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【第63話:潜入の準備、出発】

夜明け前、村の外れ。

 ロイとカレンは焚き火の小さな炎を囲み、地図を広げていた。


「ここが領主の館。街道は兵士が見張ってるはず。正面突破は論外ね」

 カレンが指先で館の周囲をなぞる。

「なら……森を抜けて、裏手の排水口から入る。奴隷施設と館の地下はつながってるはずよ」


 ロイはうなずきながら、肩を回してみせた。

「なるほどな。……だが、この肩じゃ潜入に向いてねぇ」

「知ってるわよ。だから、静かに動くのは私が先頭。あなたは殿をやって」


 ロイは思わず苦笑した。

「英雄扱いされてるのに、殿かよ」

「英雄が真っ先に捕まったら笑い話にもならないでしょ?」

 カレンの切り返しに、ロイは肩をすくめた。


 その横で、ユアンが必死に言葉を探すように口を開いた。

「……あの、地下の廊下は……暗くて、すごく長いです。兵士が……犬を連れて見回りしてて……吠えられたら、すぐにばれる……」


「犬か……」

 ロイは顎に手を当てる。

「四十肩に吠えられたらたまらん」

「真面目にやりなさい」

 カレンが呆れ気味に睨むと、ユアンが思わず笑ってしまった。


 ロイはその笑顔を見て、小さくうなずく。

「……よし。作戦はこうだ。森から回り込んで排水口を探す。犬の警戒はカレンが仕留める。俺は……最後まで残って、子どもたちを逃がす役だ」


「そんな役、自分から選ぶんじゃないわよ」

「背中を守るのが年長者の仕事だ」

 ロイの言葉に、カレンは一瞬だけ言葉を詰まらせ、それから静かにうなずいた。


 ダリオが焚き火に薪をくべながら、低く言った。

「……バカみてぇに危ねぇ橋を渡るもんだ。だが、お前らが行くってんなら、俺は村を死んでも守る。安心して行け」


 ロイは肩の痛みに顔を歪めながらも、力強く答えた。

「……ああ。必ず、子どもたちを連れ帰る」


 その声に、夜明け前の空が少しずつ明るさを増していった。



村の外れ。

 ロイとカレンが出立の準備を整え、ダリオとユリアとユアンに見送られていた。


「ロイ兄ちゃん……ほんとに、行くの?」

 ユアンの小さな声が震える。

「心配すんな。ちゃんと帰ってくるさ」

 ロイは少年の頭をくしゃりと撫でた。


 ダリオは腕を組み、低く言った。

「こっちは任せろ。村には一本たりとも敵を入れねぇ」


 その時――ふいに空気がざわめいた。

 いつの間にか、古びた外套をまとった男がそこに立っていた。


「……ゼイヴ」

 ロイの目が驚きに見開かれる。

異世界を渡る仮面の徒。


 ロイは迷いなく口を開いた。

「頼む、ゼイヴ。あんたの腕が要る。子どもたちを救うために、一緒に来てくれ」



「救う? お前の言う“救い”は、どこまでを含むんだ? 子どもだけか、村人もか、それとも領主を倒すことか。……どれも選ばずに“救う”なんて言葉を使うのは、安っぽい」


「……っ!」


「俺には俺の秩序がある。お前の戦いはお前のものだ。だが……必要があれば首を突っ込む…」


そう言ってゼイヴは霧のように姿を消す。

 その残響だけが夜明け前の空気を震わせる。


 ロイは拳を握りしめ、悔しさを噛みしめた。

「……チッ。やっぱり一筋縄じゃいかねぇ男だ」


 カレンが静かに言う。

「信じられない……あんな冷たい言い方」

「いや……ゼイヴは、あれで何か考えてる。あいつはそういう奴だ」


 ロイは肩の痛みに顔をしかめながらも、前を向いた。

「行くぞ、カレン。ゼイヴが来るかどうかは分からねぇ。だが、子どもたちを救えるのは、俺たちしかいない」


 焚き火の残り火がはぜ、二人の影を背後に押し出すように揺らした。



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