【第66話:崩落する館】
グラトスの拳が再び振り下ろされる――その瞬間。
「ロイ! 危ないっ!」
カレンの叫びに、ロイは思わず横に飛び退く。だが、足元の石に躓き、見事に前のめりに転んだ。
――ガキィィン!
偶然にも、滑った剣先がグラトスの顎に突き上げられる形となった。
鈍い衝撃音。巨体が一歩後ろに揺らぐ。
「お、おお……? 俺、やったか?」
「やってないわよ! 今の完全に事故でしょ!」
カレンが全力でツッコむ。
後ろで見ていた子どもたちが小声で「……おじさん、すごい……」「いや、あれ絶対すごくない……」とヒソヒソしている。
しかし、その一瞬の間隙が命を繋いだ。
「今のうちに! 撤退するわよ!」
「お、おう!」
二人は必死で通路を駆け出す。
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混乱の中、通路が枝分かれし、ロイはカレンたちと逸れてしまった。
「え? おいカレン? ……あれ? ここどこだよ!」
気づけば、豪奢な扉の前に立っている。嫌な予感しかしない。
「まさか……これってボス部屋パターン?」
震える手で扉を開けると――。
そこには、豪奢な椅子にふんぞり返る、太った男がいた。
「誰だ……貴様」
「……あっ、自己紹介はまた今度で! あんた、グリフォードだな?」
「ふん、ならどうした。私の館に勝手に踏み込むとは……」
ロイは慌てて剣を突きつける。
「とにかく、こんなことはもうやめろ! 二度と子どもを奴隷にするな!」
「な、なにを……!」
「誓え! 誓わなきゃ、今ここで……脅すぞ!」
「脅すぞって……もう脅してるわよ!」
どこからかカレンの声が聞こえた気がして、ロイは赤面する。
結局、グリフォードは渋々「わ、わかった」と誓った。
だが、その目には殺意が燃えていた。
(小僧……貴様だけは絶対に許さん……!)
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その時だった。
――ゴゴゴゴゴゴッ!
地鳴りが館全体を揺さぶり、壁が崩れ始める。
「な、なんだ!?」
豪奢な天井が音を立てて落ち、グリフォードの絶叫が響く。
「やめろォォォ! 私はまだ――!」
だが、その声は瓦礫の轟音に呑まれた。
ロイは必死に通路を駆け抜け、再びカレンと合流する。
二人は子どもたちを引き連れ、崩れゆく館を脱出した。
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外に出た瞬間、ロイは膝をつき、荒い息を吐く。
「な、なぁ……俺、ちょっとカッコよかったよな? 今の」
子どもたちが顔を見合わせて言う。
「……転んでただけだったよね」
「うん、完全にラッキーパンチ」
「……ぐはっ」
ロイは見事にダメージを受けた。
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しかし、その頃――。
崩落する館の瓦礫の中から、影がゆっくりと立ち上がる。
グラトスだった。
その背後に、二つの影が現れる。
一人は仮面をつけた男――ゼイヴ。
もう一人は重力の仮面をまとった巨躯の男、ヴァルド。彼は掌を開き、周囲に重力の波を走らせる。
「重力の揺らぎで基礎を崩した。あとは片付けるだけだ」
地鳴りを起こしたのはヴァルドであったのだ。
「フン、予定通りだな」
ゼイヴが短く答える。
グリフォードが瓦礫の中から這い出そうとする。
「ま、待て……私は金も権力も――」
だが、その言葉を遮るように、三人の仮面の徒が同時に振り返る。
――そして、冷徹にトドメを刺した。
夜風が吹き抜け、館は完全に沈黙した。
仮面の徒たちは、影のように姿を消す。
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遠く離れた丘の上で、ロイは崩れ去る炎の館を見ていた。
「……終わったのか?」
「いいえ、これからよ」
カレンの声が冷たく響く。
知らぬ間に、彼らの背後で暗躍する組織の影が、さらに濃く伸びていくのだった。
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