【第91話:おじさん、王女に見つめられる(理由は特になし)】
城の中庭。
夕暮れの風が瓦礫の山を撫で、赤い空に鳩が飛び立っていった。
ロイは肩を押さえながら、石材を運んでいた。
「ぐぬぬ……肩が……だが、誰かがやらねぇとな……」
彼の背中を、クランは少し離れた場所から見つめていた。
数日前までゼイヴの面影を追いかけていた自分が、今は無精髭を生やしたおじさんを目で追っている。
「……なんで、気になるんだろ」
その時、背後から声がした。
「彼――本当に、不思議な方ですね」
振り向くと、王女ミレイナが立っていた。
淡い金髪を風に揺らし、白いドレスの裾を押さえながら、どこか儚げに笑っている。
「ミレイナ様……」
「ごめんなさい。作業の邪魔をするつもりじゃなくて」
ミレイナの視線の先には、相変わらず四十肩を押さえながら作業するロイの姿がある。
「痛そうですね……でも、やめないんですね」
「はい。あの人、止めても言うこと聞かないんです」
クランが苦笑した。
ロイはというと、落ちた石を拾おうとして「いってえ!」と叫び、肩を押さえたまま片足でバランスを取っていた。
どう見ても頼りない。
けれど、不思議と誰も笑わなかった。
「……ああやって、誰かが見てないと頑張れない人なんだと思います」
クランがぽつりと言う。
「最初は、なんでこんなおじさんが残ってるんだって思いました。
でも今は……あの人がいないと、何かが欠けてる気がして」
ミレイナはその言葉に、小さく頷いた。
「わかります。私も……そう思ってしまうんです」
二人は、しばし沈黙した。
ロイが汗をぬぐいながら、遠くから手を振ってくる。
「おーい! そっちの石、もう少し右寄せな!」
「はーい!」
クランが思わず笑って手を振り返す。
ミレイナもつられて微笑んだ。
彼の声は不思議と、心の奥の重さを軽くする。
それは剣の強さでも、魔法の力でもない。
ただ、隣にいるだけで安心する――そんな種類の強さだった。
夜、城の会議室で。
ロイは肩に湿布を貼りながら報告書をまとめていた。
そこへミレイナが入ってくる。
「ロイさん……」
「おっと、姫さん。こんな時間にどうしました?」
「今日も、一日ありがとうございました」
「いえいえ。俺なんかより、みんなの方が頑張ってますよ」
ロイが笑ってそう言うと、ミレイナはふと、机に並ぶ小さな彫像を見た。
瓦礫の石を削って作られた簡素な兵士像。
「これ、あなたが?」
「ええ。復興作業の合間にちょっとな。
ほら、みんな気が紛れるだろ?」
ミレイナはその無骨な人形を手に取り、そっと微笑んだ。
「……不器用ですけど、温かいですね」
「俺の人生みたいなもんです」
「……ふふっ」
その笑い声を聞いた瞬間、ロイは一瞬だけ胸がざわついた。
“ああ、ゼイヴだったら、もっとスマートに返してるんだろうな”
でも、不思議とそれでいいと思えた。
部屋を出ようとしたミレイナが、ふと振り返る。
「ロイさん」
「はい?」
「……あなたがいると、王国が……少しだけ明るく見えます」
ロイは照れくさそうに頭を掻いた。
「いやぁ……肩は重いけど、気持ちは軽くなりました」
「それは何よりです」
扉が閉まると、静寂が訪れた。
ロイはしばらくその場で動けずにいた。
胸の奥が、少しだけ温かかった。
外では、クランが廊下の影からその様子を見ていた。
「……なんか、負けてられないな」
クランは拳を握り、そっと呟いた。
こうして――
王国の静かな夜に、二つの想いが、ゆっくりと動き始めたのだった。
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