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【第51話:森で出会った少年】

 草原を吹き抜ける風が、どこか懐かしくもあり、新鮮でもあった。

「……ここが、新しい世界か」

 ロイは深く息を吸い込み、異世界特有の匂いを胸いっぱいに溜め込んだ。草と土の匂い、それに混ざる見知らぬ木々の甘い香り。どこか牧歌的な空気を漂わせているが、彼の背中には常に四十肩の痛みが残っている。


 森に足を踏み入れたときだった。

「た、助けてっ!」

 か細い悲鳴と共に、数匹の黒毛の魔狼が、ひとりの少年に牙を剥いていた。少年の衣服はボロボロで、首には錆びた鉄の首輪が巻かれている。


「こりゃ、ほっとけねぇな……四十肩でも!」

 ロイは剣を抜き、構えを取る。だが振りかぶった瞬間――

「いっっってぇえええええっ!!」

 四十肩が悲鳴を上げ、ロイの体がビクンと跳ねた。次の瞬間、剣が思わぬ角度で振り下ろされ、魔狼の頭をカチ割っていた。


「……え? おじさん、すごい!」

「すごくねぇ! 今のはただの反動だ!!」

 ロイは涙目になりながら次々と斬撃を繰り出し、結果的に魔狼の群れを殲滅してしまう。肩はズキズキ痛むが、少年の命は救われた。


 少年は膝をつき、震えながらもロイを見上げる。

「ぼ、ぼくはユアン。奴隷から逃げてきたんだ……でも、家族の村までもう少しなんだ」

 彼は痩せ細ってはいるが、瞳には必死な輝きが宿っていた。


「ユアン、か。なら送ってやる。……ただし、道中で肩が鳴ったら助けてくれよな」

 そう言ってロイは彼の頭を軽く撫でた。



 二人が辿り着いたのは、小さな谷あいの村だった。藁葺き屋根が並び、煙突からは細い煙が上がっている。質素だが、人々の笑顔が絶えない場所だ。


「ユアン!」

 真っ先に駆け寄ったのは、一人の女性だった。栗色の髪を後ろで結び、穏やかだが芯の強い瞳をしている。

「姉ちゃん!」

 二人は抱き合い、村人たちは歓喜の声を上げた。


 その女性はユリアと名乗った。ユアンの姉であり、両親を亡くした後は村の子どもたちの世話まで引き受けている、責任感の強い女性だ。

「旅のお方、本当にありがとうございます。弟を助けてくださって……」

 深く頭を下げるユリアに、ロイは少し照れくさく頭をかいた。

「おじさんで良ければな。……肩は死ぬほど痛かったが」


 村人たちはロイを歓待し、粗末ながらも心のこもった食事を用意してくれた。焚き火の周りでユアンとユリアの笑顔を眺めながら、ロイは思った。

「……この世界も、悪いだけじゃねぇな」


 やがて夜になり、ロイは与えられた寝床で横になる。

 ――ズキッ。

「いってぇ……くそ、こんなときにまで……」

 肩の痛みで目を覚ました瞬間、闇の中で光が閃いた。


 シュッ――!

 窓から影が飛び込み、刃がロイの喉を狙う。だが、痛みで身をよじったロイの動きと重なり、刃は空を切った。


「なっ……!」

 暗殺者は小柄な女性。黒いフードに身を包み、顔の下半分を覆っている。驚きの表情を見せた後、軽やかに身を翻して逃げ去った。


 ロイは荒い息をつきながら剣を握る。

「……あの動き、ただの盗賊じゃねぇな」

 窓の外に広がる闇を睨み、ロイは初めてこの村に渦巻く不穏な気配を感じ取った。



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