかし、そこで、


「滝川一益殿が勝頼を包囲したようです」


 1582年4月3日。

 包囲された武田勝頼は、嫡子の信勝や夫人、

 生き残った家臣を集め、

 16歳の信勝に家督を相続させたという。


「この武田信勝が甲斐武田家の21代当主である」


 その直後、この地で一族郎党は自害する。

 こうして平安時代から400年続いた名門、

 甲斐武田氏は滅亡した。

 武田勝頼の死後、その首級と対面した織田信長は「強者では、あったが運がなかった」と、勝頼の武将としての能力を高く評価していたそうです。勝頼は時代に選ばられなかった悲運の若き将だったのでしょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ