【第61話:村の灯り】
長い森の道を抜け、夜空に淡い光が見えた。
「……あれが、村だ!」
子どもたちは歓声を上げ、わっと駆け出した。小さな背中が次々に夜の闇を飛び越えるように走っていく。
村の門が開き、ユアンが姿を現した。子どもたちが次々と抱きつくと、彼は涙をこぼしながら一人ひとりの名前を呼んだ。
「みんな……! よかった、よかった……!」
その後ろから駆けてきたユリアは、走り寄ってきた幼い子を抱きしめ、声を震わせた。
「もう会えないかと思った……!」
笑い声と泣き声が入り混じる。村人たちも続々と集まり、安堵と喜びの輪が広がっていった。
ロイは少し離れた場所で、その光景を眺めていた。
「……これで、ひとまずは……」
胸の奥から熱いものが込み上げる。自分が戦ってきた理由が、今ようやく形を取った気がした。
だが次の瞬間――肩に電撃のような痛みが走り、ロイは膝をついた。
「っ……ぐ……!」
カレンがすぐさま駆け寄り、ロイの腕を支える。
「ロイ!? どこかやられたの!?」
ダリオも顔をしかめて覗き込む。
「おいおい、英雄様がここで倒れるなんて笑えねぇぞ!」
ロイは苦笑しながら、肩を押さえた。
「……心配するな。ただの、四十肩だ……」
一瞬の沈黙。村人たちは顔を見合わせ、ポカンとした表情を浮かべた。
その直後、子どもたちが「なんだそれー!」と笑い出し、場の空気がほんの少しだけ和んだ。
その夜、村ではささやかな祝宴が開かれた。焚き火の明かりの下で笑い声が響き、子どもたちは眠りにつくまで歌い、踊り続けた。
だがロイは一人、火の揺らめきを見つめていた。
ユアンがそっと隣に座り、低い声で告げる。
「……まだ、救われていない子がいる」
ロイは静かにうなずいた。
「分かってる。だが――」
夜風が吹き抜け、ロイは肩に走る鈍い痛みを再び感じた。
歓喜の夜の中、彼の胸には小さな胸騒ぎが残り続けていた。
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焚き火がぱちりと弾けた。
村中が祝宴の喧騒に包まれているその片隅で、ロイとユアンは並んで座っていた。
「……おじさんのおかげで、みんな戻ってきた。本当に、ありがとう!」
ユアンの声は震えていた。安堵と喜びの余韻に満ちていたが、その奥に沈む影をロイは見逃さなかった。
「……まだ何かあるんだな?」
ロイの問いに、ユアンは深く息をついた。
「……あの施設には、まだ子どもたちが残されているんだ」
ロイは目を細めた。
「……救い出せなかった子が?」
「いや……違う」
ユアンはゆっくり首を振る。
「彼らは“選ばれた”子どもたちなんだ。領主にとって特別な……いや、もっと正確に言えば、“売り物”なんだ」
焚き火の炎が、ユアンの表情を赤黒く照らす。
「普通の奴隷と違う。あの子たちは、貴族や軍に献上されるために――生まれながらに“番号”を与えられてた。名簿も出回り、契約も済んでいると聞いたんだ。だから……救い出すことは、ただの盗みでは済まされないかもしれなよ……」
ロイは思わず肩を押さえた。痛みはすでに日常の一部のように付きまとっている。
「……つまり、やるなら領主を敵に回すってことか」
「そういうことだ」
ユアンの声は低く重い。
「もし争えば、村が危なくなる……」
ロイは唇を噛み、焚き火の火花を見つめた。
救うべき子どもたちがまだ残されている。だが踏み込めば、守ろうとした村すら巻き込んでしまうかもしれない。しかしもう踏み込んでいる……。
そこへ、後ろからカレンが歩み寄ってきた。
「……また無茶を考えてる顔してるわね」
鋭い瞳がロイを射抜く。
「でも、行くんでしょ? あなたはそういう人だから」
ロイは苦笑した。
「……俺の顔って、そんなに分かりやすいか」
「ええ。四十肩の痛みで歪んでる顔とは別に、もうひとつあるのよ」
焚き火の火は、消えかけてなお赤く揺らいでいた。
ロイの胸の奥でも、消えかけない炎が静かに燃えていた。
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