【第97話:揺らぐ時間、揺れる心】
三日後。
ロイたちは王都に戻り、束の間の休息を取っていた。
「……はぁ、肩が……まだ痛ぇ」
ロイは湯屋の片隅で湿布を貼り直しながら、ため息をつく。
その背後から、ルナの声が聞こえた。
「ねぇ、おじさん」
「うおっ、びっくりした!」
「……昨日の戦い。あれ、本当に“偶然”だと思ってるの?」
ロイはきょとんとした顔で答える。
「だって、俺、何もしてねぇし」
「……ふーん。まあいいけど」
ルナは小さく笑い、去っていった。
その笑い方がどこか挑発的で、ロイは首をかしげた。
その後、訓練場にて。
クランが木刀を振りながらロイに近づく。
「おじさん、昨日のアレ、かっこよかったじゃん」
「いやいや、止まったのはたまたま風向きが……」
「違うって! 一瞬、世界が止まったみたいだった!」
クランの目は真剣だった。
その熱に、ロイは少しだけ照れたように笑う。
「……ま、そう見えたなら、そうなんだろうな」
「……おじさんって、ほんと謙遜の塊だね」
クランは頬をふくらませ、剣を振るうたびにロイの視線をちらちらと気にしていた。
夕方。
王城の庭園で、ロイはミレイナに呼び出された。
「ロイ殿。お加減は?」
「ま、肩以外は元気っす」
「……あのとき、貴方の時間がほんの一瞬“外れた”のを、私は感じました」
ロイは目を瞬かせる。
「外れた?」
「ええ。世界の流れから、貴方だけが“少し遅れていた”ように見えました」
ミレイナの声は穏やかだが、真剣だった。
「“時を越えし者”という言葉。黒衣の女は、決して比喩で言ってはいません。私はどこかで読んだような気がするのです。」
ロイはしばらく黙り、夜風に揺れる木々を見上げた。
「……でも、俺、普通の人間だよ。歳も取るし、肩も痛ぇし」
「それでも、貴方には何かがあります」
ミレイナの瞳が柔らかく光る。
「……この国に来てから、ずっと思っていました。貴方は、“時間に優しい人”だと」
「時間に……優しい?」
「はい。過去も、今も、誰かの痛みも、全て受け止める……そんな人です」
ロイは苦笑した。
「なんか、難しいこと言うなぁ……俺にはよくわかんねぇ」
「ふふ……そういうところが、好きですよ」
小さく囁かれたその言葉に、ロイの心臓が一瞬だけ跳ねた。
──その瞬間。
「おじさんっ! 何コソコソ二人きりで話してんの!」
クランが突然茂みの陰から飛び出してきた。
続いてルナも現れ、腕を組んで言う。
「まったく……王女様まで参加して、三角どころか四角関係ね」
「誰が関係なのよ!」
クランが顔を真っ赤にして叫ぶ。
ロイは両手を挙げて、焦ってなだめた。
「ま、待て待て! 俺はただ話してただけで!」
「ただ話すだけで、頬が赤くなる人なんているんですか?」
ミレイナがくすりと笑い、クランはさらに真っ赤に。
ルナはため息をつきながらも、どこか楽しそうだった。
その夜。
王城の塔の上で、黒衣の女は月を見上げながら微笑む。
「ふふ……時間が“揺らぎ始めた”ようね。
この国の運命も、あの男の心も──」
風が静かに吹き抜け、
ロイの物語は、“時”の檻を少しずつ越えていくのだった。
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