【第52話:村を脅かす影とおじさんの四十肩】
翌朝。
鳥のさえずりと、村人たちの畑を耕す音でロイは目を覚ました。
昨日は散々な目にあったが、ユアンとその家族の笑顔を見て、心のどこかが温かく満たされていた。
「……ああ、肩が痛ぇ……夢でも四十肩に泣かされるとはな」
ロイは軋む肩をさすりながら、のんびり起き上がる。
だがその穏やかな朝は、突如として破られる。
村の入口に鉄靴の音が響き、数名の兵士が馬に乗って現れたのだ。
「この村にユアンという少年がいるはずだ。奴隷から逃げた者を匿うとは重罪ぞ!」
その言葉に村人たちの顔は青ざめた。
ユアンはユリアの後ろに隠れ、怯える声で「……ごめん……」とつぶやく。
ユリアは必死に兵士に頭を下げた。
「ユアンはここにはいません! どうかご勘弁を!」
だが兵士の目は冷たく光り、吐き捨てるように告げた。
「ならば代わりを出せ。子供であれば誰でもいい。我らに逆らうなら、この村ごと燃やすだけだ」
――ざわめき。
――泣き出す子供。
村に絶望が走る。
そこで、村人たちの輪をかき分けて、ひとりのおじさんが前へ出た。
「おいおい、待て待て待て……」
ロイは片手で肩を押さえながら、へらりと笑った。
「俺、四十肩で剣もまともに振れねぇんだよ。だからな? できれば話し合いで済ませようじゃねぇか……?」
兵士は鼻で笑った。
「腰の抜けた中年風情が何を言う。下がっていろ」
「いやいやいや! わかってねぇな。四十肩の痛みはな、剣を振るたびに“ぐわぁっ”って来るんだ。わかるか? しかも夜寝返り打っただけで起きちまうんだぞ? あれは地獄だ……」
村人「(今それ言う!?)」
ユリア「(な、なんて間の抜けた人……でも……)」
コメディな空気が一瞬流れたが、兵士は容赦なくユアンを探し始め、代わりに別の子供の腕を乱暴につかんだ。
「や、やめてください!」
ユリアが叫ぶ。
その瞬間だった。
「ぐぅっ……! こ、この痛みは……!」
ロイが肩を押さえたかと思うと、次の瞬間、剣を思いきり振り抜いた。
――ズバァンッ!
予想外の勢いで兵士の槍を弾き飛ばし、そのまま兵士ごと吹き飛ばしたのだ。
「な、なにっ!?」
「ただの中年じゃなかったのか!?」
兵士たちは混乱するが、ロイはなおも四十肩に悶絶していた。
「いってぇえええ! ……でもこれで……子供に手ェ出すな!」
村人たちは息を呑んだ。
兵士たちはロイの勢いに押され、撤退を余儀なくされる。
去っていく背を見送りながら、ユアンは涙を浮かべてロイに抱きついた。
「ありがとう……ロイさん……!」
ユリアも震える声で言った。
「……助けてくださって、本当にありがとうございます」
その瞳には、ロイへの揺れる感情が浮かんでいた。
――そのとき。
村外れの木陰から、一人の女性が静かにその光景を見つめていた。
夜にロイを襲った暗殺者。鋭い眼差しはまだ疑念を帯びていたが、心の奥で揺らいでいた。
(……あの男、本当に怪しいのか……? ただの“痛いおじさん”なのか……?)
風が吹き、木の葉が揺れる。
村の運命を大きく変える存在が、確かに動き出そうとしていた。
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