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【第37話:聖なる泉の試練】

 「ところで聖なる泉はこの間、ラグナに会ったあの泉のことか?」

「違うわ。世界には複数の聖域があるの。今回目指すのは、東の森のさらに奥……『知恵と真理の泉』と呼ばれる場所よ」


 ラグナはこくりとうなずく。


「エリスの言う通りだ。あの泉は、この世界の根幹に触れる場所の一つ。ロイ、お前の力を探る鍵になるだろう」


「……正直、怖いんだよな。自分の力の正体を知るなんて」

「ふふ、怖がるあたりが人間らしいわね」


 エリスのからかいにロイは肩をすくめた。――四十肩のせいで、本当に痛かったのは秘密だ。


 深い森を抜け、霧に包まれた静謐な場所にたどり着いた。

 水面はまるで鏡のように澄み、立つだけで胸の奥が震えるような清らかさを放っている。


「ここが……新しい聖なる泉……」

「ロイ。泉に手を浸してみて」エリスが促す。


 恐る恐る水に触れると、泉がまばゆい光を放ち、空間に竜の紋章が浮かび上がった。


「これは……!?」

「ロイの体に宿る力と共鳴している。やはり、この男は――」


 ラグナの小さな瞳が鋭く光る。


 するとシルヴィアが眼鏡を曇らせたまま叫ぶ。

「見えます!数式が!あの光は対数的に増幅する魔力波――つまり、ロイさんの力は――」


「わかった、わかったから落ち着け!」

「いえ、私は落ち着いてます!cosθ×∞の落ち着きです!」


 ロイは思わず頭を抱えた。四十肩で痛む左肩を押さえながら。



 その時、泉の奥から重々しい声が響いた。


『――来たか、選ばれし者よ』


 泉の光の中に現れたのは、幻影のような巨大な竜。ラグナと同じ種の存在だろうか。


「な、なんだあれ……!」

「ロイ、これは“試練”よ。あなたの力を見極めるための」


 ロイはごくりと唾を飲み込む。

――自分の力の正体を知るために。

――仲間を守るために。


 逃げることは、もうできない。



 聖なる泉がまばゆい光を放ち、空間に浮かび上がる巨大な竜の幻影。

 その姿は、同行しているラグナよりもさらに荘厳で、見るだけで魂が震えるような存在感を放っていた。


『――我はこの泉の守護者。真に選ばれし者のみに、力の扉を開く』


 重厚な声が響くと同時に、水面が盛り上がり、人の形を成していく。透明な鎧をまとった戦士の幻影――試練の使者が現れた。


「ま、まさか……戦うのか?」

「ええ、ロイ。あなたの心と力が試されるのよ」エリスが静かに頷く。


「ふむ……この魔力波、sinθの2乗に比例してるな……」

隣でシルヴィアが眼鏡を拭きながらぶつぶつ呟く。


「いや、いま数式の話してる場合か!」

「私にとっては常に数式の時間です!」


 ロイは頭を抱えたが、目の前の幻影は待ってはくれない。剣を振りかざし、疾風のごとき速度で迫ってきた。



「ぐっ……は、速ぇ!」

ロイは必死に身をかわす。だが四十肩の左腕が悲鳴をあげた。


「いってぇぇぇぇぇっ!!!」


 剣がかすめ、肩がズキンと痛む。だが――その痛みと同時に、泉の光がロイを包み込んだ。


「な、なんだこれ……!?」


 痛みが力に変わるような、不思議な感覚。肩の疼きが熱となって全身を駆け巡る。


『――それこそが、お前の力の源……痛みを糧に、力へと昇華する』


「痛みを……力に?」


 幻影の声に、ロイは目を見開いた。

これまで不便でしかなかった四十肩が、まさか力の発端だったとは。



「ロイさん!cosθ×∞のエネルギー収束です!いまが必殺のタイミングです!」

「意味わかんねえけど、やるしかねえ!」


 ロイは痛む肩をわざと大きく回し、力を解放した。


「――必殺!四十肩スパイラルォォォ!!!」


 肩から放たれた衝撃波が渦を巻き、泉の光と共鳴して巨大な竜巻となる。

 幻影の戦士はその渦に飲み込まれ、光の粒子となって消えた。



 静寂が戻る泉。光の竜が再び姿を現し、ロイを見下ろした。


『――よくぞ己の痛みを力に変えた。その心、その仲間を思う気持ち……認めよう』


 泉の光がロイの体を包み込み、新たな力が刻まれる。

 それは「痛みをエネルギーに変換する」真なる加護だった。


「ロイ……すごいわ」エリスが微笑む。

「ふむ、やはり私の数式は正しかった……!」シルヴィアが得意げに頷く。


「いや絶対に違うだろ!?」ロイは全力で突っ込んだ。


 だが、どこか嬉しそうに。

 仲間がいて、痛みを共に笑える自分が、今は少し誇らしかった。



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