【第95話:黒衣の魔導士】
王都の夜を、冷たい風が吹き抜けた。
再建の進む街に、不穏な噂が流れ始めていた。
――黒衣の女が出る。
――その女を見た者は、次の日、夢の中で魂を抜かれる。
「うわぁ、そういう話、マジ苦手なんだよな……」
ロイは震える手で湯気の立つスープをすする。
クランが呆れたように言った。
「おじさん、魔物より幽霊が怖いの?」
「そりゃそうだろ!四十肩は痛いけど、幽霊は痛くないのに怖いんだ!」
「意味わかんない……」
ルナは腕を組み、冷たく言い放つ。
「要するに、腰抜けってことね」
その時だった。
窓の外、月光に照らされて黒い影が揺れた。
「……っ! クラン、ルナ、下がれ!」
ロイがとっさに立ち上がる。
次の瞬間、窓ガラスが砕け、冷たい風とともに“それ”が入ってきた。
黒いローブをまとい、金の仮面をつけた女。
その周囲に、淡い紫の霧が立ちこめている。
「……さぁ、力を見せてみなさい」
低く響く声。
クランが即座に剣を抜き、ルナが詠唱を始める。
「やるわね、ルナ!」
「当然よ!あんたみたいな脳筋とは違うの!」
二人の攻撃が光と炎となって黒衣の女へ放たれる。
だが――霧が全てを吸い込み、かき消した。
「なっ……!?」
「魔法が……通じない!?」
女の仮面がわずかに揺れた。
「無駄です。私は“魂を食う”者――」
ロイは汗を垂らしながら前に出た。
「魂? お、おれのは……あんまり美味しくねぇぞ?」
「……愚かな」
黒衣の女が指を振ると、床が裂け、闇の腕が伸びてロイの足を掴む。
「うわあああっ!? ま、待って! 四十肩に悪いから!!」
「おじさん!逃げて!」
クランが叫ぶが、ロイは踏ん張った。
「いや……俺は、仲間を置いて逃げない!」
その言葉に、女の指が止まる。
「……人間ごときが、勇気を語るか」
「勇気じゃねぇよ。ただ、あんたみたいなのが気に食わねぇだけだ!」
ロイが引き千切るように足を振り上げ――
その勢いで転んだ。
「いったぁぁぁぁ……肩がぁぁぁ!」
「……え?」
「……う、動けねぇ……けど、クラン!今のうちに!」
ロイの叫びと同時に、クランが駆け出す。
「うおおおおっ!!」
その剣が闇を裂く。
続いてルナの詠唱が完成し、雷の魔法が放たれた。
光と轟音の中、黒衣の女が後退する。
「……今日はここまでにしておきましょう」
霧が再び渦を巻き、女は闇に消えた。
静寂が戻る。
ロイは床に転がったまま、息を切らしていた。
「ぜぇ……ぜぇ……おじさん……死ぬかと思った……」
クランが呆れつつも手を差し出す。
「もう、ほんとに……なんでそんなに無茶するのよ」
「仲間がいると、ついな」
「……ばか」
その言葉は小さく、しかしどこか温かかった。
ルナも腕を組んで、ふんと鼻を鳴らす。
「ただの馬鹿ね。……でも、悪くなかったわ」
「お、褒められた!?」
「褒めてない!」
ロイの四十肩は、夜の風に冷やされてさらに痛む。
けれどその顔には、不思議と笑みが浮かんでいた。
――その時。
遠くの塔の上で、黒衣の女は仮面を外して呟く。
「やはり……“時を越えし者”が生きていたのね。
ロイ、あなたが鍵になるとは……皮肉なこと」
月が雲に隠れ、夜がいっそう深く沈む。
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