【第36話:聖なる場所への道と、論理の魔導士シルヴィア】
ロイの肩に乗っていた小さなドラゴン――ラグナが、尻尾を揺らしながら口を開いた。
「フム……仮面の徒。確かに強大な力を持つ存在なのだろう。だが――信頼するには早い」
「えっ、ラグナまでそう感じるのか?」
「当然だ。強すぎる力は均衡を壊す。我が大きな姿で世界を見ていた頃も、戦乱の陰にはいつも“異質な力”があった」
普段は愛嬌さえある小さな身体なのに、ラグナの声音だけは深く、澄み切って重い。
「加えてロイ……お前の力は、まだ本来の姿を現しておらぬ」
「……俺の、力……?」
「我が選んだ神龍の伴走者だ。その意味を知る時は、いずれ訪れる」
黄金の瞳にまっすぐ見つめられ、ロイは息を飲んだ。
◆ ◆ ◆
「……なんか急にカッコつけてるなぁ」
セレナが小声でつぶやく。
「うん、言ってることは立派なんだけど……」
ルカがにやりと笑い、
「とにかく可愛い! 抱っこしたい!」
勢いよくティナが手を伸ばす。
「や、やめんか! 神龍を抱き枕にするでない!」
ラグナが小さな火花を散らした次の瞬間――
「きゃー! さらに可愛いー!」
「可愛がるなぁぁ!!」
宿屋の一室に、情けない神龍の叫びが響いた。
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その夜、エリスが真剣な表情でロイの前に立った。
「ロイさん。あなたの力……ラグナが言ったとおり、まだ“開きかけた扉”みたいな状態です。
もし本当に知りたいと思うなら……北の山にある《聖なる泉》へ行くべきです」
「聖なる泉……?」
「はい。古い伝承では“選ばれし者の本質を映す鏡”だと言われています」
ロイは思わず肩に手を当てた。
四十肩に悩まされ続けたこの肩――
異世界で笑われたこの痛みの奥に、本当に“力”なんてあるのか。
「……行こう、エリス」
「ええ。私もご一緒します」
◆ ◆ ◆
翌朝、二人は静かに街を出た。
仲間たちから離れるのは心細いはずなのに、ロイの胸にはどこかすっきりした風が吹いていた。
「エリス、本当に二人で平気か?」
「……ロイさんがいるなら、私は大丈夫です」
その小さな呟きは、ロイには届かない。
首をかしげるロイに、エリスはそっと微笑むだけだった。
◆ ◆ ◆
森を抜け、岩場の山道に差しかかったとき――
――バサバサッ!
鋭い影が空を裂き、巨大な翼を持つ魔獣が飛びかかってきた。
「ロイさん、危ない!」
「うおおっ!?」
剣を抜き応戦するが、魔獣の鱗は魔力を帯びて硬く、斬撃が弾かれる。
「なっ……手応えがない!?」
その瞬間――涼やかな声が響いた。
「その個体、魔力の収束点は翼の付け根にあるわ。
特性はsinθの臨界値に近く、tanθの特異点の逆補正位置に弱点が形成される」
まるで講義のような口調で、ひとりの女性が現れた。
◆ ◆ ◆
黒髪をまとめ、眼鏡をかけた長身の女性。
冷静で凛とした佇まいだが、どこか研究者らしい空気をまとっている。
「ロイ、今です! 翼の根元を!」
エリスが素早く翻訳する。
「わかったような……わからないような……よしっ!」
ロイは勢いのまま剣を振り抜いた。
刃が弱点をとらえ、魔獣は力を失い崩れ落ちる。
「……やった……!」
「計算通りね」
女性が眼鏡を押し上げた――その瞬間。
「……あっ」
もわぁっと白く曇るレンズ。
「な、なんだ!? 魔力? 呪い?」
「ち、違うっ! ただの温度差で曇っただけよ!!」
慌てて布で眼鏡を拭く姿に、ロイは全力でずっこけた。
◆ ◆ ◆
名を尋ねると、彼女は静かに胸に手を当てた。
「私はシルヴィア。解析魔導士。
世界に満ちる魔力を“数式”に還元して理解しようとしているの」
「す、数式で……魔法を?」
「ロイさん、難しく考えなくて大丈夫ですよ」
エリスがやさしく笑う。
どうやら彼女も《聖なる泉》を目指しているらしい。
「私自身の魔力特性を正しく知りたいの。だから同じ道を行くわ」
「なら、一緒に行かないか? 強い仲間がいると助かる」
「合理的な判断ね。同行させてもらうわ」
こうして――ロイ、エリス、シルヴィア。
三人の旅路は、新たな段階へと踏み出した。
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