【第64話:潜入〜遭遇】
森を抜けると、館の裏手に静かな小川が流れていた。
その脇に石で組まれた排水口が口を開けている。鉄格子は錆びつき、苔むしているが、まだしっかりと固定されていた。
「ここだな」
ロイが低くつぶやく。
「ユアンの言ったとおりだ……地下へ通じてる」
カレンは腰の短剣を抜き、鉄格子の隙間を探る。
「鍵はない……でも、時間をかければ外せる」
ロイは周囲を見渡し、囁くように言った。
「急げ。夜が明けりゃ見張りが増える」
カレンは器用に刃を差し込み、錆びついた留め具をこじ開けていく。鉄の軋む音が夜気に響き、二人の神経を逆撫でした。
やがて――「カチン」と乾いた音を立てて、格子が外れる。
「開いた……!」
「よし、行くぞ」
二人は湿った石の縁をつたって排水口の中へと身を滑り込ませた。
鼻を突く下水の臭いと、ひんやりした空気。足音が水面に反響し、闇が際限なく続いているように思える。
ロイは剣を抜きながら、肩を回す。
「……クソ、この肩、潜入にはほんと向かねぇな」
「今さら弱音? 私が前って決めたでしょ」
「はいはい。頼りにしてるぜ、相棒」
カレンは微かに笑みを浮かべ、再び真剣な眼差しで闇の奥を見据えた。
「子どもたちは、この先にいる。……絶対に助け出すわよ」
二人は息を殺し、闇の地下道を進み始めた。
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湿った石の通路を、二人は足音を殺して進んでいた。
灯りはなく、壁に流れる水がかすかに滴る音だけが響く。
その時――。
「……誰だ?」
低い声が闇を裂いた。
松明の赤い光が、通路の先に揺れる。二人の兵士が犬を連れて見回っていた。
犬が鼻をひくつかせ、次の瞬間――吠え声が通路を震わせる。
「チッ、見つかったか!」
ロイが剣を構える。
「侵入者だ!」
兵士が松明を掲げ、剣を抜いて駆け寄ってくる。
カレンはすでに動いていた。
足音を殺したまま低く滑り込み、犬の喉元に短剣を突き立てる。吠え声は途中で途切れ、暗闇に血の匂いが広がった。
「カレン!」
「犬は止めた! 兵士は任せる!」
ロイは肩を痛めた身体を奮い立たせ、剣を振るう。
金属がぶつかり合い、火花が散った。
肩の軋む痛みに歯を食いしばりながら、押し込まれてくる兵士の剣を受け止める。
「おらぁっ!」
ロイは一歩踏み込み、相手を力で押し返すと、壁に叩きつけた勢いで刃を振り抜いた。兵士が呻き声を上げて崩れる。
もう一人がカレンに迫る。
だがカレンは紙一重で斬撃をかわし、逆手に構えた短剣で兵士の手首を貫いた。悲鳴が響き、剣が床に落ちる。
彼女はためらいなく喉へ刃を走らせた。
静寂が戻る。
ただ、水滴の音と、血の滴る音が混じり合うだけ。
ロイは荒く息を吐き、剣を肩に担いだ。
「……ふぅ。静かに潜るつもりだったんだがな」
「まだ始まったばかりよ。急がないと、見回りの交代が来るわ」
カレンの声は冷静だったが、その目には戦意の炎が燃えていた。
二人は互いにうなずき合い、さらに闇の奥へと進んでいった。
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