【第94話:北街道の群れ、そして王女の光】
王都から北へ続く街道は、深い霧に包まれていた。
旅人の噂では、夜ごと魔物の群れが現れ、商隊が次々と襲われているという。
「放っておくわけにもいかないな……」
ロイが肩を回しながら呟く。
「また痛めるわよ、その肩」
クランが苦笑する。
「いいんだ。こういう時に動かないと、オジサンの存在意義がなくなる」
「意義って……無理しないでよね」
その後ろでルナが魔導書を閉じ、冷ややかに言い放つ。
「意義も何も、戦力にならないなら留守番してなさいよ」
「ひでぇ……」
「事実でしょ?」
だが、そこに柔らかな声が割り込んだ。
「ロイ殿が行くなら、私も行きます」
ミレイナ王女が、金の髪を風に揺らして立っていた。
その言葉に三人が同時に固まる。
「いやいや! 姫様まで来ちゃダメだろ!?」
「危険すぎます!」
「足手まといになるだけでしょ」
三者三様の反応。
しかしミレイナは一歩も退かなかった。
「国を守る者が危険を知らずして、何を導けましょう」
「……正論だな」
「ロイ、納得しないで!」
こうして、四人は北街道へと向かった。
――そして、霧の中から響く、獣の唸り。
「来るわよ!」
クランが剣を構える。
無数の魔物が木々の間から溢れ出た。
牙と爪が閃く中、クランの刃が光を切り裂く。
「はあっ!」
鋭い斬撃が魔物を一掃し、続けてルナの魔法が炸裂する。
「《フレア・ランス》!」
炎の槍が一直線に走り、十数体の魔物をまとめて貫いた。
「す、すげぇ……」
ロイはただ後ろで見ているしかない。
剣を握る手は震え、肩も痛む。
「俺も……なんかしねぇと!」
覚悟を決めて前へ出るロイ。だがその瞬間――
地面が震えた。
霧の向こうから、巨体の魔物が姿を現す。
牛のような頭に、蛇の胴体。目は血のように赤い。
「な、なんだありゃ……!?」
「《ランス・バースト》!」
ルナの魔法も効かない。鱗が硬すぎた。
「クラン、下がれ!」
ロイが叫びながら突っ込む。
剣を構え、渾身の一撃を――
「ぐわっ!? いってぇぇぇぇ!」
弾き飛ばされ、地面を転がるロイ。
肩が限界を訴えるように悲鳴を上げた。
「ロイ!」
「ロイ殿!」
その時だった。
静かに、風が止んだ。
ミレイナが両手を胸に組み、祈るように目を閉じた。
「光よ、我らを照らし、闇を祓え――《セラフィム・レイ》」
まばゆい光が放たれ、空気が震える。
白銀の炎が巨獣を包み、悲鳴とともに焼き尽くした。
霧が晴れ、静寂だけが残る。
三人は呆然と立ち尽くす。
「お、王女様……今の……?」
「ミレイナ、あなた……魔法、使えるの?」
ルナが目を丸くする。
ミレイナは小さく頷いた。
「昔、父に禁じられていました。戦いの力を持つべきではないと……
でも、もう隠してはいけないと思ったのです」
ロイは地面に座り込んだまま、笑った。
「はは……やっぱ、俺いらねぇな」
「……バカ」
クランがそっと手を差し伸べる。
「アンタがいなきゃ、誰も突っ込めなかったでしょ」
「そうそう。あんたが盾になったおかげで、私たち動けたんだから」
ルナもぶっきらぼうに言いながら、少しだけ笑った。
ミレイナが優しく言葉を添える。
「ロイ殿。あなたが一番、勇気のある方です」
夕陽が沈む北街道。
四十肩おじさんは今日も痛みに耐えながら、仲間たちの笑顔を見上げていた。
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