【第92話:瓦礫の中の王女ミレイナ】
王都はまだ傷ついていた。
燃え落ちた城壁、崩れた石畳――その中で、ロイは今日も地味に働いていた。
「よっ……と。あいたたた……肩が……」
四十肩を抱えたまま、黙々と瓦礫を片づける男。
「なあ、クラン。少し休め」
ロイが差し出したのは、水筒。
中身は、ぬるくなったただの水。
けれど、差し出す手がやけに大きくて、クランは一瞬だけ目をそらした。
「……ありがと」
「おう。あ、でもそれ俺が飲んだあとだから……」
「……先に言ってよ!」
顔を真っ赤にして怒鳴るクランに、ロイはおろおろと頭を下げた。
そんな二人の様子を、少し離れた場所から王女ミレイナが見ていた。
髪を陽光に揺らしながら、静かに微笑む。
「不思議な方ですね、あのロイ殿は」
侍女が問い返す。「と、申されますと?」
「この国を救ったのに、自分の手柄を誇らない。
……まるで、陰で誰かを支えるために生きているよう」
その夜。
王宮の片隅で、ロイはひとり肩に湿布を貼っていた。
「……もう、無理がきかねぇな」
肩に触れる手の震えが、年齢を物語っている。
そこへ、ふと扉がノックされた。
「ロイ殿、まだお休みでないのですか?」
ミレイナが月明かりの下に立っていた。
薄いドレスの裾を握りしめ、どこかためらいがちに続ける。
「今日の働き、感謝いたします。民も皆、貴方に励まされております」
「……俺なんか、肩痛いだけのオジサンだぞ?」
「ふふ、そんな謙遜はこの国では禁止にしたいくらいです」
やわらかな笑顔に、ロイは思わず目をそらした。
「王女様、そんな風に言われると……照れる」
「……では、照れてください」
ミレイナはそう言って小さく笑った。
廊下の奥でその様子を見ていたクランは、胸の奥にチクリと小さな痛みを覚えた。
――あの王女様まで、このおじさんを……?
夜風が吹く。
三人の運命は、静かに絡まり始めていた。
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